第269話 社畜と怪人大戦争④
『おや、どうやら始まったようだね』
単眼スズメから、拡声器のようなひび割れた声が聞こえる。
土蜘蛛氏らも、この街全域が『遮音結界』により封鎖されたことに気づいたようだ。
それはつまり、確認できている怪人たちが全員領域内に侵入したことを意味する。
『さて、私たちもきちんと仕事ぶりをお目付け役に見せつけていこうかね』
『土蜘蛛さん、来ますよ』
応答するは、夜叉氏の落ち着いた声。
どうやら単眼スズメは土蜘蛛氏の念話的な能力ではなく、シンプルに彼女らの周囲の音声を拾ってこちら側に届けてくれているようだ。
まあ、その方が俺にとっては状況把握しやすいので助かるのだが。
そして、ビルの屋上にいる俺からも、侵攻側の怪人が確認できた。
その姿からして『3番』の天狗。
その名前からイメージされる通りの赤鼻で修験者の格好をしており、芭蕉の葉を何枚か束ねた団扇を武器として持っている。
その後ろには、魑魅魍魎としか形容できないような妖魔が数百体。
まさに百鬼夜行である。
天狗たちは、人気の失せた大通りを、自分たちの姿を誇示するように練り歩いていた。
俺は耳にはめ込んだヘッドセットに手を当て『現場調整課』に状況を報告する。
「こちら廣井です。リストの『3番』を確認しました。大量の妖魔を引き連れています。これより夜叉さんと土蜘蛛さんが戦闘に入るようです、どうぞ」
『了解。こちらも結界封鎖時に確認済みだ。引き続き両名および侵攻側怪人の監視を頼む、どうぞ』
『了解です。監視を続行します、以上』
よし、今度はちゃんと報告できたな!
――俺が現場調整課とそんなやり取りをしている間に、夜叉氏と土蜘蛛氏がビルから地上に降り立った。
天狗と百鬼夜行が2人をみとめ、その歩みを止める。
『ほう……貴公ら、知っているぞ』
しわがれた声と、その背後から聞こえる魑魅魍魎の叫び声。
どうやら土蜘蛛氏は、ご丁寧にも単眼スズメから連中の様子まで実況してくれるつもりのようだ。
こちらとしてはありがたい限りなのだが、そんな余裕はあるのか……と思っていたら、夜叉氏と土蜘蛛氏が動いた。
『くふふ……貴方の噂もよく聞こえておりますよ、『烏天狗』殿。北陸から山を越え、遠路はるばる僕たちに滅ぼされにやってくるとは……ご苦労なことです』
夜叉氏が手を挙げたと思ったら、周囲の屋上ビルから無数の小動物たちが湧き出てきて、百鬼夜行に次々と飛び込んでいく。
そのどの個体にも身体のどこかしらから角が生えている。
さらにはビルの隙間からは黒く蠢く影が這い出てくる。
よくよく見れば、それは蟲の大群だった。
ムカデ、ヤスデ、ゲジゲジ。クモ。ドブネズミ。
その中には名状しがたいGの系譜は存在しないようなので、基本的には毒牙や毒針など攻撃力を有した蟲や小動物が中心のようだ。
あれは土蜘蛛氏の軍勢だろう。
小動物たちと蟲たちは魑魅魍魎よりもはるかに強力らしかった。
角猿が腕力で妖魔を引き裂き、角兎が跳ねれば妖魔の首が飛ぶ。
数万にも及ぶムカデやネズミの大群が妖魔に襲い掛かり、その肉を喰らい尽くしてゆく。
百鬼夜行はあっという間に総崩れとなった。
おお……さすが、2人で怪人半分を減らすと啖呵を切るだけのことはあるな。
最後の妖魔が角猿に引き裂かれ消滅すると、夜叉氏が得意げに言い放った。
『くふふ……まさか数を揃えていればどうにかなると思っていましたか? 残念ですが、我々とて軍勢を従えているのですよ』
『ぬかせ。……まあ、よい。勝負はここからぞ』
天狗が忌々し気にそう吐き捨てると、バサリと団扇を仰いだ。
突如、天狗を中心に猛烈な突風が巻き起こる。
突風はすぐに猛烈な勢いの竜巻と化し、周囲を飲み込んでしまった。
「おおおっ!?」
その余波は現場から数百メートル離れた俺の元にも届き、風にあおられ思わずたたらを踏んでしまう。
土蜘蛛氏の単眼スズメは小さな足でアンテナに掴まりどうにか耐えている。
竜巻はしばらく彼らを覆い隠し荒れ狂っていたが、やがて収まった。
