シュトースツァーン家当主の苦悩(ル)
本日6月2日書籍3巻発売です。これで書籍は完結となります。6月26日にはコミックアーススターで由那先生によるコミカライズが連載開始されますので、そちらもよろしくお願いします。
ルナールルートでルナールがセイランを連れてヴァッハフォイアに帰国した直後の父親との会話です。
書籍3巻に書き下ろした神託の内容を踏まえての話となりますので、できれば3巻を読んでから読んでいただいた方が内容はわかりやすいと思います。3巻はシュトースツァーン家の設定をメインに6万字ほど加筆しましたので、ルナール好きの皆様には楽しんでいただけるのではないかと思います。
私の名はレーヴェ・シュトースツァーン。
シュトースツァーン家278代目当主である。
先日長男のルナールがアルトディシアから6つ名持ちの嫁を連れて帰国した。3男もアルトディシアの王女を嫁として連れ帰ったが、6つ名持ちに比べれば何のことはない。しっかりと政治や外交の教育を受けた大国の王女を嫁に迎えられたというのは非常に喜ばしいことだが。
6つ名持ちは特異な存在だ。
私の曾祖母が6つ名持ちだったが、幼い頃に数回会っただけだが、その特異さは際立っていた。獣人族は匂いや気配に敏感だから特に感じるのだろう。生者の気配が希薄なのだ。
6つ名持ちというのは容姿が際立って美しく、しかし感情の乏しい者だと認識されているが、王位に就いた者や私のようにシュトースツァーン本家の当主という特殊な地位に就いた者には、また別の気配が感じ取れる。
即ち、神の気配だ。
恐らく神気を纏うが故に感情が乏しいのだろうと思われるが、構えていないと本能的に畏怖してしまう。ルナールの連れてきた嫁もそこにいるだけでぞわりとする。
ルナールも当主の地位に就けば自ずと神気を感じ取るようになってしまうだろう。
今はまだ当主の地位に就いていないから、色気のない嫁だが神気を感じることもなく可愛がっているようだが、神気を感じ取るようになってしまえば畏怖が先立つようになるだろう。
当主の地位に就かなければ、恐らく神気に気圧されることもないはずだ。我がシュトースツァーン家は神威に近すぎる。これがなんの関係もない家ならば、ただの美しい嫁だと愛でることも可能だろうに。今ならば、王女を妻に迎えたロテールを次期当主へ据えることも可能だ。一族にそれぞれの嫁を紹介する前に決めておかねばなるまい。
そう思い、当のルナールに話してみることにしたのだが。
「あー、多分大丈夫です。結婚式で直接大神ヴァッハフォイアからあいつの守護者に任じられましたので、当主になったからといって改めて神気に気圧されるようなことはないと思います。父上の話を聞くと、そうなるのを見越して守護者の称号を与えられたのかもしれませんね」
ルナールは肩を竦めておかしな情報を出してきた。
「守護者?なんのことだ?大神ヴァッハフォイアから直接神託を受けたのか?」
「結婚式で妻唯一人を愛し守ると誓ったら神託を受けたんですよ。6つ名持ちは神々の都合で感情を制限しているので、愛したからといって同じ感情を返してくることはないので、今ならその誓いをなかったことにしてやると言われまして。誓いを違える気はないと言ったら大神ヴァッハフォイアから妻の守護者に任じられて、女神アルトディシアからは名前を賜りました。おかげで名前が5つになったんですよ。結婚式の3日後にはヴァッハフォイアに向けて出立したので、父上には帰国してから直接報告すれば良いだろうと判断しました」
情報が多すぎる。
生まれた地を離れる6つ名持ちを守るために神々が直接夫を守護者に任じ、更に名を与えただと?!
「多分、俺がシュトースツァーンの直系だったというのも大きいのではないかと思うんですがね。それよりも父上、大神ヴァッハフォイアからうちに関するとんでもない情報を齎されまして、どうしたものか相談しようと思っていたんですよ」
なんだろうか、物凄く嫌な予感がする。神々に称号を与えられ、本来洗礼式で与えられる名を更に増やされたことよりも重要な、しかも我が家に関することだと?!
「聞きたくないのだが・・・」
「そう仰らず!俺一人の胸に秘めておくにはあまりにも大きな真実で、一族の者に開示するべきかどうか相談したかったんです!」
そう言ってルナールは、持ってきた籠からテーブルの上に次々と料理を並べ、最後に酒瓶をどん!と置いた。
「おい、何だこれは…」
「酒でも飲まないとやってられませんよ!セイランに頼んで簡単な酒のつまみを作ってもらったので、まあ飲みましょう!」
あの嫁に料理を作らせたのか?いや、息子の夫婦間のことに口出しする気はないのだが。
「素面では言い難いような内容なのか・・・?」
「言うだけなら言えますよ?これまでシュトースツァーン家の者が何故皆、白金カードに上がるための災害級の魔獣になかなか遭遇できなかったか、です」
ルナールの眼が据わっている。我が家の者が代々皆運が悪かった理由が神によって判明したというのか?!
