第276話 社畜、勧誘される
「……はい、はい、了解です。それでは撤収準備を始めます、以上」
定時連絡と共に2番と4番の討伐報告を終える。
司令部の話では残る5、6、7番も別のポイントで戦闘中だが、間もなく討伐完了との連絡があった。
これで今回の大規模攻勢はほぼほぼ鎮圧の見込みが立ったことになる。
まあ、4番に関しては夜叉氏が傀儡化しているだけなので厳密には討伐完了と言い難いのだが……司令部にその懸念は伝えたところ、『現状はそのままでいい』との返答があった。
夜叉氏の話では雷神は生きてはいるものの自力で『角』を抜去することは不可能であり、彼としても新たに戦力を得たからといってこちらに敵対する意思がない旨を再三伝えてきているので、『今のところは』それを信用した形だ。
あとは……そうだな。
夜叉氏は雷神を得たことで戦力を増強させたのは間違いないが、司令部としては、それでもここまでの脅威はないと考えているようだ。
それについては、俺も同感だ。
雷神の『雷鼓』は強力だが、あくまで雷を落とすだけ。対策は容易だ。
近接戦闘能力の方も、魔法少女の皆さんの実力ならよほどのことが無い限り不覚を取ることはないだろう。
まあ、そういうことだ。
『……報告は終わったかな』
「あ、はい」
ビルの屋上でぼちぼち撤収準備を始めていると、ふいに土蜘蛛氏から声を掛けられた。
正確には彼女の使い魔たる単眼スズメを介してだが……地上を見下ろすと、彼女と夜叉氏がこちらを見上げ、軽く手を振っているのが見えた。
「他の場所でもほぼほぼ戦闘が終わったらしいので、間もなく結界も解除されると思いますよ」
とりあえず単眼スズメにそう答えつつ、地上で待機する彼女たちに手を振り返す。
『へえ。まさか、1番……『不知火』までも敗れたのかい。さすがに奴との戦闘には我々の力も必要かと思ったものだけど……大したものだ』
土蜘蛛氏が感心したようにそう呟く。
ええと……不知火、というのは今回の攻勢における最強格の怪人の名だったかな。
確か炎を操り、昔から気まぐれに街を焼き払ったり山火事を起こしたりしていたらしい。
夜叉氏と土蜘蛛氏から提供されたメモによれば、江戸時代に起きたの大火のいくつかは奴の仕業だそうな。
結界封鎖直後に遠くで爆発が起きていたのは奴のせいだったのだろうが、そういえばいつの間にか静かになっていた。
撃破したのが誰かまでは知らされていないが、方角からして加東さんと能勢さんチームだろう。
「魔法少女の皆は、とても強いですよ」
とりあえず土蜘蛛氏への牽制の意図も込めて、そう言っておいた。
『ふん。癪だけども、認めざるを得ないね。……ところで廣井君』
「なんでしょうか?」
感心した声色からうって変わって、今度は内緒話みたいに声をひそめ、土蜘蛛氏が話を切り出してくる。
『君はこの世界をつまらないと感じたことはないかな』
「……はあ」
何を言い出すと思ったら……いや、マジでなんの話だ。
スピリチュアルみのある話題に、思わず身構える。
『実はこの状況が収束したあと、私と夜叉はもう1人の協力者とともにこの街を離れようと思っていてね』
「はあ」
どうやらスピリチュアルとは関係ない話のようで安堵したが、それはそれで初耳だ。
そもそも彼女たちはこの街を縄張りとしたいからこそ、俺たち人間サイドと手を組んだはずだよな?
『ああ、分かっているとも。それでは君たちと手を組んだ意味がないと考えているのだろう? もちろん理由がある。私たちが離れるのは、この街だけではなくこの世界だからだよ』
「…………」
いや、ますます意味が分からないんだが?
