序章 二重人格
この小説は、三人の作者(ズラえもん、ゴジラ、ながいわかれ)が連作した「大都会の夜」をトピ主であるズラえもん氏の要請を受け、私、ながいわかれが編集して、新たに発表する事になった次第であります。
大都会の夜に、始まりも終わりもない・・・。
そこに暮らす人の心にもまた、明けることのない夜がある。
男は18歳の時に岡山の高校を卒業して、東京のとある商事会社に、希望と不安に胸をときめかせ就職をしたのだった。
それから10数年・・・男は、どこでどう間違えたのか、30歳の声を聞いた今は、その日暮しの日雇い生活をしていた。
「俺は何処に行こうとしているのだ・・・!?」酒におぼれた時の男の口癖だった。
街灯の明かりさえ届かない薄汚れたガード下の屋台で、男はコップの底に残った酒をなめるように飲み干した。
その姿を物陰からそっと見つめる女がいた。
男は空になったコップを恨めしそうに眺めていたが、やがて「ハァー」と大きくため息をつきカウンターへと静かに戻した。
女はその男が屋台から出るのを確認すると、男の後をつけて行った。
男はフラフラと歩き出した、何処へ行くともなく・・・・。
屋台を後にしてフラフラと歩き出した男は駅前の公園のベンチに座り、俯き加減に頬杖をついて目を閉じて、物思いに耽りながら一しきり休んでいると一陣の爽やかな風が通り抜けて行く。
・・・火照った顔に心地よいひとときだ。
オレンジ色のナトリューム灯の、街灯の明かりが見詰めるようにやさしく光を投げ掛けていた。
公園の大きな樹木の陰から、先ほどの女が遠巻きに男を見詰めている。
白いレーンコートに身を包んだ女は呟いた。
「やっぱりあの人ね・・」
かつての商事会社で、同じ課のOLだった女は探していた男をやっと見つけたらしい。
男は立ち上がって駅の方に歩いて行くと終電がホームに入って来た所だった。
男は急いで切符を買うと改札を通って電車に乗った。
停車時間が長いみたいですぐには発車しない。
女も電車に乗るとサングラスを掛けて、少し離れて座って男の方を見ている
たまたまこの車両だけ誰も乗ってなくて男と女だけであった。
夜の大都会の、都心を縫って郊外に出た電車は、終点の波止場が見える終着駅に着いた。
満月に照らされた波止場は、船のエンジンの音やカモメの鳴き声など色んな音が入り混じって、波止場特有の独特な雰囲気をかもしだしている。
駅を降りた男は、コンクリートの土台に腰掛けて、潮風に酔いを冷まそうとしていた。
思いついたように、ポケットの携帯を手にとって開けてみるとメールが来ている。
発信人は”かすみ”とあり、元商事会社に勤めて居た時の後輩のOLで男の元カノである。
メッセージはたった一言。
「さ・よ・う・な・ら・・・」
白いレインコートの女は、気づかれない様に男を観察していた。
「かすみ・・・やっと見付けたわ、あなたの身も心もボロボロにし、あなたの人生までも…目茶苦茶にした男・・来栖健二を・・・。」 女は独り言のように呟いた。
女の名は加島礼子28歳。 来栖の昔の同僚であり、今は小さな運送会社の経理事務をしている。礼子が入社したその次の年、向坂かすみが入社して来た。郷里が同じだった事もあり、二人はすぐに打ち解け親友になった。
礼子が借りていたアパートに、かすみも一緒に住むようになった・・・そんな時である、来栖健二が、かすみを誘惑して来たのは・・・。
礼子は、はっと我に返った。来栖がポケットから携帯を取り出して見ているのだ。どうやら、何処からかメールが来ていてそれを凝視している。
”あんな奴にメールをする人間がまだいたのか・・・!?”
