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第十七章《やがて五月雨は止み -Blade Princess;06 May-be Rain-》

 薄れゆく視界。遠ざかる感覚。

 ――この感触、どこかで……。

 リースは自らの体重を支えきれずに膝をついた。その眼は、現実を視てはいない。

 ここではない何処か。存在し得ないいずれかを懸命に視ようとしていた。

 そこに意志はない。無意識の自我。彼我の境地とでも言うべきもの。

 思うわけでもなく、感じるわけでもなく、ただひたすらにそれを念じていた。

 虚空の彼方、見えざる領域にそれがあるかのように、無心になってその糸を手繰る。

 あるいは、手繰られてゆく――。


 リースが倒れるのを待つこともなく、フレアとスピアは走り出していた。

 勝敗は決した。だからこれ以上はもう傍観者に徹する必要はない。いや……。

 もう、傍観者には、なりたくない。

 二人の胸中は、そんな想いで満たされていた。

「「うおおおおおおおおっ!!」」

 怒濤の勢いでそれぞれの得物を身構えた二人。だが、そんな彼らには見咎めるような冷たい眼差しが向けられていた。

 問うまでもない。エリィだ。見た目はどこぞの町娘といった風情の少女が、町娘には似つかわしくない鋭利な目つきでナイフを握っている。そのナイフからは、リースの血が滴り落ちている。

 そして、見た目だけは可憐な少女の、綺麗で妖艶な唇が、動く。

「ジャマを……、するなァァァアアアアアアア!!!」

 絶叫。

 と同時に、フレアは右へ跳んだ。その頬を何かが掠め、血が噴き出した。あと僅かでも反応が遅ければ顔を貫いていたかもしれない。

 視線を向ければ、そこにはワイヤーが伸びている。エリィの右手からワイヤーは伸び、その先端は背後の古木に突き刺さっている。よく見ればそれは……、ナイフだ。

 ワイヤー付きナイフを超高速で放っている。それに気づいた刹那。

 エリィは姿を消していた。

「フレアッ!! 右だ!!」

 声と同時に、今度は前方へ跳ぶ。襟足を風が切った。

 だが、それで油断などするわけにはいかない。

「スピア! 後ろッ!!」

 次に狙われたのはスピアだ。スピアは横宙返りでナイフを躱す。

 だが、そうこうしているうちに、もはや戦況はエリィが支配しつつあった。

 さきほどリースが見せた疾行とはまた違う形で、包囲網が形成されている。

「"キル・フロア"。踊り狂って、死ねよクズ共」

 それはさながら、ナイフとワイヤーによって奏でられる死のダンス・フロアだ。

 ワイヤーが増えれば増えるほど、回避は困難になり、徐々に掠める頻度も高くなってゆく。

 ナイフの威力は、その細腕に似合わずかなり強力だ。気功術の使い手であることはいまさら疑いようがない。

 問題なのは威力ではなく、ワイヤーだ。斬って斬れないこともないだろうが、高速でナイフを投げ続けられればそれを果たすだけの暇もない。

 そのうえ、ワイヤーが増えれば行動範囲も狭まり、直撃する確率は増大してゆく。

 ナイフの数にも限りはあるだろうから、躱し続けるというのも戦略のひとつではあるのだが、それを実戦するのは無謀と言わざるを得ないだろう。

 そのうえ、フレアもスピアも扱うのは長重武器だ。大槍に大剣。どちらも鈍重で初動が遅い。

 ゆえに、今回のように一度回避に徹してしまうと、その後の反撃が非常に苦しい。

 そして、今回ばかりはそれだけではなかった。

 ワイヤーは木々を結ぶだけではなく、ある存在にも結わえ付けられていたのだ。

 一本一本と徐々に支えを増やし、フレアがそれに気づいたときにはもう全てが手遅れとなっていた。

 ワイヤーが、リースを吊り上げている。

 そこに。エリィがナイフを突き付けている。

 エリィの表情は、窺えない。

 それは失望にも似ているのかもしれないし、あるいは絶望とでも呼ぶべきものなのかもしれない。

 いずれにせよ、彼女は望んだものを手に入れられなかった。それとも、これからそれを手に入れようとしているのだろうか。フレアとしては、その行為を『手に入れる』と表現することに壮絶な違和感を抱いてしまうのだが。

