第12話 意地っ張りと嘘つき
幾つもの足音が、軋み年季の入った階段を鳴らす。だだ1人言葉を発さず、気まずい空気が流れ続ける。
それを破る様に一階で奴隷商らを迎えるのは、律儀にエプロンを付けたままのコンラートだった。
「上でドタドタしてたがどうした?」
明らかに何かあったのか察しているのだろう。コンラートはクロエのことをしきりに気にするが、奴隷商はその視線を塞ぐようコンラートの正面に立つ。
「そういうお前は火は大丈夫なのか」
コンラートは炊事場の方を気にしながら腰に手をやる。
「火は止めてきた。流石に時間がかかり過ぎだったからな」
また面倒な、そう思いかけた奴隷商。だが昨晩この男が、中庭で素振りをしていたのを奴隷商は思い出す。
「昨晩ハンナを見たか?」
するとコンラートは思い当たる節は無いのか首を傾げる。
「……?帰ってきた時以来見てないな。それがどうした?」
アリバイはならずらしい。もしかしたら自主的に素振りをしていたかと思ったが、あてが外れたようだ。
だがコンラートは何か思い出したかのように、あっと声を上げる。
「でもなんか2階で誰か歩いてはいたな。顔は暗くて見えなかったけどな」
そうコンラートが指を差すのはクロエの部屋の辺りだった。そして更に詰めるように続ける。
「多分輪郭的に女の子かな?多分ハンナちゃんが帰ってきたあとぐらいだったけど」
他の奴隷達がざわつき出す。ラウラまでも諦めたように肩を落としてしまう。
ハンナ以外起きていないはずの時間に見えた、その人影。そして目撃現場が犯行場所と同じ。客観的に見れば誰が盗んだかは明白だった。
そしてクロエとレーナはかばい合う様に体を寄せ合う。それを横目に奴隷商はコンラートに言う。
「まぁいい。こいつら連れてって飯だけ用意しといてくれ。すぐ向かうから」
奴隷商がコンラートの肩をポンっと触る。するとコンラートはこういう時には勘が良いのか、奴隷商の腕を掴んでくる。
「ハンナちゃんに何かあったのか?ここにいないようだが」
説明をしたとて最後まで話を聞かないだろうに。そう奴隷商は思いつつ、軽くいなすように返事をする。
「何でもない。落とし物を探すだけだ」
ただ言い訳が下手だったのか、コンラートは一向に引こうとせず、更に強く腕を握ってくる。
「なら俺も手伝うが」
この様子はやはり何か察しているのだろう。だがコンラートまで巻き込むと余計に面倒になりかねないからと、奴隷商は押し通す。
「飯が冷める。あとで説明するからこいつら連れていけ」
奴隷商はそう言い残し歩き出してしまう。そんな事聞く訳無いコンラートは、ついてこうとするがその足は動かない。
「また命令か……ッ」
脚の骨が全てつながったように動かない。そんなコンラートの脇をクロエとラウラが付いて行く。せめてと、そのクロエをコンラートは視線に捉える。
「クロエちゃん。皆と仲良くね」
コンラートには何があったのか分からない。だが、幾らバカと言われようが、この空気感から察せない訳がない。そしてその原因が恐らくクロエなのも。
だからと言った言葉なのだが、クロエはブロンド髪の向こうに表情を隠してしまう。
「……言われなくとも」
そうしてコンラートは何も出来ず奴隷商達を見送る。
そして奴隷商らは中庭へと降りていく。と、そこで丁度目の前を走り抜けるのがハンナだった。それなりの時間を走っているのか汗をかき、髪を纏めて結んでいた。
「ちょっと良いか。聞きたい事がある」
寒さに肩をすぼませながら奴隷商は呼び止める。するとゆっくりと走る速度を落とし、怪訝そうに振り返るハンナ。
「……はい?なにか?」
肩を上下させ、上がった呼吸と肩から昇る蒸気は、分かりやすく白くなっていた。
「このペンダントに見覚えあるか?」
