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あのね、  作者: 麦子
3/3

きみはかわいい。ばかなところもひっくるめてぜんぶ。

小さい頃の芦屋はわたしよりも小柄でそれはもうかわいらしかった。「コマ、あそぼー」いつもわたしの後を嬉しそうにくっついて歩いてきて、服の袖を掴んでつんつんと引っ張るあいくるしい仕草は抜群な破壊力だった。

今はもうその面影はひとつもないわけだけれど。




「おい、コマ」



廊下を歩いていたら、急に首根っこをひっ掴まれた。その反動で、両手に抱えていたクラス分のノートがバラバラと床に散らばる。宙に浮いた爪先を眺めながら、そっと肩を落とした。こんな乱暴なことをするやつなんて、ひとりしか思い付かないから振り返ることなんてもちろんしないまま名前を呼ぶ。



「下ろして芦屋」

「お前、意外と重いな」

「うん、知ってるから早く下ろして。制服が伸びる」



すとん、と足がやっと地面に着地する。隣を見上げると、昔のかわいらしさなんて微塵も残っていない目付きの悪い幼なじみがじっとわたしを見下ろしていた。どうやら、たった今学校に来たらしい芦屋は気だるそうにあくびをしながら、明らかに教科書すらなにもはいっていないぺったんこのかばんを肩にかけ直している。ちなみに今は三時間目前の休み時間である。



「コマ」

「なに?」

「ねみい」

「うん、ねむそうだね。目のクマすごいよ」

「んあー…」



ごしごしと目を擦る芦屋はもう一度おおきなあくびをする。あまりに無防備なその姿に少しだけ呆気にとられる。今ならこっそりと頭を撫でても気付かれなさそうだ。おっかないから出来ないけど。



「芦屋、教室行かないの?」

「んー」

「ていうか、最近ちゃんと学校来てるね。遅刻ばっかだけど」

「あー…?しょーがねーだろ、行かねーと母さんうるせーしこえーし殴るし」

「(芦屋ママ最強説…)」

「それに、お前もいるし」

「ん?」

「…なんでもね」



最後のほうは芦屋の声がちいさくてよく聞き取れなくて首を傾げていると、芦屋が唐突に前髪をモジモジといじりはじめる。これは芦屋が照れてるときの癖。こういうところは昔のまんまだなあ。なんとなく懐かしい気持ちになる。



「な、なに見てんだよ」

「うんごめん、やっぱりこわいからなるべくこっち見ないで」

「は?」



一瞬でも芦屋がかわいく見えてしまったことに後悔しつつ、廊下に散らばったままのノートを拾うことに集中する。芦屋も同じようにしゃがみこむが、手伝ってくれるわけではないようだ。ただ穴があくほどわたしの横顔を睨んでいるだけである。なにこいつ、目からビームでも出すつもり!?今度は、わたしが吃る番だった。



「な、ななななに?」

「いや、別に。見てるだけだ」

「そ、そうなんだ」

「おう。気にすんな」

「…」

「…」



いやいや、気になるよ!瞬きもせずに見つめてくる芦屋の謎の威圧的に変な汗がブワッと垂れてくる。はたから見たら、ガン飛ばされているようにしか見えない。芦屋のせいでわたしたちの周りだけひとが寄り付かない。皆さまがきれいにわたしたちを避けて廊下を歩いている。先生まで、声をかけようか躊躇って諦めてそそくさとはや歩きで去っていっている。



「芦屋、わたしに何か用でもあるの?ビビらせたいだけなの?目からビーム出す特訓してるだけなの?」

「は?」

「いや、なんでもないよ…」

「別に用はねえけど、たまたまお前の掴みやすそうな後ろ頭見えたから、声かけてみただけだ」

「掴みやすそう!?…って、それだけ?」

「ああ、そんだけ」



呆れるわたしとは反対に、芦屋は随分嬉しそうに笑った。あ、まただ。そんな笑いかたしないでよ。昔みたいに、うっかり気を許しそうになっちゃうから。不良のくせに、たまに見せるその無邪気さは反則だ芦屋。



「コマ」

「な、なに?」

「呼んだだけだ」

「意味がわかりません」

「…お前、俺のことシカトすんのやめたんだな」

「え?」

「べっつに。」



モシャモシャと頭を撫でられる。その手つきが意外と乱雑じゃなくてやさしかったから、わたしの心臓がまた居心地の悪い音をたてた。だから、やめてよそういう知らない表情見せつけてくるの。どうしたらいいかわかんなくなる。




