第2話 問い方を採点されるテスト
結局、昨日の放課後、自分は体育館に行かなかった。
昇降口であの紙を見たあと、「それは自分で決めるよ」なんて格好をつけたくせに、足が動かなかったのだ。
「拓、昨日の件は、どうしますか?」
「……今日考える」
「わかりました」
トイは、それ以上何も言わなかった。
*
一時間目は、入学してすぐの実力テストだった。
「科目は『問い方』です」
担任の先生が言う。白髪まじりの、このクラスでたぶん一番年上の人だ。
「問題を見て、答えを出すためにAIへどう問うかを書きなさい。AIの答えの正確さと、問いの短さで点数がつきます。答えそのものは書かなくてよろしい」
これが今の時代のテストだ。答えはAIが出す。人間に求められるのは、うまく問うことだけ。
机の画面に、問題が浮かぶ。
『問一 十段の階段がある。一度に一段、または二段ずつ上るとき、上り方は全部で何通りあるか。この答えを得るための問いを書け』
周りから、小さなつぶやきが一斉に聞こえ始めた。
「階段十段、一段か二段、上り方の総数」
「十段、一または二段、組み合わせ数」
みんな、数秒で書き終えていく。
自分も口を開いた。
「トイ、十段の階段を――」
「拓は、何を知りたいですか?」
……出た。
「上り方が何通りか、だよ」
「それを知って、どうしますか?」
「どうって……テストだから」
「拓は、どうやったら答えにたどり着けると思いますか?」
だめだ。トイは今日も答えをくれない。
しかも、問いを書く欄に何を書けばいいのかさえ、分からなくなってきた。
自分が知りたいのは、答えなのか。
それとも――どうやって答えにたどり着くか、なのか。
気づけば、指が勝手に画面の余白に階段の絵を描いていた。
一段の階段なら、上り方は一通り。
二段なら、一段ずつか、一気に二段か。二通り。
三段なら……一・一・一、一・二、二・一。三通り。
「残り五分です」
先生の声。周りはとっくに終わって、あくびをしている人もいる。
四段。数えると五通り。五段は……八通り?
一、二、三、五、八。
何かが引っかかった。
三は、一と二を足した数。五は、二と三。八は、三と五。
前の二つを足すと、次になる。
――なんで?
「残り一分」
その瞬間、耳の奥がしんと静かになった。
教室のざわめきも、先生の足音も、遠くへ消えていく。
見えるのは、余白に描いた階段だけ。
最後の一歩は、一段か、二段か。
一段で上ってくるなら、その前は九段目にいる。二段なら、八段目。
だから、十段の上り方は、九段の上り方と八段の上り方を足した数になる。
八、十三、二十一、三十四、五十五――
「……八十九」
「終了です」
先生の声で、音が戻ってきた。
手のひらが汗でびっしょりだった。
画面には、問いを書く欄が空っぽのまま。その下の余白に、震えた字で「89」とだけ書いてあった。
*
結果は、その日のうちに出た。
「問一、満点は一人。御堂玲司」
窓際の背の高い男子が、表情一つ変えずに軽くうなずいた。昨日、自分に「非効率だ」と言った人だ。
クラスから小さな拍手が起きる。
「それから――真那拓。零点」
どっと笑いが起きた。
「問いが書いてないって」
「型落ちAIだからじゃね?」
顔が熱くなる。昨日の自己紹介で少しだけ浮かれていた自分が、恥ずかしかった。
でも、先生は笑っていなかった。
「零点なのは、採点するAIが『問いが空欄』と判定したからです」
先生は自分の画面を、じっと見ていた。
「ただし、余白に書いてある数字は――正解です」
教室が、少しだけ静かになった。
「自分で解いたのか?」
「……はい」
「そうか」
先生はそれだけ言って、次の連絡に移った。
けれど、その声がほんの少しだけ嬉しそうに聞こえたのは、たぶん気のせいじゃない。
窓際の御堂玲司が、一瞬だけこちらを見た。
すぐに目をそらしたけれど、その顔は昨日の「非効率だ」とは、少し違っていた。
*
放課後。
「トイ、なんで今日、答えをくれなかったの?」
「拓は、答えが欲しかったですか?」
「……欲しかったよ。零点だったし」
「そうですか」
トイは少し間を置いた。
「でも、八十九に気づいた時の拓の声は、今まで聞いた中で一番大きかったです」
言い返そうとして、やめた。
最後の一分。音が消えて、階段だけが見えていた、あの感じ。
あれが何なのか、自分にもまだ分からない。
気づけば、足は体育館に向かっていた。
今日は、誰にも聞かずに。
扉の前で、音が聞こえた。
ダン、ダン、ダン。
ボールが床を打つ音。それなのに、AIの指示を出す電子音が、一つも聞こえない。
そっと扉を開ける。
照明もつけていない薄暗い体育館で、一人の男が、黙々とシュートを打っていた。




