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千里を歌う者  作者: 友野久遠
自由への戦い
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14、確信犯

 「全軍、はやるな。 敵軍を確認せよ」

 王太子イリスモントの命令は冷静で、大筋では正しかったが、結果としてはこれが致命傷となった。

 

 松明に火が灯ると同時に、驚愕の叫びが怒涛のように、旗本隊の兵士たちを揺るがした。

 死界の魔神もかくやと思われる圧倒的な力で、死体の山を築きつつあった敵将が、赤い甲冑の面垂れ(モスカ)を跳ね上げ、その白い顔を露にしたからである。

 カラリア国民なら誰もが知っている、白皙の美貌がそこにあった。

 メディアの少ないこの時代においては、もと国王のオギア3世と同じ位、いや、国王の絵姿はみだりに掲示携帯すると不敬に当たるという理由で、年頃の娘の部屋の壁や枕の下には仕込まれないだろうから、ひょっとすると国王よりも国民に親しまれた顔と言えるかも知れない。


 カラリア女性の心を虜にして止まなかった甘いマスクは、この戦場では即ち死神の表札であった。

 「うわあああああっ」

 「ギ、ギリオン・エルヴァだあっ」

 どよめきと同時に、ガシャガシャと耳障りな金属音がそこら中に響いた。

 歩兵たちが後退りをして、後方の兵士の武具と衝突する音である。


 歌人フライオが敵陣に居ると知れたときも、兵士はこれほどまでに動揺はしなかった。 むしろ、敵だと思っていた軍隊が味方だったらしいと、喜ぶも者さえ居たのだ。

 王太子のお気に入りであり、竜使いでもあるフライオが、竜を否定する魔導師の仲間になる事はありえないという認識があったからである。

 しかし、ギリオン・エルヴァは違う。


 「エルヴァ准将は王太子殿下と恋敵だった」

 「王太子殿下の命で、出世の道から追い落とされ、王都を追放された」

 「しかも王太子殿下は女で、王太子妃殿下は騙されて結婚させられておられたわけだろう」

 「エルヴァ准将は王太子殿下を恨んでるよな」

 「恨んで当然だよな」

 酒場や食堂でクーデター後の国家の行く末を予想するたびに、国民の誰もが声をひそめて、『ギリオン・エルヴァが生きていたらどう出るか』という設問に答えたものだ。

 「エルヴァ准将は、王太子殿下のお味方はしないだろうぜ」

 「あの技量で、今の王朝では冷や飯しか食わして貰えんじゃないか。 さぞ無念だろう、クーデターは有難い限りだろうぜ」

 「いや、下手すりゃ敵軍を率いて大将で出て来るんじゃねえのか」

 ギリオンの評価は、下馬評では専ら敵陣営であった。


 やはり、と誰もが思ったのだ。

 やはり、ギリオン・エルヴァは王太子の敵に回った、と。


 

 

 勢いづいて殺到して来る敵兵を無視するわけにもいかず、旗本隊は不本意ながらも応戦せずにはいられなかった。 心に転がり込んだ戸惑いは切先を鈍らせ、一瞬でかなりの死者が出たのが王太子にもわかった。

 「殿下、我々は後方へ下がりましょう。 ここでは全軍が見えません。

  第一、乱戦の中で作戦を立てる頭にはならんでしょう」

 キャドランニが王太子をせっついて後方へ下げようとした。

 「作戦とはなんだ? 戦うなと命じるのに作戦など要るものか。

  私は自軍の兵士を斬り裂くようなプランを練る気はないぞ!」

 王太子が抵抗する。

 「それではこのまま皆殺しにされてしまいます。

  せめて一時撤退して、どこか別の場所に落ち着くことをお考え下さい」

 言いながらキャドランニは、王太子の馬のくつわを無理矢理引いて、有無を言わさず後方に引き摺り下げようとした。 

 「よせ、わかった。 自分で下がるから、とりあえずユナイを呼んでくれ」


 兵卒のユナイ少年は、ピカーノに付き添われて前線を抜けて来た。 

 しかし先に口を開いたのは、付き添いのはずのピカーノの方だった。

 「殿下、どういうことです。

  あれは私の部隊だ。 殺し合いなんて出来ませんよ!」

 「わかっておる。 さあユナイ、ここに来て教えてくれ。

  あそこに居る赤い甲冑は、本当にエルヴァ准将なのかな」

 

