(後)
聖騎士ルート。
出会いイベントクリア後は、接触するだけで好感度がほぼ自動的に上がる、初心者向け仕様だった。選択も難しくなく、常識的な答えを選べば問題ない。聖乙女になるためのステータスをきちんと上げさえすれば攻略できる。
では、振り返ってみよう。
出会いイベントは(自覚なかったけど)クリア。
好感度を上げるお悩み相談は、一方的な、体力のつけ方と護身術についてだったけども、複数回している。
過去話を聞くイベントは、その生い立ちについて知るものだが、もっぱら幼馴染がらみの話に混じってパラパラと聞いた。そんな過去があるとは思えないほど明るく育っているな、全然キャラ違うな、繊細さどこにいったと思いつつ、右から左に流していた。しかし、表面上は常識的な受け答えしかしていないので、多分クリア。
好感度が上がっていることを示すプレゼントイベントは……干物なら、もらったけれど……。あ、腕輪ももらった、腕輪という名のパワーリスト。子供の時に使っていたというのをお下がりで。おかげで聖杖を掲げ続けても震えなくなりました。
内容に齟齬はあるものの、順調にイベントをこなしてフラグ回収しているといえなくもない・・・?
「いやいやいやいやいやいや。彼が好きなのってあなたでしょう!」
我に返って幼馴染さんに言ってやると、きょとんとした顔をされた。
「まっさかぁ。あいつの夢って、わたしと家族になることなんだぞ?」
「それって、結婚したいってことですよね!」
なにをおっしゃっているのやら。
「いや。領主様、ってあいつの叔父さんなんだけど、その領主様とわたしが結婚すればいいのにって、いつも言ってる。わたしも領主様もその気は全くないんだけどな」
「はぁ?! でも、あれだけ、幼馴染がいかに強く、かっこよいかを常に力説して、あこがれて……」
……待て?
たしかにあんな風になりたいとか目標だとかそんな言葉は聞いたが、甘酸っぱい気配のするものはなかった。なにせ話題の幼馴染は男だと信じて疑わなかったし。
もし恋やら何やら感じさせるものがあれば、まさかそちらの展開かと妄想しただろう。
「聖乙女になれば、聖騎士ルートでベストエンディングは確実だな!」
朗らかに言い放つ幼馴染さん。
「え、それはないんじゃ……」
友情はあるが恋情はない。
たとえ、いくらフラグ回収したところで、恋の芽生える素地がない。忘れているかもしれないが、乙女ゲームとは恋愛メイン。これ大事。
「確かに現状では難しいかもしれないわ」
訳知り顔で頷いて令嬢が続けた。
「歴代の聖乙女について調べたのだけれど、ここ百年ほどは実力が拮抗しているなら家格の高い方が優先されているようよ。ましてや、『ライバル役』の婚約者は、行く末は宰相とささやかれているほど。彼女以外が聖乙女となることを許すとは思えないわ」
「うわ、生ぐさい話になった!」
「さらに夢を壊すなら、低い身分の聖乙女は、その後、必ず玉の輿に乗っている……聖乙女になったから、ではなく、身分の高い人に見初められたから聖乙女になったということよ」
「それって、つまり、嫁にするのに障りをなくすために、聖乙女に仕立て上げたってことですか?」
「そうよ。まあ、さすがにあまりに能力が低いと無理だし、毎回それだとばればれだから、たまにはくじ引きで選んでいるそうよ。神々に委ねるということで」
「えげつないな。だけどさ、その設定、ゲーム内にはなかったってことだよな? あったら聖騎士ルートのベストエンディングは不可能ってことになる」
「主人公」は辺境の下級貴族出身だから聖乙女にはなれないということになるし、仮に聖騎士側が聖乙女になるよう働きかけるにしても、聖騎士自体にたいした権力はないし、聖騎士の叔父という人だって王都から離れた地方を治める領主で政治的な影響力は低い。
「……あ、もしかしたら」
令嬢がなにか思いついたようだが、首を横に振った。
「まだはっきりとは言えないわ。このままゲーム通りに進行していけば、そのうちわかると思うけれど」