「大神ヴァッハフォイアがシュトースツァーン家に命じたのは、獣人族をまとめることであって、強くなることではないんです。だからなるべく危険な目に遭わないように加護をくださっているそうですよ?!」
・・・・・・
「はあああああ?!」
ルナールは手酌で注いだ酒をグイッと呷った。
「全ての獣人族にシュトースツァーン家の者の言うことを聞くように、と命じていたらしいですがね、そんなことを何千年も代々しっかり伝えているような獣人族がいるかっつーの!強ければ強いほど弱い奴には従わない反発するような連中ばっかりだよ!」
「・・・私も一杯もらおうか」
無言で差し出された杯を呷る。
「娘が産まれたばかりの時期に新王なんて立ちやがって!面倒なことは全部戦って決めようやとか抜かしやがって、毎日殴り倒してたら今度は遊んでくれと纏わりついてくるし!気付いたらライラはもう歩いてたんだぞ!」
妻に似た可愛い娘の成長も満足に見れなかった恨みが沸々と湧き上がる。
「・・・一応、努力したことは何でも努力した分だけ身に付きやすい、という加護も与えてくださっているそうなんですがね。あと突発的な幸運は身を滅ぼしやすいので、そういうのもないようにしたそうです」
「・・・つまり、我が一族は、大神ヴァッハフォイアによって、常に堅実に何事に対しても真面目に努力するよう運命付けられていたということか」
「そのようです。でもそれならもっと他の獣人族を大人しくさせて欲しかったし、それが無理ならもっと簡単に災害級の魔獣に遭遇して白金に上がりたかった!」
まさか危険な目に遭いにくいような加護がシュトースツァーン家の一族に与えられていたとは、想像だにしなかった。
「・・・一族の者には言えんな」
「代々白金に上がれなかった者を分家にしてきたんですからね。なんなら、災害級の魔獣に遭遇できなくて分家落ちした者たちの方が神の加護が厚いのかもしれない」
ルナールが押しやってきた何やら茶色いチーズを食べる。
美味い。
何ともいえず華やかな香りのするチーズだ。
「酒のつまみにと言ったら作ってくれたチーズの燻製です。卵やベーコン、ナッツ類も一緒に燻製にしてくれました。まだ俺の離宮の厨房の改装ができていないので簡単なものだけですが、美味いです、どうぞ」
「お前の嫁は6つ名持ちで人間族の大貴族の出身なのに自分で料理をするのか?」
「趣味だそうですよ。料理だけでなく、日常生活をいかに快適にするかに全能力と乏しい情熱を傾けていますね」
「乏しい情熱・・・」
「乏しいでしょう、6つ名持ちですよ?実際、他のことにはほとんど無関心ですしね。まあ、生活が快適になる分には文句はないし、料理は絶品なので全く問題はありませんけどね。ちなみにこの国に来て1番良かったのは温泉があることだそうです。あの女があんなに喜んだのは初めて見ました」
我が息子ながら、おかしな女に惚れ込んで連れてきたものだと思う。どれほど愛しても愛を得られない相手だ。わざわざ神々から忠告まで受けたというのに。
「まあ、あの女の真価はこれからわかりますよ。うちの男の理想そのものみたいな女ですからね。それにあの女がいるうちは、一族の者が白金に上がるのも苦労しないと思います。年齢制限が近づいても災害級魔獣に遭遇できそうになかったら、連絡をくれれば指名依頼を出してもらえば済みますし」
「リーレンとレナートに指名依頼を出させたのだろう?2人とも早々に白金に上がれたようだが、6つ名持ちが依頼すれば災害級魔獣が出現するというのなら、この先ヴァッハフォイアに6つ名持ちが現れた際に利用できるのだが」
「うーん、どうでしょうね?あいつは自分が欲しいものを作製するために災害級魔獣の素材を欲しがるんですよ。本来欲の薄い6つ名持ちが何かを望むことの方が珍しいでしょう?あいつは6つ名持ちとしては少しばかり変わり種のような気がするし」
「そう上手くはいかぬか。まあ、そんなに頻繁に6つ名持ちが現れるわけでもないしな。本来なら存在しないはずの6つ名持ちがこの先数十年ヴァッハフォイアに存在することで、この次いつ現れるかもわからぬしな」
本来ならば自然災害が多発する時に現れるのが6つ名を与えられし者だ。現在の落ち着いているヴァッハフォイアにはいるはずのない者。
「神々から直接称号や名を与えられるほど惚れ込んだのなら、せいぜい大切にすると良い。たとえその心を得ることができなくてもな」
「恋愛感情はわからないようですが、わからないなりに俺のことは好きだと言ってくれましたから大丈夫です。父上もそのうちわかるでしょうが、本当にいい女なんですよ」
息子が帰国して最初に酒を酌み交わして話すには、話した内容が重すぎた気がする。
我がシュトースツァーン家の男たちの白金に上がるまで苦難の歴史が、まさか大神ヴァッハフォイアの加護によるものであったとは。
とてもではないが、他の者には話せない。
代々当主のみに伝えていくことになるだろう。
ルナールは神々によって直接セイランの守護者に任命されていなければ、シュトースツァーン家当主に就任した途端に父親のようにセイランに対して神威を感じて畏怖するようになっていたはずです。ディゲルとウルファンどっちの王様もセイランとの初対面でうわっ!となったのは、王という立場の者が6つ名持ちに対して他の者より神威を感じやすいからです。ヴァッハフォイアに限らず、どこの国でも王や神殿長といった立場の者や、シュトースツァーン家の当主ような特別な血筋の者は神々によってその立場を認められていますので、似たような感覚を本能的に抱きます。なのでそれを無効にできるルナールに与えられたセイランの守護者という称号はかなり神々に気に入られた証です。