 ユナイの顔は蒼白だった。

 震える唇を噛み締めて、フルフルと首を横に振る。 暗がりでも、頬に残る涙が銀色に光って見えた。

 「そんな、はず‥‥ありません」

 「本当だな? 最近まで側に居たそなたがそう言うのなら、あれはよく似た他人であろう。

  我々は後顧の憂い無く戦いに入って良いのだな?」

 「ああっ、お、お待ち下さい」

 少々意地の悪い誘導に、ユナイが慌てて前言を撤回する。


 「殿下、あれは間違いなくエルヴァ准将です。

  そ、その上、すぐ後ろで戦っておられる方は、副長のヴィスカンタ殿です。

  どこかでフライオさんのいたピカーノ部隊と合流したのだと思います。

  殿下、すぐ戦闘を止めてください!」


 「ということなら、ピカーノ、そなたの言うとおりだ。

  今すぐ戦いを止めたいが、どうすれば何とかなるかな」

 戦況はその間にも悪化の一路を辿り、味方はじりじりと後ろへと下がって来る。 このまま後退して王都側へ押し出されるのもまずいし、さりとて回れ右をしたらその瞬間に一網打尽であろう。

 「手薄な一角を狙って切り崩し、敵の後方へ抜けるのが良いかと思われますな。

  しかしその間、強力な部隊を前線に投入しないと、戦況を維持できなくなり敵の追尾を誘うだけになるでしょう」

 ピカーノの提案に、王太子はうなった。

 「強い兵士は居ると言っても、心に迷いがあってはな‥‥」

 

 その時。

 「俺たちが行こう、お嬢ちゃん」

 横合いから声をかけて来た男がいた。

 どこから見つけてきたのか、とんでもなく大ぶりな馬に跨った巨漢の山賊である。

 「ロンギース!」

 「もともとあの色男とは敵味方なんだ、俺たちは迷わず斬り込めるぜ。

  うちの野郎どもの間じゃ、あの男は昔っから『岡惚れ将軍』と‥‥。

  ああすまねえ、あんたは当事者だったっけか」

 ロンギースは大口を開けてゲタゲタ笑った。 そのまま相手の返事も待たず、荒くれどもを一まとめにしてさっさと前線へ上がって行ってしまう。


 「あいつめ、私は良いと言ったわけではないのに」

 「命を投げ出してくれたんですよ。

  言わばこれは囮役ですから、下手すれば置き去りにされて全滅です。

  正規の軍人が味方同士でそのような戦をすれば、あとで王太子殿下の汚点になる。

  あいつら、暴走役を被ってくれたんです」

 「男気がある」

 王太子は胸の痛みを辛うじて抑えた。

 

 「これは絶対に離脱成功せなばならぬな。

  ピカーノ、軍資金の2割くらいを裂いて、樽酒を買うことが可能か?」

 「酒、ですか? そりゃ、次の町に行ってからならなんとかなりますが」

 ピカーノが目を白黒させた。

 「よし、あとで手配を頼む。

  すぐにマルタを呼んでくれるか」

 

 マルタ・キュビレットは果敢に戦いながら、自分の部隊を叱咤激励していたらしく、半分声の嗄れた状態でピカーノに引っ張られて来た。 王太子は愛想良く笑ってこう切り出した。

