第五話「不思議な光」
小説内に登場する固有名詞は、現実のものとは一切関わりありません。
「昨日は、うちの練習生がお世話になりましたようで、誠にありがとうございました。」
翌朝、出掛けようとしていた風樹と炎護の元へ、二人の女性が訪ねて来た。一人は、昨晩助けた三奈風伊吹。そして、もう一人は…
「これは…百花の代表さん。わざわざありがとうございます。」
かしこまって頭を下げる炎護に、その女性は優しく微笑みかけた。
「頭を上げてくださいませ。助けていただいたのはこちらなのに、あなた様に頭を下げられてはあべこべになってしまいます。」
「はは…これは失礼。」
笑いながら、炎護は頭を上げる。風樹にとっては、ほとんど見たことがない炎護の姿だった。
(レイジスト業界では、よっぽどすごい人なんでしょうね…。)
優しく微笑む女性を見て、風樹は思った。
年齢は30代半ばくらいだろうか。顔が多少やつれているので、実際はもう少し若いのかもしれない。雰囲気は、清楚そのもの、という感じで、荒々しい格闘技の世界に携わって生きているとは、にわかには信じられなかった。
(避暑地のバルコニーで紅茶を楽しんでる淑女。…そんな雰囲気なんですよねぇ…どう見ても。)
「…?。あの、何か?」
「…はい?」
どうやら、まじまじと見入ってしまっていたらしい。女性が不思議そうに声をかけてきた。と、
「こら、そんなにじろじろ見る奴があるか。」
「痛っ」
炎護に頭を小突かれた。軽く小突かれただけなのだが、炎護ほどの体格の相手に小突かれると、やはりかなり痛い。
「炎護…手加減してくださいよ〜。」
「他人に失礼を働くのが悪い。」
「ふふ…仲がよろしいのですね。」
頭をさすりながら愚痴る風樹と、さらりと流す炎護。その様子を見て、再び優しく微笑む女性。
(…やっぱり、格闘技とは縁遠い雰囲気の笑顔ですよねぇ…。)
頭をさすりながら、風樹はそう思っていた。
「あまり格闘技の似合わない感じの人でしたね、あの代表さん。」
百花の二人が帰った後、二人は情報屋に会うためにジムを出発し、郊外へ続くアスファルトの道を歩いていた。天気は良好。風がさわやかに髪を撫でていく。そんな、いい日和だった。
「人を見掛けで判断するなよ。あの人はああ見えて、柔道の名門の出だ。」
「そうなんですか?じゃあ投げ技や絞め技のスペシャリストなんですね。」
「まぁ、俺も実際に戦っているところは見たことがないのだがな。だが、伊達にレイジストの組織を束ねているわけではない、と、俺は思うぞ。」
「なるほどね…。」
「これから会いに行くやつも、見掛けで判断出来ないタイプのやつだ。…おそらく、一戦交えることになるだろうから、気を引き締めておけよ。」
「?…どういうことですか?」
「会えば、わかる。」
いまいち理解できない気持ちのまま、風樹は炎護の後をついて歩き続けた。
やがてたどり着いたのは、郊外にある森林公園だった。すでに入口から木々が鬱蒼と生い茂り、さながら、小さなジャングルのようだった。
「…手入れしてるんですかね、ここ。」
「さぁな…行くぞ。」
炎護はスタスタと中に入っていく。風樹も後を追って、木々の中へと入っていった。
入ってみると、内部はまさにジャングルだった。一応道はブロックで舗装されてはいるが、雑草が一面に繁殖していて荒れ放題になっている。周囲の木々も枝があらゆる方向に伸びてきており、時折頭に当たりそうになる。空は伸び過ぎた枝葉のおかげでほとんど見えず、まだ午前中だというのに、それこそ夜のような暗さだった。
(放棄された公園なのでしょうか…?)
