最終話 奴隷商だった男
湖上に浮かぶ王城。それは再び荘厳な姿を取り戻し、その白さを朝日に反射させる。段々と昇っていく陽に城の影は伸び、はためく諸貴族の旗の間を、渡り鳥の番が通り抜ける。
散らばった宝石の様に煌めく湖面。その上に架かかるのは、王城と街を繋ぐ橋。そこには1台の馬車が走り抜ける。
「……やっと外に出れる」
しばらく髪も切らずにしていたせいで、紺色の髪も肩下まで伸びきってしまった。それもこれもこの所の業務のせい。
「貴族との交渉に利害調整に外交に法制に……」
それなりの役職になって、この国の為に働けるのは良い。だが、だとしてもあまりに業務過多。肌も荒れ、せっかくの今日に向け仕事を頑張ってきたが、全く準備も用意も出来なかった。
「お父様も頑張ってるから何も言えないんだけどさ……」
城門を抜け元帝都の街並みが見える。人で溢れ商業は活発に、異国の品も多く並んでいる。その調度品の多くは北からの、オークランス領の港を経由しての物。
「……あのメイベルがねぇ」
あの戦争の処理。それはかなり揉めた。いくつもの暗躍が表に出て、関わる全ての利害がぶつかり合った。だが、それが収まったのは、その渦中にあったメイベルが隠居をしたから。
「あの時も私が担当だっけ」
見える調度品はその日を思い出すような深紅の絨毯。その上で互いの代表が机を挟み向かい合う。
「隠居する条件が領土保全……ですか」
戦後クラリスの父に次ぐ影響力を持ったメイベル。彼女は再度剣を構えるのも辞さない姿勢だった。だが、突然その剣を控えたと思えば弱腰の提案。誰しもが疑い罠を警戒する中、メイベルは微笑みを浮かべたまま。
「えぇ破格でしょう?あと北国との貿易特権も貰えれば何も言う事は無いですね」
何か罠は無いか、条文に見落としは無いか。何日も続いた会合の中、私はほとんど寝ずにそれを警戒し続けた。だけど、結局何もないまま最初に提示された条件のまま決着がついてしまった。
「その一か月後に病死……自分の死期を察してたんだろうな」
何を指針にしているのか何を考えているのか。それは最後まで分からなかったが、彼女の死に顔は満足げだったらしい。
そんな思考の寄り道をしながらも、約束の店を前に馬車が止まる。
「到着しました。約束の彼もいますね」
御者にそう言われるが、クラリスはすぐに降りようとせず髪を触る。多少手入れはしてきたが、それでも気になってしまう。引っ張り出した紺色のドレスも皺が無いか気にし、クラリスは一度深呼吸をする。
「……よし」
御者が扉を開ける。外のあまりの眩しさに目を開けていられなくなる。ゆっくりと地面の硬さを確かめながら降り、ヒールが石畳を叩く。そして段々と慣れてくる視界には、しばらくぶりの彼がいる。
「昼間にしては正装すぎないか。いつかみたいに舞踏会にでも行く気か?」
そう言った彼は年季の入った黒い外套を身に纏う。いつの日かに比べ随分表情が柔らかくなった気がする。
「あんたも春先にしては随分厚手ね。そんなに素肌見られたく無いの?」
クラリスは歩き出しながら後ろに手を組み聞き返す。すると彼はその外套を愛おしそうに眺め、ポケットに手を入れる。
「生憎傷跡ばかりなんでな」
そこにはいつの日か使ったような大衆酒場。クラリスのその服装では少々気張り過ぎではと思うが、店主は何も言わず個室へと案内してくれる。
「庶民派って奴か。公爵令嬢さんが」
「いいでしょ。政治家ってのは親近感大事だからね」
そんな会話をしながら座り、昼から何を頼むかと思えば、さっさと酒だけ注文するクラリス。そんな彼女を見るのは随分久しぶり。というより手紙を貰って以来初めて会った程だった。