そして、その惨状が露わになる。
「……マジか」
思わず声を上げてしまう光景が目の前に広がっていた。
天狗は瓦礫の中に立っていた。
ヤツの直径50メートルほどの範囲でビルや建物が消失し、瓦礫の山と化している。
もちろん夜叉氏や土蜘蛛氏の眷属たちも瓦礫もろとも吹き飛ばされたのか姿は見えない。
だが、肝心の夜叉氏と土蜘蛛氏は無事だった。
どうやら天狗は、彼らと戦う場所を作り出すつもりだったようだ。
あるいは、2人には効かなかったのか。
『ふむ、これでよいか』
単眼スズメから、天狗の満足げな声が流れてくる。
『儂も貴公らの力を見誤っていたようだ。この『芭蕉風』にも耐えた実力はまさに本物。……ならばここからは、正々堂々己の手足と武具のみで仕合おうぞ』
言って、天狗が姿勢を低くして何らかの武術の構えを取る。
『ふん、殊勝な心掛けだね』
『くふふ……まあ、それも一興ですね』
それに応じて、夜叉氏と土蜘蛛氏も姿勢を低くして戦闘に備える。
そして怪人たちの肉弾戦が始まった。
……と、そのときだった。
「……ん?」
彼らの激しい戦闘を遠くから眺めていた俺は、その周囲の違和感に気づく。
……天狗の団扇による竜巻で倒壊したビルの、すこし手前側。
比較的原型を保っている瓦礫の後ろに、もう1人の天狗がいた。
そいつはコソコソと瓦礫の影に隠れながら、戦場の様子を窺っていた。
だが夜叉氏と土蜘蛛氏は表の天狗との戦闘に夢中で、もう1人の天狗に気づいていない。
あいつは……百鬼夜行の一員か?
あるいは天狗の配下とか眷属だろうか。
かのGの系譜など、1匹見かけたら30匹はいるとも言う。
だとすれば、天狗の姿をしたやつがここに1人しかいないとは限らないわけで。
そもそも百鬼夜行を引きつれているような奴だからな。
ボス天狗のアイツが幹部天狗とか三下天狗とかを従えていてもおかしくはない。
というかあの天狗、『正々堂々仕合おうぞ』とか言いつつ背後から温存しておいた手勢で奇襲を仕掛けようとするとか、なかなかいい性格をしているな。
ヤンキー漫画の悪役かな?
まあ、なんでもありの死闘ならばこの手のだまし討ちも戦術の範疇だろうけどさ。
ともあれ……どうしたものか。
正直、協定では『互いに手出し無用』としているが、実際問題、2人が負けると俺たちの負担が増えるわけで。
そうなれば、他の場所から魔法少女に増援を要請することになるし、それが間に合わなければ最悪俺が天狗と戦うことになるだろう。
……正直、見た目通りの戦闘力ならば俺でも倒せなくはないと思う。
だが、あとで魔法少女の皆さんにポイント絡みでブーブー言われるのは御免だった。
「……まあ、いいか」
一応協定の要旨として『連中が他の怪人と戦闘中に俺たちは積極的に絡みに行かない』としている。
だから、俺が今からやるのは消極的な援護だ。
魔道具による支援でもないし、俺は魔法少女ではない。
俺は周囲にいた妖魔を、自分の仕事の邪魔にならない程度に排除しただけだ。
うん、何も問題はないだろう。
ということで、さっそく『魔眼光』でビルの影に隠れていた増援天狗の頭をぶち抜いた。
次の瞬間。
表で戦っていた天狗が突如動きを止めたと思ったら、そのままサラサラと灰と化し崩れ去った。
もちろん頭をふっ飛ばした方はすでに瓦礫の影で倒れ込み、光の粒子になって消滅しかけている。
………………
どうやら表で戦ってる方が分身で、コソコソ隠れてる方が本体だったらしい…………
やっちまったなこれは…………
『…………』
『…………』
突如戦闘が終了したせいで、呆然とした様子で互いに顔を見合わせる夜叉氏と土蜘蛛氏。
それから、何かに気づいたように土蜘蛛氏が俺の方を見た。
『ねえ、君』
「アッハイ」
土蜘蛛氏の口が動き、単眼スズメから声が流れ出てきた。
なんだか疲労がにじみ出た声だった。
『もしかして今、何かやった?』
「…………」
俺はしばらく彼女に応答することができなかった。




