ゴブリンを追跡せよ
拙作ですが読んで頂けると嬉しいです。
「メイの地図と村の人達の証言によれば、例のゴブリンがファイを連れて逃げて行ったのはあっちみたい」
私はメイから預かった手帳を手に暗闇続く通路の奥を指差した。
彼女の手帳には探索時に通った通路が地図として描かれていた。彼女のマメさには頭が下がる。
彼女は自らを不甲斐ないと卑下していたが、決してそんなことはない。
例え直接戦えなかったとしても、彼女の行動がこうしてファイの救出に一役買っているのだから。
「ここで2人はそいつに襲われたのか」
「みたいね」
通路にはファイとメイが倒したゴブリンの死骸が大量に転がっている。
「ねぇ、こっちの方がゴブリン達多くない?」
その数は私達が探索していたときに遭遇した数よりも圧倒的に多い。
「ああ、そうだな。こちら側がゴブリン達の生活区というか寝床なんだろう」
そして私達が探索した側が繁殖部屋だったと言う訳だ。
……今思い出しても気分が悪くなる。
「メイの地図によると、この先はいくつかの部屋があるだけで行き止まりみたいだね」
「袋のネズミ、いや、ゴブリンだな」
「急ごう」
「おう」
時間はない。私達は先を急いだ。
「どういうことだ?」
隣でウォリアが焦ったように呟く。
私も彼女と同じ気持ちだった。
本当に、どういうことだろうか。
例のゴブリンが逃げて行った通路の先は複数に枝分かれしていた。メイの地図によれば、それら通路はいずれも小部屋に行き着く。
攫われたファイはそのいずれかの部屋に連れて行かれたと考えていた。
しかし、その1つ1つを潰して回ったが、結局どの部屋にも彼女の姿はなかったのだ。
最後の望みを託して探索したこの部屋も他の部屋と同じだった。何もないガランとした空間があるだけだった。
「ここにいないってことは砦の別の場所に連れて行かれたってことだよね?」
「状況からは……そうなるだろう。だが……」
ウォリアは何か腑に落ちていないようだった。考え込んでいる。
彼女は私の方を向くと真剣な顔をした。
「おい、ゴブリンになったつもりで答えろよ?」
ゴ、ゴブリンになったつもり?
真面目な顔して急にウォリアは何を言い出すんだ。
「この状況でオマエはどうする?」
この状況とは? そしてゴブリンになるとは? ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン……。
「……き、今日も1日疲れたな〜、ゴ、ゴブ~。さぁて寝床に戻って眠るゴブ~?」
「……」
は、恥ずかしい~~~! 私は一体何をやっているんだ!
両手を顔の横でわきわき動かしながらゴブリンのマネをしているつもりの私に対してウォリアは真顔になった。
「あ? オマエ、ふざけてんのか?」
「は、はぁ~~!! あ、あんたがやれって言ったんでしょ! 私だってこんなこと好き好んでやるわけないじゃない!」
私の剣幕に押されたウォリアは苦笑いした。
「ああ、アタシの聞き方が悪かった。もしオマエが例のゴブリンと同じ状況に陥ったとしたなら隠れる所が一切ない袋小路に逃げ込むかどうか聞きたかったんだよ」
そういうこと。なら最初からそう言ってよ。質問の情報量が少すぎて、1日の終わりに寝床へ向かうゴブリンのものまね、なんていう謎のネタを披露してしまったじゃないか。
気を取り直して私は当時の状況を想像する。
例のゴブリンがここにいて、村人達はあちらにいた。あちらの方向に逃げれば無事逃げ出すことができるが、村人達が邪魔だ。こちらの方向は袋小路だが、逃げるのに邪魔となるものは何もない。
