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第274話 社畜、観戦する 下

『良いかね廣井君。君はそこで私たちを見守っていればいいのだよ』



 ビルの屋上から地上を見下ろす俺に、横から拡声器のようなひび割れた声が浴びせられる。


 手すりにもたれる俺の隣で、同じく手すりに止まった単眼のスズメがこちらをギョロギョロした目で睨みつけていた。


 土蜘蛛氏の使い魔である。


 彼女の心中を反映しているのか、心なしか単眼スズメの羽毛がむくむくふっくらと膨らんでいる気がする。綿毛饅頭かな? 目つきもなんか鋭い気がする。


 これは……威嚇か?


 スズメの身体で威嚇されても微笑ましさしかない。


 いずれにせよ、これ以上彼女らの邪魔をするつもりはない。


 そもそもあれは不幸な事故なのだ。



「もちろんもう邪魔はしませんよ」


『よろしい。次の相手もそれなりの強者だが、仮にこちらが危機に陥ったとしても手出しは無用。いいね?』


「分かってますって」



 あまりに圧の強い念押しに思わず苦笑しそうになるが、どうにか堪える。



「では、ご武運を」


『うむ』



 土蜘蛛氏が頷くと同時に、辺りに生ぬるい風が吹き始めた。


 風はまるで真夏の夜のような湿り気を帯びており、嵐の前触れのように張り詰めた雰囲気を伴っていた。


 ……いや、違う。


 目の前の光景を見て、俺は目を疑った。


 春の夜空に、もくもくと雲が巻き起こっているのが分かる。


 それが月夜を覆い隠してゆく。


 幸いにして結界内も街頭やビルの明かりは点いたままなので視界に困ることはないが、それでも何とも言えない重苦しい空気に包まれたのが分かった。



「……雨?」



 さらには湿った風に乗ってパタパタとビルの屋上に雨粒が落ちる音がした。


 見上げれば、大粒の雨が真っ黒な空から降り始めている。


 遠くの方で稲妻が走り、数秒遅れてゴロゴロと雷鳴が轟いた。


 ……しまった。傘なんて持ってきてないぞ。



『土蜘蛛さん、来ましたよ』


『分かっているよ』



 夜叉氏の声に、土蜘蛛氏が応じる。


 2人の声は気楽なものだ。


 これから戦いが始まるというのに、まるで緊張していない。



「2番と4番は……『風神』『雷神』だったか」



 そんな彼女たちの様子をビルから見下ろしながら、懐に入れたメモを取り出す。


 たしか、やつらは双子の兄弟だったはずだ。


 『風神』が兄で、『雷神』が弟。


 もともとは『餓鬼』の一種だったそうだが、数百年ほど前に天候を操る呪具を手に入れてからというのもの、縄張りと決めた土地で天候操作を行い日照りや大雨などを起こして人々を困らせ、その弱みにつけこんで生贄を要求。


