第45話 「太常の天秤と、十俵の米」
――数えることと、量ることは同じではない――
米蔵の奥に立っていた影は、大きな天秤を肩に担いでいた。
土色の衣。
四角く整えられた袖。
腰には帳面と大小の升が並んでいる。
「十二天将の一柱、太常と申します」
太常は米俵を見渡し、穏やかな声で続けた。
「十二俵と記され、十俵しか見当たらない。皆は二俵を失ったと考えているようですね」
「違うの?」
茶太郎が尋ねる。
「まだ分かりません。数えただけで、量っておりませんから」
太常は一俵を天秤へ載せた。
弥七が反対側へ分銅代わりの石を置き、ユキが釣り合った位置を記す。
ところが、次の俵を載せると重さが大きく違った。
「こっちは軽い」
「こちらは、やけに重いぞ」
伊平じいさんが縄目を確かめた。
「俵の大きさが揃うとらん。堺から来たもの、近江から来たもの、宇治で詰め直したものが混じっとる」
戦乱の世では、すべての土地で同じ俵や升が使われているわけではない。
帳面を書いた者は、小さな米袋も一俵として数えていた。
運び込んだ者は、それを大きな俵へまとめ直している。
数だけを見れば十二から十へ減ったように見えるが、中身まで失われたとは限らなかった。
「全部、開けて確かめよう」
茶太郎たちは俵の縄を解いた。
六合が、どの町から届いた荷かを六色の紐で結び直す。
太常は升で量り、弥七が天秤を扱い、ユキが帳面へ印をつけた。
蒼は屋根の穴を見つけ、雨が入り込んだ場所を示す。
やがて、十二と記された米の総量は、十俵に詰め直された量とほぼ一致した。
「盗まれてなかったんだ……」
茶太郎が安堵すると、太常は一つの俵へ手を置いた。
「ですが、問題がなくなったわけではありません」
その俵だけ、底が湿っている。
開くと、米は熱を持ち、酸っぱい匂いがした。
屋根の穴から入った雨と、消火に使った水を吸ったのだ。
町役が言う。
「洗って粥にすれば、食えるやろ。今は米が惜しい」
茶太郎も、米を捨てたくはなかった。
けれど、山科言継は首を振る。
「異臭のするものを、弱った者へ食べさせてはならぬ。煮れば何でも安全になるとは限らん」
太常も静かに告げた。
「惜しむことと、危ういものを配ることは違います」
米を一粒ずつ確かめ、湿ったばかりの部分と、傷み始めた部分を分けた。
異臭や変色のない米は、よく洗い、その日のうちに十分な火を通す。
傷んだ米は食用から外す。
米糠や藁と混ぜ、土へ返す場所を分けることになった。
「捨てるんじゃなくて、畑の土にするの?」
「すぐに作物の根へ置いてはならんぞ」
伊平じいさんが教える。
「熱や匂いが落ち着くまで、藁や落ち葉と積んで待つんじゃ」
茶太郎は《縁の料理覚書》に、湿った米粒の絵を描いた。
伊平じいさんが、その横へ言葉を添える。
『数が合うても、食べられる量が同じとは限らぬ』
太常は満足そうに頷いた。
「私が扱うのは、蓄え、衣食、器、重さ。けれど、物を増やすことはできません」
「天秤を持ってるのに?」
「天秤は、米を生みません。ただ、足りないという事実を早く知らせます」
六合が六角形の割付板へ、量り直した米の数を記した。
使える米は、当初の見込みより半俵ほど少ない。
そこで町衆は、炊き出しの量を一律に減らすのではなく、働ける者には麦や粟を混ぜ、病人と幼子へ柔らかい米粥を優先することにした。
残った干魚と味噌も、人数ではなく、身体の状態に応じて分け直す。
太常はその様子を見て言った。
「正しく量るとは、皆へ同じ量を渡すことではありません。必要を見誤らぬための土台を作ることです」
夕刻。
六つの町の竈から、粥の湯気が立ち上った。
騰蛇は炎の勢いを読み、薪を足す時と止める時を知らせる。
太常は米の残量を記し、六合は隣町へ回す椀の数を結び直した。
奇跡で食料が増えたわけではない。
それでも、見落としと無駄が減ったことで、昨日より多くの人へ温かい椀が届いた。
茶太郎は、最後の竈の火を消そうとした。
その瞬間——
南の空から赤い羽が一枚、炎の中へ舞い降りた。
騰蛇が顔を上げる。
「この火は、わたしの炎ではない」
消したはずの炭の上で、赤い鳥の影が翼を広げる。
「焼けた都が、再び立ち上がろうとしている」
十二天将・朱雀が、燃え残る火の中から茶太郎を見つめていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
帳面の数字が合っていても、実際に食べられる量が同じとは限りません。
湿気、傷み、量り方の違い。太常の天秤が示したのは、米を増やす力ではなく、不足を早く発見する大切さでした。
また、公平とは全員へ同じ量を配ることだけではありません。幼子や病人には米粥を、働ける者には麦や粟を混ぜるなど、必要に応じて分ける方法もあります。
次回は朱雀が登場。町を焼いた火を、再び暮らしへ迎える覚悟が問われます。