「……逃げ込むと思う。そいつはファイを抱えて逃げる訳でしょ。だったら、村の人達を振り切って逃げるよりも、一旦袋小路へ退いて、村の人達がいなくなってから改めて逃げた方が安全に逃げられるんじゃない?」
だからゴブリンは袋小路であったとしてもこっちの通路へ逃げて行ったのだろう。
私の考えにウォリアは首を振る。
「そういう行動を取れるのは村の奴らが戦えないことをオマエが知っているからだろ。村の奴らが追撃して来ず、離脱することが確実に分かっているならその選択もありだ。だがゴブリンがそれを知り得たとはアタシには思えない。なら1番恐れるのは集団に追撃されることだ。袋小路だと分かっている通路へ自ら逃げ込むことなんてしないさ」
「それは……」
ウォリアの言う通りだ。確かに私の考えは村人が追撃してこない前提の話であり、もし私の考えが正しかったとしたらゴブリンがその場の戦況を理解していたことになる。
いくら異常個体と呼ばれるゴブリンが特殊だったとしてもそこまで万能ではないだろう。
「じゃあ、ウォリアはやっぱりゴブリンはこっちへ逃げてきたと思っているのね」
「ああ。それに村の奴らの話じゃゴブリンは何の躊躇もなくこっちの方へ逃げて来たって言うじゃねえか。そんな行動を取れるのは普段から逃げるための道としてこの辺りを使っているからだと思ったんだよ。だからどこかに隠し通路があるんじゃないかと……。いや、飛躍し過ぎか? ゴブリンが状況を看破していた可能性もあるのか。うーん」
隠し通路か。
少なくともこの部屋には一見して怪しいところはない。
……ゴブリンになったつもりか。
ゴブリンの目線の高さになって見れば何か分かるかもしれない。私はその場でしゃがんでみた。
「……ねえ! 風が流れてない?」
「何!?」
ウォリアは指先を舐めると、それを晒して辺りの風の流れを探る。
「……いや。何も感じないが……」
「ううん。風は低い位置を流れてる」
私は中腰のまま風が流れてくる方向を探った。風はこの部屋の外から流れてくるようだった。
「ほら見て! ここに穴がある!」
部屋の外、通路の横手に穴が合いていた。
穴が低い位置にあることと通路が暗いこと、加えて周囲にゴブリンの死骸が転がっているせいで分かり難くなっていたようだ。
「よく気が付いたな」
「ゴブリンになったつもりで探したおかげかもね」
私は皮肉を込めて答えた。
「この穴どこに繋がっているんだろう?」
穴の中を覗く。通路の先は暗く見通すことはできない。
「お、おい」
「大丈夫。これくらいの大きさだったら私達なら余裕で通れるよ。先に行くね」
「一切躊躇なしかよ」
ウォリアの呆れ声が背後から聞こえた。
肌にジメジメとした暑さを感じる。
穴を出た瞬間、濃い腐葉土の臭いが鼻腔を擽った。子供の頃カブトムシを捕まえるために夜の森へ行った記憶を思い出す。
そこは鬱蒼とした森の中だった。
「少しの間動くな」
彼女は地面に這いつくばり、例のゴブリンの痕跡がないかを探している。
私は彼女を手伝うために灯りで周囲の地面を照らしていた。
「……これだな」
「何かあった?」
ウォリアが頷く。
彼女が見ていた地面には無数の足跡があった。人間の足跡にしては少し小さい。
「足跡? ゴブリンの?」
「ああ」
彼女がその中の1つを指差した。
「この足跡を見てみろよ」
「? これがどうかした?」
「気が付かないか。他の足跡と違うだろ」
言われてみると……確かに、他のものと形が違うような気もする。
しかし、それがどうして例のゴブリンの足跡だと断言できるのか?
