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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第47話 「焼け道の荷車と、秘密基地に現れた扉」

 ――歩いて結んだ道だけが、亜空間の縁となる――


 宇治へ戻る荷車は、六角堂の門前で止まっていた。

 荷台には、空になった塩俵と、町衆から託された道具が積まれている。


 焼けた鍋。

 壊れた鋸。

 刃の欠けた鍬。

 宇治で修繕し、再び下京へ返す品々だった。


 だが、南へ抜ける通りは焼け落ちた家材で塞がれている。


「荷車だけなら通せる道を探すしかない」


 弥七が言った。


「ただし、人が歩けても、車輪が通れるとは限らん」


 そうが空へ上がった。


「上から道幅と倒木を見る。けれど泥の深さや地面の固さは分からない」


「そこは、わたしが見る」


 弥七は地面へ膝をつき、轍の深さを確かめた。


 ユキは町人から聞き取りを始める。


「昨日まで使えた裏道は? 井戸や塀が崩れた場所は?」


 シオは南へ続く川筋を確かめ、ミカエは最後尾に立った。


「わらわは、一度通った道を帰り道として覚える。ただし、自ら歩いて確かめぬ道は導けぬ」


 茶太郎たちは荷車より先に、徒歩で道を調べることにした。


 最初の路地は広かったが、焼けた梁が斜めに倒れている。

 人は潜れても、荷車は通れない。


 次の道は障害物が少ないものの、消火の水で地面が泥になっていた。

 弥七が棒を差し込むと、半分近くまで沈んだ。


「ここへ車輪を入れたら抜けなくなる」


 三つ目の道では、町人同士が通行を巡って争っていた。


「この先は、うちの町内や!」


「荷車一台通すだけや。頼む!」


 六合りくごうの紐は、合意のない相手を結べない。

 そこでユキは、荷台に積まれた壊れた鍬を見せた。


「これ、宇治で直して返す品です。通してもろたら、こちらの町の鍬も一緒に預かります」


 町人は考え込み、自分たちの鍬を二本持ってきた。


「必ず戻すんやぞ」


「荷札に名を書きます」


 道は、力で奪うのではなく、交換の約束によって開かれた。


 さらに南へ進むと、蒼が上空から声を落とす。


「竹田の方へ回れば幅はある。ただ、途中で小さな橋が傷んでいる」


 橋板を外して調べると、一本が腐りかけていた。

 荷車をそのまま渡せば折れる恐れがある。


 町衆と人足が板を補い、荷を一度降ろした。

 空の荷車を先に渡し、道具は人の手で運んで積み直す。

 時間はかかったが、誰も川へ落ちなかった。


 茶太郎は作業する者たちへ、蜂蜜を少し混ぜた水飴を湯に溶かして配った。


 《蜂蜜湯はちみつゆ》である。


「甘いもんは、疲れた身体にありがたいな」


「飲んだら、もうひと踏ん張りや!」


 日が傾く頃、荷車は伏見近くの舟着き場へ到着した。

 そこから宇治までは、舟で運ぶ。

 陸路だけにこだわらず、通れる道と川を組み合わせたのだ。


 ミカエは来た方角を振り返った。


「これで、六角堂から宇治までの帰り道は覚えた」


「空から見た道も記しておく」


 蒼が地図へ倒木と井戸の位置を加える。

 弥七は地面の状態を記し、ユキは通行を認めた町と交換条件を書いた。

 シオは、舟着き場と次の休息場所へ印をつける。


 誰か一人の力では作れない道だった。


 夜、茶太郎たちは秘密基地へ戻った。


 修繕する道具を降ろしたあと、茶太郎が六角堂でもらった《花伝の一枚》を壁へ掛ける。


 その瞬間——

 秘密基地の地面を流れる白い地脈が、淡く光った。


 六角堂から宇治まで歩いた道。

 町衆と交わした約束。

 荷を運んだ人々の力。


 それらが細い糸となり、一枚の壁へ集まっていく。


「……戸?」


 壁に、掌ほどの小さな四角い隙間が現れた。

 隙間の向こうには、六角堂の池が見える。


 茶太郎が驚いて手を離すと、隙間はすぐに閉じた。


 もう一度触れる。

 だが、今度は開かない。


 茶丸が地脈へ耳を澄ませた。


『亜空間収納が、秘密基地の地脈と結びついたようだ。だが、まだ不安定だ』


「さっきの戸から、都へ行けるの?」


『分からぬ。少なくとも今の茶太郎では、人が通れる大きさではない』


 文福茶釜を近づけても、戸は開かなかった。

 伊平じいさんが触れても反応しない。


 茶太郎が《花伝の一枚》を胸に抱き、六角堂で出会った人々を思い浮かべたときだけ、小さな隙間が再び現れた。


 ミカエは厳しい目で戸を見つめる。


「これは道ではない。まだ、道の種じゃ」


「道の種……」


「人も荷車も運べぬものを、帰り道とは呼べん」


 茶太郎は頷き、隙間を閉じた。


 歩いて結んだ道が消えたわけではない。

 亜空間の戸は、それを置き換えるものでもなかった。

 ただ、宇治と六角堂の縁が、初めて形を持ったのだ。


 そのとき、基地の天井近くから乾いた声が響いた。


「空間に戸を開けるなら、まず重さの意味を知らねばならぬ」


 誰もいない梁の上に、空洞のような人影が座っていた。


 十二天将・天空てんくうが、茶太郎を見下ろしていた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 今回は、焼けた通りを避けながら荷車を通す道を作りました。


 道は、誰か一人の力で生まれたものではありません。町衆との相談、瓦礫の片づけ、橋板の補修、荷を運ぶ者の経験が重なって初めて使えるものになります。


 秘密基地へ現れた小さな戸も、その道を置き換える便利な近道ではありません。歩いて結んだ縁が、ようやく形を持った「道の種」です。


 次回は十二天将・天空。空間を開く力に伴う、見えない重さと制約を学びます。


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『茶太郎がゆく』
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