奴隷商は、クロエの首にかかったペンダントを指差して問いかける。するとハンナは、見覚えが無いと言いたげに目を細め唸る。
「……知らない……ですね。奴隷がこんな高そうなの持ってて良いんです?」
ハンナのすっとボケたともとれる反応に、クロエが詰めかかろうとする。
「これが誰のだと━━ッ」
それを咄嗟にラウラが抑えようと体を張る。
「落ち着いてって。クロエちゃん」
そんな二人のひと悶着、それすらハンナは不思議そうに見る。だがクロエの異様な様子で、ハンナも自身が巻き込まれたと分かってきたらしい。
「何かあったんですよね?」
奴隷商はレーナとクロエの様子を伺いながら答える。
「まぁそうなんだがな」
ハンナにそこまで演技力があるのか、それとも本当に無実なのか。ここにいる奴隷達にとってはハンナを信じる事より、数年生活を共にしたクロエを信じる事の方が容易い事は確かだった。
そしてそのクロエが再び口火を切る。
「こいつがやったんでしょ!どうせ昨日の事逆恨みして!!」
それを聞いてハンナも何か察しがついたのか、頬を引きつらせる。
「まだ何かあるんです?昨日の今日で」
昨日の今日でまたハンナは巻き込まれるらしい。奴隷商は静観をするが、ヒートアップするクロエ。
「まだなにかって何!?あんたがこれ盗んだせいでしょ!!!」
ラウラの制止も聞かずハンナへと詰め寄るクロエ。だがやはり困惑し続けるハンナ。
「はぁ……?盗んだって何のこと…です?今度は言いがかりですか?」
昨日の事を気にしているのであろうハンナは、一応の敬語で話し続ける。だがクロエにとってそれは、煽りにしか聞こえなかったのか、怒りを語気に孕ませる。
「ここまで来て惚ける気!?ほんっと空気読めないんだな!そら放火もするよな!!」
クロエが止まらなさそうになった所で、奴隷商は、食堂の窓から中庭を覗くいくつもの視線に気付く。先に飯を食べておいて欲しいが、やはり気になってしまうらしい。
だが今は目の前の事だと。奴隷商は白熱する2人の言い合いに割り込む。
「一度落ち着け。ハンナはこのペンダントのことなんて知らない。そう言いたいんだな」
ハンナは戸惑いながらも確実にゆっくりと頷く。
「で、クロエは誰かに盗まれたと。そしてハンナが犯人だと」
「だってこいつしかいないじゃん」
奴隷商は空を見上げる。結論自体は心中出来ていたが、まだ確証があると聞かれればそれは無い。だから一度時間を空けようと、食堂の窓を見る。
「一度飯を食おう。その後落ち着いて話し合う。いいな?」
ラウラもハンナを庇う様に背を押す。クロエはそれで良いのか頷いて屋内へと戻っていく。そして奴隷商は、食堂の窓から覗くコンラートに顎で用意しろと指図する。
その上で、奴隷商は久しぶりに奴隷達と朝食を取る事にした。
ーーーー
だがその結果は見ての通り、険悪な空気だ。事情を説明したせいもあるのだが、それは奴隷商だけではなくハンナがいる事も関係するのだろう。そしてそんな中でやはり喋るのはクロエだった。
「なんで盗人と飯食べないといけないの」
その言葉に無言の同意ともとれる雰囲気が全員に広がる。それは皆がハンナを犯人だと思っているという共通認識なのだろう。
「まだ盗人とは決まってないでしょ……」
一応のフォローなのかラウラがそう窘めようとする。だがそれもまさに焼け石に水とでも言えば良いのか、ハンナの隣に座っていたロルフが一席分開ける。
「俺らがやる訳ないだろ。それに昨日起きてたのラウラとこいつだけなら、こいつがやったんじゃねぇのか」
クロエとロルフは互いに馬が合わないとはいえ、数年一緒に苦楽を過ごした仲。盗みを働く人間だとは認識していないからこその信頼関係。だがそれはつい最近入ったばかりのハンナには向けられないものであった。
