第70話 「荷車を止めた野伏せりと、分けられない味噌」
――奪う者にも、守りたかった暮らしがある――
宇治から下京へ向かう荷車は、夜明けとともに出発した。
積んでいるのは、味噌、乾物、薬草、縄、そして釘打ちの甚八が打ち直した建築用の鎹だった。
茶太郎も荷車の横を歩いている。
先頭には山中弥七。
後方には日置雪。
空からはアオサギの蒼が一行を見守っていた。
「前方、竹藪に人影が七つ」
蒼の念話が届く。
「武器を持っている。伏兵の構えだ」
弥七が片手を上げ、荷車を止めた。
風が竹の葉を揺らす。
だが、鳥の声がしない。
「出てこい」
弥七が呼びかけると、竹藪から粗末な槍を持った男たちが現れた。
鎧はなく、着物は泥だらけ。
先頭の男は、欠けた刀を握っている。
「荷を置いていけ」
男の声は震えていた。
「命までは取らん。味噌と米、それから薬を半分や」
かん太が茶太郎の前へ出る。
「これは焼け出された人らへ届ける荷や。渡せへん」
「わしらも焼け出された!」
男が怒鳴った。
「洛中だけが焼けたと思うな。兵が通った村は畑を踏まれ、蔵を開けられ、種籾まで持っていかれた。町の復興ばかりで、村は誰も見に来ん!」
ゆかりが男たちの糸を見つめる。
「黒い糸の下に……土色の糸がある。悪い人たちじゃない。畑を守りたかった人たちだよ」
「野伏せりになった民か」
弥七が低く呟く。
戦で家や田畑を失い、武器を取った地元の者たち。
兵に雇われる者もいれば、道を塞いで食べ物を奪う者もいる。
しかし、その多くは初めから盗賊だったわけではない。
茶太郎は味噌樽を見上げた。
下京でも食べ物が足りない。
目の前の人たちも飢えている。
味噌を半分渡せば、下京の炊き出しが減る。
渡さなければ、この村の子どもたちが空腹のままだ。
「茶太郎、下がってろ」
かん太が言った。
だが茶太郎は、小さく首を横に振った。
「この味噌……ここで料理にしてもいい?」
男たちが顔を見合わせる。
「何を言うとる」
「樽のまま分けたら、どっちも足りなくなる。だから、いま食べる分だけ使って、残りは下京へ運びたい」
「わしらに一椀食わせて、諦めさせるつもりか!」
「違うよ」
茶太郎は男の目を見た。
「畑を見せてほしいんだ」
道から少し入ったところに、荒れた畑があった。
踏み固められた土には水が溜まり、作物の根が腐りかけている。
茶丸が土を嗅いだ。
『地脈は死んでいない。水の逃げ道が塞がれているだけだ』
ナギも小川から顔を出す。
「……みず……たまってる……みち……ない……」
茶太郎は、秘密基地で試した畝を思い出した。
「土を高く盛って、水が流れる溝を作ろう。全部は直せないけど、冬の葉物を植える場所なら作れるかもしれない」
先頭の男は刀を下ろさない。
「四つの子どもに、何ができる」
「ぼくだけじゃ、できないよ」
茶太郎は答えた。
「だから、みんなでやるんだ」
弥七と雪が周囲の安全を確かめ、男たちは槍を鍬代わりにして溝を掘った。
かん太たちは荷車から縄と木杭を少し下ろす。
甚八の鎹は、壊れた水路の板を留めるために三本だけ使われた。
茶丸が土の固い場所を示し、ナギが水の流れを読む。
昼前には、小さな高畝が二筋できあがった。
作業の間、志乃から預かった干し菜と味噌を使い、茶太郎は大鍋で薄い味噌汁を作った。
野伏せりの男たちは、黙って椀を受け取る。
先頭の男が、ひと口すすった。
「……薄いな」
「うん。下京の人の分も残すから」
茶太郎が正直に答えると、男はかすかに笑った。
「薄いのに……腹へ染みる」
食事が終わると、男は欠けた刀を地面へ置いた。
「荷を奪うのはやめる。代わりに、頼みがある」
「なに?」
「今度この道を通るとき、種を少し持ってきてくれ。借りにする。収穫できたら、下京の炊き出しへ返す」
お寅婆の言葉が、茶太郎の胸によみがえる。
——貸しや。生き延びたら返し。
「分かった。約束する」
再び動き始めた荷車を、男たちは村外れまで護衛した。
別れ際、先頭の男が名乗る。
「儀助や。もう野伏せりとは呼ばれたくない。畑の者として覚えてくれ」
「うん。儀助さん」
荷車に積まれた味噌は、少しだけ減った。
縄も、杭も、鎹も減っている。
けれど、下京へ続く道には、新しい守り手が増えていた。
茶太郎は覚書に記す。
——天は雨を降らせる。
——地は水を受け、時に苦しむ。
——人は、奪う手を掘る手へ変えられる。
遠くに下京の焼けた屋根が見え始める。
その背後で、儀助たちが畑へ戻っていく。
道は荷を運ぶだけのものではない。
困っている者同士が、互いを見つけるための場所でもあった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
荷車を止めた者たちにも、奪うことを望む前の暮らしがありました。だからといって襲撃が許されるわけではありません。本話では、危険を止めたうえで、もう一度畑へ戻れる取引を探しています。
味噌や縄は減りましたが、道には新しい守り手が増えました。茶太郎の料理が結ぶ縁は、食べる者だけでなく、食べ物を育て、運び、町へ届ける者たちへ広がっていきます。