礼子は腹が立ってきた。
来栖はフラフラと立ち上がり歩き出した。
「臨港苑・・」礼子は来栖が入って行った建物の表札を読んだ。それは、アパートと云うよりは、まるで放置されている あ・ば・ら・や であった。
礼子はニヤッと笑い。 携帯を取り出して、かすみの電話番号を押した。
礼子はかすみの電話番号を押すと耳に押し当てた。
しかし聞こえてきたのは、かすみの声ではなく「この電話は電源が入っていないか、電波の・・・・」というガイダンスの声だった。
「かすみ、何してんのよ!!」
礼子は苛立ちながら何度もリダイヤルのボタンを押した。
”美しい・・・。” 高層ビルの屋上で金網に手をかけ女は呟いた。
女の斜め前方に満月が輝いていた。歳の頃は25~6歳、満月に照らされた女の顔は、この世の者とは思えないほど妖しい美しさを放っていた。
女は金網を上りはじめ、苦労しながら金網の向こう側に出た。もう、女の前には何も障害物はない。
”私とあの人の思い出の電車が、もう少しで通る・・・。”
女のはるか前方を美しい光の線となって、電車が通過して行く。
”さようなら・・・神様、私は天国では幸せになれますか・・・?。”
女は胸で十字を切り、電車の方に向かって身を投げた。
初老の刑事は部下である若い刑事の報告に「なんだと!身元がわからないだと!?」と苦虫を噛み潰したような顔で振り返った。
若い刑事は、まるで自分が怒鳴られたかのように一瞬身をすくめたが「はい、彼女の持ち物からは身元のわかるものは何一つ出てこなかったそうです」
初老の刑事は、白いものが混じり始めた長めのもみ上げを指先でつまみながら「うーむ!現場のビルの住人も近隣の住民も誰一人として彼女のことを知らなかった・・・!となると、どこか別のところからやって来たのか・・・!」
初老の刑事の言葉に若い刑事が答えた。
「だとすると現場となったビルを選んだ理由があるはずです」
若い刑事の言葉が聞こえているのかいないのか、初老の刑事は無言のまま相変わらずもみ上げをいじっている。
考え事をするときの彼の癖であった。
若い刑事は続けた。
「あのあたりには似たようなビルがいくつかありますが、屋上に出られるのはあのビルだけです!彼女は事前にそのことを知っていたのではないでしょうか。」
初老の刑事は無言でうなずくと「もう一度現場へ行ってみるか」と、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
初老の刑事、枡園は手渡されたプラスチック片をつまみ上げ「鑑識に回せ!!・・」と相棒である若い刑事 向井に言った。
向井は用意していたビニール袋に、プラスチック片を入れながら「はい!」と力強くうなずいた。
枡園は、もみ上げをつまみながら「ほかにもまだあるはずだ。向井くん、事件に関係があろうがなかろうが、落ちてるものは片っ端から拾い集めるぞ!」と草むらにしゃがみこんだのであった。
向井直哉現在29歳は、今年で3年目を迎えるまだまだ駆け出しの刑事である。IT機器を触らせれば天下一品。手帳の代わりに携帯モバイルを持ち歩くデジタル人間である!
