第246話 社畜vs擬態型
《対象の名称:シック・ヴァイン(強化型)》
《体力:250/250》
《魔力:150/150》
《スキル一覧:『身体再生(中)』『消化液』》
《かの世界より持ち込まれた原初の魔物の一種》
《人間に擬態し、弱った人間に種子を植え付け操ることにより自己を複製する習性を持つ》
《この個体には深淵魔法による改造が施されている》
「いやぁ、助かったッス! お兄さん、ビル管理の人ッスよね!? マジでさっきから意味わかんないことばっかで――」
「止まれ」
金髪バイト君――『擬態型』が厨房の奥でよっこらせと立ち上がり、笑みを浮かべて近寄ってくる。
それを、近くの調理台に置いてあった包丁を突きつけ制した。
もちろん、俺の能力ならこんなものを使わなくても瞬殺できる。
だが相手を威圧するならば、一目で分かる脅威を提示する必要がある。
案の定、『擬態型』がぴたりと動きを止めた。
いや、動きを止めた『振り』だろう。
しかし人間を装うならば、包丁を突き付けられたら止まるのが当然だ。
『や、やや、やだなぁ』
彼は震える声でそう言って、引きつったような笑みを顔に浮かべた。
ゴリゴリと頭を掻く。
それから困惑したように、首を傾げ……いや、様子がおかしい。
「えーっ!? や、やめ、やめめ、て、く、くださいよもウ……そういう冗談ん、シ、シャレに、なんない、て」
言動が徐々におかしくなってゆき、さらにはバイト君の首はさらに傾き続け……
ついには完全に90度、グルリと横に回転してしまった。
首が飴細工のように異様な形に捻じれているのに、しかし彼はまるで痛がる様子を見せない。
『お、おに、おにさ、ささん、おににににににに――』
高速で瞬きを繰り返し、ギョロギョロと眼球がせわしなく動き回る。
歪な喜怒哀楽が一秒ごとに変化してゆき、どんどんと顔の皮が引き攣れていくのが分かった。
どんな表情をすべきなのか、とにかく確かめているように見える。
その間にも、バイト君は自分の頭をガリガリと掻きむしっている。
よほど強い力で引っ掻いているのか、金髪がブチブチと千切れ、あろうことか頭皮どころかその奥まで露出してしまっている。
しかし血は出ずに、ボロボロになった肌の奥から緑色に蠢く蔦の束が見えた。
端的に言えば、完全にモンスターパニック映画で化け物が正体を現す場面そのものだった。
……というかこれ、もしかして焦った振りをしているつもりなのか?
だとすれば、その目論見は完全に失敗している。
「…………」
昔の一般人だった頃の俺なら、あまりの異様な光景に腰を抜かしてしまったかもしれない。
だが今は、『擬態がヘタだなぁ』としか思わなかった。
ただ『擬態型』は、今のところは人間の振りがバレていないと思っているらしく、襲ってくる気配はない。
ゆえに俺は相手を刺激しないよう、ゆっくりと後退し距離を取る。
……さて、どうする?
このまま制圧するのは簡単だ。
ステータスを見るに、どうやら『強化型』らしいが……それでも大した強さはない。
勝負は一瞬で付くだろう。
だが……
「…………っ」
チリチリと左目が疼く。
恐怖の代わりに腹の底から湧きあがってきたのは、怒りの感情だ。
魔眼がイラついている。
早くコイツを消せと急かしてくる。
どうやら魔眼は、深淵魔法の関与が疑われるケースに敏感に反応するようだ。
それがどういう理由かまでは分からないが、とにかく嫌っているのは分かる。
だがその感情通りに行動するつもりはない。
俺は冷静に考える。
強化型ということならば、コイツはその辺に生息する野良妖魔ではないだろう。
誰かしらが目的を持ってレストランに配置している可能性が高い。
となればその目的が気になるし、できれば聞き出したいところだが……
そもそも対話が成立する相手ではなさそうだし、『鑑定』以上の情報を得ることは難しいだろう。
ただ、『鑑定』から推測できる情報もある。
たしか、先日合宿のときに倒した怪人も深淵魔法により蘇生され、強化も施されていたはずだ。
ならばコイツも一緒ではないだろうか?
