新しい住居、もしくは誰かが一緒にいる幸せ
「ここが、マスターとマダムの家か…!」
「大きい」
世界一美味亭は名に恥じぬ売り上げを誇っており、少し離れた場所にある住まいは並の一軒家の倍は大きい。
「さぁ入りな、風呂は沸かすから待ってな」
「助かるよマダム、でも風呂は先に入ったから良いわ」
「そうなのかい、んじゃ寝床を用意するから待ってな」
「俺達が用意する間は、遊ぶなり食うなり好きにしろ」
「サンキュー、マスター」
「あっ、ヤるなら俺達が居ない時にしろよ」
「ヤらねぇよ!?」
(全く、俺のことを何だと思ってんだ)
こんな少女に興奮するような趣味はない、確かに綺麗だとは思うが。
それとこれとは別問題だ。
(食っても良いって言ってたし、何か食うか)
「どこに行くの、スター」
「お前に夕飯を全部、食われちまったから腹ごしらえだよ」
「…ごめん、スター」
「そういうつもりで言ってねぇよ、ピュアはどうするんだ?」
「どうするって言われても、どうしたらいいか分からない」
「……なぁピュアは今まで、どう生きてきたんだ?」
道中で奴隷だったことは聞いたが、それ以上は聞いていない。
と言うか、あまりにもデリケートな話題なので触れることが出来なかった。
だが知りたかった、この子がどう生きてきたのかを。
そして何を知らず、何を知り、何を教えればいいのかを。
「………分からない」
しかし沈黙の末、返ってきた言葉は不安と恐怖が入り混じった声音に包まれていた。
「…そうか」
こうなると、何をすればいいか分からない。
文字を知らないのであれば文字を、礼儀を知らないのであれば礼儀を、と思っていたのだが。
「スター、ヤるって何?」
「お前は知らんくて良い」
「そうなの?」
奴隷だったピュアに、この言葉の意味を教えるのは傷を治してからの方が良いだろう。
最も、そんなことを教えるつもりは無い。
「お前は、リビングで座ってろ」
「リビング?」
「そこを曲がった所に、ソファって言う座る場所がある」
「スターは座らないの?」
「俺は食い物を取ったらな」
「分かった、待ってる」
そして、冷蔵庫から適当な食材を手に取り、簡単なものを作りピュアのいるリビングに向かう。
(随分と背筋が良いな、どっかのお姫様だったのか?)
行儀良く座る姿を見て、そんなことを思う。
白人にも白人の地位があるのだろうが、奴隷にされてしまえば変わらない。
(可哀想によ、こんな細いんじゃ碌なことをされなかったんだろうよ…)
テスターでは想像も出来ない悪行をされたのかと思うと、ゾッとする。
(こんな少女をいたぶって、何が楽しいんだ…)
人を一方的に痛めつけるなど、性根の腐っている証拠だ。
しかも年端も行かぬ少女を痛めつけるなど、言語道断。許される行為ではない。
「……いっそ、滅ぼすか」
「す、スター…?」
「あっ、今の声に出てたか…?」
「…うん」
「悪い、変な意味じゃないんだ」
「そうなの?」
「……なぁピュア」
「何?」
「お前は、自分を奴隷扱いした奴等をどう思ってる」
「……難しい質問」
「難しい…?恨んでるとか、嫌いとか無いのか?」
「無い、私は何もされてないから」
「何もって、本当か?」
「うん、私には何もしてこなかった」
「……そうか」
「どうしてスターが悲しい顔をしてるの?」
(どうしてって、そりゃそれ……!)
誰かが代わりに甚振られ、慰め者にされ続けたのだろう。
そして、あの時いなかったと言うことは代わりになってくれた者は今も。
(いや白人を逃がしたんだ、今まで以上の仕打ちを受けてるのかもしれねぇ…)
酷な話だが、他国に攻め込めば国際問題に発展する。
(うちの王様が、白人どうこうって言うとは思えないが)
たった一人の為に、国に迷惑を掛ける訳にも行かない。
歯痒いが、ここは我慢する他ない。
「スター、顔が怖い」
「…!悪い、ちょっと考えごとをしてた」
「そう…?」
「あんた達、寝床の準備が出来たよ」
「もう出来たのか、じゃあ俺はこれを食ってから寝るか」
自分で作った料理を平らげ、部屋に行く。
そして今日一日、主にモンスターを狩り終わっての出来事を振り返る。
(あいつを、ピュアを一人にはさせたくねぇけど…)
安寧の地を求めるのは許されるのだろうか、いや人の幸せなど何人たりとも邪魔をしてはいけない。
誰かの幸せを誰かが邪魔をする権利も、資格も無い。
(そうだよな、王様)
恩人であり、国の王であり、自分を救ってくれた人の顔と言葉を思い浮かべながら瞼を閉じる。
(………何か、いるな)
何故か人の温もりを感じる、ここにはテスター以外いないはずなのに。
「誰だよ、人のベッドに入って来てるのは」
「おやすみ、スター」
軽く毛布を捲ると、そこに居たのはピュアだった。
「寝るな寝るな」
「…でも、もう限界」
「いや自分の部屋をマスターとマダムが用意してくれたろ」
「でも、一人で寝れない」
「だからって、俺の布団の中に入ってくるな」
せめてマダムの方に行って欲しかった。これでは寝たくとも寝れない。
「………」
「マジか、こいつ」
どうやら本当に限界だったらしく、スヤスヤと寝始めてしまった。
(仕方がねぇ、俺がピュアの部屋に行って寝るか)
流石に男女が同じ部屋で寝ているのがバレれば、マスターに何と言われるか分からない。
と言うか事案だ、完全に事案だ。
「……まぁ、だろうとは思ったけどよ」
離れようとしたが、ピュアがくっついて離れてくれない。
引き離そうと思えば出来るが、境遇を考えればこうなるのも仕方がない。
(不安、なんだろうな…)
両親もおらず、たった一人で逃げ出し、ようやく安心出来る存在に辿り着けた。
ピュアは今、そう思っている。
(今日ぐらいは、甘えさせてやるか)
拾って匿う以上、責任は付き物だ。これぐらいなら、とテスターも瞼を閉じて深い眠りに就く。