だからこそ。まず彼が発するべき言葉は謝罪だった。
「あの時は間に合わなくて申し訳ない。俺のせいで大変な目に合わせた」
深々と頭を下げる。自分と比べ地位も金も持っている彼女に出来るのは、これぐらいの誠意を見せることしか無かった。
だがその肝心の彼女。クラリスはそれをニマニマとしたまま眺め黙り続ける。
「……なんだ。その顔は」
奴隷商は頭を上げそう不満げに言うが、クラリスは何が面白いのか。
「怒るにしては時間が経ちすぎたから。それにあの時助けに来てくれた事実だけで私は良いの」
今日はやけに笑みが多いクラリス。謝罪をしていた奴隷商だが、それが気持ち悪く感じてしまっていた。
「……なんか丸くなったか?毒気が抜かれたというか……」
彼女への印象の主だった厳しさは、あまり感じられない。話していてコレジャナイ感がすごい。するとクラリスは、届いた酒に喉を鳴らしながらも。
「痛い眼に遭いすぎたからかね。キツイ方がお好みで?」
そう言ったクラリスは、煽る様な人を食ったような笑みを浮かべる。そんな彼女にどこか安心しつつ、届いた酒を自分の口に運ぶ。
「お前はそのまんまで良いと思うけどな。少なくとも俺には」
多少関りずらいと思っていた事もあるが、もうそれに慣れてしまっている。今更変わられても困るという物だった。
だが変に意味が伝わってしまったのか、クラリスは僅かに視線を逸らし、上ずっていた声は小さくなる。
「……そ」
それで変な空気になってしまい沈黙が流れるが、料理が来れば、またいつもの調子で雑談をしながら食事をしていく2人。そしてふと、クラリスが思い出したかのように呟く。
「そういえば。来年から鎮魂祭が執り行われるって。あの戦争で死んだ全ての人の為の」
酔いもそれなりに回っていた頃合い。多少セーブしていたとはいえ、少しだけ体温が高いのを感じる。
「……そうか。それは良かった」
つまみを口に放り入れる。クラリスもそれを見てか同じものをフォークに刺し小さく齧る。そして遠くから聞こえる鐘の音。それにクラリスは目を上げると、フォークをそのまま皿に置く。
「じゃあ私はまだ仕事だから」
そう言われ思わず疑問が口に出る。
「酒飲んで仕事するのか……?」
一瞬まずいと顔に出すが、クラリスは誤魔化すように荷物を纏め立ち上がる。その口調は確かに早口に。
「仕事って言ってもあれだから。書類だから。別に良いでしょこれぐらい」
クラリスはそう言って手を振り、ヒールの足音は遠のいていく。相変わらず忙しそうだが、その表情に余裕は感じられた。
「あいつも変わったんだな」
1人呟きその酒場を後にしようとする。帰りに何を買い出しをして行こうかなど考えていると、ふと肩を叩かれる。
「旦那。食い逃げはダメよ」
一瞬思考が固まる。だがその伝票を受け取ると、これぐらいは良いかと財布を取り出す。
「クラリスだと忘れてるのかわざとなのかも分からんな……」
そうして今度こそ酒場を後に買い出しに向かう。今日はそれなりに食材を買い込まないといけない。僅かにふらつく足取りで、道の脇に並ぶ露店を見て回る。
「石鹸。安いな」
そう呟くとその店主は一個の石鹸を取り出し投げかけて来る。思えば見覚えのある店主だった。
「今なら10個セットでもっと安くするが」
またとない魅力的な提案。それを悩む事もなく、ならばと財布の紐が緩む。
「なら20個買うからもっと安くしてくれ」
また紙袋の中身がずっしりと重くなる。それでも財布にまだ重さを感じるので、まだ露店を見て回っていく。
「宝石か……こんなものまで」