「つーか、お前パシりか?なんでノートなんか運んでんだよ」

「どっかのだれかさんのせいで、クラス委員長になったからですけど!?」

「誰だよそいつ、いっぺんシメてきてやっか?」

「できるもんなら、してみなよ」

「なにキレてんだよ」

「…馬鹿」

「はあー?なんっだよ、ばあーーか!!」



小声で呟いた嫌味をしっかり聞き取った地獄耳に思いきり頭をたたかれる。普通に痛くて、踞りながらことばで反撃を試みるわたし。「こないだ、わたしに馬鹿って言われるのは嫌いじゃない殴らないむしろ嬉しいって言ってたくせに!芦屋のうそつき!」「う、うううるせえバカコマ!微妙に台詞誇張してんじゃねえ!嬉しいとか、そんなドMみたいなこと言ってねえわ!」そう言って、もう一発頭をガツンとたたかれる。こいつは手を抜くっていうことを知らないのだろうか。その一部始終を遠くから見ていた担任の先生が慌てて駆け寄ってきた。芦屋の機嫌の悪さに怯みつつも、先生はわたしと芦屋の間にはいってくれる。



「こら!芦屋!女の子にそんな乱暴したらだめだろ!」

「うるせーな、誰だてめえ」

「芦屋、担任の先生の顔と名前くらい覚えておきなよ」

「南!?大丈夫か!?」

「はあ。割と大丈夫です。それより先生、来るの遅すぎです」

「だって!芦屋が睨んでくるんだもん!」



先生がワアッとわざとらしく両手で顔を覆って泣く真似をする。芦屋がはあ?と威嚇すると、先生はすかさずわたしの背中に隠れた。それを見ていた芦屋の顔つきがみるみる険悪になっていく。



「睨んでねーよ、元からこういう目付きなんだよ」



なんだって?それは聞き捨てならない。大昔の芦屋がこんな悪人面なわけがない!



「違うよ芦屋!昔はもっとかわいかった!こんなにガラ悪くなかった!こんなばか丸出しの不良なんかじゃなかったよ!」

「コマ、てめえさりげに悪口挟んできてんじゃねーよ!あと、かっかわいいとか言うんじゃねー!せめてかっこいいって言えよ!」

「証拠の写真がここにあります」



胸ポケットから、最終兵器を取り出して堂々と空へと掲げた。何を隠そう幼少期の芦屋の生写真である。かわいいキャラクターの着ぐるみパジャマをダボッと着ているちいさな芦屋がへたくそなピースサインをしている。こんなこともあろうかと、生徒手帳に挟んでおいたのさ!写真を見た瞬間、芦屋の顔色が熟したりんごのように赤くなっていく。




「なんでそんなん持ってんだあああっ」

「お気に入りの写真だから。芦屋かわいいんだもん」

「お、お気に入りなら、しっ仕方ねえな……って、そんなわけねえ!喜んでんじゃねーよ俺ェッ!!」

「先生、見て見て。ほらかわいくないです?」

「おーほんとだな。これがあれになるとか信じられんな」

「でしょう?」

「てめえら話聞け!」

「芦屋、天使みたいなかわいいあの頃のお前はどこに行っちゃったんだ!先生は悲しいぞ!!」

「うるっせえ!お前にあの頃とか語られたくねえっつの!」



それにな!、とからかわれすぎて鼻息が荒くなっている芦屋がビシッとわたしへと勢いよく指をさした。



「そ、それになあっ!かわいいっていうなら俺よりコマのほうが何倍もかわいいだろうがあっ!!」



静まり返った廊下に芦屋の声がこだまする。ハッとなった芦屋が慌てて口を塞ぐがもうすでに遅い。わたしの耳にもしっかり届いてしまった。「あまーい」と、誰かがベタに呟いた。先生が微笑ましくわたしたちを見てウンウンと頷いている。他の人たちも同様の眼差しをしている。やめて、居たたまれない!真っ赤になるしかないわたしたちは、お互いをちらりと横目で見て同時に俯いた。

先生が、震える芦屋の肩をとんと優しく叩く。



「芦屋、悪かった。先生、誤解してたよ。芦屋は今も充分かわいかったんだな」

「うるせええええ!変な慰めはいらねーんだよ!お、おいっ!コマ!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

「言っておくけどなあっ、俺は嘘はつかない主義だからな!」

「は!?」

「俺よりお前のほうがぜったいかわいい!」

「いや先生は芦屋のその照れた顔が最高にかわいいと思うな」

「おれもそう思う」

「あたしも」

「右に同じく」

「なんだてめーら!?横からしゃしゃりでてくんじゃねえよ俺は今、コマと…って、おいこらコマァッ!何自分だけ逃げてんだー!この状況で俺だけ置いてくんじゃねえええ!さっきの写真だけ置いてきやがれえっ!」



すっかり皆にからかわれて捕まってしまった芦屋の叫び声が学校中に響き渡った。

教室まで颯爽と逃げ延びたわたしだったが、先程の激甘発言の一部始終を目撃していた友人から呆れたように言われた一言のせいで結局叫ぶ羽目になってしまうのだ。



「バカップルかよ」

「付き合ってないよ!!」




やっぱり、芦屋に関わるとろくなことがおきない。



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