プロローグ
采を振れば鬼神のごとく。
剣を振れば修羅のごとく。
戦場においては敵に恐怖を、味方に勝利を約し、
普段においては気高く高潔。しかして慈悲深く。
―――――――彼を賞賛する言葉は山のようにある。
そしてその全てを駆使し、美辞麗句でどれほど飾り立てようとも「彼」にふさわしくないとも。
人々は、彼をこう呼んだ。
『軍神の申し子』、『黒の皇子』そして…――――『漆黒の戦神』、と。
後世の者は言った。
「彼こそが、今の時代の元を作り出したのだ」と。
――――――――だが、実際は。
「(いやっ…ちょ!? やめてお願いマジやめて!
戦争とか俺キライなんだってば! 一応は勉強したりしたけど実際やるとかなにそれ面倒!
そう言ってやめたいのに俺、王位継ぐのやなのに口下手だから反抗できなくってここまで来ちゃったんだぜ畜生! 俺の希望としてはさっさと悠々自適な責任のない王族生活したいのに! どうするんだよ、どうすりゃいいんだよ俺!?)」
………めんどくさがりだった。それもかなりの。
――――――これは、後の世で有名な彼の『黒の皇子』の日記帳より作られた物語である。
――今思えば、最初から何かおかしいと思ってたんだ。
…はじめまして、俺の名前はアレクシス・レイ・リゼワール・ウィンチェスタ。
こんな自分でも嫌になるくらいクソ長い名前には、理由がある。
「殿下、殿下? どこですか、アレクシス殿下!?」
あー…うん。
これで大体分かっただろ。
実は俺、この国の…ウィンチェスタ皇国の第二皇子です。
あ、「レイ・リゼワール」ってのは俺の生まれがどこの宮殿かってこと。
引いては母親は誰かってことがわかるって仕組みだ。まぁ、俺の場合は母上はもう死んでるから判別したって意味ないんだけどな。
「殿下、殿下! どこなんですかー!」
さっきっから俺を読んでるあの俺と同い年くらいの少年は誰かって?
アレは俺の従者で、リオネルっていうんだ。リオネル・シリヴァーズ…乳母の息子で、幼馴染っていうよくある間柄さ。
「ひっく…うう、殿下ぁ…どこ行っちゃったんですかぁ…グスッ」
って、おいマジか! リオン(リオネルの愛称な。)のやつ泣いてるし!
あー、もう。出て行かない俺が悪いみたいじゃないか!
俺は登っていた樹から泣き出したリオンの前に飛び降り、ため息を吐きながら手を差し出す。
「全く…男だろー、リオン。泣くなよ…ほら、行くぞ」
だが。
俺の手を掴んだリオンの手は予想とは違った。
「―――――――捕まえた、レクス」
「な…! 嘘泣きかてめぇええええええ!」
どこか儚げな風貌を裏切る勉強がいやで逃げ出した俺を捕獲し、逃がさないための強い力のこもった手。
――――――――実を言うと、俺がリオンのこの手に引っかかるのは通算50回目なのであった。
「あれ? どこでそんな悪い口を覚えてきたの? 一人で城の外に出るなっていわれてたでしょ?」
「ちげーよ! 出てねぇ、っていうか出ようとしたら必ずお前に見つかるんだよ畜生!」
「あー、もう。また…君は皇子だろ? 勉強嫌いじゃダメだよ」
「がふっ…! 首! 首絞まってるから! 行くから引っ張るのやめろ!」
……第二皇子とはいえ、俺を生んだときに死んだ母の身分は高くなかった。
だから、この片田舎にある離宮でずっとこんな風にして大きくなって、大人になったら王都で国王陛下の決めた女と結婚して。
そんな風に過ごすんだと思ってたし…事実、そのはずだった。
俺の一度も会ったことのなかった年の離れた兄…第一皇子、リチャード・ボウ・アルナードス・ウィンチェスタが死んで、その繰上げで俺が第一皇子――――王太子になったことを告げたそのときまでは。