そしてハンナに向けられるのは、ただの敵意と排斥するような冷めた目線。委縮したようにハンナの顔が俯く。昨日の様子から不安視はしていたが、やはりこれは限界も近いのだろう。
だが奴隷商は今動くべきでは無いと、クロエとロルフを睨む。
「黙って食べろ。あとで話し合いの場は設ける」
するとあっさりと黙るクロエとロルフ。だがこの場の殆どの視線に、ハンナを庇う視線は無い。その中でコンラートだけは心配している様子なのは、らしいというかそういう性質なのだろう。
そうして1人また1人と食事を終え食堂を去っていく奴隷達。気まずい空気は変わらないが、食堂には奴隷商の他に、クロエ、コンラート、ハンナが残ろうとする。
だが、そこで奴隷商は三つ編みの奴隷を呼び止める。
「レーナ。お前も残れ」
異常ともとれるほど怯え肩を跳ねるレーナ。
「わ、私です……?」
「そうだお前だ」
だがそれをクロエが間に入って止めようとする。
「レーナは関係ないでしょ。心が強く無いんだから巻き込まないでよ」
クロエはレーナを背中に隠してしまい、奴隷商から遠ざけようとする。どうやら余程レーナにこの場に居て欲しくないらしい。
「……」
他の奴隷達が中庭へと移動し素振りし始めた事を奴隷商は確認する。そして奴隷商は椅子に深く座り、ハンナでは無くクロエを睨む。
「巻き込んでいるのはお前だろう。クロエ」
すると一瞬の間がある。だがまた再起動したようにクロエの口が動き出す。
「は?何言ってんの。そもそもこいつが盗んだのが悪いんでしょ」
推測を確信に変えるよう、奴隷商は少しずつ詰めていく。
「随分自信があるんだな。別に俺やコンラートが盗んで、ハンナに罪を擦り付けている可能性もあるだろうに」
想定していなかった返答なのかクロエは、上ずっていた言葉ですら詰まる。だがコンラートの心持ちはいつも変わらないらしく、クロエの肩を持つ。
「一々高圧的な言い方をするなよな。もっと穏便に話し合えないのか?」
尤もだとは奴隷商も思うが、今その言い合いは蛇足だと相手にしない。
「俺にそんなつもりはない」
「10幾つの子供からしたら大人ってだけで圧があるんだよ。もっと笑顔だよ笑顔」
コンラートは真面目なのか頬を指で押し上げそんな変な事を言う。やはりバカだ、そう奴隷商は思いつつも助言を無視して続ける。
「俺は教育者じゃないからな。嘘つきには嘘つきだと突きつけなければいけない」
その言葉に何か勘違いしたように悲しそうな顔をするコンラート。
「……そんなにハンナちゃんを追い詰めなくてもいいだろ」
コンラートがその言葉の宛名をハンナだと思ったのか、顔を伏せるハンナを心配そうに見る。それがコンラート自身も、ハンナが犯人だと思っている事の証左だった。
一斉に集まるハンナへの視線。それは昨日逃げ出したハンナにとっては精神的負荷なのは想像に容易い。
だが奴隷商だけはハンナではなくレーナへと視線を送る。
「で、レーナ。聞きたい事があるんだが良いか?」
「……なん……ですか?」
クロエが何か言おうとするが、奴隷商に睨まられそれを引っ込める。そして奴隷商は立ちあがり、レーナの三つ編みを触り問いかける。
「この髪結ぶの時間かかるよなぁ。いつもクロエにやって貰ってるんだって?」
レーナの唇が結ばれる。だが緊張からか、我慢できなかったように空気が漏れる。
「……はい」
髪から手を離し奴隷商はレーナと視線を合わせるように屈む。
「今朝何故これを結んでいた?起きてからずっとペンダントを探していたはずなのに」
その問いかけにかりやすくレーナの瞳が揺れる。自身のみを守る様胸に手をやり、今にも逃げ出しそうな様子だ。
「そ、それは━━」
そうレーナが何か言いかけた時、それを遮る様にクロエが叫ぶ。
