15、酒仙マルタの斬り込み隊
「ギル、やめろ。 ロンギースは‥‥“牙”は味方になったんだ!」
フライオは力の限り叫んだが、戦いを始めたふたりに届いた様子はなかった。
先に仕掛けたのは、ロンギースの方だった。 巨漢の山賊は、乱戦に備えてこの男にしては短めの刀を持っていたが、それでも他の兵士たちの物よりも2割近く大きな刀身の物だった。
ロンギースはその刀を、力いっぱいギリオンの頭上に叩き付けた。
ギリオンが難なくそれをかわすと、刀はくるりと回転して、避けた先の空間を今度は斜めに薙ぎ払う。
山賊刀というのは、本来このように手首を回転させることで連続攻撃を可能にするために弓形になっているのだ。 しかしそれにしても、この大きさの物を振り回されると、大概の兵士は近づくことも難しいだろう。
ギリオン・エルヴァは慌てることなく刀身の軌道を読みながら、ひらひらと相手に近づいて行った。
左手の盾で攻撃を受け止めながら、隙間をかいくぐって首領の隙を狙う。
このふたりの戦いはこれが初めてではない。
この数年、辺境警備隊とお尋ね物という関係の中で、とめどなく繰り返されてきたものだ。 互いの手の内を知り尽くしたふたりの戦闘は、冷静で計算高い、言わば模擬戦のような感覚で展開して行った。
翼のある俊敏な鷹と、巨大な獅子との戦い。
洗練された迫力に、周りの兵士たちは一瞬あっけに取られ、近づかぬよう周囲を空けて後に下がった。
しかし、彼らは呑気に驚愕している暇はなかった。
ロンギースに続いて切り込んで来た山賊隊が、同様に巨大な回旋刀を振るってギリオン側の騎兵を押しまくり始めたからである。
その一瞬を突いて、新たな攻撃が始まった。
わあっと声が上がり、ギリオン側の歩兵が雪崩を打って左右に割れた。
そこに出来た空間に、大きな竜頭馬に乗った騎兵の一群が、真っ直ぐな棒のように突っこんできたのである。
先頭の兵士は中肉中背、、甲冑の面垂れを降ろし赤いフードも引き下げて、頭を低くして突進して来た。
左手に竜皮の盾を翳し、右に掲げた剣は平身の細剣。 マルタ・キュビレットである。
歩兵ばかり密集したところにその勢いで馬を入れるという事は、兵士を踏みつけにするも厭わぬと公言したも同じことだ。 敵の歩兵は慌てて逃げ出し、道の空いたところにマルタ隊の騎兵が差し込むように入って進む。
彼らの隊列は紡錘陣形である。
先が尖った楔の様に、一旦侵入を許すとどんどん横列が増えて、幅広の大河のように大量の通行を許すことになる。
「ひるむなっ、横から矢を射掛けろ」
歩兵の後方から、分隊長クラスの者が叫ぶのだが、命令は遅すぎた。
バシャンと水音がして、歩兵たちの体に大量の液体がかけられた。 先陣のマルタ隊に続く第2陣が、桶に入れた何かの液体を、思い切り振り撒いたのである。
「なんだ?」
「臭え! あ、油だ!」
歩兵たちが悲鳴に近い声を上げる。 辺りに漂う匂いは、カラリア兵なら誰でもなじみのある、松明用の灯油のものだった。
辺りが昼間のように明るくなった。
マルタ隊第3陣が到着したのだ。
彼らは川の流れるように動く自軍の隊列の外側に整列し、馬上で一斉に松明に火をつけたのだった。
「わああああっ、や、やめろ!」
声を上げて後ろに下がったのは、当然ながら油をかけられた自覚のある歩兵たちである。 鎧と盾がぶつかり合う音が混乱を助長し、後方で弓矢を構えていた兵士たちが隊列を崩す。
崩れた列を整えようにも、正面から襲って来る山賊軍の猛攻を支えながらのことなので、指令が行き渡らない。
「これって対死体戦に備えて計画してたんだが、死体と違って命のある連中はちゃんとビビってくれるから楽でよかったな」
マルタ・キュビレットは先頭で剣を振るって隊列を引っ張りながら、口の中で笑った。
先頭を切り開く役目は危険で困難な物のはずだったが、彼は少しも苦にしていなかった。 この男の頭の中は、今夜愛しい酒とどのような素晴らしい逢瀬を楽しむかの期待で既に甘く痺れていたので、少々の危険や困難など、塵ほども気にならなかったのである。
「慌てずとも良い」
低い声が呟いた。
「王太子は単に逃げ出しただけのこと。 後をつけるのは簡単、隙を見て分断し個別に葬る方法は幾らでもある。 逸るでない」
フライオの体が飛び上がるほどの緊張で硬直した。
戦いの最中、普通なら聞こえる大きさの声ではない。 しかし歌人の耳には、すぐ後ろから囁かれたように鮮やかにそれが聞き分けられた。
(あの腐れ大臣‥‥)
1度聞いた声は忘れない。
その声の主は、もと魔道省の大臣、ジャンニ・ストーツに間違いなかった。
フライオは背後の闇を振り返った。
そして、戦場から少し離れた場所にぽつんと立っている、真紅の甲冑を発見したのである。
(兵士に化けて、戦場に来てやがったのか!)