俺が訝しんでいるのを察したのか土蜘蛛氏が少し声色を真剣なものに変え、先を続ける。
『君も知っての通り、この街は不思議と魔力に満ちている。この地を流れる地脈が影響しているのだろう。そしてその魔力こそが、我々がこの世界を離れるために必要だったというわけだ。だからこそ、この街を他の怪人に奪われるわけにはいかなかったのだよ』
「……意図は分かりました」
『そこで、君に提案がある』
そう言って、土蜘蛛氏が地上から俺の目をじっと見据えた。
『君の力はこの世界において、あまりに異質すぎる。もはや『異物』と言ってもいいほどだ。どう考えても、この世界にいても退屈だろう。存分に力を発揮できず、鬱屈した気持ちを抱いているんじゃないか?』
「…………」
『だから……我々と共に、新天地……『異世界』へ向かわないか? 協力者いわく、彼の世界は我々のような存在も受け入れてくれる、懐の深い場所だと聞く。望むならば、存分に力を振るい暴れまわることもできるそうだ。どうかな、興味が湧いてきただろう』
「その提案はお受けいたしかねます」
俺ははっきりとそう答えた。
彼女の口ぶりから、途中からそんな気はしていた。
もちろんどういう方法を使って異世界へ渡るのかは分からない。
もう1人の協力者とやらが転移魔法陣でも使えるのか、それとも俺と同様に隠しダンジョンをどこかで見つけたのか。
いずれにせよ、地球と異世界を行き来できる俺にとって、彼女の話に旨味はない。
そもそも俺は彼女らと違って、別に力を持て余しているわけではないからな。
もちろん、彼女らに俺の事情を打ち明ける意味もない。
そもそも異世界といっても俺の知る『異世界』である保証はないからな。
まあ、もし2人(ともう1人の協力者)が向かった先が俺の知る異世界ならば、また会う日もあるだろうが……
そのときの彼女たちの驚いた顔を想像するとちょっとした悪戯心が込み上げてくるが、それは表情に出さないようにしておく。
『……そうかい。まあ、そう言うとは思っていたけどね』
もう少し粘ると思ったが、土蜘蛛氏は肩をすくめ、あっさりと引いた。
どうやら彼女も本気の勧誘というわけではなかったらしい。
「申し訳ありません。私はサラリーマンが性に合っているので」
『ハッ! とんだサラリーマンがいたものだ』
土蜘蛛氏の苦笑交じりの返事が、単眼スズメから聞こえてきた。
『……ところで、封鎖が解かれるのはいつかな』
「そういえば、まだですね」
先ほどまで遠くに見えていた大樹(おそらく怪人だろう)が消え、周囲から戦闘音が聞こえなくなってからしばらく経つ。
だというのに、一向に結界が解除された気配はない。
……何か問題でも起きているのだろうか?
と、その時だった。
耳元でガガッとノイズが鳴り、郷田課長の声が聞こえてきた。
『こちら司令部だ。そちらの状況はどうだ、どうぞ』
腕時計をちらりと見る。
定時報告の時間にはまだ早い。
やはり何か起きたのだろうか?
「こちら廣井です。撤収作業はほぼほぼ完了しております、どうぞ」
『了解。実は、さきほどの『7番』討伐をもって今回の掃討作戦は完了したのだが……封鎖解除の判断を少々保留すべき事態が発生していてな。……そちらの手を借りたいが構わないか』
「はあ」
予感は的中したらしい。
それにしても、妙に煮え切らない言い回しだな。
いずれにしても、司令部がそう言うのなら俺は指示に従うまでだ。
「もちろん構いません。ですが、土蜘蛛さんと夜叉さんの監視はどうしますか?」
『作戦終了後は現地解散としていたはずだ。君が指定したポイントに移動したあと、すぐ封鎖を解除する。そう伝えてくれ』
「了解です。それで……肝心の『事態』とはなんですか?」
『ああ、すまない。それを先に言うべきだったな』
司令部……郷田課長の困惑したような声が流れてくる。
『実は最後の怪人討伐後に、理由は分からないが美祢君とアンリ君でケンカになったらしくてな。周りの魔法少女たちではどうしようもないらしく、大人である君がその仲裁に向かって欲しいのだ』
……なんじゃそりゃ。




