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【30】 聖人ユリウスとゴーストテレグラム

 これはほとんどの人が知らないことだが──おそらく正しく把握しているのはユリウスただ一人だろう──ロディム街にはたくさんのゴーストが存在している。

 英霊たちが眠る墓地はもちろん、街のあちこちに彼らはいた。


 ゴーストは基本的に、自身が眠る墓地の敷地内か、生前思い入れが最も強い場所に出現する。

 前者であるライルやブレゲは、墓地とそこに続く教会の敷地内で自由にしていられるが、特定の場所に居着いたゴーストは、彼らほど自由には動けない。


 とはいえ、ロディム街に存在するゴーストの数は一般的な街に存在する数よりも多い。

 そのため、隣り合ったゴースト同士で世間話をする程度のことはできるので、寂しくはないらしい。


 ロディム街に存在するほとんどのゴーストたちと顔見知りであるユリウスは、そんな彼らの事情を生かして、連絡網を張っている。

 ユリウスが誰にも見つからずに思い出あずかり屋へ行けるのは、あちこちに点在するゴーストたちが伝言ゲームのようにして次から次へと情報を流してくれるからだ。


『令嬢が一人、後ろからつけてきているので要注意』


『オペラグラスで監視している男がいるから、二ブロック先で横道へ入るべし』


 そんな風にゴーストからゴーストへと伝えられる情報をもとにして、ユリウスは追っ手を巻いていたのである。


 疾風(はやて)のように飛んできたゴーストは、あっという間に距離を詰めるとユリウスたちの前でギュン! と止まった。

 それから足をそろえて──もちろんゴーストなのであるわけがないのだが、間の取り方は明らかに足をそろえているそれだった──シュビッ! と綺麗な敬礼をする。


「メアリ嬢が、家を出ました! 馬車も使わずに!」


 ゴーストからの報告に、ライルは目を見開いてギョッとし、ブレゲは苦々しい顔をしながら呆れたようにため息を吐いた。ユリウスはキリッとした美しい眉をひそめている。


「なにぃ⁉︎ 貴族のお嬢さんが、こんな夜に一人歩きだと⁈」


 酔いが覚めきらないライルは、素っ頓狂な声で叫んだ。

 耳をふさいで叫び声から逃れたブレゲが、迷惑そうにライルをにらむ。


「ライル。あなたも知っているでしょう? メアリならよくあることですよ」


「じゃあ、問題ないか」


 大丈夫だと知るや否や、ライルはケロリとした顔をしている。

 そんな彼へ、ゴーストは「それが、あのぅ……」と歯切れ悪く言葉を続けた。


「彼女、なぜか人気のない道ばかり選んでこちらへ向かって来ているようでして……昼ならまだしも、この時間では……女性は少々……いえだいぶ……? 危険なのではないかと」


「あ⁉︎」


 ライルの威嚇するような声に、ゴーストが震える。

 目に涙を浮かべて、ゴーストはペコペコと頭を下げた。


「すみません、すみません! でもほら、わたしゴーストなので、伝言を持ってくることくらいしか出来ないのです」


 お願いだから殺さないでと、すでに死んでいるはずのゴーストがライルに許しを乞う。

 そんなゴーストにライルは顔をしかめ、それから鬱陶しそうに後頭部をガシガシと掻いた。


「すまん。おまえに怒っているわけではない。また連絡がくるかもしれないから、教会の前へ戻っておけ」


「了解いたしました!」


 言うや否や、ゴーストは弾丸のように飛び出していった。

 あまりの速さに、残像が見えるようである。よほど、ライルが怖かったのだろう。


「あいつ、いつになったら俺にビクつかなくなるんだろうなぁ」


 国一番の伝令係。

 その栄誉としてこの墓地に埋葬されたあのゴーストは、ライルよりもゴースト歴が長いのに、いつもあの調子だった。


 残されたライルが苦虫を噛みつぶしたような顔でうなる中、ユリウスは動いた。


「おいユリウス、どこへ行く?」


「ライル。愚問ですよ」


「あー……気をつけて行け。な?」


 振り向いたユリウスの顔に、ライルとブレゲが「げっ」と息を飲む。

 絶世の美貌を持つ男は、怒り笑いも美しすぎた。


「失礼します」


 ひやりと凍えるような声で二人に別れを告げたユリウスは、小雨の中、傘も差さずに走り出した。


 嫌な予感がして、気が急いてならない。

 やはり迎えに行くべきだったのだと、ユリウスは自身を責めた。


 迎えに行くと提案したら、メアリはやんわりと断ってきた。

 やっとの思いで実現しそうなデートの誘いを断られるかもしれないと思って、それ以上強く言えなかったことが悔やまれる。


 だが、強く言えなかったのには、もう一つ理由があるのだ。

 迎えを提案した時、彼女はどこか警戒しているように見えた。


 作業部屋でさえ、見せてくれるまでに時間がかかったのだから、自宅なんてもっと時間がかかって当然である。

 そう思ったからこその判断だったのだが、甘過ぎたようだ。


「言い訳している場合ではないな」


 雨に濡れてしっとりとまとわりつく前髪をグイッと乱暴にかき上げ、ユリウスはさらに走る速度を上げる。


『誰もいないからって、歌を歌っていたよ』


『焼き菓子店の裏道を通過! シナモンの香りに誘われて、足を止めている模様』


 メアリの位置は、ゴースト連絡網で逐一ユリウスの元へ届けられた。


 彼女の無事を伝える連絡は、どれもこれも危機感のないものばかりだ。

 雨の日を楽しむ子どもみたいな行動に、かわいいという感想しか出てこない。


 願わくは、いつかその無防備な行動を隣で見守らせてもらいたいものである。


「やはり、杞憂(きゆう)だったのだろうか」


 それならそれで構わない。

 ちょっとだけ、予定より早くメアリに会えるというだけのことなのだから。


「問題は、どうやってメアリさんと合流するか、だな」


 偶然を装うには不自然な場所で行き合いそうだ。

 さてどうしたものか。

 言い訳を考えながら、ユリウスの表情は次第にゆるゆると甘く優しくなっていく。


 かわいそうに、美貌の聖人様の蕩けるような微笑みを見てしまった女ゴースト──恋人に捨てられ、タイミング悪く馬車の事故に巻き込まれてお亡くなりになったビアンカ、花の十八歳──は、元・恋人への復讐を心に誓っていたのに、目も(くら)むような衝撃を受けてうっかり天へ召された。

 生まれ変わることがあるならば、次こそはすてきな恋をしてもらいたいものである。


読んでくださり、ありがとうございます。

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