「今日は偶々早く起きただけ!!そうだよね!?レーナ!?」
明らかに焦ったような物言い。まるで奴隷商の質問の意図を理解しているようだった。
「今お前に聞いて無い。黙ってろ」
奴隷商はクロエを強く睨み、奴隷主として魔力を込め命令する。そしてまたレーナへと質問を続ける。
「どうなんだ。朝何やってたんだ」
「……」
レーナは俯き執拗にクロエへとチラチラと視線を送る。それを見てやはりと奴隷商は納得がいく。
「いつも通り朝は髪をクロエに結んでもらってたんじゃないか?それこそ何事も無い平穏な朝で」
元々心の強い性格では無いレーナ。コンラートの言う通り大人の圧に、あっさりと頷いてしまい、それを見てクロエが声を上げようとする。
だが、それを止めたのは意外にもコンラートだった。
「だとしてもクロエちゃんのペンダントが盗まれた事実は変わらないよな」
「そうだな。それはそうだ」
コンラートはひたすらに人を信じようとするらしい。疑うという事は、奴隷商に対してしかしないのだろうか。そう思いながらも、奴隷商はクロエに問いかけるように見ながら言う。
「ただなぜ嘘ついたか。なぜ起きてから探している振りをしないといけなかったのか」
奴隷商はクロエへと近づきそれを見下ろす。
「お前が疑われない為とかな。自演だと」
「ち、ちが━━」
分かりやすく動揺するクロエ。やはりまだ子供な以上嘘が下手ならしい。
「可能性の話だ。なぜそこまで動揺する」
クロエの続く言葉を待つがどうやら俯いて黙秘を貫くらしい。すると、クロエに嫌われているはずのコンラートは、随分と肩を持つらしかった。
「じゃあ俺が見た人影はなんなんだ」
「さぁ?普通にクロエなんじゃないか?」
だが、クロエは俯いたまま何も答えようとしない。それを肯定だと捉えた奴隷商は、更に続ける。
「否定しないならお前なんだな?」
数秒の間。その後、クロエは目を逸らしながらも頷く。この事だけを急に認め出すのに、奴隷商は違和感を抱くが、今は論点がズレると追及はしない。
「嘘に情報の隠ぺい。ここまできてお前の証言に信用性は無い」
分かりやすくクロエの肩は震えている。だが奴隷商の言葉は止まらない。
「で、俺はお前に正直に話すよう命令も出来る。どうする?」
自白程度ならさほど魔力を使う事も無い。それにこの所奴隷商は魔力は溢れる程ある。
だがここまで来たら引くに引けないのだろう。クロエは意地を張る。
「……やるならやれば良いじゃん。それで潔白が証明できるんなら」
クロエの肩が震え呼吸は荒くなる。それが自信からくるものか怯えから来るものか、それは質問する前から分かり切っているものだった。庇っていたコンラートでさえ、まさかとクロエを見ている。
だから奴隷商は魔力を込め言葉を発する
「答えろ。お前のペンダン━━」
奴隷商は喉元が熱くなる感覚を覚えながら命令しようとする。だが、それを止めるように、その奴隷は奴隷商の肩を叩く。
「……私がやった。だから聞かなくていい」
振り返るとその声の正体はハンナだった。
そのまさかの相手に驚いたのは奴隷商だけでなく、クロエ自身も驚いたように口を半開きになっていた。
「私が盗んだ。謝罪するから」
ハンナは前へ出てクロエへと頭を深々と下げる。そしてその謝罪を受けた当人であるクロエも、どうしたら良いのか分からないのか動揺を隠せないでいた。
「な、なんでさっきまでと言ってる事が……」
だが、何を考えているのかハンナは淡々と答える。
「咄嗟になって否定しちゃって、引っ込みがつかなくなったから。それだけ」
奴隷商はクロエを見るが、視線は全くと言っていいほど合わない。だが事実としてハンナが認めた以上、思う所はありつつも奴隷商は、その行動を尊重する事にした。
「そうか。なら解決だな。次からはこういう事が無いよう、互いに反省して気を付ける事」
