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第275話 魔法少女、先輩を観察する【side】

「はあ、はあ……これでここは終わりかしら?」


「あ、はい。今ので『9番』と『10番』の討伐を確認しましたので、ここの防衛は完了です」



 フロスティミネこと小山内美祢(おさないみね)は、周囲を見回してから頷いた。


 あちこちに林立する氷像の内部には、ゾンビやらグールやら影のような狼やらが閉じ込められている。


 さすがにマナを吸収する特殊な氷で閉じこめてしまえば、いくらアンデッドや生命力の高い魔物――この世界では妖魔と言うらしい――でも、生きていられる個体はいないはずだ。


 そして、それら妖魔の大群を率いていた『9番』の吸血鬼(ヴァンパイア)もどきと『10番』の人狼(ウェアウルフ)もどきは、マキナ先輩がほとんど1人で倒してしまった。


 もっとも一度だけ、『9番』の魅了魔法を喰らった先輩がぐらりとよろめく危ない場面もあったものの……先輩は『あああああああぁぁ!!』という奇声(気合だろうか?)で魅了を自力で打ち破ったあげく、そのあとはあっという間に『9番』と『10番』を彼女の武器『ガベル』で仕留めてしまったのである。


 雑魚処理を終えたミネが、助太刀する必要すらなかった。


 人狼はともかく吸血鬼の方は多少再生能力があったようだが、復活するたびに先輩に何度もペシャンコにされ(姉に聞いた話では『リスキル』という極悪戦法らしい)ついには心が折れてしまったらしく、108回を数えたところでマナの粒子へと変わっていった。


 その後、先輩は戦闘の興奮からか魅了の後遺症からか、顔と耳を真っ赤にしながらしばらくの間『違う違う違うんだからあああ!』と悶絶したりグールの氷像に頭をガンガン打ち付けたり怪人の体液や肉片が付着した『ガベル』で自分の頭を殴ろうとしたりと明らかな奇行……もとい錯乱症状が続いたので、ミネの『氷雪魔法』で頭から大量の雪を被せて頭を冷やしてもらうことになったが……


 その甲斐もあって、今はどうにか落ち着いている。


 それにして、普段は沈着冷静かつ冷酷非情(?)な先輩が取り乱すほどの魅了攻撃、どれほどの強さだったのだろうか。


 もし自分が仕掛けられたなら、果たして(あらが)えただろうが……


 そう思えば思うほど、ミネは身震いが止まらなくなった。



 正直なところ、先ほどまでは戦った妖魔たちが昔――前世でもそれなりに戦ったことのある相手で、しかも大した強さではなかったこともあり、どこかこの世界の妖魔を侮っていた。


 だが、今後は身を引き締めていかなくてならないだろう。



「それで先輩、どうします?」


「ひとまず司令部に戦況を報告ね。でもさっきみたいに緊急の増援要請が入らないとは限らないから、まだまだ油断はできないわ」



 そんな会話をしていたら。



『こちら司令部だ。ミラクルマキナ、フロスティミネ、そちらの状況はどうだ? もし余力があるならばポイント(アルファ)に向かってくれ。こちらの想定以上に『5番』が手ごわくてな、どうぞ』


「……ほら」


「……ですね」



 タイミングを見計らったかのように入ってきた司令部からの連絡に、2人は苦笑を浮かべた。


 まるでこちらが見えているようだ。


 もちろんこの『遮音結界』は強力かつ大規模な魔法で次元の位相をずらしているため、現実世界への影響が限定される代わりに通常の電波は外部に届かない。


 つまりドローンやボディカムのような装備で映像をリアルタイムで外部に送信することはできないと、ミネは司令部より説明を受けている。


 それゆえ、唯一音声のみを送受信できるこのヘッドセット型魔道具でやりとりをしているのだが……


 もしかすると自分たちには知らされていないだけで、映像送信可能な魔道具をどこかに忍ばせているのかもしれないな……とミネは密かに思った。


 いずれにせよ、今なら要請に応える余力はある。



「了解。ポイントAの状況はどうかしら? たしかアンリとミーシャちゃんが受け持っていたはずよね? どうぞ」



 マキナ先輩が司令部の連絡に応じる。



『残念だが、状況は芳しくない。『5番』――『沙羅双樹(サラソウジュ)』は植物型の怪人だが、想定より自己再生能力が高くおまけに地中に張り巡らせた根から無限に再生を繰り返しており、2人の力と相性が悪い。ミラクルマキナ、フロスティミネ、君たちの『炎』と『氷』の力が必要だ』


 なるほど。


 炎なら地上に出た怪人部分を焼き尽くすことができるし、地下に隠れた根は自分の冷気を浸透させて腐らせることができる。


 最初から『5番』への対処を自分たちに任せてくれたら……とミネは思ったが、さすがの司令部も防衛地点に出現する怪人たちを正確に予測することは不可能だ。臨機応変に人員を移動させるしかない。


 幸い、ポイントAは1キロも離れていない。


 ものの数十秒で増援に駆け付けることができるだろう。



「了解。すぐに向かうわ」


『すまないが頼む』



 2人で頷き合い、すぐに近くのビルを伝い屋上に出た。


 屋上から屋上へと飛び移りつつ、夜空を進んでゆく。


 視界の先には、巨大な樹木が生えているのが見えた。


 自分たちがいるビルの屋上よりも高い木だ。


 それがビルの合間で暴れまわっている。



「あれが……『5番』。ずいぶんと歯ごたえがありそうな怪人ですね……先輩?」


「…………」



 ミネの声掛けに、マキナ先輩が反応しない。


 不思議に思い横を見ると、彼女はまったく別の方角を眺めていた。


 あの方向、もしかして……



「もしかして先輩、まだ廣井さんが心配なんですか?」


「はあっ!? ななな何をへぶっ!?」


「あっ」



 別にあの人なら大丈夫じゃないですか、と続けようとしたら。


 マキナ先輩が顔を真っ赤にしながらこちらを睨みつけ――そのままビル屋上に掲げられた大きな看板へ頭から突っ込んだ。


 魔法少女の身体は、厚さ数ミリの鉄板よりもずっと耐久力が高い。


 そのまま彼女は広告のど真ん中を突き破り、骨組みの裏側へと姿を消してしまった。



「だ、大丈夫ですか先輩!?」


「いたた……」



 ミネは慌てて近寄ると、大きく破れた広告の内部を覗き込んだ。


 幸い、裏側にはそれなりの隙間があったようだ。


 その中で彼女はぺたんと尻餅をつき、頭をさすっていた。


 少し顔の左半分が赤くなっているが……それ以外の打撲痕や衣装が破れた様子はない。


 ミネはホッと胸をなでおろした。


 だがそんな彼女を、マキナ先輩はじっと上目遣いで睨みつけた。



「……違うからね」


「いえ、別に私は……」


「違うからね!!!!」


「アッハイ」



 あまりの剣幕に、ミネはそれだけ言って黙った。


 これ以上突っ込むと、あの吸血鬼みたいにぺしゃんこにされてしまう。


 そう思わせるだけの迫力が、今の彼女にはあった。



「……はあ。余計な時間を取られたわ。さっさと行くわよ」



 マキナ先輩はまだ少し顔が赤かったが、それでも素早く立ち上がり、ぱんぱんと衣装に付いた埃を(はた)く。


 それから看板の裏側から出てミネを一瞬だけ睨みつけると、再び夜空へと跳躍した。



 ……この話題は禁句にしよう。



 そんな先輩の後姿を眺めつつ、ミネはそう心に誓ったのだった。

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