値段は流石に高いがこんな物が流通するようにまで戻るとは、やはりクラリスには感謝しなければいけない。そう思いながら琥珀色の宝石を手に持っていると、ふと視界端に写る栗色の髪。
「他の女の匂いがする」
胸には似たような琥珀色の宝石をかけている。偶に付けているのを見るが気に入っているのだろう。それを横目に持っていた宝石を戻し、軽く彼女をあしらう。
「犬かよお前は」
するとその彼女。ディアナの全身を見れば今日は、涼し気な白のカーディガンを中心に優しい色合いの服装。自然と2人は並んで歩き出す。
「しかも酒臭いとか。いいご身分で」
ディアナの足裏が小突いてくるが、それを避ける事はせず受け容れる。そして紙袋の中に入っていた、手ごろなサイズの赤い果物を投げ渡す。
「じゃあこれで黙っててくれないか」
それを手間取る事無く片手で受け取り、ディアナは一口齧る。
「ん~もう一個なら考える」
そんな事を言ってくるが、特段渋る事も無いのでもう一個取り出そうと紙袋を漁る。だがその手を止めるのは、要求した本人であるディアナだった。
「やっぱ要求変更。今日飯食べさせてよ」
果物一個から要求が上がった気もしなくもないが、未だ買い出しの途中。材料を買う前な事もあり、まぁ良いかと思ってしまう。
「まぁいいが。文句言うなよ」
そう返事をしてやるのだが、掴んできた手を離そうとしないディアナ。それを怪訝そうにして振り払おうとするのだが、ディアナは機嫌よさげに。
「まずかったらまた明日も来るからね」
そうタダ飯をたかろうとする腹積もりのディアナ。それでも返せない程の恩がある以上、強く言い返せなく。
「お前がいると食卓が賑わうかもな」
すると、ディアナはどう受け取ったのか、僅かに唇を尖らせる。
「別に私は食事中話すような行儀の悪い女では無いですけど?」
ディアナが手を離し半歩先を歩く。そして露店にあった豆料理の総菜に指を指す。それは買えと言わんばかりの態度で、思わずため息が零れる。
「相変わらず豆料理好きだな。お前」
そう言いつつも財布を取り出しいくつか買ってやる。流石に紙袋には入れれないので、ディアナに持ってもらうが。
「私フォークより重いの持ったことないんだけど」
そんなふざけた事を聞きつつも、そろそろ帰るかと帰路を確かめる。そして適当な言葉には、適当に返事だけはしといてやる。
「腰のナイフは随分軽いんだな。売れば借金返せるんじゃないか?」
そんな軽口だけは良く交わし合いながら2人は帰路について行く。未だ昼で人通りも多く、必然と肩は当たりそうに距離が近くなる。それを嫌がるどころか特段何も思わず2人の影は重なり、その施設へ向かう。
すると正面から見える白黒の給仕人服の2人。その手には同じく紙袋が抱えられている。
「あら買い物です?」
空色の髪が揺れる。久々に会った時には気づかなかったがユリアで、ずいぶん成長したらしい。もう給仕人でもなんでもないというのに、着慣れたからとずっとそれに拘っている。
「そうだ。そっちもか?」
するともう1人の黒髪の女。レイラがひょいと跳ね一歩距離を詰めてくる。
「そう。誕生日の子がいるから」
そう言いながらレイラはこちらの紙袋を覗き込む。僅かにシトラスの香りが漂う。
「なら祝わないとな」
するとユリアは微笑みながら、片頬に手を当てる。
「なら今日も良いです?人数が多い方が賑やかですし」
初めてじゃないが唐突なその提案。それを受けれるかどうか、紙袋の中の食料を確認しつつ答える。
「……いやぁどうだろうな飯があるかどうか」
だがすでに決定事項であるのか、レイラは食い気味に距離を詰めてくる。