 少女は、言う。

「ああ、サツキ様。誰よりも強く、誰よりも気高く、そして誰よりも美しかった貴女は、もう何処にもいないのですね……」

 その声は、歌声とでも表現すべきなくらいの感極まった物言いで、それゆえに彼女の気持ちは否が応にも伝わってしまう。

 それは底の知れない、喪失感。神を失った狂信者の姿だ。

 リースを人質に取られ、身動きの取れないフレアとスピア。

 絶望のナイフは、静かに終演を告げようとしていた。

 鬱蒼とした白霧の中、一つの命が今、途絶えんとしていた。


――


「もう終わりだよ、君は」

 嗄れた男の声が、残酷にそう告げていた。

 リース――、いや、サツキはその時、その声を聞いていた。

 果たしてそれは何処だったか。果たしてそれはいつだったか。

 思い出そうとしても、記憶は空白のままだ。だというのに、光景は巡り続けている。

 これは、思い出しているということなのだろうか。それとも、妄想の一種でしかないのだろうか。

 実際に起きた出来事なのか。あるいは、自分の頭の中だけにある虚像なのか。

 真相は分からない。しかし、リースは知っていた。

 これは自分にとって紛うことのない真実なのだと。

 その光景へ、意識を傾けてゆく――。


 次第に視界に入ったのは、黒革の豪奢なデスクチェアーだ。いかにも大物が座っていそうなタイプの椅子。膝元には高級そうな猫なんかが寝転がっていそうなイメージ。

 そこに座っているのは、黒いスーツを纏った壮年の男だ。刻み込まれた皺は彼の老獪さを物語っている。

「聞こえなかったのかい? もう終わりだと言ったんだよ、君は」

 男は足を組み替える。じっくりと言葉を溜めるのは癖なのか、妙に重みがあるように感じられる。

 彼が築いてきた何らかの経験から成せる技なのか。それとも、そう見せたいだけなのか。

 いずれにせよ、サツキはもう呑み込まれてしまっていた。言葉を詰まらせ、男が放つ先の言葉を待ち続けている。

 追い詰められ、思考回路を奪うことが目的なら、それは充分に達せられているはずだ。

 にもかかわらず、男は態度を変えようとしない。

 ならば、目的は何なのか。攪乱でないのなら一体――。

 抱いた疑問はしかし、氷解する。

 リースには分からない。知らない出来事だ。だが、サツキにとってはそうではない。既知の出来事だ。

 サツキは全て知っている。当然だ。過去のサツキは記憶を失くしてなどいなかったのだから。

 ならば何が起きていた。これは何の光景なのか。

 サツキはこの時、何が終わりとなってしまったのか。

 そして、記憶喪失の原因とは何なのか。

 リースが今、この光景を見ているということはつまり、リースはこの時のサツキとしての記憶を思い出しつつあるということのはずなのだ。

 ならば、知りたい。教えて欲しい。一体自分は誰なのか。どうして記憶を失ったのか。

 そしてもし、記憶が完全に戻ったならば、あの、エリィという少女にも、太刀打ちできるのかもしれない。

 今は完全に敗北している。それは分かりきっている。無様に倒れ、それを理解した。困惑も、今は解消している。

 勝つためには、まだ足りない。まだ、サツキとしての記憶が足りない。

 きっと、だから――。

 下へ下へ、墜ちてゆくような感覚に不安が募る。

 それでも、この不安こそが、求めていた真実なのではないかと思うと、少しだけ力が湧いてくるようだった。

 この温かい気持ちは、どことなくフレアを思い出させる。

 彼のことを想うと、リースは胸がさらに熱くなるのを感じた。

 その想いの正体は、まだリースにはよく掴めていなかった。だが、それでもいい。油断すると、挫けてしまいそうになってしまうから、今はこの温かさが心地よい。

 そんな気持ちをゆっくりと噛み締めて、リースは瞳を開いた。

 そこはまだ現実ではない。あくまで仮想的な動作でしかなかった。

 だとしても、もうその眼には、恐れや迷いは一切なかった。


――


『思えば始めから違和感はあったんだ。

 僅かではあったけれど、そこに些細な違和感は感じていたんだ。

 けれど、アタシはそれを見過ごしていた。引っかかりはしたけれど、それを気に留めず、意識の外へ放り出してしまっていた。

 後になってみれば、それは酷く単純で、酷く滑稽な罠だったのだろう。

 それでもどうにかなると思っていたし、今まではどうにかしてこれたのだから。

 だから気にも留めなかった』


「これが次のマトなの……? 随分とあっさり見つかるのね、要人のクセに」


『アタシは依頼書に目を通すと、すぐにライターで火を点けた。灰皿の上に黒い灰だけが残されていた。

 違和感は、標的発見の報告の早さだった。警戒中の標的にしては見つかるのが早すぎる。そのうえおあつらえ向きな殺害用スポットまで発見されている。これでは殺してくれと言っているようなものだ。余程のバカなのかもしれないし、実は大したことのないヤツなのかもしれない。どっちでもいいけど』


