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10.

 邸宅を出たロザリンは、馬車に揺られながら紅茶の香りを思い出す。


 甘く装ったその香りは、まるでミエールそのもの。

 柔らかく微笑み、弱者の仮面を被り、真実を隠して他人の心を操る。


(私を、まだ“何も知らないロザリン”だと思っているのね)


 ミエールとの仮面を被ったやり取り。

 ロザリンは目を伏せて、ため息を漏らす。


 言葉に隠された棘は、ロザリンを疲弊させるには十分だった。

 心労のかわりに、ロザリンは少しの情報を得ることができた。


 夜、指定された場所にやって来た。

 そこは、軍務省の人間が調査用に使用する私設の小会議室――表向きは“歴史研究サロン”という建物の地下。

 すでに月明かりに照らされ輝く銀髪マクシミリアンがそこにいた。


「お疲れさまでした、ロザリン嬢」


 マクシミリアンはすでに到着していた。書類の山に囲まれていた彼は、ロザリンを見るなり席を立ち、椅子を引いた。

 気遣いを含んだ声音に、ロザリンは小さく微笑んで頷いた。


「ええ、けれど、無事に終えました。いくつか、有用な情報を得られたと思います」


 ロザリンは深呼吸を一つしてから、今日のミエールとの会話を静かに語り始めた。


 愛らしい少女の顔をした女が、どこまで“演技”で動いているのか。

 アイザックと通じていることに、罪悪感の影もなかったこと。

 そして、香水やハンカチを“偶然を装って残していた”ことを認めたような一瞬の動揺。


「彼女はただアイザックを誘惑しているわけではありません。“利用している”……その方が正確かもしれません」


 マクシミリアンが目を細める。


「利用……というのは?」

「アイザックを通して、その背後にある商会に接近するため。もしくは、もっと上の人物に取り入るため。……彼女の口から“裏”は見えなかったけれど、あの余裕のある態度は、何か裏があるからだと思います」

「つまり、彼女の背後に“もう一人”がいると?」

「ええ。私は、ミエールがただの浮気相手とは思えません」


 マクシミリアンは腕を組み、無言のまま机の上に置かれた地図と書簡に視線を落とす。


「アーヴェント商会は、最近とある貴族領を通じて国外の美術品や貴金属、薬品の取引に関与しているという情報があります。合法な形を装っていますが、資金の流れが不自然で……おそらく、ある上級貴族が裏で操っている」

「それが、ミエールの支援者……?」

「可能性は高い。あなたの言う通り、彼女が“守られている”とすれば、彼女自身が“鍵”になり得る」


 ロザリンは頷き、テーブルの上にそっと小箱を置いた。


「これは……?」

「ミエールの部屋にあった、書きかけの手紙です。盗み見たのではなく、彼女がゴミ箱に捨てていたものを、彼女の“忠実な侍女”が私に手渡してくれたものです。……私の侍女を通して」


 マクシミリアンは素早く目を通し、表情を引き締める。

 

「……“銀の船”か」


 ロザリンが読んでもただの手紙にしか見えなかったけれど、マクシミリアンは違うらしい。

 

「銀の船をご存知ですか?」

「はい。"銀の船”は、国外との密輸ルートを意味する暗語です。公式の書簡では絶対に使われない。何かを企んでいるのは確かですね……」

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