風樹がそんな事を考えた、その時。
「いつもたいていこの辺り にいるんだが…」
炎護が立ち止まった。
初めて来た風樹には今まで通って来た道と同じ景色に見えるのだが、とにかく、普段はこの辺りにいるらしい。
「…人影は…なさそうですね。」
「ふむ…。」
炎護は一通り周囲を見渡すと、突然、
「ライーーーーーーーっ!!!どこだーーーーーーーっ!!!」
「ぅわっ!!」
後ろにいた風樹が思わず飛びのくほどの大声が、周囲に響き渡った。空気がビリビリと振動し、木の葉がザザァ…っとざわめいた。
「…あ〜…、びっくりしたぁ…。」
平静を取り戻した風樹が文句を言おうとした、その時、
「お〜い♪」
明るい声が頭上から聞こえてきた。
上を見上げると、鬱蒼と生い茂った枝葉たちの僅かな隙間から、一人の男が顔を覗かせていた。高さにして、5〜6メートルはあるだろうか。男は笑顔で手を振っていた。
「えんタ〜ン♪おはにゃぽ〜ん♪」
「…はい?」
男が放った言葉に、思わずポカンとする風樹。炎護の方に目をやると、炎護は手を額に当てて、ため息をついていた。
「お〜い♪えんタ〜ン♪。呼ばれたから返事しますたよ〜ん♪」
「…えん…タン?」
「…気にするな。」
炎護は嫌な思いを振り払うかのようにブンブンと頭を振ると、男に向かって、再び大声を上げた。
「ライーっ!依頼だっ!降りてこいーっ!」
「りょんかいでする〜♪今行くから、待ってるでぷよ〜ん♪」
「…あの…、炎護?」
「…だから言っただろ。俺は、苦手だ、と。」
げんなりした感じで炎護が答える。確かに、風樹ですら唖然とした、あの強烈な…というか、おかしすぎる喋り方は、炎護には頭が痛いだろう。
そうこうしている内に、男はするすると木から降りてきた。
キラキラの金色に染め上げた髪を無造作に伸ばした、20代前半くらいの男だ。身長は風樹より頭一つ低く、体はすっきりと痩せている。古びたジーパンにGジャン姿。背中には巨大なリュックを背負っていて、そこから長いアンテナが伸びていた。
「降りてきたぽん♪。えんタン〜ひさすぶる〜♪」
「…おい、今まで何度も言ってきたがな。その呼び名は、やめろ。」
「え〜?なんでなんで〜?かわういのに〜。」
「俺に、そんな呼び名は似合わんだろう。」
「む〜…。じゃあ、えんぽんタン。」
「…何故レベルアップするのだ…。」
「あの、えんぽんタン。」
「お前まで言うなっ!」
「話を先に進めたいのですが…。」
「やややややっ?さっきから別の誰かがいると、思ってはいやしたが…」
男は大袈裟に気付くそぶりをすると、ひょいひょいと風樹に近付いてきた。
「はっじめまして〜♪ヒートシティの情報集積所♪ライちゃんで〜っす♪どぞよろすく〜♪」
「…は、はぁ…。よろしくお願いします…。」
さすがの風樹も圧倒される強烈さだった。ふぅ、と、何度目かのため息をついて、炎護が言葉を繋げた。
「こいつは、月代誓雷。元レイジストの情報屋だ。」
「…元?」
不思議に思い、風樹は改めて誓雷を見た。
「まだ若い…ですよね?」
「ぴっちぴちの23歳でござりまつよん♪」
「その若さで、元?」
「20でレイジストになったんだけど〜、21でやめちったい♪。だって〜…」
ここで誓雷はクスリと笑うと、突然腰に両手を当てて、大声で叫んだ。
「みんな弱っちくて、ちゅまんなかったんだむぉ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!♪」
「…はぁ。」
「ライちゃんとまともに戦えたのって、えんタンだけだったもんね〜♪」
「本当なんですか?」
「…23でこんな喋り方してる奴が、まさか強いなんて、と思うのは仕方ないがな。こいつの実力は、本物だ。俺と互角に渡り合える実力がある。」
「…へぇ。」
そう思うと、このおかしな態度や喋り方も、実力を隠すためのフェイクだ、と、思えてくる。
(私と似たタイプなのかもしれませんね…。)
「ねーねーねーねー、ところでさぁ〜。」
不意に、誓雷が話を切り替えてきた。
「なんか依頼なんだよね?なんなんかなん♪?」
「あぁ、そうだった。昨夜なんだが…」
炎護は、昨日の事件を詳しく語り始めた。アウトロー、百花の選手、誘拐の仕事…。
