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右手に箒、左手に塵取り、心に勇気  作者: かなえ ひでお


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8/8

吾輩は人間である 名前はカトラ

 カトラの視線の先で、絶世の美丈夫と妖艶な美女が熱く見つめ合っている――いや、笑顔で睨み合っている。彼らを取り巻く空気は真冬の風の如く冷たいし、互いの視線が交わるところで激しい火花が散っているので、間違いなく睨み合っている。


(美貌の人々の静かな睨み合いの迫力たるや……!何故かしら、背筋がゾクゾクするわ……ではなくて!)


 こんな光景は滅多に見られる代物ではないと、好奇心に負けたカトラはすっかり魅入ってしまっていたが、ふと、我に返ることができた。兎にも角にも心の雑記帳にあれこれ書き留めておいて、後で思い出し笑いをしながら、現実の雑記帳に情報を整頓しながら書き記しておこう。


(それは良いとして……う~ん、どうしたものかしらね……?)


 いつまでもこの状態でいられたら、後からやって来た買い物客が異様な光景に驚いて逃げ去ってしまう恐れがある。売り上げが減るのは困る。何故ならば、余裕があるとは言い難い生活にもろに影響が出るからだ。カトラは勇気を出して、、わざとらしいにも程がある咳払いをしてみる。


「ぅおっほぉんっ!!!若しかしてなのだけれど!ラグナとヘルギはお知り合いなのかしら!?」


 そうでもなければ睨み合わないと思うのだが?と、もう一人の自分が突っ込んできた気がしたが、敢えて無視を決め込む。どうやって切り込んだら良いのか分からないなりに突っ込んでみたのだから、その勇気を買ってほしい。

 すると、先立っていた美丈夫と美女は瞬時に警戒を解き、ほぼ同時にカトラに顔を向けてきた。二人とも麗しい微笑みを湛え、あの殺伐とした空気はすっかり霧散している。彼らの変わり身のあまりの早さにビビり散らかして、カトラはゼンマイ仕掛けの人形ばりに小刻みに震えた。


「面白くないことに職場の部下なんだ、コレが」

「非常に残念なことに職場の上司なんです、コレが」


 爽やかな春風のように、美丈夫と美女は互いを貶した。


「上司、と、部下。ということは、ラグナは軍人なの?え?待って?散歩をするだけの簡単なお仕事をしているとは聞いていたけれど、それは軍人のお仕事なの???」

「本当にそれが仕事なんだ、面白いだろう?私が率いている部隊はね、暇人の集まりと称されている素敵な部隊なんだよ」


 それは絶対に褒められていないので、したり顔で胸を張らないでほしい。

 一瞬で混乱状態から脱し、冷静になったカトラは内心で突っ込みを入れた。喉元まで出かかっていた言葉を声に乗せられなかった理由は、彼女にも分からない。


「古い時代には”王の鴉”と呼ばれる、情報収集に長けた特殊部隊だったのですが、長い年月をかけて所謂、お荷物になってしまっただけの部隊ですよ」

「慣れれば楽しい職場さ。但し、昇進は望めないがね……であるのに!准将まで昇格してしまった私という例外があるんだ、不思議だねえ」


ガハハと豪快に笑うラグナをヘルギが白い目で見ている。彼らは相性が悪いのだろうか?


「軍人のお仕事って、変わった内容のものもあるのね、知らなかったわ。正直に言って、給料泥棒としか……あっっっ、御免なさいっ!とてつもなく失礼な発言だわ、お詫びします……!」


 何処ぞの勘違い薄らハゲ居候男でも、散歩をするだけならできるはずだ。是非とも部隊に入れて、彼方此方を散歩させてやってほしい――なんて考えてしまい、カトラはうっかり失言してしまった。変わった内容の仕事であっても、真面目に取り組んでいる人がいるかもしれない。その人々を侮辱するようなことを言ってしまった自分が恥ずかしくて、カトラは委縮する。


「悲しい顔をしないで、カトラ」


 いつの間にやらラグナが傍にやって来ていて、ごく自然に引き寄せられて、カトラは抵抗することもなく肩を抱かれる。それを目にしたヘルギの額に青筋が浮かぶ。


「給料泥棒と罵られるのは日常茶飯事でね、気にしていないさ」

「気にした方が良いと思うのだけれど」


 軍に所属する人々の給料は国民の税金から支払われていると、耳にしたことがある。血税で暇人を養って差し上げる優しさなど、自分の給料で父親と伯母と従兄を養わされていたカトラにはない。ついつい目じりが吊り上がってしまうほど、許し難い事態だ。


「時折ですが散歩をする以外に雑用をこなしたりしますので、貴女が想像するほどの給料泥棒ではないかと」

「え?そうかしら?」

「……話を変えましょう。カトラ、少しは抵抗しなさい。ありのままを受け入れていると調子に乗ります、この変人上司がっ!!」

「ぐぉふっ!?」


 カトラの頭に頬擦りをして悦に入っているラグナを引き剥がし、虚を突かれたカトラを強引に引き寄せて――ヘルギは腕の中に彼女を閉じ込めた。


(二度目があるなんて想像だにしていなかったわ……)


