第一節 約束
貝紫の工房から流れてくる臭い。慣れるまでに三年はかかると人々は言う。
ティコはもう慣れていた。
巻貝を潰し、腐らせ、煮て、あの退色しない深い紫を絞り出す——その過程で立ちのぼる悪臭は、風下の区画を『マゴラト』でいちばん安い家賃の土地に変えていた。だからこそ、身寄りのない子供たちが、そこに巣くう。
臭いのする場所は貧しい場所だ。貧しい場所には大人の目が届かない。
ティコは十四で、その臭い区画に群れる浮浪児たちの束ね役だった。
束ね役といっても大した役ではない。荷運びの仕事が入れば、年少の子に回してやる。使い走りの依頼が来れば、足の速い子を選ぶ。ときには目こぼしの利く盗みもする。倉の隙間から荷の一つや二つ。
──港のどの倉に何が入っているか、どの船がいつ出るか、大人が見落とす細部をティコたちは誰よりもよく知っていた。それが、彼らの唯一の財産だった。
その朝、ティコは桟橋の杭の上に座って湾を眺めていた。
朝の光が、フレトゥム海の水面を鈍く光らせている。潮目のあたりに漁船が何艘か出ていた。
マゴラトの漁師は、海峡で二つの海流がぶつかってできる"潮目"を読む。魚がそこに集まるからだ。その知識は古い漁師の家系が代々、口伝で守っている。
ティコには縁のない世界だった。彼のような者は海の上ではなく、陸の縁の、いちばん汚れたところで生きるのだから。
「よう、ティコ」
声に振り返ると、"フェリオ"が立っていた。
フェリオ・ドゥクス。十九の痩せた若者だ。赤毛の獣人の貧しい下級市民の生まれ。かつてはこの港のねずみの一人だった。
だが、貝紫工房の下働きから身を起こし、去年冒険者ギルドに登録した。まだ大した稼ぎはないが、それでも港のねずみを卒業して、一人前の道を歩き始めた男だ。ティコにとっては兄貴分だった。港の底から這い上がれるのだと、その背中で示してくれる男だった。
「フェリオの兄貴!」とティコは杭から飛び降りた。「久しぶりだなぁ。ギルドの仕事はどう?」
「ぼちぼちだ」とフェリオは肩をすくめた。「隊商の護衛の口が一つ。それと、下水路のネズミ退治。──英雄にはまだ遠いな」
彼は笑った。だが、その目は笑っていなかった。ティコはそれに気づいた。港のねずみは人の目を読むのがうまい。読めなければ生き延びられない、というのもある。
「なぁ兄貴」とティコは言った。「何かあったのか?」
フェリオは少しのあいだ黙っていた。それから声を落とした。
「ティコ。お前、"オルペス"の名を知ってるか」
その名を聞いて、ティコの背筋がかすかに冷えた。
オルペス・ネクィア。元老院の最古参の一人。マゴラトでいちばん不気味な影響力を持つと噂される老人。──いや、老人という言葉が正しいのかどうか。
オルペスは白鬼人だった。白鬼人は七十代の風貌に達すると、そこからほとんど老化しない。だから、オルペスの実年齢を正確に知る者はいない。
ある者は言う。あの老翁は豊穣神セミルスがまだ人であった頃——およそ六百年前——にはすでにマゴラトで老翁として生きていた、と。
「知ってるさ」とティコは慎重に答えた。「元老の一人だろ。会ったことはねえけど。俺みたいなのが、会える相手じゃねえ」
「それが」とフェリオはさらに声を落とした。「会うことになったんだよ。俺が」
ティコは目を見開いた。
* * *
話はこうだった。
フェリオはある夜、ギルドの帰りに路地で待ち伏せされた。フードを目深にかぶった男がフェリオの前に立ち塞がり、こう言った。「オルペス・ネクィアさまが、お前に用がある」
フェリオは断ろうとした。元老の使いなど、ろくなことにならない。港のねずみだった頃からそれだけは身に染みて知っていた。上の世界に関わると、下の者はたいてい潰される。
だが、断れなかった。
男はフェリオが去年まで港のねずみだったことを知っていた。フェリオが今もその臭い区画にたまに顔を出すことを知っていた。フェリオがティコという名の束ね役の少年を弟のように思っていることを知っていた。
「よい話ではないか」と男は言った。「元老さまのほんの使い走りだ。一度きり。報酬も悪くない。──断れば、お前の弟分がどうなるかな。"港のねずみ"など、桟橋の下からいくらでも死体が上がる。誰も気に留めん」
それで、フェリオは頷くしかなかった。
「俺は」とフェリオはティコに言った。「今夜、オルペスの屋敷に行く。何を頼まれるのかは知らない。だが、嫌な予感がする。──ティコ。もし、俺が三日経っても戻らなかったら」
「兄貴」
「聞け」フェリオはティコの肩を掴んだ。「三日経っても戻らなかったら、お前は俺のことを忘れろ。探すな。関わるな。──オルペスに関わった者はたいてい消える。お前まで巻き込まれるな。分かったか」
ティコは答えなかった。
答えられなかった。フェリオは彼にとって、ただ一人の兄貴分だった。港の底から上へ這い上がる道があるのだと示してくれた、ただ一人の男。その男を忘れろと言われて、頷けるはずがなかった。
フェリオはティコの沈黙を承諾と受け取ったのだろう。あるいは、受け取ったふりをしたのだろう。彼はティコの肩をもう一度、軽く叩いて、路地の奥へと消えていった。
その背中をティコは見送った。
いつもの頼もしい背中ではなかった。
* * *
三日は経たなかった。
二日目の夜が明けても、フェリオは戻ってこなかった。
――そして、三日目の朝、桟橋の下から死体が上がった。
ティコがそれを見に行ったのは他のねずみが、知らせてきたからだった。「桟橋の下に若いのが浮いてるらしい。獣人だ」と。ティコは走った。臭い区画から桟橋まで、息が切れるのも構わず走った。
――だが、それはフェリオではなかった。
浮かんでいたのはフェリオと同じくらいの年頃の獣人の若者だったが、顔が違った。ティコの知らない男だった。おそらくどこかの水夫か、下働きか。港では若い者の死体など珍しくない。喧嘩、事故、酔って足を滑らせる。桟橋の下からいくらでも死体は上がる。──あのフードの男が言ったとおりだった。
ティコはその死体をしばらく見ていた。
"フェリオではなかった"。
だが、フェリオも戻ってこなかった。あの朝、路地の奥に消えたきりだった。
ティコは決めた。
フェリオの言葉を破る。「忘れるな、探すな、関わるな」──その三つを全部破る。