「良いでしょ!?私達もご飯持ってくからさ!!」
そして珍しくユリアも乗り気なのかレイラに乗っかる。
「そうですよ。私達にとっても実家みたいな物なんですから。帰省させてくださいよ」
おそらくこちらが頷くまで引かないのだろう。往来の目もある以上、まぁ良いかと頷いてしまう。
「分かった。分かったから飯は頼むぞ」
すると2人は互いに手を合わせ微笑むと、急ぐのかコツコツと揃った足音を鳴らし急いでいく。
「……楽しそうで良かった」
それを見送りつつ、またディアナと共に歩きを再開し、その施設を目の前にする。
「あれちょっと新しくなった?」
「日曜大工だがな。ボロがいくつもあったから直した」
木造の二階建て。中庭もあるからそれなりの大きさだが、築年数はそれなりに経っている。その門を潜ろうとすると、それと同時にやってくるのは配達員。それは馬車でやってきて、こちらを見たかと思えば大荷物を荷下ろし始める。
「……引っ越し?」
ディアナがそう疑っても仕方ないほど。それなりの大きさの木箱が5箱道路脇に積まれ、配達員がこちらに小走りでやってくる。
「どうもっす!これサインお願いします!」
そう言われ書類に名前を書きながら配達員に荷物の出所を聞く。
「誰からのだ?随分多いが」
すると配達員はまた別の書類を開いてその問いに答える。
「中身は野菜っすね。届人はコンラートって人っす。お知り合いすか?」
そう聞き返され奴隷商は少しだけ微笑む。時期的に初収穫だろうに随分律儀な奴だ。
「そうだな。友人だ」
サインを終え書類を配達員に返すと、さっさと馬車を走らせて消えていく。それを眺めながら木箱を一つ開ければ、びっしりと詰まっている野菜。
「姫様と農場か。らしいっちゃらしいが」
汗を拭って土で汚れるコンラートの姿がありありと脳裏に浮かぶ。そして後ろからディアナも覗き、1つ手に取る。
「あの姫様も騎士の人と一緒にいれればどこでもって感じな人だしね」
正直姫に関しては殺されかけた記憶しかなく、そんな純真なイメージはない。だがディアナがそう言うのならそうなのだろうと受け流す。
そして他の箱もいくつか様子を見れば、1つだけ様子が違う。そこには茶瓶が入っており、それを掲げて中身を見れば。
「……蛇」
液体の中に蛇が丸々一匹入っている。それを見て隣のディアナも分かりやすく引いている。警戒しながらもその蓋を開ければ、鼻をツンと抜けるアルコール臭。そんな中ディアナが木箱を漁れば、民族工芸品のような物がいくつも入っている。
「……レイルベルとシレアか」
貰っても微妙に困るようなラインナップ。恐らく彼女らにとっては貴重な贈答品なのだろうが。そしてこの荷物をどうするかと、まじまじとお面と睨み合い悩んでいると、ふと施設の扉が開く。
「あぁ帰ってたんですか……って買いすぎじゃ……」
そう呆れた様に目を細めるのは、最近伸ばしているのか赤みがかった髪を結んだエリック。眼鏡をしている事もあって偶にクリスを思い出しそうになる。
「いや、この木箱は贈り物だ」
酒瓶を木箱に戻し蓋をする。腰にかけた年季の入った剣に干渉しない様、慎重に箱を持ち上げる。するとエリックは何を言うまでも無く、野菜の詰まった木箱1つをひょいと抱える。
「炊事場で良いですよね?」
「あぁ頼む」
レイルベルのはわざわざ言わないでも良いだろう。そう判断し木箱を手に施設へと戻ろうとすると、開いた扉からは幾つもの小さな足音が飛び出してくる。
「おみやげ!?」「お菓子っ!?」「昼ごはんまだ?」
10歳前後の子供3人が裸足のまま駆け出て来る。かつては赤い奴隷紋が首を覆い、路地裏で項垂れていた彼ら彼女ら。今では綺麗な首周りになり、肌ツヤも昼の日光に健康的に反射する。
