第102話 「猫が眠る明かり障子と、火を止める土壁」
――閉ざされた家に光を入れ、町全体で火を防ぐ章――
雪雲の垂れ込めた下京では、焼け跡に新しい家々が立ち始めていた。
通りに面した間口は狭く、敷地は奥へ細長い。限られた土地へ多くの者が戻るための工夫だった。
だが、最初に完成した仮屋へ入った茶太郎は、すぐに眉をひそめた。
「……暗い。それに、煙の味がする」
治安を心配した家主が窓を小さくし、外から手を入れられないよう、太い格子を取り付けていた。
ところが光も風も入らない。
竈の煙は梁の下に溜まり、壁には水滴が浮いていた。
茶丸が入口で足を止める。
「……ニャッ」
後ろから来た野良猫たちも、中へ入ろうとしなかった。
墨屋宗白は、黒い指先で壁をなぞった。
「賊には強うても、住む者が病になっては家とは呼べんな」
京鈴が柱へ耳を当てる。
「……木が、湿って泣いてる」
薄暗い部屋では、昼間でも竈の火を灯さなければ手元が見えない。その火が煙を増やし、乾かない木をさらに傷めていた。
茶太郎は格子の向こうから差す細い光を見つめた。
「格子は残そう。その内側に、光を通す戸を入れられないかな」
宗白が首を傾げる。
「紙を張った障子は、公家や武家の屋敷なら珍しくない。だが、町家へ入れるには紙も木も要るぞ」
「全部を同じ造りにしなくていいよ。紙が足りない家は、薄く漉いた紙を小さな枠に張る。破れたら、その部分だけ替えられるようにするんだ」
釘打ちの甚八が端材を拾い上げた。
「細い桟なら、柱を取った残りで組める。外の格子を守りにして、その内側を滑らせるんやな」
試作した明かり障子をはめると、白い光が柔らかく室内へ広がった。
京鈴が目を丸くする。
「火ぃつけてへんのに、手が見える」
しかし、それだけでは煙は消えなかった。
茶太郎たちは壁の高い位置に小さな開口を設け、板で開け閉めできるようにした。冷たい空気を入れる場所と、温まった煙を逃がす場所を離したのである。
竈も紙戸から遠ざけ、火の粉が飛ぶ側には土を厚く塗った。
家と家が接する境の壁には、竹を編み、藁を混ぜた土を重ねる。
甚八が乾きかけた壁を叩いた。
「土は重い。柱が弱ければ、壁ごと倒れるで」
「なら、どの家にも厚く塗ればいいわけじゃないね」
茶太郎は答えた。
柱や土台を確かめ、隣家と接する側、竈の周り、火が移りやすい場所から優先する。瓦も全ての屋根には足りないため、共同炊事場や蔵、火を扱う軒先へ先に回すことになった。
床には畳を敷き詰めず、藁を重ねた持ち運べる敷物を置いた。
昼は片づけて仕事場にし、夜は広げて寝床にする。布や厚紙の間仕切りも、火の近くでは使わない決まりにした。
夕方、改めて茶丸が家へ入った。
土壁の前を通り、障子から差し込む光の中で一度だけ鼻を鳴らす。
そして、乾いた敷物の上へ丸くなった。
希太も隣へ座り、野良猫たちが一匹、また一匹と続く。
通りから見ていた女が声を上げた。
「猫が寝よった!」
「煙たい家には入らん、あの猫らが?」
翌日には、こんな噂が下京を走った。
「猫が寝る家の真似をせえ」
「茶丸が選んだ家は、明るうて煙たない」
宗白は噂だけで終わらせず、改善した箇所を帳面へ書き留めた。
格子の内側の明かり障子。
開閉できる高窓。
竈から紙や藁を離すこと。
隣家との境へ土を厚く塗ること。
玄関先へ水桶を置き、夜は交代で火を見回ること。
「一軒だけが丈夫でも、隣から火が来れば焼ける」
宗白は集まった町の者たちを見回した。
「これから守るのは、家やない。通りそのものや」
その夜。
茶太郎が秘密基地へ戻る支度をしていると、京鈴が急に足を止めた。
「……変な匂いする」
茶丸も鋭く顔を上げた。
通りの端で、一匹の野良猫が格子を激しく引っかいている。
その足元には、油の染みた小さな布切れが落ちていた。
甚八が拾おうとするのを、茶太郎が止める。
「触らないで。火をつけるための布かもしれない」
屋根の上で、何かがかすかに鳴った。
京鈴が焼けた鈴を握りしめる。
「誰かおる。さっきから、瓦を踏んでる」
復興を嫌う何者かが、闇の中から新しい町を見つめていた。
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ようやく、茶太郎とリンクする『戦国京都流通譚 正水 〜和菓子から始まる“本物”の価値の取り戻し〜』の完結に辿り着けました。
本編以降、清継達のカバーストーリーと交差し物語は進んでいきます。
引き続きご笑読よろしくお願いします。




