第三話「気楽なる救いの風」
この作品に登場する固有名詞は、実在のものとは一切関係ありません。
アウトロー。
ルールの枠から外れ、好き勝手に生きる者たち。
レイジストの中にも、アウトローと呼ばれる者たちが存在する。
彼らは公式にレイジストとして認められていない者や、レイジストとしてのルールを破ったレイジスト崩れたち。
公式には禁じられているストリートファイトを平然と仕掛け、中には恐喝や窃盗を行う者までいる。
ここ数年で一気に増加したアウトロー達。その背後に存在する、何者かの影。その姿は、まだ見ることはできない…。
「…近いですね。」
「わかるのか?」
「走ってる足音がなくなりましたから。身を潜めたか、袋小路にでもつかまったか…。」
「よく聞こえるな。」
風樹の聴力に、炎護は素直に感心した。いくら周囲が静かだとはいえ、自分達の足音と紛れてわからなくなりそうなものだが…。
「さて、と。」
改めて周囲を見渡してみると、この辺りは住宅街の外れ辺りらしい。とはいえ、半分以上スラム化しているような雰囲気で、決して居心地がいいとは言えない。かなり細い路地が、何本も交錯している。
「あの女がこの辺りに詳しければ、上手く隠れられているだろうな。」
「詳しくなければ、確実に迷ってるでしょうね。」
「お前はこの辺りには詳しいのか?」
「子供の頃、よく探検に来てましたから。あの頃は、アウトローなんて少なかったし…。」
「…そうだな。」
最近、夜の10時にもなると、住宅街の辺りに歩いている人影はない。こんな時間にウロウロしていたら、アウトローに、襲ってください、と、言っているようなものなのだ。街の住民は出来るだけ早く家へと帰り、遅くなってしまった者は、人通りが多く、賑やかな繁華街で朝まで過ごす。そんな生活リズムが浸透していた。
「繁華街のカプセルホテルは連日満員だそうだ。」
「へぇ…。」
いつの間にか話が他愛もない雑談になっていた、その時。
「………。」
風樹が不意に沈黙した。炎護に、静かに、のサインを送ると、静かに目を閉じ、耳をそばだてる。
……やっとつかまえたぜ…
…その先は袋小路だ。逃げても無駄だぜ…
「……左の路地…袋小路になっている道……。…あそこか。」
「聞こえたのか?」
「ちょっと急がないと、やばいかもしれませんね。」
それだけ言って、風樹は走りだした。炎護もその後を追う。
「…いるか?」
「…ええ。」
声を追った二人は、目的地の手前の角で様子をうかがっていた。角からそっと覗き込むと、うっすらと男二人のアロハが見える。その向こうには、逃げていた女性がいるのだろう。追い詰めた、という余裕からか、男達は、一気に襲い掛かろうとはしていない。風樹達にすれば好都合だったが。
まだ多少余裕はある。風樹達は男達に感づかれないよう、耳打ちで会話を始めた。
(私一人で行きます。炎護はここで待機していてください。)
(何故だ?)
(かなわない、と考えて、人質をとられてしまったら厄介ですから。)
(…なるほどな。)
炎護は、すぐに風樹の意図を理解した。レイジング選手ではない風樹と、すでに百試合以上をこなした一流レイジストの炎護。実力的には拮抗している二人だが、知名度には雲泥の差がある。当然アウトロー達の間にも、炎護の顔や実力は知れ渡っている。
たいていのアウトローは、彼と真正面から戦おうとは思わないだろう。ならば、どうするか。真っ先に考えられるのが、女性を人質に取って脅しをかけてくる、ということ。そうなってしまうと、迂闊に手が出せなくなってしまう。
その点、外見が細身で無名な風樹一人で行けば、人質を取られる可能性は低い。風樹が男達をうまく女性から引き離すことが出来れば、救出は出来たも同然だ。
(では、行きます。)
(あぁ。お前なら心配はないとは思うが、油断はするなよ。)
(了解〜。)
ニコリと軽く微笑むと、風樹は角を曲がって男達に近づいていった。
「へへ…手間かけさせてくれたな。でも、もう終わりだぜ。」
「こんな時間に一人でうろついてた、自分が悪いんだぜ。」
迂闊だった…。目の前の男二人を睨み付けながら、女は唇を噛んだ。何故、この時間の外出を大丈夫だと思ってしまったのか。
自分はレイジングの選手で、少なからず実力がついている…。その過信が招いた事態だった。冷静に考えれば、アウトローもレイジストとしての実力を持っている者が多い。あの時、もう少し冷静になっていれば…。悔やんでも悔やみきれない。
「さぁて。こいつを連れてけば俺達の仕事は終わりだ。…けどなぁ。」
「けど、なんだ?」
問われた男は、ニヤリとして言葉を続ける。
「連れてこい、って言われてるだけだからなぁ…。…連れて行きさえすれば、何したって文句は言われないよなぁ?」
「…なるほどなぁ。」
男の考えが飲み込めたらしい。もう一人の男も野卑な笑みを浮かべた。
「こんなにてこずらせてくれたんだ。少しくらいお楽しみがあっても…いいよなぁ!」
女の顔色がサッと変わった。体が内側から震えてくるのが、はっきりとわかる。自分がこれから何をされるのか。それがはっきりとわかったからだ。
口元に卑猥な笑みを浮かべ、二人が一歩、また一歩と近づいてくる。逃げようにも、背後は壁。登れるようなものもない。…完全に、逃げ道はない。
体の震えが止まらない。恐怖のあまり喉に声がつまり、助けを呼ぶことも出来ない。涙を堪えて、相手を必死に睨み付けるのが精一杯だった。
「へへ…。こいつ、着痩せするタイプかなぁ?」
「さぁなぁ?実際に調べてみるしかねぇなぁ。」
「じゃあ、俺は上を調べてみるぜぇ。」
「俺は下だな…ひひ。」
悪夢だった。いや、夢ならどれだけ救われただろう。目の前に迫る悪夢は、紛れも無い現実だった。
自分は今から全てを剥ぎ取られ、女性として、最悪の苦痛を味わう…。
堪えていた涙が、一気に溢れ出た。立っていることが出来ない。ガクリと膝をつき、うなだれる。涙がポタポタと、古びたアスファルトを濡らした。
「そんなことしちゃ、いけないんですよ〜?」
まるで緊張感のない声が聞こえたのは、その直後だった。
声の方へと顔を上げる。二人の男も声の方を振り向いていた。
涙で滲む視界の中に、細身のシルエットが映し出されていた…。
読んで下さってありがとうございました♪。どうにか第三話までやってまいりました。次回はいよいよアウトローとのバトル…ですが、バトルよりも、アウトローをおちょくるシーンの方が多くなる予定です(^.^;)。よろしければ、また読んでいただけると幸せです♪。




