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第273話 社畜、観戦する 上

「やってくれたねぇ、君ぃ。大金星だよ」



 戦闘が一段落したあと。


 ビルの屋上に上がってきた土蜘蛛氏が、パチ、パチ……とおざなりな拍手をしながら近づいてきた。


 もちろんそれらが皮肉であることはさすがに察している。


 その証拠に、彼女の顔には笑顔が張り付いているが目は笑ってはいない。


 怒っているかと言われればそうでもないような気もするが、少なくとも喜んでいるようには見えなかった。


 その少し後ろからついてくる夜叉氏も笑顔だったが、明らかにドン引きしているタイプの苦笑だった。



「いやぁ……ハハハ」



 そんな彼女の上っ面だけの賞賛に、俺は乾いた笑いで返すことしかできなかった。



 うん、まあ……やらかした自覚はある。


 いやでも、あの瓦礫の影から不意打ちを喰らわせようとしていたのがまさか本体だとは思わないだろ。


 だってあいつ、どう見ても戦っているヤツより一回りは小さかったし……!!


 どう見ても表で戦っている天狗の部下とか、せいぜいどう善意的に解釈しても2Pカラーと言うか……!!


 そもそも分身だったら敵に分かりやすいよう、もっと似せておいてほしいんだが!?


 いやほらこういう事故を想定してさぁ!!



 ……いやまあ、自分でもその手の言い訳が無理筋だということは重々承知している。


 これは不幸な事故なのだ。


 結論。


 こざかしい欺瞞工作を弄したうえ伏兵の存在に気づかなかった天狗が悪い。


 そうったらそうなのだ。



 ただまあ、それで2人が納得するかといえば否なわけで。



 一応、この場所……『ポイントD』方面に侵攻してくる怪人たちは土蜘蛛氏と夜叉氏が受け持つことになっている。


 要するに『3番』――(からす)天狗は彼らの獲物なのだ。


 もちろん2人は怪人を倒しても魔法少女のようにポイントが付与されることはない。


 だが、俺が単独で怪人を倒してしまうのはいろいろと問題がある。


 彼女らは独力で怪人たちを倒してみせ、その力と有用性を司令部に示さなければならないからだ。



 そもそも2人は『自分たちの縄張りを侵す怪人たちを迎撃する』という建付けで俺たちと共同戦線を張っている。


 だというのに俺がこの場所にやってくる怪人をちぎっては投げしていたら、2人はどう活躍すればいいというのか。


 それが原因で司令部に『お前ら結局仕事しないで遊んでるだけじゃん』と判断されてしまえば、最悪、他の怪人と同様に討伐対象になってしまってもおかしくないのである。


 だからこそ、本来ならば『3番』は土蜘蛛氏と夜叉氏だけで倒すべきだったのだ。



 土蜘蛛氏が苦笑しながら続ける。



「くく……それにしても、まさかあの烏天狗をあっさり仕留めるとはねぇ。さすがにそれは私の想像の埒外だ。あれは北陸の怪人や妖魔たちを束ねる猛者中の猛者なのだよ。分かるかい? その意味が」


「いやぁ、恐縮ですがそちら側の事情には疎くて」



 彼女の意図をはかりかね、俺は曖昧に濁した。


 もちろん事前に提供された情報で、『3番』は怪人たちの中でも指折りの強者だということは聞いている。


 だが、ヤツのバックグラウンドまでは良く知らない。


 せいぜい北陸あたりに棲んでいる超強い怪人、程度のイメージだ。



 そんな俺をみて、土蜘蛛氏が『仕方ないねぇ』と呆れた表情でため息を吐いた。



「世間知らずの君に教えてやろう。北陸の怪人と妖魔の結束は固い。見ただろう、あの百鬼夜行を」


「はあ……確かにあれは壮観でしたね」



 確かにすごい数の妖怪……妖魔だった。


 あれだけの数を従えているならば、相当な猛者だということくらいは俺にも分かる。


 だがまあ、土蜘蛛氏と夜叉氏の軍勢に磨り潰されたうえ、不意打ち上等の(こす)っからい奴だったけど。


 土蜘蛛氏が続ける。



「そんな有力者を、君は討ち取った。大将首をとった武将は、天下に名を轟かす。世の常だ」



 それから彼女は俺の肩にポンと手を置いて、意味ありげな笑みを浮かべた。



「おめでとう。君は北陸に住まう怪人と妖魔全員を敵に回した、歴史上で最初の……そしておそらく最後の人間だよ」


「へ、へぇ~……それはまた……大変光栄ですねぇ」



 するってぇと何ですかい?


 俺はこれから北陸怪人が(あだ)討ちで放ってくる鉄砲玉に(タマ)ァ狙われ続ける日々を送ることになるってぇわけですかい、土蜘蛛の(あね)さん?