そうと仮定したうえで、懸念事項を頭の中で素早く検討する。
まず、『マッピング』スキルによれば、少なくともこのフロアにはもうコイツ以外の妖魔はいない。
近くに監視役はいないということだ。
だが、コイツが遠隔操作などで操られている可能性は捨てきれない。
そもそも『擬態型』はただの妖魔だ。
怪人のように高い知性を持ち合わせていない。
……にも関わらず、コイツは少なくとも今日この時まで厨房スタッフとしてこのレストランで働いていたことになる。
これができるのかといえば、可能だろう。
俺たちも、妖魔を模した魔法ドローンを操っていたことがあるからな。
怪人たちに似たようなことができても、何ら不思議はない。
ならば、相手に情報が筒抜けであることを前提として『なるべく敵側に威圧感を与えつつ、極力手の内は明かさない』方法を取るべきだろう。
とはいえ、先日倒した怪人はともかく、ただの『擬態型』に『奈落』を喰らわせるのはいくらなんでもオーバーキルが過ぎるというものだ。
たしかに示威行動としては効果抜群だろうが、費用対効果が悪すぎる。
ならば……うん、やっぱりこれでいこう。
「……誰かは分かりませんが、相手が悪かったですね」
そう口にした後、俺は一度包丁を掲げ、それから手から離した。
そして、包丁が床に落下する前に――
瞬きをするより早く、数メートルの距離を一気に詰めた。
『擬態型』は俺の動きを全く捉えられなかったようだ。
視線は俺のいた場所をまだ見ており、動きだす様子すらない。
そんな相手の呆けた表情を間近で見ながら、俺はヤツの胸板に全力の『バッシュ』を喰らわせた。
『……ア?』
それがヤツの最期の言葉になった。
◇
「廣井さん!」
厨房から出ると、魔法少女三人とアンリ様が駆け寄ってきた。
唯一、すでに人に戻っていた(?)クロだけは、後ろでゆったり席に腰掛けながら得意げな顔で俺の顔を眺めている。
なんだあれ。
まあ仔狼のときも大体あんな感じだけど、人の姿だと完全に後方腕組彼女面だな……まあいいけど。
「で、どうだったのかしら? まあ、大方予想はつくけど……」
「お察しの通り、『擬態型』でした」
「……やっぱり」
俺の答えに、少し肩を落として見せる朝来さん。
もしかして、自分で討伐したかったのだろうか?
彼女はポイントにこだわっているからな。
「すいません、私の判断で倒してしまいました」
「別に気にしてないわ。判断を委ねたのは私だし」
「そ、それで相手は妖魔だったんですか? 私、まだ擬態型は戦ったことがなくて……!」
「『擬態型』かー……あいつら人に化けているだけあって正体表すときが気持ち悪いし攻撃がトリッキーだからダルいんだよね……あ、廣井さん怪我とか大丈夫ですか?」
「け、怪我! ヒロイさm……ヒロイさん、早く服をぬいでくだサイ!」
「いや、無傷ですから大丈夫ですよ……」
というかアンリ様、別に服の有無で治癒魔法の効果変わらないよね?
心配してくれるのはありがたいけど脱がないよ?
「――ともかく」
俺はあえて皆の言葉を遮るように言って、スマホを取り出した。
「状況を総合して考えると、どうやらここにいた妖魔は偶然ではなく何者かによって意図的に配置されたようです。まさか今日の我々の行動を読んで待ち構えていたとは思えませんが……ひとまず会社に連絡を入れておきましょう。とりあえず、結界は解除しても大丈夫ですよ」
それにしても、深淵魔法……か。
先日の合宿の件もあるし、妙にキナ臭くなってきた気がする。
できれば平穏な社畜生活が送れるといいのだが……
まあ、こっちはこっちで何があっても対処できるように力を蓄えるだけだが。
※そう言えば、本作の書籍版も『このライトノベルがすごい!2026』にて投票できるようです。
今回から十作を同時に選ぶ必要があるらしいので、よろしければその際に本作も加えて頂けるとありがたく存じます…!