 「マルタ、そなたこの向こうにある町の名を知っておるか」

 「プルーデンですかな」

 「そう、パイラットの名産地として有名だな。 穀酒(パイル)が安くてうまいらしい」

 「はあ」

 この非常時に王太子は何を言い出すのかと、さすがの酒好きも眉をひそめて戸惑っている。

 「どうだ、そなたに10樽ほどやろうではないか」

 「は?」

 「それが今回の報酬、言わば危険手当だ。

  5000騎ほど任すから、そこの一角を突破して見ぬか」

 「あそこに、穴を?」

 「できそうか」

 

 王太子が指差す先は、なるほど前線の中でもわずかに敵の装甲が薄いと思われるポイントだった。

 「あそこを突破できたら、酒と一緒に15日間の休暇を与える。

  好きなだけ飲んで、その後に戻って来てくれ」

 「15日!」

 マルタの表情が変わった。 目元がきらきらと輝いている。

 愛しい酒との、久々のランデブーを思い描いているのだった。


 こうして、作戦は苦し紛れながらも動き始めた。




 

 暗がりの中で、通常の半分ほどしかない不細工な頭巾を被った兵士たちが並んでいるのを目にした瞬間、歌人フライオ・フリオーニは、魔導師の大群がついに出て来たかと思った。

 魔界の犬をけしかけてくれたのは、この連中にちがいない、と思ったのである。

 信頼すべき兄貴分のギリオンは、一瞬の躊躇も無く敵陣に突っ込んで行った。

 兵士たちも、疑うことなくそれに続いて突撃した。


 フライオは歌った。 勝利を願う歌、英雄を称える歌を。

 成長した兄も荒廃を守るために歌う。 こんな幸せな瞬間が来るとは、これまで思っても見なかった。

 力強い歌声に後押しされて、兵士たちの口から笑い声が溢れ出した。


 「あの大男は誰だ」

 「さ、山賊刀を持ってないか?」

 兵士たちの中からどよめきが起こったのは、戦闘開始からかなり時間が経ってからのことだった。

 そう、フライオが事実に気づいたのはこの瞬間だった。

 問題の大男は、松明の明かりが無くてもどこの誰かわかってしまうくらい、特徴のある男だったのだ。

 巨大な馬と山賊姿の大男が前線に出て来ると、対する兵士がその一角だけ雪崩を打って崩れた。


 「ロンギース?」

 フライオは歌を止め、馬上で目を凝らした。

 見覚えのある旗本隊の御旗が翻っているような気がする。

 そして、その横で剣を振るっているのは、イーノ・キャドランニではないのか!?


 「味方だ!」

 フライオは叫んだ。

 「味方だ! 味方だ! おい、やめろ。 剣を退け。

  ギル、おいギル!間違ってる、間違ってるぞ!」

 声を限りに叫んだが、誰も振り向く者はいなかった。

 歌人は激しく動揺した。 こんなことは初めてだ。 竜使いの声が聞こえぬほどの騒音など、この世に存在しない筈なのである。 

 何か大きな(はかりごと)にかけられていると感じたが、とっさにどう対処してよいものかわからない。

 盗賊たちはあっという間に前線に出て来て、大きな弓形の山賊刀を振るい始めた。

 その勢いはもの凄く、押し気味だった兵士たちが、たちまち後退りを始める。


 「おーい、岡惚れ将軍! 俺とシッポリやんねえか」

 まるで飲みにでも誘うような気安さで、ロンギースがギリオンに馬を寄せた。

 ギリオンは驚いて首領の巨体を仰いだ後、にっと笑って幅広刀(シーラス)を構えなおす。

 「やっぱりな」

 ロンギースが笑った。

 「てめえの方は、確信犯(わけアリ)だろうと思ったぜ」


 

 あああ、1章が長くてつらいよう。

 もうちょっと戦闘シーン続きますかね。 実はロンギースがとっても好きなキャラなんだけど、充分書き込んでやる機会が無くて。やっと出て来た‥‥。 

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