第268話 社畜と怪人大戦争③
「あー、あー、こちら廣井です。先ほど『8番』の襲撃を受けましたが制圧しました。夜叉氏らの監視を続行します、どうぞ」
『ちょっと待て! 『8番』を倒しただと……!? もう少し詳しく説明しろ!』
「す、すいません!?」
郷田課長の怒鳴り声が耳元で響く。
つい目の前に誰もいないにも関わらずぺこぺこと頭を下げてしまったのは、悲しき社畜の習性である。
とにかく、郷田課長に事の次第を説明する。
『――なるほど。連中から聞いていた時刻よりずいぶん早いが、すでに怪人たちの一部は街へ侵入しているということか。今のところまだ報告は上がってきていないが……各現場に確認を急がせよう。ああ、それと――』
郷田課長はそこで少しだけ言葉を切って、続けた。
『廣井さん、よくやってくれた。あんたの実力は我が課も把握しているが、まさか『8番』を倒すとは思っていなかった。ヤツだけは、能力の特性上こちらで居場所を把握できていなかったからな。我々も、魔法少女たちが奇襲される可能性を危惧していたのだが……ひとつ、大きな脅威が消えた。感謝する』
「いえいえ、今回はたまたま向こうの奇襲に気づけただけですよ。次は分かりません」
『普通の監視役ならそもそも『次』などない可能性の方が高いんだけどな……まあ、それはいい。それよりも』
郷田課長は一度咳払いをしてから、先を続ける。
『今回、『8番』の奇襲でそちらに余裕がなかったのは理解している。だが、なるべく確実に報告を頼む。一方的に通信を切られると、我々も的確なサポートができんからな』
優しく諭すような口調だったが、疲れたような色がにじみ出ていた。
確かによくよく考えてみれば、向こうは俺が逐次報告をしなければが状況が分からず、心配する場面だ。
以後、新人に戻ったつもりで行動するようにしよう。
社会人の基本、報告・連絡・相談だ。
「すいません。以後気を付けます」
『まあ、次から気を付けてくれればいい。……ああ、それとだ』
郷田課長が付け加えるように言った。
『……そちらに、『ミラクルマキナ』と『フロスティミネ』の2人が向かっている。彼女たちには廣井さんから持ち場に戻るよう伝えてくれ』
……ん?
俺はそこで郷田課長の言葉に違和感を覚える。
「2人ともヘッドセットを装着しているんですよね? すでに私が怪人を撃破済みだと伝えていないんですか?」
『いや……それがな』
なぜか郷田課長が困ったように言いよどむ。
と、その時だった。
「廣井さん、大丈夫!?」
「廣井さん、大丈夫ですかっ!?」
ピンクと水色の影が、まるで流星のように夜空から降ってきた。
言わずと知れた朝来さんと、小山内美祢ちゃんである。
どうやら2人は今回の作戦でバディを組んでいるらしい。
彼女たちはかなり慌てた様子で、武器を構えたまま油断なく周囲を見回していたが……俺の様子を見てがっくりと肩を落とし『はあぁぁ……』と大きなため息を吐いた。
ああ、なるほど。
郷田課長が言葉を濁していた意味が分かった。
これはさすがに完全に理解したわ。
……前提として、魔法少女にとって怪人討伐はかなりのポイントが付与される一大イベントだ。
だが、俺はそこまで頭が回らず、2人の到着を待たず怪人を撃破してしまった。
これでは彼女らにポイントが入らない。
移動し損というわけである。
そりゃ俺に文句の一つでも言いたくもなるだろう。
……これは申し訳ないことをしてしまったな。
「申し訳ありません。実は、すでに『8番』は制圧済みです。ですが、よくよく考えたらあれは魔法少女の皆さんの獲物ですもんね……せめて、おふたりが到着するまで戦闘を長引かせておくべきでした」
「「……えっ」」
俺が2人に頭を下げると、なぜか彼女たちは一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。
あれ……なんか俺、変なこと言った?
もっとも朝来さんはすぐに我に返ると、なぜか呆れたような顔で先を続ける。
「そ、そう……だったら今回の手柄はあんたに譲ってもいいわ。他にも怪人なんてたくさんいるわけだし……ふん、心配なんて全然してなかったけどね!」
「えっ」
と、今度は朝来さんの隣にいた美祢ちゃんが怪訝な顔になった。
「先輩、さっきまでめちゃくちゃ泣きそうな顔してませんでした?」
「はっ、はああぁっ!? そそ、そんなわけないでしょ! ななな、なにを言っているのかしらこの子は!」
「むごっ!?」
朝来さんが顔を真っ赤にして美祢ちゃんの口を塞ぐ。
もしかして俺に獲物を取られたのがそんなに悔しかったのか?
そういえば朝来さん、自分の武器の強化に血道を上げていたからな……いやはや、本当に申し訳ない。
「と、とにかく! あんたが無事ならまあいいわ。私たちは持ち場に戻るから! あはっ、はははっ!」
それから朝来さんは引きつり笑顔で美祢ちゃんを捕まえたまま一歩、また一歩と俺から距離を取り……そのまま屋上の柵を飛び越え、夜景の向こう側へと消えていった。
その間、美祢ちゃんはごもごも言いながら俺と朝来さんを交互に指さし何かを訴えようとしていたが、残念ながらその言葉は聞き取れなかった。
『……くくく』
と、何やら背後で含み笑いとともに小さな気配が放たれた。
……今度はなんだ。
振り返ると、先ほどの一つ目スズメがビルのアンテナに止まっているのが見えた。
こちらに居場所がバレたから逃げたと思っていたが、どうやら戻ってきていたようだ。
一つ目スズメはその身体に似つかわしくない拡声器みたいな声色で、土蜘蛛氏の言葉を代弁する。
『くくく……先ほどはなかなか面白いものを見せてもらったよ。なるほど……以前も見たけれども、君は不可視かつ怪人すら一撃で屠る致命打をまったくの予兆なく叩きこむことができるのか。くくく……面白い。じ、実に興味深い……!』
不敵だがどことなく震えたような声色で、土蜘蛛氏がそんなことを語りかけてきた。
心なしか精いっぱいの強がりに聞こえるのは気のせいだろうか。
まあ、不可視かつ一撃必殺……というところは否定しない。
だが、予兆については何度か俺の攻撃を見ていればいずれ視線や殺気の向け方などでバレるはずだ。
共同戦線を張るというからには、事が済むまでは大人しくしているだろうが……その後の話はしていない。
いずれにせよ、『奈落』を乱発するのは控えた方がいいかもしれないな。
と、そのときだった。
ヘッドセットからガガッとノイズが走り、次いで郷田課長の大声が響いていた。
『――各マスコットに通達。撃破済みの『8番』を除く怪人たちが作戦領域内に侵入したのを確認した。『遮音結界』を起動しろ!』
――キン!
次の瞬間。
世界から音が消えた。
そして――
耳が痛くなるほどの静寂の中、遠方から巨大な爆炎が立ち昇り――少し遅れて、微かな地響きと共に轟音が周囲に響き渡った。
なるほど、あれが開戦の狼煙というわけか。
……ここからが本番だな。




