第270話 魔法少女、強敵と対峙する ①【side】
ゴシックセイラは爆炎と轟音の中、10階建てのビル群が次々と倒壊するのを見た。
そんなこの世の終わりのような光景を背負うのは、巫女の衣装をまとい、狐の耳と尻尾を持つ若い女だ。
その耳と尻尾、そして黄金色の長い髪は爆風の余波を受けて大きくなびいており、その身にまとった巫女服の裾は熾火のように赤熱している。
女は地面から数メートルほどの場所に浮かび、その手には先ほどビルをなぎ倒した火球を浮かばせ、それを弄んでいた。
「へえ……今ので挽肉にならないなんて、『魔法少女』とやらはずいぶん頑丈なんだねぇ」
地面に這いつくばるセイラたちを睥睨しながら、女は薄ら笑いを浮かべる。
感心しているような体を装っているが、明らかに自分たちを嘲笑っているのが分かる。
「これまで陰陽師やら退魔師やらを何百人も殺してきたけども、ここまで楽しませてくれる子らは初めてだよ」
怜悧というには、あまりに鋭すぎる目つき。
周囲に巻き起こる業火に照らされ朱に染まる、白い肌。
すっきりと鼻筋の通った美人だ。
だがその顔に浮かんでいるのは人を爆殺する愉悦に歪んだ、醜悪な笑みだった。
『今の爆発はなんだ! 複数のマスコットからの通信が途絶した! ゴシックセイラ、シャイニールナ、応答しろ!』
耳元で男性の怒鳴り声が響く。
右耳にはめ込んだヘッドセットから鳴り響くのは、郷田課長からの安否確認だ。
「……リストの『1番』と遭遇、交戦中……今のところ私は無事……です、どうぞ」
口に溜まった砂利と土埃を唾とともに吐き捨てたあと、震える手で耳のスイッチを押し当て、セイラはどうにかそう口にした。
『了解。すぐに増援を向かわせる。それまで持ちこたえてくれ、どうぞ』
「ルナちゃんは……無事ですか、どうぞ」
『そちらより先に応答があった。彼女は無事だ』
「よかった……」
ここからは見えないものの、どうやらルナも無事だったようだ。
その事実に少しだけ安堵する。
『『1番』はリストの中でも最強格だ。決して無理はするな』
「……了解、です」
そう言って、セイラは通信を切った。
爆発の衝撃で耳鳴りが酷く視界がぐにゃぐにゃに歪んでいる。
けれどもそれでも身体の痛みはそれほどではない。
(呼吸はできる……肋骨は折れてない。手足も無事。くらくらするのは多分爆風による脳震盪。大丈夫、すぐに治る)
セイラは倒れたまま、冷静に判断する。
頭の回転は鈍っていない。だから大丈夫。
ただ、装備していた結界魔道具『スクトゥム』のひとつが破損していた。
三木主任によれば『戦車砲弾の直撃すら無傷を保証する』という触れ込みだったが、まさか対地ミサイルもかくやという爆発にも耐えきるとは。
セイラは彼女の底知れない技術力に感謝しつつ、どうにか立ち上がる。
予備も含めて、残りは……あと4個。
対して、相手はあれだけの破壊を引き起こしてもまだまだ余力を残している。
そもそも、リストの『1番』の怪人は――『不知火』と呼ばれる火狐の怪人は――いま手に浮かべている拳大の火球を数発放っただけでこの大破壊を引き起こしたのだ。
まだ奥の手を隠していることを鑑みれば、これから一発も攻撃を貰ってはならない相手だ。
「ぐっ……今のは効いたなぁ……うわっ、1つぶっ壊れているし! さいあく……」
土煙の向こう側で、ルナの悪態が聞こえた。
指令部の言う通り、どうやら彼女も無事だったようだ。
セイラはホッと胸をなでおろす。
「さぁて、そろそろ身体の調子は戻ったかい? だったらそろそろ戦闘再開といこうじゃないか」
『1番』は楽しそうな様子でそう言って、セイラたちを見回す。
それから彼女は2人に追撃を仕掛けることもなく、空中に浮いたまま火球をさらに3つほど増やすと、まるでお手玉のように宙に放りながら弄び始めた。
余裕綽々の、絶対的な強者の態度だ。
――この怪人には勝てないかもしれない。
彼女を見ていると、そんな弱気と恐怖心が胸の奥からじわじわと染み出してくる。
(……セイラ、踏みとどまれ!)