 だが彼女は俺の顔を心底楽し気な表情で眺めながら、さらに続ける。



「だがまあ、安心するといい。この街に侵攻してきた怪人をすべて滅ぼせば目撃者は消える。何の問題も生じない。そのために私たちはここにやっているのだよ」



 言って、土蜘蛛氏は夜叉氏を見る。


 夜叉氏がコクリと頷く。


 決意に満ちた表情だった。



「廣井君。今度こそ、私たちの実力を信じてくれるね?」


「も、もちろんですとも」



 さすがにこれは分かる。


 つまりは『次から手柄の横取りはするな』、と彼女は言っている。


 それと、『自分たちは味方だ』と言外に伝え、その承認を求めている。


 もちろん否定するつもりはない。


 コクリと頷く。



「よろしい。では、我々は我々の役目を全うするとしよう」



 言って、土蜘蛛氏と夜叉氏が持ち場に戻ろうとした、そのときだった。


 耳のヘッドセットが一瞬ガッとノイズが走り、大きな声が聞こえてきた。



 『こちら司令部。どうした、廣井。定時報告が遅れているぞ。もしかして何かあったのか? どうぞ』



 郷田課長の声だった。


 慌てて袖をまくり、腕時計を確認する。


 そういえば、戦闘とその後のやりとりのせいで定時連絡の時間を過ぎていた。


 すぐさまヘッドセットを押さえ、応答する。



「廣井です。戦闘が長引いたため報告が遅れましたが、こちらは無事です。……それと、さきほど無事『3番』を撃破しました、どうぞ」


「……ちょっとまて。『撃破しました』とはどういうことだ? 確認だが、それは『土蜘蛛』と『夜叉』が『3番』を倒したという理解で問題ないか?」



 ……うっ。


 案の定、郷田課長が突っ込んで聞いてきた。


 この状況で虚偽の報告はマズいと思い曖昧に濁してみたのだが、さすがに通用しないか。


 とはいえ、どう説明したものか。


 さすがに正直に『間違えて『3番』を倒しちゃいました』とか言えるはずもない。


 いや別にそう報告しても問題はないのだが、それはそれで土蜘蛛氏らの不利になるからだ。


 ……などと、どう伝えていいものやらと考えあぐねていたら。


 土蜘蛛氏が無言でチョイチョイと手招きをしているのが見えた。



「なんでしょうか?」


「ここは私から説明した方が、収まりが良いだろう。少々マイクを拝借しても構わないかな?」


「ああ、どうぞ」



 なるほど、そういう手もあるな。


 意図を察した俺は襟元からマイクを外し、彼女に手渡した。



「失礼、こちら『土蜘蛛』だ。さきほどはどうにか『3番』を撃破したが、存外に手ごわい相手でね。お目付け役に少々(・・)サポートをしてもらったのだよ。いやはや、君たちの組織の人間は極めて優秀だ。今後ともよろしく頼むよ、どうぞ」



 それだけ言うと、土蜘蛛はすぐマイクを俺に返してきた。


 なるほど、悪くない言い訳だ。


 嘘は吐いていないが本当のことも伝えていない。


 それでいて自分も俺も、ついでに司令部も立てている。


 さらには俺と彼女とでマイクの貸し借りができる程度には良好な関係を構築できていることもアピール。


 玉虫色というか、なかなかに老獪なやりとりだ。


 もっともこちらとしても利害が一致している以上、とくに訂正すべき点もない。



 ヘッドセットの向こう側はしばらく沈黙していたが、やがて応答があった。



『……状況は理解した。そちらの判断で多少(・・)連中に手を貸すことは問題ない。だが連中はあくまで怪人だ。あまり肩入れするなよ』


「了解です」



 とりあえず手短にそう応答し、通信を切った。


 こっちとしては完全に不幸な事故であって肩入れなど1ミリもしていないのだが、ここで長々と説明する意味もメリットもないからな。


 それに郷田課長も『多少』を若干強調していたあたり、ある程度こちらの状況を察しているような雰囲気があった。


 そのうえで事が順調に進むなら問題ないと判断したのだろう。



「……さて、これで先ほどの借りは返したことになるかな?」



 土蜘蛛氏が、そう言ってニヤリと笑ってみせる。


 どうやら口ではあれこれ言ってはみても、自分たちが気づかないうちに不利な状況に陥っていたことは自覚していたらしい。


 こちらとしてはあの程度の援護を『貸し』だとは思っていないが、さすがにここでそう伝えるのは野暮というものだ。



「それで構いません。……では、お二方ともご武運を」


「うむ。今度こそ私たちの実力を、我らがお目付け役殿に見せつけてやらなければね」


「それでは、廣井さん。我々の活躍をご覧くださいね」



 言って、土蜘蛛と夜叉がビルから飛び降り、持ち場に戻っていった。



 『2番』と『4番』が接近してくると司令部からの情報提供があったのは、そのすぐあとだった。

※三月後半は諸々多忙なため、来週はお休みさせて頂きます…!

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