「仕事手伝ってくれたらなー。ほら1人一個だ」
そう言ってやると、各々面倒がったりやる気を出したり自由にしつつも、自分の体程ある木箱をフラフラと持ち上げていく。それを横目にディアナと共に炊事場へと向かっていく。
「また子供増えたねーちょっと手狭になってきた?」
野菜の詰まった木箱を持っているからか、キィキィと木の床が悲鳴を上げる。
「まぁそうだな。中庭は潰したくないしどうするか迷ってる」
廊下から見える陽の差し込む中庭。そこには今日の当番の子供が花や野菜に水をやり、一部は自主的に鍛錬をしているのが見える。
「へぇ~優しいじゃん」
そんな気の抜けた返事を受けつつ炊事場へと入れば、リズミカルな包丁の音と沸き立つ鍋の音。そして走り回る子供を叱る声。
「ちょっと!手洗いなさいって!!アンタさっき虫触ってたでしょ!」
そう声を張り、まるで炊事場の担当者だと言わんばかりの彼女。長い綺麗なブロンド髪を結んでバンダナで纏めている。
「あの子起きたんだ。前医者探してたよね?」
ディアナがそう疑問に思うのも仕方ない。彼女はクロエだからだ。久々に再会した時には死にかけ意識不明で、エリックが食事の世話をし続けていた。それがただ続くだけかとも思ったが、落ち着いた頃合いに医者を連れてこれば。
「あぁ金かかるけど治癒魔法が確立してるよ。どうする?」
そう言われあっさりと解決してしまった。いや、あっさりというには随分金を積んだ記憶だが。
「まぁ良かったよ。エリックも仲間が戻って寂しくないだろうしな」
すると地獄耳か木箱を置いていたエリックが、遠くから反応してくる。
「勝手に人の心情捏造しないでください!!」
そんな会話で存在に気付いたのかクロエの視線がこちらに向く。そして手をさっさと拭き、包丁を子供の手に届かない所に置いて近づいてくる。
「この木箱は?」
やはり気になるのだろう。一瞬名前を出して良いか迷うが、隠すのもあれかとそのまま答える。
「コンラートからだ。この箱以外は全部野菜だ」
近づいてきていたエリックは僅かに表情を固める。だがクロエは、少し寂しそうな顔をするだけで、安堵したように。
「生きてたんですね……良かった」
意図的では無いが、自然とコンラートに関する情報は伝えてこなかった。クロエ自身もそれを察してか何も聞こうとして来なかった。だがその表情を見れば、要らぬ気遣いだったのかもしれない。
「あぁ。手紙出したくなったら言えよ」
そう言ってやるがクロエは首を振り。
「いや。いい。もう」
クロエは表情を隠すように背中を向け、炊事場へと戻っていく。だが、その途中で足を止め、思い出したように木箱から一つ野菜を手に取る。
「お墓にお供えしても良い?」
その言葉に確かにと、また中庭に視線をやる。
「俺が供えて来るよ。あいつら腹空かせてるから、クロエは早く料理作ってやれ」
中庭で騒ぐ子供の声が施設全体に良く響く。クロエは仕方ないと腰に手をやり。
「ん。分かった」
そう言って今度こそ炊事場へと戻っていく。それを見送り野菜をいくつか見繕って、中庭に出る。ディアナも気を遣ってかついてきてくれていた。
そして中庭の端にはいくつも墓が並ぶ。それぞれにはかつてこの施設にいたハンナなどの子供の名前に、クリスの名前も墓標に刻まれている。
「……まさか仲の悪かったクロエの奴が、お前の墓を毎朝掃除するとはな」
そっと野菜を置く。そして花でも置ければと、腰を浮かそうとすると、ふと頭の上に優しく甘い香りが広がり、視界の上部は黄色の花が写る。