セイラはそんな負の感情を握り潰すように、両手に持った大鎌『タナトス』をぎゅっと持ち直した。
そもそも、ここからあの狐女がここから逃がしてくれるとは思えなかった。
いずれ佐治教官とアンリちゃんが駆けつけてくれると言われても、遅滞戦闘だって見抜かれれば終わりだ。
だったら全力で戦うしかない。
「くっ……舐めるなッ!! ルナちゃん、援護よろしくッ!!」
「了解ッ! ……うらあああああああっ!!」
セイラが『1番』に突撃するのと同時に、ルナが両手に持った純白の銃を乱射する。
彼女の武器である2挺の魔導拳銃『アッサル』『アラドヴァル』から射出される弾丸は魔力そのものだが、それゆえ魔力で構成される妖魔は怪人にとっては実弾で撃たれるよりも深刻なダメージを負うことになる。
「援護射撃と一緒に吶喊するのは悪くない戦術だねぇ……! けれども、当たらなければどうということもないさ!」
さしもの『1番』も、ルナの攻撃をまともに受けるのは危険だと判断したようだ。
彼女は鋭く叫んで、飛来する魔力の弾丸を凄まじい速度ですべて回避してしまう。
さらには銃弾の嵐をかいくぐりながらもルナに向かって手に持った火球を次々と投げつけてきたのだ。
「同じ手を二度も喰らうか!!」
だがルナは、飛来するすべての火球めがけてありったけの銃弾を叩きこんだ。
轟音。
凄まじい熱量が秘められた火球が中空で爆発し、辺り一面に爆炎と爆風を撒き散らす。
『1番』に接近していたセイラは一瞬目の前が炎に包まれたが、それを予測していれば耐えられないほどではない。
もうひとつ、『スクトゥム』が壊れた感触がある。
だが身体は無事だ。
ならば、こちらにとってはいい目くらましだ。
「はあああああっ!!」
業火の中を通り抜け、セイラは『1番』の目の前に躍り出た。
相手は自分の戦果を確認するのに夢中で、こちらにまったく気づいていないようだ。
――取った!!
セイラはそう確信して、『タナトス』を『1番』の首元に振り下ろしたのだが――
大鎌の刃が、彼女の細首を狩り取るべくその柔肌に触れた……次の瞬間。
――ゴッッ!!
「あがっ!?」
セイラは想定外の凄まじい衝撃を全身に受け、一瞬視界が暗転する。
気づいた時には宙を舞っていた。
すぐに状況を把握して体勢を整えたおかげで地面に叩きつけられることは免れたが……
「……『スクトゥム』が……!」
着地してすぐ、さらにもう1個、命の綱が破損しているのに気づく。
……あと残り2個。
セイラの背中に、冷たいものが流れる。それをどうにか押し殺す。
まだ怪人は何人も残っている。
だが、この場を切り抜けなければどうしようもない。
セイラはグッと奥歯を噛みしめながら『1番』を睨みつけた。
「くそ、『爆発反応装甲』も完備しているのかよ! セイラ、大丈夫!?」
「こっちは大丈夫です……!」
少し離れた場所で、ルナが叫ぶ。
それに大声で応じて、セイラは『タナトス』を構え直した。
爆発反応装甲……なんとなく聞いたことがある。
たしか、戦車などの表面に爆薬を搭載しておき、敵の砲弾などが直撃したときに爆発することで衝撃を逃す特殊な防御装備だったっけ。
とにかく、相手に攻撃したらカウンターで爆発が起きるということだ。
これでは、うかつに斬りつけることすらできない。
「残念だったねぇ。……もう降参かな? だったら一思いに爆殺して――」
「確かに残念です」
勝ち誇る『1番』の言葉に被せるように、セイラはそう吐き捨てた。
それからルナを見る。彼女は真剣な顔で頷き返してきた。
彼女も覚悟の上のようだ。
「はあ……まさかこんな序盤で奥の手を使うことになるとはね……」
大きなため息とともに、セイラは『タナトス』を構え直した。
その刃に、白銀の魔力が宿り――その冷たい光が、セイラの全身を覆いつくした。
※爆発反応装甲は本来HEAT弾のメタルジェット形成を阻害することで戦車内部に被害が及ばないようにするための装備らしい(作者もうろ覚え)ので、本来のそれとは効果が違う気がしますが……そのへんはご容赦ください。