ハンナの頭を上げるのを確認すると、これでいいかとクロエを見る。やっと状況を掴め始めたものの、クロエは声を上ずらせる。
「そ、そう。なら良いけど。もう盗まないでよ」
「はい。もうしません」
ハンナの黒髪がまた揺れ頭が下げられる。それをクロエは気持ち悪そうに見て、怯え逃げるかのように走り去っていく。
(面倒なことを)
解決はまだ遠い所か悪化したらしい。そう呆れながらも奴隷商はコンラートに視線をやる。
「頼んで良いか」
走り去るクロエを心配そうにし、今にも追いかけだしそうなコンラート。だが逸る気持ちを抑え、奴隷商の真意を探ろうとする。
「俺に任せて良いのか」
だが気持ち悪いほどに奴隷商は、コンラートにって気持ちのいい言葉を贈ってくる。
「騎士なんだろ。正しい道とやらに導いてやれ」
コンラートは何か意を決したかのように、目を輝かせ強く頷く。どちらにせよクロエには奴隷商はかなり嫌われている以上、適任はコンラートしかいない。
そうして遠くなっていく足音が消えるのを待ち、レーナを中庭に行かせる。そして2人残り、奴隷商は振り返る。
「で、お前は何がしたいんだ」
やはり顔色の悪いハンナ。だが何事も無いかのように気丈にふるまう。
「……さぁ。なんのことです」
「嫌いなんだろクロエの事。なんで庇った」
「事実だから庇うも何も」
クロエの反応からしてハンナがやっていないのは明白だった。だがそれでもハンナは自身にない罪を受け入れている。
「憐れんだか。クロエが嘘つきと排斥されるのを」
ハンナの顔は上がらない。奴隷商にはとことん理解出来ない行動だが、ハンナはその姿勢を崩そうとはしない。
「……買いかぶりすぎじゃないかな」
「昨日逃げ出した奴が、またそんな嘘を背負い込めるのか?」
奴隷商は窓の外。中庭で木刀を振る奴隷達に視線をやる。このままではハンナが犯人と言う事になり、比較的大人なラウラでさえ友好的にはなれないかもしれない。味方のいない中自身を嫌う周囲と生活する苦しさは、ハンナ自身が身にしみてわかっているはず。
だがヤケクソになっているのか、はたまた覚悟を決めているのかハンナは変わらない。
「……どうせ嫌われてますから。ここまで来たら誤差ですよ誤差」
まるで子供の駄々を見ているよう。意地になって引くに引けなくなっている。ハンナの歳では普通なのかもしれないが、ハンナ自身その事を認識できないような人間では無い。
「また逃げ出したくなるぞ」
少しの間ハンナは考え込む。だがすぐに頷き奴隷商へと近づくと、色々な感情の混じり合った顔で、覗きこんでくる。
「分かってくれる人はここにいますから」
下手な信頼を寄せられてしまったらしい。やはり奴隷に必要以上に感情移入をするものではないと、奴隷商は反省をする。
「俺は何もしないからな」
ハンナはもう決めた事を撤回する気はないらしいが、どうにも奴隷商には腑に落ちない。なぜここまで自己犠牲をしようとするのか。
「誰かさんに嘘は貫けと、偉そうに説教されましたから」
嫌味なのか意趣返しなのか。それでもハンナの意思は変わらなさそうに見えた。昨晩、下手な事を言ってしまっただろうかと、後悔しそうになる。
「……分不相応だぞ」
ハンナの言葉が一瞬詰まる。だが、更に一歩踏み込んでくる。
「でも、それが私の生き方だと思ったから。まぁ意地になってるのかもだけど」
おそらく何を言っても駄目なのだろう。それこそ本人が言う様に意地になって、理屈がどうとかよりその選択肢を拘りたいのだろう。
「大概お前もバカなんだな。もっと賢く生きればいいものを」
そう言うがやはり奴隷商の周りは意地っ張りばかりらしい。
「それはお互い様じゃない?奴隷商さん?」
