第十一話「殺意と猛き炎」
作中の固有名詞は、現実のものとは一切関係ありません。
「ありがとうございましたっ!」
開口一番、伊吹は勢いよく頭を下げた。相変わらずの元気な律義さだ。
「いえ。」
それに、穏やかに応える風樹。
「礼なら、あちらに言ってください。ね?段ボール魔神さん?」
くすりと笑って誓雷を見る風樹。誓雷はと言えば、自分で着込んだはずの段ボールを脱ぐのに四苦八苦しており、百花の選手達の手を借りて、やっと段ボールから解放されたところだった。
「あ、そうですねっ!段ボール魔神さん、ありがとうございましたっ!」
「…ライちゃんなの〜。」
「自分でそう名乗ってたんだから、いいじゃないですか。」
「うぅ〜…。我ながらベタな名前を名乗ってしまったと、大反省なの〜。」
「へぇ…あなたも反省したりするんですね。」
「どゆー意味ですかのぉ!?ふーリン!」
…なんとも、のんびりしたやり取りが行われていたものである。
ちなみに余談だが、部屋の隅には、散々殴られ、蹴られ、踏み付けられたパーフェクトの男が、ボロ雑巾のようになって棄てられていたりした。
「改めて、お礼を申し上げます。あなたがたがいて下さらなかったら、一体どうなっていたか…。」
百花の代表が頭を下げる。選手達も揃って頭を下げた。
「いえ…、なんだかそう言われると照れ臭いですね…。私達がすんなり行動出来るのも炎護のおかげですし…。…そういえば、炎護の方はどんな状況になってますか?」
「みゅ〜ん、ちょいっと待ってね〜。」
小型モニターを操作する誓雷。程なくして、ジムの様子が映し出された。
「うぉぉぉぉぉーーっ!」
炎護の咆哮がジムの空気を震わせた。
前代未聞のハンディキャップマッチ、「一対十、十連戦」が始まって、20分近くは経過しただろうか。リング上で仁王立ちをしている炎護の全身は、炎のように赤く染まっている。それはまさに、彼の体温の上昇を物語っていた。
そしてリングの外には、幾人もの男達が、所狭しと倒れている。その数は、すでに50人に達していた。
「さぁ、次の十人!さっさと上がってこい!」
「ぐ…。」
炎護の怒声が飛ぶ。数で圧倒しているはずのパーフェクトの選手達は、たった一人の炎護に完全に圧倒されていた。いくら日田炎護でも、一対十を何戦も続ければ、いずれスタミナ切れを起こして動きが鈍り、隙も出来る。そうすれば、数で圧倒するこちらが確実に有利…のはずだった。
だが、50人を倒した現在、いまだにスタミナが切れる様子も、動きが鈍る様子も無い。それどころか、ますます打撃に磨きがかかって来た気さえする。
(人間じゃねぇよ、コイツ…!)
これが、「火の理」を知る男。日田炎護という男の恐ろしさだった。
火の理。
小さな火に適度な刺激を与えると、それは徐々に、大きく、強い炎へと成長していく。大きく、強くなった炎を消し止めるのは、なかなかに難しい。中途半端に風など与えたりすれば、さらに炎を強めることにもなりかねない。
己の身体が熱を帯び、熱き血が全身に廻る。それは、闘争の本能を活性化させ、より鋭い動作と、より強烈な破壊力を生み出す。
あらゆる打撃に耐え得る、強靭な肉体を持つこと。それが出来れば、相手の打撃は全て、己の炎を燃え盛らせるための、風でしかなくなる…。
「どうしたぁっ!!さっさと上がってこい!」
上がってくる気配の無い選手達に、炎護が怒鳴り声を浴びせる。そのせいで、彼らは余計リングに上がりづらくなっているのだが、炎護はそんなこと気にすることもなく、さらにまくし立てる。
「大の男がそれだけ集まって、全員揃って腰抜けかっ!笑い者になりたくなかったら、さっさと上がってこい!!」
「……。」
張り詰めた緊張感がジムの中を支配していた。と、
「…は、はは、はははは、あははははは!」
選手の一人が突然笑い出した。
何事か、と、他の全員が見守る中、ひとしきり笑い終えた男は、不気味な笑顔で炎護を見据えた。