「ふむふむむ〜。つまり、百花の選手を狙った黒幕を知りたい、ってわけでござんすね?」
「そういうことだ。」
「ぬふふ〜ん♪お客さん、らっきーせぶーん♪。ライちゃん、心当たり大アリ〜♪…で、もぉ〜…。」
そういうと、誓雷はリュックを下ろした。大事な機材でも入っているのか、丁寧に木陰に置く。
「ま、ず、はぁ〜、依頼料からだよん♪」
「依頼料…。そういえば炎護、お金って用意してあるんですか?」
「いや、全く。俺は、金を使わない、別の方法で情報を買っているからな。」
「別の…?」
「ふふ〜ん♪そりでは、初めてのお客様のために、ご説明いたしやしょ〜♪。当店のご利用には二つの方法がございます〜。一つは現金でのお支払い。もう一つは〜、…カ、ラ、ダ、での、お支払いン♪」
「体って…、…まさか、炎護っ!」
「おい、誓雷っ!誤解を招く言い方をするなっ!」
「いや〜ん♪あれだけ激しくやりあった関係なのに、今更何を恥ずかしがってるのン♪。」
「やっぱり…そうなんですね…。」
「オイ、やっぱり、ってなんだ。」
「大丈夫ですよ、炎護。あなたがどんな趣味の持ち主でも、私とあなたは友達です!」
「違うっ!俺はノーマルだっ!」
「やだぁ〜ン♪照れ隠ししちゃって♪。か、わ、い、い、え、ん、タ、ン♪」
「…誓雷…。本気で潰すぞ…。」
「キャハハハッ♪ごめんごめーん♪。ちゃんと説明するから許してくらさいな〜♪。」
「………。」
無言で誓雷を睨み付ける炎護。が、誓雷はお構いなしに説明を続けた。
「まー、よーするにだ。体で払う、ってことは、ライちゃんとバトルする、ってことなのよ。んで、ライちゃんに勝つか、満足出来るバトルをさせてくれたら、タダで情報ご提供〜♪…ってわけ。」
「あぁ…なるほど。そういうことですか。」
「ま〜、ライちゃんを満足させられるのは、いまんとこ、えんタンしかいないけどね〜♪。」
「炎護専用の支払い方法、ってわけですか。じゃあ、炎護。お願いします。」
「何を言っている。」
炎護は風樹の後ろに回ると、ポン、っと、背中を押した。
「戦うのは、お前だ。」
「え?」
炎護の言葉に、風樹と誓雷が同時に反応した。
「私がバトルするんですか?」
「言っただろ。一戦交えることになる、と。」
「いや…まぁ、確かに言ってましたけど…。」
「え〜っ。えんタン、バトらないの〜?」
「心配するな、誓雷。こいつは強い。」
「まぁ、えんタンのおともらちなら、強いかもしんないけどぉ〜…。」
不満そうな表情の誓雷に、炎護はニヤリと笑うと言葉を続けた。
「こいつは、知る者だ。」
「!」
誓雷の表情がピクンと反応した。それと同時に、それまでのおちゃらけた気配が嘘のように掻き消えた。口元から笑みが消え、瞳に沸々と闘志が宿っていくのがわかる。
「そっか…知る者なんだ。…何を知ってるの?」
「…私は、風を。」
「ふ〜ん…ライちゃんはねぇ、光。」
そう言うと、誓雷はスタスタと歩いて風樹と間合いを取った。じっと風樹を見据える瞳に、ふざけた様子は微塵もない。
「えんタン以外に本気で戦える相手なんて、初めてかも。楽しみだよ。」
「おいおい、ここでやる気か?ストリートファイトは禁止されてるぞ。」
「警察は、こんなとこ来やしないよ。」
炎護と話している間も、視線は風樹を捉らえて離さない。闘志がどんどん高まっていっているのが、手に取るようにわかる。
(これは…気を抜けませんね。)
久しぶりに感じる緊張感。手の内を知らない強敵との戦い。風樹も、自然と闘志がみなぎってくるのを感じていた。
(私も、炎護以外と本気で戦うのは初めてですからね…ふふ、楽しみです。)
互いに、気持ちが高揚していく。そして、
「じゃ、やろっか。」
「えぇ。」
お互いに軽く微笑んで言葉を交わした。次の瞬間、
ゴォウッ!
(!?)
大気を切り裂く音がしたかと思うと、誓雷がもう目の前まで間合いを詰めて来ていた。
(速い!?)
あまりの速度に驚く風樹。次の瞬間、誓雷の上段蹴りが、風樹の鼻先をかすめていった…。
第五話までやってまいりました〜。ここで全体の半分くらいです。新キャラとして登場した誓雷。中には物凄くうざく感じた方もいらっしゃったかと思いますが(^.^;)、私はめちゃめちゃ楽しみながら書かせていただきました♪。また次回も読んでくださると嬉しいです♪




