明日も明後日も
そのから、私たちは潮が引くのをひたすら待ち続けた。
空を見上げると目玉焼きのような月が私たちを眺めていた。
「今頃家じゃ大騒ぎなんだろうなあ」
「かなさん、別にそんなこと気にしなくたっていいじゃない」
「いや、でもさすがに___」
「元々死ぬつもりで来てたんだからそれに比べりゃあ家出なんてかわいいもんだよ」
「まあそれもそうか……」
「ん、うわあ!眩し!」
岸壁の方から3本ほどの光の筋が私たちを刺した。光の方から誰かの叫び声が聞こえた。
「居たぞー!お前こんなとこに!」
「あーやくん、堤防の下の岩場も若干見えてきたし、もう色々な意味で潮時なんじゃないかな」
あーやくんは何か気になることがあったのか彼らの少しみつめ、
「え!?ゆーすけ!お前こそなんでこんなところに!もしかして釣りにでも誘ってきたのかー!」
おおよそ釣りとかに誘う時のテンションではないと思ったけど、触れないでおいた。
「バカタレー!あんたのお父さんお母さんが心配だのなんだの言われて探しにいったんだボケカス!」
「ふーん、へー」
(めっちゃ棒読みじゃん……)
「あと何か知らないけど、近くの駐車場に黒塗りの高級車が何台か止まってたんだが心当たりはないかー?」
「知らねーよそんなの!別に俺が何かした訳じゃ___」
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁいいいいいい!!!」
心当たりしかなかった。
(何台もあるってことは、親戚総動員で探し回ってたのかな……)
「ん?おいおい女の子も居たのかよ!お前まさか!?!?」
「いや、違うってば、ほんと。違うから、ね、かなさん、ね?ね?ね!?」
あーやくんはチラチラと私を見る。
(こういうときに下の名前で呼ぶとかないだろ……)
「じゃあお母さんお父さんには、あーやを見つけったってのと女の子と楽しくランデブーしてましたと伝えておくからなー!」
「ま、待てえええええええええ!!!」
「ま、待てえええええええええ!!!」
あれからおよそ1ヶ月後。
あの日の帰宅後私はこっぴくどく叱られ、しばらくの間通学以外の外出が禁止になってしまった。まあ元々家で籠もっていたので正直痛くも痒くも無かったが、一つ気がかりだったことがあった。
(あーやくん、どうなっちゃったんだろう)
もしあの場にあーやくんが居なかったら私は間違いなく飛び込んでいただろうし、失敗したとしても重たい気分を引きずったまま、また何かしらの手段で自らを殺めていたに違いない。
そんな重たい気分を吹き飛ばしたあーやくんは正に命の恩人。あのとき防波堤を降りた後すぐにはぐれて黒塗りの高級車に乗せられ連れ帰らされたのでほとんど言葉を交わす余裕もなく別れてしまったのだ。
だからこそ「ありがとう」と伝えたいと思っていた。
明日外出禁止が解かれる、なのでなるべく早いうちにどうにかあーやくんを探してこの感謝の気持ちを直接伝えに行こう、そう思っていたときだった。
コン コン コン
「かな、お友達か知らないけど、あなたに会いに来ましたって。年も同じくらいの男の子が……」
「あ…うん!今降りる!」
(あれ?家の場所とか言ってないはずなんだけど……)
私は少し身なりを整えて玄関へ急いだ。
(自殺未遂だったことは家族には言っていない。だから具体的に何があったかはなんとか隠しつつ対応しよう……)
そんな考え事をしながら階段を降り、玄関の前へ立った。
ドアの前に立ち、少し深呼吸をしてドアを開けた。
「はい!近衛かなで……す?」
「ど、どうも。えーっとその、あーやのなんというか、友達というか……」
「もしかして、ゆーすけ……くん?」
「あ!そうそう!ゆーすけです!あんときはごめんなさいね、山岳用の強力な懐中電灯しかなかったもんで」
(お前かよ……)
「あの、ここで立ち話もあれなんで、どうぞうちへ上がってください」
「んえ!?あ……い、いいんですか??僕女の子のおうち上がるの、は、初めてで……」
(どこかの誰かにそっくりなリアクションじゃん、この年頃の男の子ってみんなこんな感じなのかな)
そして、一旦自分の部屋に案内し彼に色々と聞いてみることにした。