「会談のため、船で移動の予定。その船を棺桶にしてやれ、ね……。いい趣味してるわ」


『多分だけど、侵入さえしてしまえば仕留めるのは簡単だろう。船の上は狭く人数も確保しづらい。そのうえ通路も狭いし逃げ道もない。あわよくば海面へ逃げたとしても移動速度は鈍重もいいところ。空を飛びでもしない限り、退路など存在しない。現状そんな技術はヴァルト内でも未達成なのだ。

 速度と小柄さを武器としているリースには、かなり有利な戦場だった。

 違和感なんてすぐに飛んで消えていった。どうせ、ウチの諜報員も優秀だったというだけの話でしょ』


『今にして思えば、アタシは慢心していたのだと思う。たとえどんな罠があったって、自分なら脱せられる。掻い潜れる。そう思ってた。

 だってそうでしょ? 今までどうにか出来てたんだもの。どうにか出来なかったことなんて今までなかったんだから』


『やはり情報通り、標的は船に乗り込んでいるらしい。乗組員に扮した護衛も多数発見されている。巡回も的確に行われているようだ。

 間違いなくホシは乗っている。大船にでも乗ったつもりだろうか。すぐに沈んでしまう泥船だとも気づかずに』


『アタシは小型艇から暗闇に紛れつつ海面を走り、甲板へ着地した。音沙汰はない。気づかれてはいないようだ。

 周囲にレーダーでの索敵くらいは行っているだろうが、見つけられるのは船舶か、潜水艇くらいのものだろう。気功術による海面走行など考えもしていないはずだ。

 気功術の使い手は世界中に点在するものの、銃器が発達した現在では進んで開発をしようとは思わないらしい。

 多くの国家、軍隊では、武装にばかり焦点が当てられている。理由は分からないでもない。能力差のはっきり現れてしまう超人開発と、凡人でも戦力に変えられる近代武装ではどう考えたって、後者のほうが育成の手間は少ない。そのうえ安定した戦力を確保できる。

 だが、それゆえに気功術に対する防御も疎かになりやすく、アタシたちのような暗殺者は食うに困らないわけだ。世の中ってのは皮肉なモンだ。

 気功術の開発を諦めた所為で、気功術に苦しめられるってんだから』


『とにかく、船の制圧はチョロかった。アタシは息ひとつ上がらせることもなく物の数分でおおまかな敵戦力を殲滅した。

 発見される可能性は著しく減ったが、そろそろ船の異常にも気づいていて良さそうな頃合いだ。しかし……』


「静かだ……。まさか本当に無能なのか……? それとも……」


『アタシは、次第に忘れかけていた警戒心を取り戻していた。

 もしかしたら、もうすでに動いている可能性だってある。それを気づかせないだけの技量があるのかもしれない。

 外部にいた見張りの数も決して少なくはなかった。だが、もちろん中にだって相当数の敵が潜伏しているはずなのだ。

 アタシは、慎重に扉を開け、後回しにしていた船室の探索を開始する』


『中は粗方空っぽだった。すでに逃げられていた……?

 いや、それはない。いくらこっそり逃げようとしていても、アタシの耳を騙すことなんざ出来ようはずがない。

 間違いなくボートが着水するような音はしていなかったし、それどころか扉を開く音だってしなかった。

 波音やエンジン音で誤魔化されるほど、アタシの耳は鈍感ではない。

 何せ相手は一人二人ではないのだ。標的の要人を含め、護衛があと二十人前後は内部に潜伏しているはずなのだ。

 それだけの人数が逃げ出そうというのだから、物音は聞き逃しようがない。ならば何故……?』


「そうか……。なるほど。アタシを殺せる自信があるってことか……」


『アタシは不覚にも嗤ってしまう。だってあまりにも愉快だから。

 相手は逃げてはいないのだ。それどころか、アタシを殺そうとしている。アタシはそれを確信していた。

 船内の階下には間違いなく人の気配がある。近くではないが、遠くでもない。燻る炎が酸素を求めるような、殺しきれない悪意が滲み溢れている。

 この策ならアタシを殺せる。そういう決意のようなものを感じる』


「あはは……、バカみたい。……身の程知れよ、ドブネズミ共が」


『嘲笑と共に、アタシは船内を歩き始めた。ブラブラと身体を揺らしながら乱雑な徒歩で仄暗い鉄製の廊下を進む。

 ……敵に動きはない。距離はそう遠くないくらいには来たはずだ。だというのに……、随分と慎重なものだ。

 殺気も強まるわけでもなかった。もちろん弱まるわけでもない。

 ……段々と違和感は募る』


『何か前提を履き違えている……? アタシは何かを勘違いしているのか……?