向井は、署の会議室で大先輩である枡園茂男警部補とテーブルを挟み向かい合って座っていた。
テーブル上には、二人が現場付近から拾い集めた様々なものが並べられている。
向井はその中の一つを指差し「鑑識の結果、これは携帯電話の破片だということがわかりました。中でもこれはSIMカードといって携帯電話の情報が保存されている部分です!」
枡園は、もみ上げをいじっていた指をぴたりと止めると「そこから通話履歴などが引き出されるのか?」
向井は首を左右の振りながら、「いいえ!通話履歴やメール文章などは本体側のメモリー領域に保存されていて、SIMカードにはその携帯の持ち主が情報を移動させなければ残りません。SIMカードというのはナンバーポータビリティー・・」
そこまで言ったとき、枡園は「まてまて!君の話は私には理解できん。その・・何とかというカードから何が分かるかだけを説明してくれ。」と、またもみ上げを触り始めた。
向井は、枡園警部補に説明を終えると自分の携帯を取り出した。
「警部補!携帯電話のSIMカードというのはほとんどが世界共通なのです。」
そう言うと向井はSIMカードを自分の携帯のものと差し替えた!しばしのボタン操作ののち「出ました!これがこの携帯自身の電話番号です!」と、枡園警部補に差し出した。
枡園警部補は無言で受け取ると「うん・・・これがもし彼女のものだったとしたら、ここから身元を割り出すのは容易だな。」
二人の刑事はテーブルを挟んだままうなずきあった。
枡園と向井は、女が飛び降りた高層ビルの屋上にいた。
あれからの調べで、女の身元が判明した。名前は向坂かすみ 26歳 無職 住所は東京都品川区・・・メゾン・ド・ソレイユ3階303号 尚、同居人がいて名前を 加島礼子28歳 もっとも、彼女の方が借主で、のちに向坂かすみが同居するようになったらしい。
「どう思います・・枡園さん?」向井が、枡園の横顔を見ながら言った。
枡園は金網越しに、眼下に広がる景色を観ていた。
「綺麗だな向井・・」 枡園はもみあげをいじった。
「僕は景色の事なんか聞いてませんよ、先程の・・・」
「分かっておる、加島礼子の話だろう・・・」枡園は一度言葉を切り、向井の方に向き直って話し始めた。
「”かすみは来栖に殺された。”と、言うのだろう。しかし、この金網の向こう側に、本人の意思以外で出すのは無理ではないかな。」
「でも、遺書はなかった。」
「しかし、ノイローゼ気味で、仕事が出来る状態ではなかった。 今、思いついたんだが、遺書は携帯電話ではなかろうか・・・?!」
その時。遥か眼下を電車が通過している。
二人は思わず顔を見合わせた。
「よし、来栖のアパートに行ってみよう向井君!。」そういうと、枡園はもみあげをいじりながら、走り出していた。
”確か川崎のはずれにある臨港苑だったな。” 向井も後に続いた。
・・・とっぷりと暮れかかった街並みに、イルミネェーションが輝き始めていた・・・。
枡園と向井は来栖のアパート臨港苑へ出向いたが、そこに来栖の姿はなかった!
枡園は「くそーっ!無駄足だったか・・・ところで向井君、君のアパートは署の近くだったな。」
向井は「はい、僕のアパートでコレを見てみますか」と、ポケットから一枚のDVDを取り出した。加島礼子から預かったものだ!
アパートに着くと向井は冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し枡園に手渡した。
プレーヤーの再生ボタンを押し、画面に映し出された映像に二人は顔を見合わせた。そこに映し出されたものは、二人のやくざ風の男に弄ばれる 向坂かすみ の姿である。
男たちのなすがままにされるかすみの目は一点を見つめ、声も上げなければ抵抗もしない・・・明らかに薬物で意識がはっきりしていないのがその様子からうかがえる。
「そこに映っている片方の男は、間違いなく暴力団 富士見会若頭の秋葉 剛だ・・・・おそらく来栖は富士見会とつながりがあるんだ」そういうと枡園は飲み干した缶コーヒーの空き缶を目の前のテーブルの上に ”タン”と音をたてて置いた。
