猟奇殺人
加島礼子はDVDプレイヤーの再生ボタンを押した。
テレビ画面に自分自身の姿が映し出された・・・ベットの上で一糸纏わぬ姿で身じろぎもせず天井を見つめている。
やがて二人の男が現れ、礼子の上に覆いかぶさるようにのしかかった。
礼子の意思とは関係なく、男達はなすがままにいたぶり続ける・・・・。
礼子はあふれ出る涙を拭おうともせず、ワナワナと震えるばかりであった!
さかのぼること数年前・・・・・。
礼子は”かすみ” がうらやましかった。”かすみ”が入社してくるまでは、礼子は職場の男性たちの憧れ、マドンナ的存在であった。しかし”かすみ”が入社して以来、マドンナの席はアッというまに”かすみ”のものとなった。
”かすみ”とは対照的に礼子は影の薄い存在となっていったのである。
いつも周りからちやほやされる”かすみ”の姿を唇をかみ締め、遠くから見つめるだけだった。
礼子には、田舎の病院に治る見込みのない病気で入院しているたった一人の母がいる。そのため収入のほとんどが母の入院費で消えてしまう。
礼子は思った。
。”かすみのようにおしゃれがしたい!、かすみように素敵な彼氏がほしい。 かすみように・・かすみように・・・・・。”
礼子の母は女手一つで礼子を大学まで行かせてくれた。しかし礼子が大学を卒業し、就職が決った年に脳梗塞で倒れてしまい、意識の戻らぬまま延命措置を施す事となった!
だが、それには莫大な費用がかかる、礼子は会社でも前借りが重なり一人頭を抱えていたとき、事情を知ったかすみが同居を持ちかけてきた。
同居する事で家賃はもちろん、光熱費や食費の負担が軽減されるとの考えからの申し出であった。礼子はかすみの優しさが有り難かった。
礼子はかすみの手をとり大粒の涙を流しコクリと頷いた。こうして二人の共同生活が始まったのである。しかし、時はすでに遅く、礼子の借金は大きく膨らんでいた。そんな時、街角の小さな貼り紙が目にとまった。
”消費者金融 富士見ローン”
富士見ローンは、暴力団富士見会が経営する悪徳金融である、若い女性相手に高額な利息で金を貸し、支払えなければビデオ出演させる。
時には売春さえ強要される。
礼子はそのチラシに導かれるようにドアを開いてしまったのである。
礼子にとって、そこはまさに地獄への入り口であった!
礼子の借金は日を追うごとに膨れ上がり、身も心もボロボロに疲れ果てていた。
それでも ”かすみ”の前では精一杯明るく振舞っていた。
でも一人になると涙があふれてくる ”もうどうでもいい・・・このまま死んでしまおうか・・・礼子は、何日も部屋の中で膝を抱え食事さえろくにとらない日々が続いた。
そして、そんなある日のこと、礼子の携帯に叔母からの連絡が入った。
叔母は礼子の母の妹であり、付き添いを、自らかってでてくれている。
「礼ちゃん!お母さんがたった今・・・・ 」電話の声は涙でつまった。
礼子が駆け付けつけると母の顔には白い布がかけられていた。
「お母さん!! 側にいられなくて ごめんね」 礼子は溢れ出る涙と脱力感でその場に崩れおちた。
二人は抱き合い、何もかも忘れ大声で泣いた。
しかし、礼子は気づいていた、心の奥でホッと胸を撫で下ろす自分がいたことを。
そして葬儀も終わり、礼子は墓前に黄色い花を供えた。
それは母の好きだった花・・・名前さえ知らない花・・・。
子供のころ礼子は母に手を引かれ花畑に行くのが好きだった。そんな時、母はいつもこの花を指差し 「かあさんはねぇ、この小さな黄色い花が大好きなのよ」と礼子の頭をなでてくれた。
礼子が「ふ~ん!このお花、なんて名前?」とたずねると、母は花びらをそっとつまみ「名前なんか知らない・・名前なんかなくてもきれいに咲いてるじゃない。元気に、誇らしげに・・・かあさんは礼子にもこの花のように生きてもらいたいの!」
母のそんな言葉を思い出し、礼子は唇をかみ締めた。
参列者に挨拶を済ませ、東京への帰り支度をしていたとき、礼子は叔母に呼び止められた。
叔母は大きな封筒をさしだしながら、礼子の目を見つめた。
「これはお母さんの生命保険の証書と預金通帳です。」
礼子は驚きながらも中を確認した。 保険は死亡時のみ支払われる少額ものだったが、それでも礼子の借金はすべて補うことができる。
・・・そして数日後、借金を返済した礼子は、商事会社を辞めて秋葉を呼び出した!
眉間にシワをよせ、不信げに見つめる秋葉に、礼子は言った。
「実は、私・・・あなたの事が好きになったんです!」
秋葉 剛と加島礼子が付き合い初めて一ヶ月すぎた。
礼子はかすみに 「実は私ね・・・彼氏がいるの・・・今夜は帰らないけど心配しないで!」と告げると、”かすみ”はまるで自分の事のように喜び送り出してくれた。
秋葉のマンションで朝を迎えた礼子が目をさますと、秋葉はすでに起き出し札束を数えていた。礼子は 「早いのね!」 とベッドから立ち上がりカーテンを開ける。
礼子が秋葉の方に近づきながら 「どうしたのそのお金」 と訪ねると、秋葉は「バカな女はお前だけじゃないのさ・・・そのバカ達が主演したDVDの売上金だ!」
秋葉は数え終えた札束をカバンに詰めている!
