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第102話「終わらせてやるんだ!」

「大変だ! 公爵家の奴ら……ついに虐殺を始めやがった」


 ウ=イザーク城下町のレジスタンス……とは名ばかりのチンピラ集団の下に、一人の若い男が息を切らせて飛び込んできた。


「何事だ!?」


 真っ先に反応したのは、彼らのリーダーであるリーバ・レジスター。

 暴力に慣れた雰囲気を纏う青年であり、かつて公爵家の犬として動いていた役人を一人殺した経験を持つ暴れん坊だ。


 そんなリーバとその手下の集まりは、貧民街の廃教会を根城とする、公爵家の圧政に反感を持つ若者の集団である。

 と言っても、今までは愚痴を言って酒を飲むために集まるくらいしかしていない、正真正銘ただの不良の集まりだった。

 不平不満をいくら口にしても、公爵家の保有する圧倒的な武力の前にはどうにもならないと諦めるほか無かった彼らだったが……今は少々その様相を変えていた。

 一般市民がよく着るデザインの布の服と、安酒が入っていた酒瓶。武器防具と呼称するのも憚られるようなものしか無かった彼らだったが、今はかなりきちんとした作りの革鎧に金属製の剣を帯びている。見た目だけならば強面の傭兵団と言ったところだろうか。


「何があったんだ! 詳しく話しやがれ!」


 リーバは飛び込んできた仲間の胸ぐらを掴んで話を促すが、そんなことをされれば話せるものも話せない。

 興奮しすぎだと諫めるため、リーバの肩に一人の男の手が添えられた。


「落ち着け。味方の首を締めてどうする」


 声をかけた男は、他の粗暴なだけの若者――とは明らかに違った風貌をしていた。

 それもそのはずであり、彼はこの集団の一員ではなく、外部からの助っ人……魔王軍より派遣された元ハンター、クロウ・レガッタ・イシルクであった。


「あ、あぁ……すまねぇ」


 リーバは肩に置かれた手を見て、冷静さを取り戻した。

 明らかに自分達より格上の戦士であり、経験を積んでいると思われる年長者の言葉に逆らうのは愚行であるというくらいの分別はあるようだ。


「それで、虐殺とは穏やかではないが、何があったんだ?」


 首を解放され、ゴホゴホと咽せる男が落ち着くのを見計らってクロウは改めて話を促す。


 クロウは、魔王ウルの命令で彼らに協力するように言われており、もし武力衝突が起こった際には全面的に力を貸すようにと命じられている。

 クロウ自身はそんなことにならない方がいいと思ってはいるが、集めた情報から見えてきた公爵家の非道横暴は目に余るものがあり、それを止めるために戦えと言われれば拒絶するつもりは無かった。

 しかし私兵……というより一つの軍隊を有する公爵家と真っ向勝負するには、彼らは余りにも不足だ。街に入ることこそできないが、街周辺に気配を消して隠れている魔王軍配下に運ばせた武器防具で見た目だけは武装したものの、訓練を積んだ専門家を相手にすればまず勝ち目はないだろう。

 質で圧倒的に劣っているのに、数でも大敗。この戦力差で勝利をイメージできる者がいるとすれば、それは希代の策謀家だと自分を過大評価した狂人だけだと断言できる。

 それでもやれと命じられればやらねばならないのが今のクロウなのだが、事実上自分一人VS公爵全軍になるのかと思うと途方に暮れる立場なのであった。


 と、そんな自分の立ち位置をクロウが思い返している間にようやく落ち着いたのか、男は慌てて自分が知り得た情報を伝えようと口を開いたのだった。


「そ、そうだよ! 大変なんだ! 西町の方で虐殺が行われてるんだよ!」

「西町で? あそこは普通の民家しかないだろ?」

「理由なんてわかんねぇよ! とにかく、公爵家の長男野郎が狂った眼で手当たり次第に殺しまくってんだ!」

「ま、まじかよ……」

「それだけじゃねぇ! よくわかんねぇけど、南町のほうでも次男坊が大量に殺しをやって、そこの住民が決死の抵抗で海の騎士団(オーシャンナイツ)を何人か道連れにしたとか……」

「はぁ!? あの海の騎士団(オーシャンナイツ)を、民間人が?」


 どこまで信憑性があるのかはわからないが、最後の情報はリーバからすれば信じがたいものであった。

 何をどうしようが、海の騎士団(オーシャンナイツ)には叶わない。その現実を前に行動に出ることができなかった彼らにとって、自分達(いっぱんじん)でも勝てないわけじゃないという希望は何よりも得がたい希望(どく)なのだ。


「ど、どうするよリーバ?」

「今も西町じゃ虐殺がって……」


 リーバの仲間達、街のチンピラはリーダーの決定を待ち顔色をうかがう。

 いつもならば、結局公爵家の力に怯えて『数人の犠牲で済むのならば仕方が無い』と諦める場面だ。

 しかし今回は大量虐殺であり、とても見て見ぬ振りはできない。加えて、勝ち目のない戦力差も埋まっている……ような気がするし、仮に勝利したとしても貴族に反抗した平民として後で更に巨大な力である王国に処刑されるという未来も、魔王から渡された大義名分――公爵家不正の証拠が蹴散らしてくれることだろう。

