第247話 怪人たちの秘密会議 上【side】
※第237話の設定をちょこっとだけ変えております(改稿済)。
変更前→和装少女にボスがいる
変更後→ボスはいない。和装少女は現在フリーランス系怪人である
そのつもりでお楽しみ頂けますと幸いです。
「……やるじゃないか」
とあるビルの屋上で。
その周囲を取り囲む柵に腰掛けながら、銀髪の和装少女が面白そうにつぶやく。
彼女は美しい銀髪を、夜風になびかせながら、眼下に広がる街を見下ろしていた。
視線の先にあるのは、駅周辺に建つビルの一つだ。
そこには、彼女がこの街の監視用に使役している妖魔たちが配置されている。
……いや、配置されていた。
たった今、その場所最後の妖魔が『推し』に撃破されたことで、手持ちの妖魔からの魔力が途絶えたからだ。
「怪人に続いて、『擬態型』も通用しないか。戦闘力だけでなく、洞察力も優秀……いや、これは魔法の可能性を疑うべきか」
悩ましげに呟く彼女の口の端は、しかし楽し気に歪んでいる。
「あーあ、これではおちおちストーキングもできやしないじゃないか。さすがは、私の最『推し』といったところかな。まあ、いくつもある『眼』の一つが破壊されただけだがね。問題はない……けれども」
和装少女はそう言って、目元を三日月のように細めた。
「まったく普通じゃない。最高だよ。あぁ……この現世に生じて千年、これほど昂ったことは未だかつてない」
そういう彼女の顔には明らかな恍惚の色が浮かんでいた。
彼女は息を荒くしながら、白い指で和服越しに自らの身体をまさぐり……ピタリと手を止めた。
「…………誰かな。淑女のプライベートに土足で踏み込むのは感心しないね?」
『失礼仕った。火急の用件にて、ご容赦頂きたい』
古風な言葉遣いは、すこし離れた場所から聞こえた。
徐に振り返れば、自分と同じように屋上の柵にとまる影法師がひとつ。
それは一匹の猿だった。
もっともその両の眼窩からは眼球の代わりに捩じくれた角が生えており、それがただの野生動物でないことが見て取れる。
「……で、関東一円の雄たる『夜叉』殿が私のような木っ端怪人に何用かな?」
つまりは、この猿の妖魔は怪人『夜叉』の使い魔だ。
そう言えば、『夜叉』には三匹の使い魔がいたな、と思い出す。
確か、『見猿』『言猿』『聞猿』。
ならば目の前の猿の妖魔は『見猿』だろう。
「畏れながら、『土蜘蛛』殿に申し上げる。我が主は関東一円に棲まう怪人の中でもひと際強力な貴殿を、我が屋敷にご招待したいと仰せで御座いまする。何卒万障繰り合わせの上、ご同道下さいますようお願い申し上げまする」
「ふうむ」
和装少女――『土蜘蛛』は白い指を顎に添え、考えこむ。
『夜叉』の意図は見え透いている。
大方、自らの陣営に自分を引き込みたいのだろう。
そのうえ『万障繰り合わせの上』と来た。
その心は――『仲間にならないのなら潰す』だ。
(人を多少食って、たかだか二、三百年程度生きただけの山猿が。私の元に馳せ参じるならいざ知らず、『推し』観察に忙しいところを十把一絡げに呼びつけるとは、身の程知らずにも程がある)
とはいえ、『夜叉』が焦る気持ちも分からないではない。
――半年前に起きた、未知の怪人たちによる大攻勢。
その余波で、この街だけでなく、この市域一帯を縄張りとしていた怪人が魔法少女たちにより駆逐されてしまった。
そこを狙って他のエリアから腕自慢の怪人が入り込んだようだが、どうやら魔法少女たちも相応に備えをしていたらしく、その後は消息不明である。
おかげでここ半年近くの間、この一帯は完全な空白地帯のままとなっている。
もちろんこの状況を、各地の怪人たちが見逃すはずもない。
またとない好機として、己の支配下に置こうと暗躍している者たちがいるのは『土蜘蛛』も承知している。
というか、すでに『夜叉』以外からも、同盟の申し出が複数来ている状況だった。
面倒なのですべて断り、それでも力づくで仲間に引き入れようとする不埒な輩はすべて返り討ちにしたが。