その姿を黙って見つめる礼子の目は、憎悪と殺意に満ちていた。
”私がバカな女ですって!?私はあなたをぜったいに許さない・・・・・・!!”
・・それが、自分の身体を犠牲にした、礼子の復讐劇への始まりであった。
夕飯の支度をしながら、増野圭子はチラッと柱時計を見た。
”もう五時半・・優斗まだ公園にいるのかしら?!”
圭子は小学三年生の我が子の身を案じていた。この頃、変質者がこの辺りにも出没していて、小学校からの連絡簿にも毎日のように、注意をするように書かれていた。
圭子は造りかけていたシチューの火を止め、近くの公園へと急いだ。
自宅から五分程に、その住宅街の公園はあった。あまり広くはなく鉄棒にすべり台、そしてすべり台の下にこじんまりとした砂場があるだけだ。
「ママーッ。」鉄棒をしていた4~5人の子供の中から、優斗が圭子の元へ走って来た。
圭子は優斗を抱きながら、頭を軽く小突いた。
「いつまで遊んでいるのよ・・もう五時半を過ぎてるわよ。」
「だって・・・すべり台が出来ないんだもの。」優斗はすべり台を指差した。
圭子はすべり台を見た。なるほど、中年の男性らしき人物がすべり台に座りこちらを見ている。もう周りは薄暗くなっていてその表情までは分からないが、何かの不自然さを圭子は感じた。
「いつからいるの?」
「僕が来た時からあの恰好でいるよ。」
「変質者かしら・・・」圭子は呟くと、恐る恐るすべり台に近づいて行った。
「ぎゃ~ッ!!○X△・・」悲鳴とも奇声ともつかない声をあげ、圭子はその場にしゃがみこんだ
そのすべり台に座っている中年の男は、身体は正面の方に向き、顔は真反対の階段の方に向いていた。
圭子の声の振動で、男の首が階段をつったて圭子の前に転がり落ちて来た・・・・・。
その後の警察の調べで、身元は免許証から暴力団”富士見会”幹部 岸田杜雄(48)と判明した
尚、その切断された顔の口の中からは、”天罰”と書かれていた紙切れが発見された。
大都会の閑静な住宅街の公園で起こった猟奇殺人事件は、日本中を震撼させていた。
この事件を仕切る事に成った佐古田警部は、もじゃもじゃの髪の毛を掻きむしった。
被害者は後ろから鋭利な刃物で心臓を一突きされており、ほぼ即死状態。
死後首を切断したと思われる。尚、口の中に入っていた紙はパソコンで作成されたものとみられる。
死亡推定時刻は、死体が発見された日の午前五時から九時という事。そして、何所か別の場所で殺害され、あの公園のすべり台の上に午後二時から四時の間に、発見された格好で置かれたという事が、今までの調べで分かった。
佐古田は頭を抱えた・・・。
なぜ、犯人は首を切断したんだ。
なぜ、犯人は危険を冒してまで、死体を白昼公園に運んだんだ。
なぜ、犯人は死体をすべり台の上にあの恰好で置いたんだ。
なぜ・・・? なぜ・・・? なぜ・・・だ!?。
その頃、死体が発見された公園のすべり台の上に立って、一人の男が、死体の顔が観ていた方角を見つめていた。
公園の街路樹の隙間から、メゾン・ド・ソレイユと書いた建物がはるか向こうにそびえ建っているのを、男の目が捉えていた。
その男は、すべり台から降りると、”パチーン”と指を鳴らして何度も頷いていた。
(「・・・・・と、言う訳で向井直哉巡査の件は、個人的な理由での自殺と断定し、殉職とは認めない。」
枡園の頭の中で、新藤警視の言った言葉がやまびこのように木霊していた。
”確かに状況だけを考えれば自殺にしか見えない。しかし、俺には向井が自殺するなんて思えない。来月に結婚を控えた男が、なぜ自殺なんだ・・・。”
向井は司法解剖の結果ドグマチールという薬物が検出されたが、身投げとの因果関係は分からなかった。
”絶対に何かある、向井は何かを掴んでいた。そして、何らかの方法で、犯人に殺されたのだ。”
枡園は諦め切れなかった。
しかし、2人の飛び降り自殺(?)以来警備が厳重になっており、警備員が向井の飛び降りるのを一部始終目撃している。
公園で発見された死体の写真を見た時、あの”ディブイデー”に秋葉と一緒に映っていた男だと判った。
”飛び降り事件と、猟奇殺人は絶対繋がりがある。”
枡園はそれ以来、捜査本部とは別に独自の捜査をしている。
捜査一課 中村課長も、まだ目を瞑っていてくれた。)
「枡園何か意見は?」
佐古田警部が聞いた。
「・・・はぁ・・・?!」
「”はぁ?”じゃないだろ、聞いてなかったのか?いい加減向井の件は忘れろ。向井は自殺と断定されたんだ。」
「・・・ちょっと、トイレに・・・。」
枡園は”猟奇殺人捜査本部”と書かれている部屋から出た。
喫煙所で缶コーヒを飲んでいると、青木雪乃婦警が、笑みを浮かべながら近づいてきた。
「枡園宛てに手紙が届いてますよ。」
「あっ、ありがとう。」
「ますぞのさんも隅におけませんね。」
手紙を手渡し、青木婦警は意味ありげな笑顔を残し去って行った。
枡園は差出人を見た。
”加島礼子”
枡園は、自分の手が小刻みに震えているのを感じているのであった。
第三章 猟奇殺人
(終)