 それでも、本来ならばここで出るのはあり得ない。結局彼らは多少喧嘩慣れした一般人でしか無く、一時的に本格的な装備を手に入れて気が大きくなっているだけの民間人。未だ絶望的な戦力差があるのは覆しようのない事実であり、少しでも冷静さが残っているのならば無駄死にするだけだと理解できることだろう。


 しかし、その冷静さは――陰に潜む魔王のもたらした希望(どく)で既に奪い去られていた。


「……行くぞ、テメェら! 今日で公爵家の圧政を終わらせてやるんだ!」

『おぉぉぉぉぉ!!』


 興奮状態に陥った若者達は、剣を掲げて雄叫びを上げた。

 一人そんな空気に飲まれることはないクロウも、こうなっては仕方が無いと自らの愛剣に手を伸ばす。

 いったい、どこまでが人の意思による戦いで、どこまでが魔王の悪意により演出された滑稽な喜劇なのかと諦めにも似た感情を抱きながら。


 こうして、ウ=イザークの反乱……その最初の一歩は踏み出された。

 しかし、これだけならばすぐにでも鎮圧されることだろう。一人規格外の戦力であるクロウが加担していると言っても、他が軒並み雑魚では反乱という体を取り繕うのは難しい。


 ならばと、状況を監視していた魔王は更に次の手を打つのだ。


「動いたか。……グリンよ、計画に従い、捕えられている人間の子供を解放してこい」

「御意。……生死は?」

「もちろん殺す……と言いたいところだが、今回は生かして出してやれ。気付け薬は持っているな?」

「問題ありません……では!」


 魔王の影から一体の鬼が飛び出し、姿を消した。


 この街に住まう潜在的な反逆者は、彼ら反乱軍だけではない。長年の圧政と暴虐によって溜め込まれた怒りと、狂気的な殺意を向けられた生存本能はこの街に住まう住民全員の胸の中にあるものなのだ。

 そんな彼らが黙って圧政にしたがっていた理由は、自らの子供達を取られているから。子供の命には代えられないと、街の住民はお互いを監視し合うような関係を余儀なくされてしまっていた。

 しかし、最高機密を容易く暴ける魔王の手にかかれば、攫われた子供を秘密裏に取り戻すことなど造作もないこと。以前公爵邸に侵入し、公爵の息子を攫ったついでに子供達も救出しておいたのである。

 そうなれば、時間の問題だ。枷がなくなり、更に少数であっても外見的にはそれなりに強そうな集団が反旗を翻したとなれば、多くの民衆もまたその蛮勇に飲み込まれるかのように包丁や角材を手に持って反乱に加わることになる。

 弱者とは強者に盲目的に従いたがるものであり――だからこそ、外見だけは彼らを強者に仕立て上げたのだから。

 より、この反乱劇の被害を大きくするために。一つでも多くの命が奪われる戦場を作り出すために……。



 一方、そんな大事件が起きる少し前に街を出発した聖女アリアスは、単身シルツ森林を目指して天馬にまたがり空を飛んでいた。

 人を守るために魔を滅する聖女は、大勢の人の命が消える悪魔の悪巧みを知ることも無く、ただ魔物を殺すことだけを考えていたのだ。


(そろそろ、以前戦いが起こった地点……あの魔物達が逃げ込んだ場所から侵入するのが一番でしょう)


 アリアスの目的は、シルツ森林の浄化。可能ならばそこに住まう全魔物の殲滅、取りこぼしがあってもあの日自分の前に姿を現した特に強大な力を持つ二体の大魔だけは滅ぼすと誓っていた。

 何せ、聖人である彼女が堂々と魔物の領域に入る機会は滅多にあるものではなく、この期を逃せば次のチャンスはいつになるかもわからない。場合によっては何泊野宿することになっても可能な限り浄化を決行するつもりであった。

 その決意に従い、彼女は一秒でも早く世界を正しい姿にしようと最寄りの街であるア=レジルに立ち寄ることすらせずに特攻するつもりなのだ。これが怠惰な勇者であればあり得ない選択であるが、勤勉を旨とする聖女ならではの選択と言えるだろう。

 そもそも彼女がここに来た理由はア=レジルの異変調査だったはずなのだが、異界を攻められるというチャンスを前にその辺は頭からすっ飛んでいるらしい。


「……ここですか」


 天馬から地上に降り立ち、聖女が見据えるのは邪気を放つ魔の森――シルツ森林。

 その威容だけで上から聖なる力で爆撃してやりたい衝動に駆られるアリアスであるが、今回は森を壊さないのが条件だ。それに、アリアス自身、嫌いなのはあくまでも魔物であって自然に恨みはない。魔物の領域から取れる数々の異界資源が無くなったとしても自然の恵みとはありがたいものであり、それを忘れて聖人が自由に力を振るえば待っているのは人類そのものの衰退だ……という理解ができるくらいの理性は残っている。