それにしても、この土地の何が怪人たちを惹きつけてやまないのだろう、と『土蜘蛛』は思う。
確かにこのエリアの魔力濃度は他の街に比べて極めて高い。
魔力濃度は怪人の力に直結するから、この場所を縄張りとすれば他の怪人たちの優位に立てるのは分かる。
だが、この地を狩場とする魔法少女たちもまた、相応に精鋭揃いだ。
彼女らに滅ぼされるリスクを冒してまで奪い取りたいと思うほど、魅力的な場所ではない。
少なくとも『土蜘蛛』にとってはそうだ。
ただ、この場所が荒らされるのは困るのは事実だった。
理由はもちろん『推し』の存在だ。
もちろん『土蜘蛛』とて、最終的には『推し』を喰らってみたいという欲求に抗うつもりはない。
だが、今ではないのだ。
もっともっと『推し』を知って、自分の造り出した『使い魔』たちや強化怪人たちと戦わせて、最終的には自ら戦って、その力と魂を存分に味わってからでなければ満足はできない。
だが……そうは言っても、この地が近いうちに怪人たちにより戦場と化すことは避けられないだろう。
『土蜘蛛』とて、何十体もの『名あり』の怪人を相手にして無双できるほど強くはないからだ。
しかし、大攻勢で他所の怪人に『推し』を横取りされるようなことは我慢ならなかった。
ならば、やはりいずれかの怪人と手を組むのは必須だろう。
いや、しかし……
考えあぐねる『土蜘蛛』を後押しするように、『見猿』が静かに語りかける。
『ときに土蜘蛛殿。件の大攻勢で、生き延びた者がいたことはご存じか』
「生存者……それはもちろん、怪人のことだね?」
それは初耳だ。
『見猿』の言葉に、『土蜘蛛』は 思わず耳を傾ける。
『左様。攻め込んできた怪人のほとんどが、魔法少女どもによって殲滅されたのはご存じであろう。しかし、わずか一体、生き残りを我が主が保護しており申した』
「……続けてくれるかな?」
『無論。……その者は奇怪な豚のような……例えるならば、まるで西遊記に出てくる猪八戒のような容姿をしており申した。どうやら妖魔とも怪人ともつかぬ、取るに足らない者であるものの、人語を解し、この世界とは異なる世界より渡ってきた、などと宣っており申した』
「……ふぅん」
『土蜘蛛』は極力顔に感情を出さないよう、鼻を鳴らして見せた。
そのような妖魔には、実のところ心当たりがあった。
たしか四、五百年ほど前に喰らった『異界の巫女』を名乗る少女の記憶と『見猿』の話を総合すると、それが『豚頭鬼』であろうことは間違いなかった。
『見猿』が続ける。
『その者は、『異界』に帰還するための力を欲しておりまする。……そして我が主が申すところによれば、『土蜘蛛』殿はその世界に渡る手段の『一端』を知っておいで、と』
「……その話をどこで?」
ざわり、と『土蜘蛛』の影が蠢いた。
その中から、キシキシと何かが擦れるような音が響き渡る。
誰にも話したことはないはずだ。
どこから漏れた?
しかし『見猿』はわずかな身じろぎすらしない。
『……某を喰ろうても、何も分かりませぬ』
「……チッ」
思わず舌打ちをする。
所詮、『見猿』は伝言役だ。
仮にここで蟲どもの餌にしたところで、情報は大して得られないだろう。
『夜叉』は決して愚鈍ではない。
少なくなくとも数百年の間、人間の社会に溶け込み、その基盤を築いている。
怪人にあるまじき臆病さと周到さで、決して自分の情報を漏らさず。
しかしながら他者の情報は、『土蜘蛛』をして『気色が悪い』と言わしめるほど精確に把握している。
言うまでもなく、使い魔ごときに不要な情報を与えるわけがない。
「……いいだろう。では、案内してくれるかな」
『ご同道、感謝申し上げる。……委細につきましては、屋敷にて』
それだけ言うと、『見猿』はひょい、と柵から別のビルへと飛び移った。
『土蜘蛛』はそのあとを、しかめっ面をしながらついていった。
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