向井はプレーヤーからディスクを取り出しながら「富士見会の事務所へ行ってみますか?」と、枡園の顔を見た。
枡園はディスクを指差しながら「向井君・・・その、なんだぁ~BVD、あいや”デーブイデー”てのか・・・私はそれを持ってきた女が何かかくしてるような気がしてならんのだよ。」
向井は、内ポケットからメモ帳代わりの携帯端末を取り出すと「彼女は確か・・・加島礼子28歳、住所は・・・」
枡園は向井の言葉をさえぎり立ち上がった。
「加島礼子のところに、もう一度行ってみるぞ!!」
「ふ~っ!」来栖は一息ついた。今日の日当一万円を現場監督から受け取ったのである。
腕時計に目をやると、午後8時過ぎを示していた。
「皆さん、本日はお疲れ様でした。明日は7時半までに集合場所に集まって下さい。尚、人数は先着順で15人までです。」そういうと、現場監督は自家用車に乗ってさっさと行ってしまった。
”15人か・・・今日の半分の人数だ・・。”来栖は思って駅へと急いだ。
秋葉 剛は酔っていた。関東一円を牛耳る暴力団 富士見会の若頭を任されていた。15歳で上京して、富士見会会長に拾われ今の地位までになった。
ドン という音とともに誰かとぶつかった。
「すいません・・」と言って相手は立ち去ろうとした。
「まてぃ!」 秋葉は相手の肩をもった。 ものすごい力だった。
相手は秋葉の方に振り向いた。年の頃は30前後・・・不安が顔全体を覆っていた。しかし、顔は整っており、女を引き付ける何かを持っている顔立ちだった。
「何か・・・?」男は恐る恐る聞いた。秋葉の一番嫌いな顔立ちだった。
無言で秋葉の右ストレートが、男の顔面に決まった。強烈な一撃であった・・男は3メートル位吹き飛んで、大の字になりピクリとも動かない。
”死んだんじゃないのか!?” ”救急車・・救急車”と 野次馬が騒ぎ出した。
秋葉は少し遣り過ぎたかなと思いその場を立ち去ろうとした・・その時。
「待って下さい。」と静かな声で秋葉を呼びとめる声がした。秋葉は振り向いたが、声の主は分からなかった。
秋葉の目に信じられない光景が写った。大の字に伸びていた男が、上半身をゆっくり起こしたのである。
「ほんとに、来栖は女も喧嘩も駄目なんだから・・・」倒れていた男は、独り言を呟き、今度は、茫然としている秋葉に向かって静かな声で言った。
「お前・・・死ね!」
”こいつは、何者なんだ・・?さっきまでの男とは別人のようだ・・!”
秋葉はある種の恐怖を感じていた。
その時、駅前の交番から二人の巡査が駆けつけて来た。
「何かあったのですか?」
「いや、何でもねぇ・・・!」
秋葉はそう言うと、男と巡査に背を向けて人混みに消えていった。
「大丈夫ですか?」
その後ろ姿を見送りながら、巡査の一人が男に聞いた。
「・・命拾いしたな・・・!」
「えっ!?」
男は巡査を無視して、秋葉とは反対方向の駅に向かって歩き出した。
そこではっと目がさめた。
来栖は目を覚ましつぶやいた。
「なんだ?!夢だったのか・・・??!!」
鈍い痛みの残る後頭部に手を当てる。
”あれは夢じゃない!この後頭部に残る痛みが、昨夜の出来事を物語っている。”
来栖は鈍い痛みが残る後頭部をさすった。
前にかすみが言っていたのは、本当だったんだ・・・。
~その日、来栖は熱を出しアパートでうなされていた。目の前はぼやけ喉は焼けるように痛んだ!半分ほど開いた窓から聞こえてくる都会ならではの喧騒が、来栖の頭の中でエコーがかかったように響いた・・・・どのくらい眠っただろう、目を覚ますとかすみがいた!
「熱は下がったみたいね・・・・私帰る!」かすみはやけによそよそしい、少し怒っているようにも見える。
かすみが言うには、枕元に座っていた自分に来栖は突然起き上がり、何度も殴りつけたというのだ・・・そんなことが後にも何度かあった!
しかし来栖自身は何一つ覚えていない。
以前勤めていた商事会社でも、理由もなく突然暴れだしたなどと覚えのない嫌疑をかけられた事もある。
来栖は自分の考えに恐怖した。
”・・俺は二重人格かも知れない・・”
序章 二重人格 (終)