 そんな悪辣なマッチポンプで人間を喰らってきた自称『神』らしい。


 まあ、荒神とか邪神の類だな。



「……あいつらか」



 よくよく見れば、(からす)天狗が倒壊させたビルの向こう側に、2つの大きな人影を認めることができた。


 …………でかい。


 かなり遠くからなので正確には分からないが、おそらく体長は2、3メートル。


 『風神』と思しき一方は大袋を、『雷神』と思しきもう片方は背中に太鼓を背負っている。


 どちらも彫刻のような筋骨隆々の体躯をしており、口元に牙を、額に角を生やした恐ろし気な表情をしている。


 ……なんというかイメージ通りの鬼、という見た目だな。


 端的に言って、強そうではある。



『ふむ……夜叉。準備はできているかな?』


『もちろんです。そちらは?』



 と、単眼スズメから土蜘蛛と夜叉のやり取りが聞こえてきた。



『当然だよ。所詮、あの雲やら音や光が出る呪具(おもちゃ)を偶然拾って調子に乗っているだけの新参者だ。我々の恐れるべき敵ではないさ』


『そうですね。観客もいることですし、良いところを見せなければですね』



 言葉を交わしながら、土蜘蛛氏と夜叉氏が『風神』『雷神』の前に立った。


 鬼たちはぎょろぎょろとした(まなこ)で2人を見下ろす。



『がはは! おう、弟よ。見てみろよ、あの貧相な奴らを』



 羽衣をはためかせ、緑肌の鬼――『風神』がゲラゲラと笑う。



『うむぅ。兄者、あれが魔法少女とやらか?』



 太鼓を背負った黄肌の鬼――『雷神』が土蜘蛛を指さした。



『違うだろう弟よ。男がいる。魔法少女は女ばかりだそうだ。男はいない』


『ならば同類か、兄者よ。愚かにも我ら兄弟の前に立ちはだかるという、天衣無縫の莫迦(ばか)どもか』


『お前らのことは調べてあるぞ』



 緑肌の『風神』が土蜘蛛氏に指を突き付け、大声でそう言った。


 突如、ごうと暴風が吹き荒れ、土蜘蛛氏と夜叉氏の周囲にあった瓦礫が宙を舞った。


 凄まじい突風だ。


 だが、2人はびくともしない。


 ビルの上からは、前を向く彼女たちの表情は分からない。


 だが、泰然と立つその姿に怯えた様子は微塵もなかった。



『がはは! 兄者の威容に怖くて声も出ないか!』



 『雷神』が2人を指さし嘲笑う。


 その背後でガラガラと稲妻が走り、近くのビルに雷が落ちた。



『しっかし、150年ぶりに目覚めてみれば……まさか人間どもにつく同類がいるとは思わなんだ。よほど、我らに蹂躙されるのが怖いと見える』


『兄者よ、あの女はもらっていいか? 同類は同類でも、喰らうなら愉しんでからが良いからな』


『好きにしろ、弟よ。では俺は、あの男を叩き潰して遊ぶとしよう』


『ははっ、舐められたものだねぇ。お前たちのような悪ガキ風情と遊んでやるほど、私は安くないんだがねぇ』



 飄々とした、しかし怒気を孕んだ土蜘蛛氏の声色が単眼スズメから漏れてくる。


 おお、俺のやらかしにも大して怒らなかった土蜘蛛氏がブチギレてるぞ。


 心なしか、風に揺らめく彼女の銀髪が逆立っているようにも見えた。


 確かにまあ、あそこまで舐めたことを言われて黙っていられるヤツはいないだろう。



『そろそろいいですか? 土蜘蛛さん。私も見くびられるのは好きではないのですが、鮮度(・・)は大事にしたいので』


『好きなタイミングで構わないよ。私もなるべく(・・・・)傷つけないよう(・・・・・・・)努力しよう(・・・・・)


『そうですね、挽肉にせずとも貴方の怒りが収まるのであれば』


『くくっ! 私は怒ってなどいないよ。……では、いこうか』

 


 その言葉とともに2人が散開する。


 ――(はや)い。



『あん……?? 兄者、あいつら大口を叩いて逃げやがったぞ』


『いや違う、弟よ、後ろに――あがっ!?』



 風神が驚きの表情を見せた、次の瞬間。


 その身体がまるで彫像になったようにピタリと止まった。


 それに……なんだ、あれ?


 角が、風神の胸あたりから、まるでタケノコのように大きな角が生えている。


 それも、何本も。


 その背後には、薄ら笑いを浮かべる夜叉氏の姿があった。



『兄者!? あ、何が……身体が、動か――』



 そしてさらには、雷神の後ろにひっそりと(たたず)む土蜘蛛氏の姿が。


 彼女もニヤニヤと笑みを浮かべながら、ストーカーのように『雷神』の背後に立っていた。


 それによくよく目を凝らしてみれば、『雷神』の手足や首あたりからは四方に向けて細い糸が伸びている。


 なるほど、あの糸が手足や頭を縛り付けているらしい。



『なんだ。威勢が良いわりに、ずいぶんとあっけなかったね。烏天狗とは大違いだよ』



 まるですべてが終わったかのように、土蜘蛛氏が呆れたようにそう呟く。



『おい女! お前、何をしたァ!』


『うるさいねぇ、見れば分かるだろう。糸で縛り付けているだけだよ』


『は、離せ! ぐっ……『雷太鼓』が――』


『こうかい?』



 雷神の腕がギシギシと軋みながら、背後に背負った太鼓をドンと叩く。


 次の瞬間。


 ズズン!!


 空を割るようにして閃光が走り、『風神』の頭上に落ちた。


 その威力は凄まじく、稲妻が『風神』の頭部を割り、そのまま身体を真っ二つに引き裂いてしまう。



『おおー……さすがは大陸伝来の『雷鼓』だねぇ』



 土蜘蛛氏が感心したように声を漏らす傍らで、絶命した『風神』の身体から光の粒子が立ち昇り始めた。


 あの『雷鼓』とかいう魔道具、とんでもない威力だぞ。



『そっ、そんな……兄者あああああ!!』



 『雷神』の悲痛な叫びが響き渡る。


 おお……確かに相手を見くびってたとはいえ、相手の能力を操って他方を倒すとは、なかなかエグいやり方だな。


 さすがは怪人、いくら意趣返しとしても人の心がなさすぎる。



『ちょっ……土蜘蛛さん!? さっき僕、手加減してくれって言いましたよね!?』



 夜叉氏の悲鳴じみた抗議が夜空に響き渡る。


 見てみれば、夜叉氏もさっきの雷撃の余波を喰らったのか前髪がチリチリにカールしていた。


 半分パーマ状態は、糸目メガネには似合わないな……



『ああ、すまない……この雷鼓とかいう武具、加減が難しくてね』


『まったく……それでは、こっちは私のものですよ?』


『仕方あるまい。今回は君に譲ろう』


『ありがとうございます』 



 夜叉氏が『雷神』に近づき、そっとその腰辺りに手を当てる。



『なっ、お前ら何をする――がっ』



 恐怖に歪んだ『雷神』の右目から大きな角が生えた。


 それで『雷神』は動きを止め、さきほど倒された『風神』のように物言わぬ彫像のようになってしまった。



 ……なるほど、これが夜叉氏の能力か。


 つまり、対象に角を生やして自分の支配下に置く。


 そういえば、彼が率いていた動物たちはどこかに角が生えていた。


 彼については怪人にしては珍しく穏健派というイメージだったが、なかなかどうして凶悪な力を持っている。


 もちろん夜叉氏も自分の手の内を俺に明かす意味は分かっているだろうから、下手なことはしないと思うが……


 いずれにせよ、司令部には報告を入れておくべきだろう。



『さて、廣井君。我々の活躍ぶりはしっかり見てくれたかな?』



 と、土蜘蛛氏が地上からこちらを見てそう言った。


 おお……今まで見せたことのないドヤ顔をしているな。



「しっかりと観戦させていただきました。土蜘蛛さん、夜叉さん、ひとまずはお疲れ様です」



 彼女たちをそう(ねぎら)ってから、俺は司令部に報告すべくヘッドセットに手を触れた。

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