 だとしたらそれは何だ?

 敵は複数いるということ? 殺そうと待ち構えているということ? それとも……。

 ここに敵がいるということ自体が間違いだった……?』


「いや……」


『いくらなんでもそれは荒唐無稽に過ぎるというものだろう。

 でなければ、わざわざ護衛を携えて船なんかに乗るのか?

 乗ったふりをしていただけ……?

 まさか……。

 アタシはこの目で確認している。そんな真似は不可能なはずだ』


「……まさか、替え玉……?」


『可能性は零ではない。むしろ始めに疑われたはずだ。だからこそ盲点だった……?

 アタシは報告を信用していた。だがもし。もしもの話ではあるのだが……』


『アタシは、ここに来て初めて冷や汗を掻いていた。最悪の気分だ。

 気は進まなかったが、開けかけた蓋を閉じるわけにはいかない。目の前には気配を放つ扉がある。

 そこに、いるはずだ。敵が。想定を越えた敵が、そこで待ち構えているはずなのだ。

 アタシは、首を強く振って、思い切りドアノブを捻った。そして……』


「……やれやれ。待ちくたびれたよ。お嬢さん」


『アタシを迎え入れたのは、壮年の黒スーツ。白髪をオールバックに纏めた大柄な男だった。

 男は言う』


「その顔だと、もう察しはついているようだね。話が早くて助かるよ。

 ああ、そうだ。その通りだとも。君は嵌められたのだよ。サツキくん。

 考えてもみたまえ。名の知れた要人が素直に顔を晒すと思うかね。ましてや自分の乗る船を特定させるなど……。

 だが、君は信じてしまった。そんな馬鹿げた報告を。

 何故だか分かるね。君は聡明だ。そう、報告者が既に我々の手に堕ちていたのだよ。だから簡単に君を引きずり出せた」


『男は語り出す。ひとつひとつの言葉が、アタシを責め立てる。アタシの未熟を責める。アタシの、弱みを抉る』


「君も知っているだろう。国家は気功術士に対処しきれていない。我らは気功術士に対して後手にならざるを得ない。だからこそ、手を打たねばならなかった。

 反撃の手が、必要だった。

 長い時間を掛けたよ。ヴァルトニックに取り入り、密偵となれたのは送り込んだ三十人のうち僅か二人。うち一人は最初の任務で帰らぬ者となった。

 だが、残された一人は見事にやり遂げてくれたよ。嘘の報告書をでっち上げ、君をこの船に呼んだ。この……、棺桶にね」


『最悪の皮肉だ。この船は本当に棺桶だったのだ。暗殺者を仕留める。たったそれだけのために生み出された……』


「……けど、どうしてアタシを……? アタシごときを亡き者にするためだけに、あまりに手の込んだことをしてる……」


「ふふ……、それは過小評価というものだよ、サツキくん。

 君は強い。強すぎるくらいだ。君一人のために一個中隊を失うくらいならむしろ安い代償と言えるだろう。厳密には総計五十二名だがね。君を騙すためだけに死んでもらうことになった。

 言ったろう? 君ら気功術士は厄介な存在だ。たとえ強引な手段を用いてでも殺しておきたかった」


『振り返り、船を脱しようとしたところで、退路が断たれた。バクン、とここへ侵入するまでに開いた扉の全てが閉じられた。同時に閂でも掛けられたみたいな重い鉄の音が響いた』


「残念ながら、もう終わりだよ、君は」


『男は言う。ゆっくりと、絶望を噛み締めさせる重低音。それは、空っぽの頭を痺れさせる不快な残響。

 何もかもを諦めたくなる。そんな音色を孕んでいた』


『次いで、鳴り響いたのは階下からの爆音。もう考えるまでもなく、絶体絶命の不協和音が、鉄製の巨大な棺桶に鳴り響いた』


「聞こえなかったのかい? もう終わりだと言ったんだよ、君は。

 希望など捨てたまえ。

 君という暗殺者に多くの有望な政治家が死んだ。優秀な王が殺された。

 君が我々の国の希望を奪ったのだ。

 これはね。覚悟なのだよ。大臣の替え玉に過ぎない私に課せられた大いなる使命。

 敵戦力の優良株を早めに摘み取る。そのために命を賭する壮大な決意。

 君に分かるかね。

 息子を。娘を。妻を。夫を。姉妹を。兄妹を。父を。母を。

 大切な者の未来を思うがゆえの、我々の悲壮な意志を……ッ!