フライオは馬で走り寄り、佇む赤い甲冑を馬蹄にかけようとした。
赤兜が顔を上げてフライオを見た。 しかし次の瞬間、兜はぐらりと後ろに傾き、そのまま体の後方へ落ちてしまったではないか。
首を落とした赤い甲冑は、倒れもせずにそこに立っている。 よく見ると、胴体の中は空っぽなのだ。
「またまやかしか?」
フライオは疑問に思った。 ゴアルド将軍の時もそうだが、何のために魔導師たちは、戦いの役にも立たぬ者を後方に立てておくのだろう。
その中からストーツの声がしたということは、一応監視塔の役目をしているだろうが、今の指令が全軍に行き渡っている様子はないのだ。
首のない甲冑は、転がった首を追いかけて拾い上げようとしていた。 フライオは馬を降り、その後ろから近寄った。
すると気味の悪い物を見てしまった。
甲冑に抱え上げられた赤い兜の面垂れの隙間、ちょうど口のある辺りから、白いどろりとしたゼリー状のものがあふれ出して来たのである。 甲冑はそれを掌に載せて粘りを出し、1度強く握り締めた。
フライオは思わず顔をしかめた。 甲冑の掌が開くと、白い粘液の中から小さな黒い物が大量に飛び出したのだ。
それらは瞬く間に戦場の上空に飛び出し、松明に照らされた自軍の兵士たちの中に吸い込まれるように見えなくなった。
(そういうことか)
フライオは納得した。
(指令なんていらねえ、洗脳も必要ねえ。
一瞬のことで済むなら、こいつらは直接人を操れるんだ。
ただ、それには元手がかかる。 竜の末裔から搾り出した『何か』が要るんだ。
その『何か』が直接人を動かしてるんだ。 だから死体も動く。 ただし一瞬のことで無駄遣いできねえから、監視役に木偶に意識だけ入れてくっついて来てるんだ)
「その通り。 ご明察恐れ入る」
不意に、甲冑がしゃべった。
兜の中からではなく、胴体の空洞の中から声は放たれていた。 それは紛れもなくジャンニ・ストーツの声だった。
同時に甲冑の右腕が動いた。
何の前触れもなく、フライオの腰の辺りをがっしりと抱き込んだのだ。
「おわっ!? わ、やめろ汚えな!」
捕まった、と思った事よりも、甲冑が手につけていた粘液を体に移された事の嫌悪感が勝ったために、歌人の悲鳴はヘンに呑気な響きになった。
「相変わらず頓狂な男だな。
しかしこの偶然には感謝すべきだろう」
甲冑はぐいぐいとフライオの体を締め付けながら、手に付着した白い粘液を、歌人の鼻頭にこすりつけた。 過去にかいだことのない強烈な匂いが、フライオの脳天を直撃した。
「げえええっ、なんてことしやがる!!」
歌人は抵抗しながら叫んだ。 頭がくらくらする。
急激に目の前が暗くなるのがわかった。
(やることがエゲツねえや、このおっさん‥‥)
膝の力が抜けて、フライオは意識を失った。
と、いうことで捕まってしまいました。
次回はカラリア王宮の地下牢からお届けすることになると思います。