「これより、魔の浄化を行います。エルメスの神々よ、ご加護を」


 エルメス教に伝わる略式の祈りを捧げ、身体を神より授かった魔力で覆い準備は完了。

 アリアスは聖人としての正装のまま、森へと単身足を踏み入れるのだった。


 そのまま、数時間道なりに進んでいく。残念ながら聖人として培ってきた知識、技術の中に森歩きは含まれていないため、ただ何となく歩きやすそうな方向へ歩いているだけだ。

 普通に考えれば、魔物だって歩きやすい道を行くだろう。と言うよりも、魔物や獣が通り道に使ってるから道になったと言うべきか。所謂獣道を辿っていけば、自ずと自身の目的である魔物に遭遇するだろうという考えであった。

 とはいえ、普通の人間ならば一瞬で道に迷い森を彷徨うことになること間違いなしである。方向感覚が狂わされる森を歩くとはそこまで甘いものではないのだ。

 だが、そこは膨大な魔力を持つ聖女。いざとなれば空を塞ぐ木々の葉を突き破って空に出ればいつでも脱出できる気楽さもあり、迷うこと無く歩を進めていった。


 ところで、そういったわかりやすい指針に頼っての行動は、他者を操ろうとする演出家からすれば何とも都合の良いものだとは思わないだろうか?

 魔道やそれに類する種族的な能力を有する者達にとって、森の木々を操るのはそう難しいことではない。根や枝を少し動かすことで道を塞ぎ、新たなルートを見せるくらいならば簡単な話だ。

 しかも、この森に潜む住民は、かつて森歩きの専門家と言っても良いエルフの一団すら思い通りに誘導してみせた実績を持っている。そんな者達からすれば、ただ進みやすいところへ進むだけの聖女を思い通りの位置に誘導するくらい、退屈なくらいに簡単な話なのである。


 そのまま、聖女は気がつくことの無いままに魔物達が用意した戦場へと誘導されていく。

 そこに待っていたのは――


「会いたかったぞ、人間」

「あのときのオーガ……そうですか。私の行動はバレていたようですね」

「隠す気もなくそんな気を垂れ流していれば誰でもわかる」


 オーガのケンキ。ただ一人、武装を整えて待ち構えていた。


「アナタ一人ですか? お仲間は……?」

「知る必要は、ない!」


 問答の時間も惜しいと、ケンキを大剣を振りかぶって聖女に斬りかかる。

 その即断即決を見て、聖女はケンキの狙いを理解する。


(私に召喚の隙を与えないつもりですか。なるほど、召喚術に頼っているものは本体の近接能力に乏しいことが多い。今回は森の中という特殊な場所の関係上両の足で地にいることですし、速攻というのも間違いではありませんね)


 並みの人間はもちろん、一流のハンターであっても守りごと両断するケンキの一刀を目前にして、聖女は冷静に分析した。

 その過ちを正そうと、手にした神器を鬼の大剣にぶつけながら。


「グッ!?」

「こういうことを口にするのは余り品があることではありませんが……私、普通に戦っても強いですよ?」


 重量という意味でも力という意味でも、どう見ても大鬼と少女では大鬼が勝つはずだ。

 そんな世界の常識を無視し、聖女の杖に鬼の大剣は弾かれた。肉体の性能など関係ない、ただ圧倒的な神への信仰心を源とする魔力の圧力こそが全てだと証明するように。


「なんの――」


 剣を弾かれ身体が泳ぐ中、それでもケンキは聖女へ空いている左手を伸ばす。

 いくら膨大な魔力を持っていると言っても、掴んでしまえば体格で自分が有利なはずだと考えて。

 しかし――


「不浄なる者が神に捧げし我が身に触れることは許されません」


 ジュッ! という肉が焼ける音と共に、ケンキの手はまたも弾かれた。

 聖女の全身を覆う、金色のオーラに阻まれるように。


「これは、神よりの守り――【聖人の衣】と言います。我ら聖人は、これをまとえるようになって初めて聖人と認定されるのですよ」


 聖人の衣。それは、魔を浄化する聖なる魔力を持つ――と統合無意識(コミューン)に認められるまで信仰を高めた者が発現させる、功罪(メリト)の一種である。

 単純な物理防御力はもちろんのこと、特に魔に属する者ならば触れるだけで業火に触れたかのように焼け落ちることになる攻勢防御。それも七聖人のものとなれば、大魔クラスですら完全に拒絶しきってしまうのだ。


「白兵戦も完璧……ということか」


 ケンキは左手の火傷が戦闘に支障の無い程度であることを確認し、改めて剣を構える。


 聖女VS魔王軍の戦いは、まだ始まったばかりだ――

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