「どう!?可愛いでしょ!?」
そう笑顔を弾けさせるのはルナだった。あれから龍化する事も無く、こうやって子供と混じって遊ぶ日々。そしてその手にはいくつも花輪があり、墓それぞれに丁寧に置いて行く。
「……記憶は戻ってないんだよね」
ディアナは少しだけ声色を悲しくさせルナを見る。だがそこまで悲観はしておらず、ただ微笑ましく思い答える。
「あぁ……まぁ思い出さない方が幸せって奴なんだろう」
今が楽しそうなら良い。彼女が思い出すにはあまりに重すぎる過去。それを俺が忘れる事は無いが、彼女に背負わせたくはない。
「それにあいつらが消えた訳じゃないんだろうしな」
墓前には小さな黄色の花、ミモザの花輪が風に揺られる。誰か置いたのか平べったい石もある。そして手を合わせようとするが、今日はやけに慌ただしい。エリックの声が遠巻きに響く。
「ユリアさんとレイラさんが来ましたよー!!」
そして玄関口からはまた別の子供の声が何人分も聞こえてくる。それで合わせかけた手を解き振り返る。隣のディアナも同じようにしてエリックの声を辿る。
「孤児院経営してるんだっけ」
その言葉に今日コンラートが野菜を送ってくれた事にただただ感謝してしまう。
「だな。そんな急いで来なくても良いんだが」
まぁただこうやって理由を付けて会いに来てくれるのは嬉しい事でもある。だからと姿は見えないが、いるはずのエリックに声を張る。
「とりあえず案内しといてくれ!後で行く!」
そして今度こそ手を合わせ目を瞑る。ディアナは流石に宗派が違うが、同じ気持ちで墓を前にしてくれる。そして一分ほどだろうか。更に騒がしくなりつつある中庭で、クロエの声が響く。
「ちょっと奴隷しょ……亮太!!人来るなら言ってよ!!!ご飯足りないじゃん!!!」
その声にせっかくしんみりしかけた感情はどこかへ行き、仕方ないと膝に手を当て立ち上がる。
「別に俺悪くないと思うんだけどな……」
そう呟きながらクロエの元へと歩き出す。気付けば中庭にはレイラやユリアもいて、随分騒がしくなりつつある。そしてついて来たディアナは、柔らかい芝生を踏み隣に並ぶ。
「でもあんたが選んだ道でしょ」
そう言われ。元奴隷商である亮太は頷く。黒い外套のボロボロになった裾は揺れる。その解れは戦闘だけではなく、大工に農作業、子供に破かれたせいで出来た物だ。
奴隷商だった男は満足に、柔らかく微笑む。風が凪、芝生が揺れる中庭。そこに確かにある墓石とその花輪へ振り返る。
「そうだ。俺が選んだ結果だ」
ある街の一角。その木造建ての建物には一人の男がいた。それはかつて奴隷商であった。だが、今は人を拾い、人を育てて、独り立ちした彼らからの仕送りや内職で生計を立てる。それを生きがいとして生きる男が、そこにいたのだった。
これでこの物語は完結になります!!
まず、ここまで書き続けられたのは、読んでくださった皆様のお陰です。その事に関して感謝の言葉をまず書かせていただきます。また、誤字や設定の甘さ等稚拙な所も多くあったかと思いますが、ブックマークや評価等してくださり、とても嬉しく励みになりました。それらを糧に、私自身最終話までやれることを、やり切る事が出来たと思います。その結果皆様が、ここまで読んで面白かったと思って貰えたのなら幸いです。
最後にしつこいようですが、重ね重ね、ここまで時間を使って読んでくださって本当にありがとうございました!そしてまた皆様が面白い作品に出会える事を願っています!そこに自分の作品も入れるよう、また投稿しようと思いますので、私の名前を見た時はぜひ読んでくださると嬉しいです!!