 無数の針でチクチクされる日々が再び訪れるのかと想像し、身震いするカトラ。彼女の見えないところで、ヘルギとラグナが二度目の睨み合いを始めた。


「ヘルギ?できましたら、離して頂けないかしら?この状況を誰かに見られたら、また噂を流されて、客足をが遠のいて、売り上げが減少して、生活に支障が出る可能性が高いので……」

「でしたら、私が生活の援助をします。諦めなさい」

「それはお断り致します。ですから、離してくださらない?乙女たちの嫉妬の力は貴方の想像の百万倍でしてよ……」

「お断ります」「何故~?」


 逃がしてなるものか、とばかりに彼の腕が背中まで回されて、カトラはヘルギの胸板に顔を圧しつけられて、ちょっと面白い顔になる。そして、呼吸も徐々にし辛くなってくる。胸がドキドキするのは恋のトキメキ――いいえ、強い不安から来る動悸です。


(ヘルギは私に何か恨みでもあるのかしら?)


 動悸と息切れに苛まれるカトラが生命の危機を感じだした時だ。背後にいるらしいラグナが、大袈裟に息を吐いた。


「私から至福の一時を奪い取るとは、無粋だねえ。流石だよ、仔犬くん。私から美しい小鳥を奪い去った熊の息子なだけある」

母君(ははうえ)は貴女を良き友人として愛しているから良いではないですか」

「熊と同じ台詞を吐いてくれるとはね……小鳥によく似た面差しだから、熊に言われた時よりも精神的苦痛が増しているよ」


 会話の内容から察するに、小鳥とはヘルギの母親、熊とは彼の父親のことだろうか。つまり、ラグナとヘルギの父親は嘗て、一人の女性を奪い合った間柄。ヘルギは部下であり、恋敵の息子。


(そのお話ぃ、是非とも詳しくぅ!!!)


 美女を取り合う美女と熊の戦いにカトラは興味津々。今すぐにでもヘルギの拘束から逃れ、大急ぎで二階まで雑記帳を取りに行き、ラグナに取材したい!ジタバタ藻掻いてみるが、ヘルギの腕の力が緩む気配は一向にない。


「カトラを解放したまえ。ぷくぷくした愛らしい腕をばたつかせ、立派な足で地団太を踏んで、君を拒絶しているのが分からないのか?そこまで愚かではないと、私は君を買っているのだが?」

「状況を理解していないのは貴女では?私は貴女の毒牙からカトラを守っているのですが?」

「そうかね?私の目には、お気に入りの縫いぐるみを取られまいとする幼児にしか見えないがね」

「縫いぐるみ?ありえませんね。モフモフの大きな猫ですよ」

「いいや、波間から顔を覗かせる、もっちりしたアザラシちゃんだ」


 薄々、気付いていた。彼らがカトラに向けている目や、接し方で、自分は人間だと思われていない可能性があると。小さな疑念は確信に変わり、何とも言い難い気持ちになったカトラを挟んで、美丈夫と美女が三度、睨み合う。


「……この場で喧嘩を始めるというのであれば。二人とも此処から追い出します。そして、そのまま出入り禁止にします。猫でもなければアザラシでもない、人間のカトラからのお知らせです」


 これ以上のいざこざは営業妨害であると見做す。カトラの訴えにより、ヘルギは彼女を解放して一歩退き、ラグナもまた一歩退いて距離をとった。


「っはあぁ~~~っ」


 自由最高!カトラは思い切り息を吸い込んで、空気を大量に肺に送り込み、ゆっくりと吐き出す。御蔭で、酸素不足でぼんやりとした頭がすっきりした。


(思いの外、大人しく言うことを聞いてくれたわね……)


 それにしても、この二人は何をしに此処にやって来たのだろうか。働きが良くなった頭で考えてみて、彼らが初めに言っていた言葉を思い出すことができた。カトラは大きく手を叩いて、二人の注意を引く。


「ヘルギもラグナもお菓子を買いに来たのよね?二人とも、立派な大人よね?だったら喧嘩なんてしないで、お菓子を選んでは如何かしら?」


 ディーサ・カトラ菓子店は子供も大人も楽しくお菓子や本を買う場所なの。そう言って笑うカトラに促されて、ヘルギもラグナもゆっくりと動き出す――が。


「私はじっくりと飴玉を見たいんだ。デカい図体で邪魔をしないでくれないか?」

「此方は職場ではないので上司然としてデカい態度をとらないで頂きたいのですが?」


 この二人、顔を合わせたなら言葉で殴り合わないと気が済まないのか。喧嘩をするほど仲が良いという言葉があるが、それは彼らに該当しないような気が何となくする。子供の喧嘩であれば微笑ましいこともあるが、カトラの目の前にいるのは二人の成人なので微笑ましくはない、決して。


「あらあら~、喧嘩?え、喧嘩?追い出すわよ?出入り禁止の刑に処すわよ?」


 店の奥に引っ込み、直ぐに戻ってきたカトラの手には、箒と塵取り。それを目にしたヘルギとラグナは迅速に両手を挙げて、降参の意を示す――我々が悪かったです、すいません、と。


(何だか猛獣たちの調教に成功した気分なのだけれど……)


 曲芸団(サーカス)に就職できるかしら、なんて唐突なことを考え、思わず笑うカトラ。大人しくなった二匹の猛獣、もといヘルギとラグナはカトラの監視の下、それぞれ欲しいお菓子を選んで購入して退店していったのだった。

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