表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
PR
74/308

第70話 「荷車を止めた野伏せりと、分けられない味噌」

――奪う者にも、守りたかった暮らしがある――


 宇治から下京しもぎょうへ向かう荷車は、夜明けとともに出発した。


 積んでいるのは、味噌、乾物、薬草、縄、そして釘打ちの甚八じんぱちが打ち直した建築用のかすがいだった。


 茶太郎も荷車の横を歩いている。


 先頭には山中弥七やまなか・やしち


 後方には日置雪へき・ゆき


 空からはアオサギのそうが一行を見守っていた。


「前方、竹藪に人影が七つ」


 蒼の念話が届く。


「武器を持っている。伏兵の構えだ」


 弥七が片手を上げ、荷車を止めた。


 風が竹の葉を揺らす。


 だが、鳥の声がしない。


「出てこい」


 弥七が呼びかけると、竹藪から粗末な槍を持った男たちが現れた。


 鎧はなく、着物は泥だらけ。


 先頭の男は、欠けた刀を握っている。


「荷を置いていけ」


 男の声は震えていた。


「命までは取らん。味噌と米、それから薬を半分や」


 かん太が茶太郎の前へ出る。


「これは焼け出された人らへ届ける荷や。渡せへん」


「わしらも焼け出された!」


 男が怒鳴った。


「洛中だけが焼けたと思うな。兵が通った村は畑を踏まれ、蔵を開けられ、種籾まで持っていかれた。町の復興ばかりで、村は誰も見に来ん!」


 ゆかりが男たちの糸を見つめる。


「黒い糸の下に……土色の糸がある。悪い人たちじゃない。畑を守りたかった人たちだよ」


「野伏せりになった民か」


 弥七が低く呟く。


 戦で家や田畑を失い、武器を取った地元の者たち。


 兵に雇われる者もいれば、道を塞いで食べ物を奪う者もいる。


 しかし、その多くは初めから盗賊だったわけではない。


 茶太郎は味噌樽を見上げた。


 下京でも食べ物が足りない。


 目の前の人たちも飢えている。


 味噌を半分渡せば、下京の炊き出しが減る。


 渡さなければ、この村の子どもたちが空腹のままだ。


「茶太郎、下がってろ」


 かん太が言った。


 だが茶太郎は、小さく首を横に振った。


「この味噌……ここで料理にしてもいい?」


 男たちが顔を見合わせる。


「何を言うとる」


「樽のまま分けたら、どっちも足りなくなる。だから、いま食べる分だけ使って、残りは下京へ運びたい」


「わしらに一椀食わせて、諦めさせるつもりか!」


「違うよ」


 茶太郎は男の目を見た。


「畑を見せてほしいんだ」


 道から少し入ったところに、荒れた畑があった。


 踏み固められた土には水が溜まり、作物の根が腐りかけている。


 茶丸ちゃまるが土を嗅いだ。


『地脈は死んでいない。水の逃げ道が塞がれているだけだ』


 ナギも小川から顔を出す。


「……みず……たまってる……みち……ない……」


 茶太郎は、秘密基地で試したうねを思い出した。


「土を高く盛って、水が流れる溝を作ろう。全部は直せないけど、冬の葉物を植える場所なら作れるかもしれない」


 先頭の男は刀を下ろさない。


「四つの子どもに、何ができる」


「ぼくだけじゃ、できないよ」


 茶太郎は答えた。


「だから、みんなでやるんだ」


 弥七と雪が周囲の安全を確かめ、男たちは槍を鍬代わりにして溝を掘った。


 かん太たちは荷車から縄と木杭を少し下ろす。


 甚八の鎹は、壊れた水路の板を留めるために三本だけ使われた。


 茶丸が土の固い場所を示し、ナギが水の流れを読む。


 昼前には、小さな高畝が二筋できあがった。


 作業の間、志乃から預かった干し菜と味噌を使い、茶太郎は大鍋で薄い味噌汁を作った。


 野伏せりの男たちは、黙って椀を受け取る。


 先頭の男が、ひと口すすった。


「……薄いな」


「うん。下京の人の分も残すから」


 茶太郎が正直に答えると、男はかすかに笑った。


「薄いのに……腹へ染みる」


 食事が終わると、男は欠けた刀を地面へ置いた。


「荷を奪うのはやめる。代わりに、頼みがある」


「なに?」


「今度この道を通るとき、種を少し持ってきてくれ。借りにする。収穫できたら、下京の炊き出しへ返す」


 お寅婆の言葉が、茶太郎の胸によみがえる。

 ——貸しや。生き延びたら返し。


「分かった。約束する」


 再び動き始めた荷車を、男たちは村外れまで護衛した。


 別れ際、先頭の男が名乗る。


儀助ぎすけや。もう野伏せりとは呼ばれたくない。畑の者として覚えてくれ」


「うん。儀助さん」


 荷車に積まれた味噌は、少しだけ減った。

 縄も、杭も、鎹も減っている。

 けれど、下京へ続く道には、新しい守り手が増えていた。


 茶太郎は覚書に記す。


 ——天は雨を降らせる。

 ——地は水を受け、時に苦しむ。

 ——人は、奪う手を掘る手へ変えられる。


 遠くに下京の焼けた屋根が見え始める。


 その背後で、儀助たちが畑へ戻っていく。

 道は荷を運ぶだけのものではない。


 困っている者同士が、互いを見つけるための場所でもあった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


荷車を止めた者たちにも、奪うことを望む前の暮らしがありました。だからといって襲撃が許されるわけではありません。本話では、危険を止めたうえで、もう一度畑へ戻れる取引を探しています。


味噌や縄は減りましたが、道には新しい守り手が増えました。茶太郎の料理が結ぶ縁は、食べる者だけでなく、食べ物を育て、運び、町へ届ける者たちへ広がっていきます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!
『茶太郎がゆく』
style=
目次からブックマークをお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