 散れ! そして、セントラルブルーの藻屑と化すのだ! 《執行者》サツキよッ!!」


『そんな捨て台詞と共に、男の身体は弾け飛んだ。自爆しやがった。近距離での爆破の威力は凄まじく、アタシは鉄扉に叩きつけられた。防御も受け身も間に合わず、激痛が身体を駆け巡る。

 しばらく身動きも取れず、蹲っていたアタシだったが、ようやく立ち上がれるようになった頃、アタシは遅まきながらひとつの事実に気づいたのだった。

 それは窓の外。丸窓から水面が垣間見えるのだ。さきほどまでは薄暗い宵闇が見えていたというのに。

 沈んでいる。それもかなりの速度で。

 水面はすぐに窓の上まで達し、景色は水中へと切り替わる。

 タイムリミットは間近だ。あと十分、あるいは二十分もするうちにこの船は沈没するだろう。

 壁は鉄製。扉も鉄製。退路は全て塞がれている。そのうえ、身体には爆発のダメージもある。

 扉を複数破るくらいなら、壁をぶち抜いた方が早いだろう。その結果どんな惨状が巻き起こるのかは想像すらしたくないが。

 とはいえ、このまま沈むのを待つよりかは幾分かマシだ』


『そしてアタシは、気を練った。

 勢いをつけるため、足を曲げ、重心を落とす。

 次に腕を引き絞り、ナイフを身構える。

 腰だめにしたナイフへ気を集中させる。

 纏めた気は面へ。それを圧縮し、線と化す。さらにそれを縮めてゆき、威力を研ぎ澄ませてゆく。

 狙うは一点。壁の中腹辺りを目標とする。そこへナイフを突きつけるイメージ。

 イメージを強固にしてゆく。考えるのでもなく、想像するのでもなく、それを結果であると認識する。

 起こって当然であり、それはもう起こった出来事だ。そして記憶を戻してゆく。過程をなぞる。

 そうすると、イメージは現実となり、想像はリアルになる。

 "疾風顕神しっぷうけんじん"。

 アタシに使える最強の技だ』


『だけど、そこからの記憶がない。

 アタシは壁をぶち抜けたのだろうか。おそらくそうなのだろうが、あまりの衝撃と水流とに押し流され、その際に頭でもぶつけたのか、アタシは記憶を失くした。

 気づいたときには、アタシは診療所にいた。目の前には点滴の管が垂れ下がっていた。

 そこからアタシは、リースとなった』


『それがアタシだ。アタシという人間なのだ』



《そうか……。それが……、お前という人間なのだな》



『頭の中に声が響いた。聞いたことのない声だ。

 アンタは誰だ。どうしてこの声が聞こえるんだ』



《当然だ。我がお前をここへ呼び寄せたのだからな》



『……アンタは、誰だ?』



《我は……、精霊だ》

・毎度ご無沙汰です。亘りん坊将軍です。

ついにやってしまいました。リースオンリー回です。

リースのお話だけでも終わらせたくって、がんばってみたんですが、結局続きます。

あははー。


・サブタイトルについて

正確には前回辺りに書いておくべきでしたが、サブタイトルの解説です。

【maybe】は【多分】とか【~かもしれない】みたいな意味の英単語だった気がします。

それとサツキ【五月/May】を掛けています。言葉遊びです。

意味合いとしては【私はたぶんサツキだ】みたいな意味です。

maybeをmay beとも取れるようにかいてあるので【私はサツキであるのかもしれない】ともとれます。結局意味はあまり変わりませんが。

あ、それと今回からサブタイトルの剣姫が抜けました(英題のほうには残ってるけど)。

理由はネタがなくなったからです。あと、今回クレア出てこないし……。


・次回

次回こそはエリィとの戦いに終止符をつけます。

おかしい。十一章のプロットの時点ではこの先まで書く予定だったというのに。もう十七章だよ。どうしてこうなった。陰謀説を唱えてもいいですか。だめですかそうですか。

十八章は、十一月上旬には上げます。よろ!

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