「くふ…もぅ、どうでもいいや。どうせまともにやったって勝てねぇんだからよぉ…。」
瞳が異様な光を宿している。見るからに、まともな精神状態ではない。
「おい、お前ら!」
その男が、周囲の選手達に声をかけた。
「このままやったって、どうせ勝てっこねぇんだ。だったらよぉ…全員で潰してやろうぜ、なぁ?」
「!?」
炎護以外の全員が、その言葉に耳を疑った。全員で、ということは、50人で一斉で襲い掛かること。しかも、潰してやろう、とは…
「このままこいつを帰しちまったら、どのみち俺達は終わりだろ?だったら…口も利けねぇくらいに潰してやらなきゃなんねぇだろ?なぁ?」
「……。」
炎護以外の全員が、複雑な表情で俯いた。誰もが自分達の置かれている状況を理解していた。だからこそ、悩んでいた。が、
「…そうだな。」
誰かがそう言った。それをきっかけに…
…だよな…
…やるしかねぇよな…
…潰さねぇとな…
一つのきっかけで、一気に意見がまとまる。典型的な群衆心理だった。
50人の殺気立った視線が、リング上の炎護に注がれる。炎護はその視線を、険しい表情で見返していた。
「だ、大丈夫なんですか!?いくら日田選手でも、一度に50人の相手だなんて…。」
「…そうですねぇ…。」
心配顔の伊吹。風樹も不安を隠せない。
炎護の強さは知り過ぎるほどに知っているが、一度に50人を相手にしているのは見たことが無い。しかも潰すと言っている以上、相手は手段を選ばずに襲い掛かってくるだろう。例え勝てたとしても、無傷、というわけにはいかないのではないだろうか…。
不安な空気が地下室を支配していた。が、そんな中でただ一人、誓雷だけは少し違っていた。
「…あ〜あ。」
「…誓雷?」
「ん?どったの?」
「あ〜あ…、って、どういうことですか?」
「パーフェクトも終わったな〜…と思ってさ。」
そう淡々と喋りながら、誓雷はチラリと風樹を見て言った。
「ふーリンならわかるんじゃない?理を知る者が、理性を捨てて戦ったらどうなるか…。」
「あ…。」
風樹は、はっとした。理を知る者だから、すぐに気付いた。
どんな種類の理であれ、知る者となるまでには、想像を絶する修練が必要になる。それ故に異常に強いのだが、現実世界では、強すぎるのも問題である。
理を知る者が理性を捨てて全力で戦えば、おそらく、相手は死ぬことになる。
理を知る者同士で戦うときも、本能は抑えて戦わなければならない。風樹と誓雷が戦った時も、最後はどちらが冷静さを保てたかが、勝敗を分けた。もし互いに全力を出していたら、どちらかが死んでいたか、制止に入ったであろう炎護が死んでいただろう。
それほどに、危険さを孕んだ力なのだ。
「ま、あの感じのシチュエーションなら、半殺しくらいで済むんじゃない?」
そう言って、誓雷はモニターを全体図に切り替えると、ポンッと風樹に手渡した。
「じゃ、ふーリン。このコたち、ちゃんと送り届けてあげてねん♪。」
「あなたは?」
「ちょちょ〜っと、ね♪。細工をしてこようかな〜…って思って。」
「…。何をするかは知りませんが…面白いことになるんでしょうね。」
「あい♪もちろん。」
ニカッ、っと笑うと、誓雷はひょいひょいとドアまで跳ねて行き、
「終わったら炎龍党のジムに行ってるからねん♪」
そう言って、さっさと出ていってしまった。
「あ、あの…、本当に大丈夫なんですか!?日田選手も月代さんも…。」
「まぁ…大丈夫でしょ。」
伊吹の不安をサラリと受け流すと、風樹もスタスタとドアへと歩いていった。
「私達も参りましょうか。彼らがせっかく作ってくれた時間、無駄には出来ませんから。」
読んでいただき、ありがとうございましたo(^-^)o。予定ではそろそろ終わるはずだったのに、書きたいことが書いてるうちに大きくなってしまいました(^.^;)。もうすぐ最終話です。次回も、よろしくお願い致します。