口では強気なハンナも顔を見れば無理をしているのは分かる。だがそれでも体面を保って余裕があると見せかけようとしている。危うい、いつか必ず崩れてしまうもの。それこそ大人が止めるべき自傷行為ですらある。
だが奴隷商にはそれが自身と被って見え、止める事が出来なかった。
「……じゃあ中庭に行くぞ。今日は剣術と魔術を教える」
そうして目の前から去っていく大きな背を追いかける。今回の一件、正直クロエに対して思う事はかなりある。
だが結局このやり方しかハンナは知らなかったのだ。一度痛い目を見ているのにまた同じ事をしようとしている。
「……バカなんだろうね。私は」
「だからそう言っているだろう」
目の前の大きな背中からそんな声が聞こえてくる。どうやらいつの間にか独り言が漏れてしまっていてたらしい。
「でも貫くから。嘘は」
奴隷商は振り返らず、少しの間を置く。
「そうか」
そうして連れられるがまま中庭へと出て行く。和気あいあいとしていたのだろう、その雰囲気は一気に冷え切り冷たい視線が自身に集まる。
「で、そいつが犯人なのかよ」
「あぁそれだがな━━」
奴隷商が言いかけるのを手で制し、ハンナは一歩前に出る。ここまで来たらもう楽しいまであった。
「私がやった」
いつかのエドガーのように睨んでくるロルフ。それを懐かしみながら言葉を待つ。
「……反省はしてないんだな」
兄弟でないというのに、どうしてロルフとエドガーは反応が似ているのだろう。そうどこか場違いな事を考えながら、ハンナは嫌味ったらしく言う。
「だって昨日のやり返ししただけだから。それに奴隷にあんな高いの要らないでしょ」
ロルフの頬が引きつり分かりやすく血管が浮かぶ。それは仲間思いの彼にとっては、自身が侮辱されたのと同義だったのだろう。
殺気すらこもるロルフ。ハンナはレオンへと視線を向けるが、顔を伏せており視線は合わない。罪悪感が時間が経つごとに増加し、放火の件をエリックやクロエらに伝えた事。それがハンナの眼を見ようとも見れなくさせていた。
そしてハンナの視線が逸れた事。その事が話を聞いていないとでも思ったのか、ロルフは更に強く言葉をぶつける。
「お前ここで生きてけると思うなよ」
そんな事を口走るロルフを奴隷商は止めようとするが、機先を制しエリックが木刀をロルフの頭にポンと叩く。
「やめましょうよロルフさん。僕らが仲たがいして良い事なんだからさ」
「い、いやこいつが悪いだろ。だって……」
木刀を振り払うロルフの肩をエリックは精一杯背伸びして掴み、ハンナから引き離す。
「良いから!ラウラさん!任せても良いです?」
そう呼ばれたラウラは地面を見て反応が遅れる。だがすぐに顔を上げ、縛った麦色の髪を揺らす。
「……あ、う、ん。分かった」
そうしてラウラはすぐに思い出したかのように作り笑いを張り付け、ハンナに木刀を手渡す。
「じゃああっちでやろうか」
「……はい」
ラウラから信用されていない事はハンナ自身も分かっているのだろう。エリックも気を使っただけで、ハンナを信用している訳でも無い。この場には味方はおらず、多少大人な奴隷が冷静な対応をしたまで。
「この件にこれ以上触れない事。さ、始めるぞ」
レオンやエドガーにカミラ。同郷の彼らでもこの嫌い具合。それにロルフらにも露骨に嫌われている。昨晩あんな事を言った奴隷商としても、こんな環境で嘘を貫くのは同情する。
(それに、レオンの奴何か知ってるな)
直感。エドガーとは違いハンナに対する視線が敵意では無い。申し訳なさそうな恐怖心のような。ハンナも気にしている素振りもある。
「やはり俺は買い物が下手だな」
レオンは必死に何かから逃げるよう木刀を振るう。何も知らないと何も関係無いと、黙々と木刀を強く握る。
そんな子供の肩を、奴隷商は叩くのだった。