「わざわざ来ていただいてあれなんですけど、なんであーやくんじゃなくてゆーすけくんが来たんですか?いや別にその、来るなと言ってる訳じゃないんですけどね」
「えっとですね、忘れ物してたぞーってあーやから預かってたものがあったんでね」
「えーと、通学鞄に入れたはず……どれどれ……お、あった!はい、これ」
「あ!私の生徒手帳!」
「学校に直接届け出ようかと思ったけど、僕たちじゃ敷居も高すぎるお嬢様学校だし、何があったか学校側に知られたら面倒だろうってことで、書いてある住所に直接渡しに行こうってなってね」
「なるほど、それはありがたいんだけど、なんであーやくん本人じゃなくてあなたが来たの?」
「あーや自体も会いたい会いたいって四六時中言っててうるさいし、僕もあーやが行けばいいだろうって言ったんだけどね」
「ほう……ならば尚更……」
「でも、いつも用事があるから無理だってことで、代わりに行ってこいということで僕が」
「ちなみにその用事って何なのかは知ってるの?」
そういうと、彼は少し微笑み窓の外を眺めながら言った。
「例の防波堤で一人、お昼寝だってさ」
「なんだそりゃ……でも、あの人らしいかもね」
ゆーすけくんが立ち上がり帰り支度をする。
「それじゃ僕はこの辺で。あ、そうそう、一緒にいたとかランデブー云々は誰にも言ってないですから、そこは安心してください」
「そう……ありがとね」
次の日……
夕暮れ時の防波堤。
上向けばにはオレンジ色に輝く夕焼けが、下を向けばブクブクと泡を立てる白波が私の視界へ入ってくる。
同じような風景は過去何度も見てきたけれど、今日は不思議といつもより綺麗で虚しい夕焼けと白波だった。
人生つまらないことばかりだ。自分はいくら真面目過ごしてもにいくら笑顔で楽しく振る舞っていてもいいことの一つありやしない。
でも、つまらないことをワクワクすることに、良くないことを良いことに変えてくれる存在が居てくれれば。
背中を押してくれる存在が居てくれれば。
明日も明後日も、笑っていられるのかもしれない。
「あーやくん、寝心地はどう?」
彼は目をこすりながらゆっくり立ち上がる。
「遅いよお嬢さん……じゃなくて、かなさん」
「あの……ありがとう!私、あーやくんに助けてもらったのに、感謝の言葉一つも言えなかったから……ちゃんと伝えようと思って!」
「……なるほど。さっき遅いよとか言ったけど、別に明日でも明後日でも、それこそ何年後とかでも良かったのに」
「……一個聞きたいんだけど、なんであのとき私を助けてくれたの?」
「え?ええ?あ〜それは……」
「それは?」
「お、お互い二十歳になったら教えるよ!」
「ふーん、言ったね?約束だよね?」
「う、うん!も、も、もちろんじゃないか!」
それ以来私は毎日のようにこの防波堤へ行きあーやくんと会って、会って、会いまくって、なんやかんやの積み重ねで付き合うこととなった。
そして、あーやくんに影響されたのか、今までのおっとりとした生真面目な性格から、冗談をガンガン言うような少しおちゃらけた性格へと変貌を遂げ、今に至る。
「ゲホッゲホッ!」
「かなさんどうした?ちょっと力強かったかな?」
「いや、ハウスダストがヒューヒューと冷やかして来てて……」
「ふっ、何それ」
「てかあーやくん、もうそろそろお互い二十歳になると思うんだけど、あれ、忘れてないよね?」
「あ……あれか……」
「もうそろそろお互いに二十歳になるけど、もうケロっちゃっていいんじゃあないのぉ??」
私はくいっと頭を上げあーやくんを見つめた。
「ぐぬぬ、例えかわいい上目遣いをしてきたって……」
「じゃあこれならどうだー!」
私は抱きしめていた腕を解き、そのまま全力であーやくんの脇腹をくすぐった。
「どひゃあ!!く、くすぐったいぃぃぃ!!」
「オラオラー!もう言っちゃいないよー!」
「か、かんべんして〜!」
これから先どんな苦難があるか分からないし、思い出したくもない過去がずっと絡みついてくることもあるけど、ほんの少しの小さな幸せやおもしろおかしくて笑ってしまう大切な今を全力で楽しんでいきたい。
明日も笑おう。
続く(かもしれない)