私は怪訝な顔をしていたのだろう。ウォリアは得意げな顔をして言う。
「アタシらが追っているゴブリンは何を抱えて移動してる?」
「あ!」
形が違うんじゃない。足跡が深いんだ。
改めて見比べればこの足跡だけが深い。
ファイを抱えている分だけ腐葉土に掛かる重さが増えて足跡が深くなっているんだ。
この短時間で足跡を見つけて、これに気が付くなんて、ウォリアは意外に名探偵だ。
彼女のドヤ顔に少しイラッとするが、今この場では非常に頼もしい。
「よしっ! この足跡を辿るぞ」
次に見つけた痕跡は折れたばかりの枝だった。
「普段から通り慣れている道なんだろうが、ファイを抱えているから気付かずに当たって折ったんだろう」
その先、藪の中にうっすらと道ができていた。
「次はあっちへ行ったんだね」
その後もいくつかの痕跡を頼りにゴブリンの追跡を行った。
だが、順調だったのは途中までだった。
「駄目だ。ここから先は痕跡が見つからない」
明確な根拠を持ってある程度は森の中を進めたと思うが、ここに至り行き先を見失った。
「ゴブリンがファイを連れていくならやっぱり巣穴なんだよね?」
「ああ恐らくな」
「この辺りにいることは間違いないんだから手当り次第に穴を探すしかないんじゃない?」
「森の中にどれだけの穴があると思う? 木にできた虚だって巣穴になるんだぜ」
森の木を1本1本探るのは現実的ではないか。
「しかし、ここであるかどうかも分からない痕跡を探すよりかは建設的か。止むを得ないな。オマエの言う通り、手当り次第に探そう。ここからは手分けするぞ。何か見つけたらアタシを呼べ」
「うん」
今日は手分けしてばかりだ。
リスクを下げるためと言って単独行動を禁じていた私はどこに行ってしまったんだ。
手分けして探し始めて結構な時間が経った。
気ばかりが焦る。
森の中は蒸し暑く、散々走り回っている私の体は汗だらけだった。
一方で先程から冷や汗が止まらない。
これだけの時間攫われたファイが無事でいられるのかと考え始めてから冷や汗が止まらない。
五感を研ぎ澄ませ。
どんな些細なことでもいいから何かを見つけろ。
ファイの居場所が分かるならこの際第六感でもいい。
勇者の謎パワーとかそんなご都合主義な力でもいい。
ファイを助けるための力が欲しい。
私のやけくそな願いが通じたのかどうかは分からない。
ふと顔を上げると、藪の中からこちらを窺う1匹のゴブリンと目が合った。
それは砦での戦闘中に見た紫のオーラを纏うあのゴブリンだった。
「ああああっ!」
「!?」
お互い死ぬほどびっくりしたのだろう。一瞬動きが止まっていた。
「ウォリア! いた! ゴブリンいた! 絶対こいつだぁぁぁ!」
我に返ったのは私が先だった。
ウォリアに声が届くようにあらん限りの大声で叫んだ。
そいつは私の叫び声に恐れ慄いたのか、一目散に逃げ出した。
「逃がすかぁぁぁ!」
逃げるゴブリン、追う私。
ゴブリンは体が小さい上に体色が緑色なので森の中での隠蔽性が非常に高い。
普通であればこのような鬼ごっこは成立せず、ゴブリンの圧勝で幕を閉じるだろう。
しかし、私にはこいつの紫のオーラが見えているのだ。
正に「体隠してオーラ隠さず」だ。
どれだけ隠れ逃げようとも、はっきりとどこにいるかを捉えることができている。
私がこいつを見逃すことは絶対にない。
私は息を殺し、適度な距離を空けてゴブリンの後を追う。
あいつにうまく逃げられたと思わせるためだ。
それは勘のようなものではあるけれど、私には確信があった。
あいつが逃げ帰る先に必ずファイはいる。
読んでくださりありがとうございました。
面白いと思って頂けましたら評価とブックマークをよろしくお願い致します。
1日1話投稿はまたしても失敗してしまいました。継続できる人本当に尊敬します。
自分なりのペースにはなってしまいますが、
本作は完結まで書き続けて投稿していく所存ですので引き続きよろしくお願いします。