いや、すでにゲーム通りじゃない。大筋の流れは、ゲーム通りかもしれないが、流れているものが違うだろう。水と油ほどまではいかないが、甘酸っぱいフルーツジュースと経口補水液くらいには違う。
だが、「ま、考えても仕方ないか」という幼馴染さんのあっけらかんとした一言で、その話はそこまでとなった。
その後はいつから推定前世の記憶があったかということなどについておしゃべりをし、ぜひ聖乙女になってみせてくれという激励を受けて、今回の面会はお開きとなった。二人とも、どうせならエンディングのスチルの光景を生で見たいのだそうだ。
それから、後日、もうひとりの転生者とも顔を合わせ、なんやかやと転生者つながりの交流を深めていったなかで、ゲームの内容についての記憶の量と持続力はゲームに対する熱意と比例しているようだということが判明した。
もうひとりの転生者である侍女さんと、令嬢は隠しキャラの存在を知らなかった。侍女さんに至っては全ルートをプレイしたかもあやしいという。一方、ダントツの記憶力を誇ったのは幼馴染さんである。実は筋肉量に比例しているんじゃという説も出たが、違うだろう。侍女さんのほうが令嬢よりは筋肉あるはずだ。
そうこうしながら、わたしは聖乙女になるべく鍛錬、いや、修行を続け、それなりに頭角を現すことができた。
若干、体力にポイントが多めに割り振られた気がしないでもないが、ライバル役の令嬢には及ばないもののノーマルエンディングは確実、将来は安泰であろう。
そうして迎えた修行生活3年目。油断してたらイベントが起きた。起きてしまった。
これは聖騎士ルートの最終フラグが立つイベントであり、神殿の祈祷式に参列した王子を狙った暗殺者が、逃げようとして聖乙女候補たちに斬りかかってきたところに聖騎士が助けに入るというものだ。
この時、好感度が低ければ、そもそも聖騎士は助けに来ず、自力で防衛しなくてはならない。ステータスが上がり切っていれば、返り討ちにして、聖騎士にスカウトされるという、ちょっとしょっぱいエンディングを迎え、ステータスがある程度上がっていなければ、結構な怪我をして療養したまま寂しくエンディングを迎える。
好感度が高ければ、助けに来た聖騎士は見事に暗殺者を退けるものの怪我をする。そしてそれを見舞って慰めたならば、聖乙女になった後に告白されるという聖騎士ルート・ベストエンディングの流れ。
現実で起きた「襲撃イベント」は、当たり前かもしれないが、これまで同様、だいぶ違う結果となった。
シナリオの通り、とっさに仲間をかばう行動に出た素敵なライバル役の令嬢を、さらにかばう形でわたしが手にしていた聖杖で暗殺者を迎え討とうしたときには、暗殺者は吹っ飛んでいた。聖騎士に、いや、聖騎士とその仲間たちにより瞬殺である。
聖騎士は心優しいため仲間にも干物を分け与えており、同期はみな立派な体格に育っていた。そして、指導教官として王都に度々呼ばれるようになった幼馴染さんが平等にまんべんなくしごいていた。訓練の様子をこっそり(巻き込まれぬよう)覗きに行ったことがあるが、重そうな聖騎士たちが軽々と吹っ飛ばされていた。そのまま後ずさりして速やかに危険地帯から退避したものだ。
結果として、実戦経験こそ少ないものの立派に戦える筋肉集団が出来上がっていたのである。暗殺者がこちらに方向転換したときには背後からすでに一撃加えられていたらしい。驚いて損した。
その筋肉集団が「暗殺者の接近を許してしまった。師匠に怒られる」と震えおののいていたのが印象的だった。王子までは遠かったから、大丈夫なんじゃないかと思ったのだが、か弱い女性たち、すなわち、聖乙女候補たちに近づけさせただけで駄目なんだという。
聖乙女候補たちって、ひそかに武術も習っているから、そんなにか弱くはないのだけど。幼馴染さん、厳しい。
見舞う必要の全くない聖騎士からは、素早く迎撃態勢をとったことをお褒めいただいた。そして今度から聖騎士たちと一緒に訓練しないかと誘われ、さらに聖乙女候補が持つ聖杖を仕込み杖に改造しようかと持ちかけられたので、どちらも丁重にお断りしておいた。わたしがなりたいのは戦闘職ではない。
この様子だと、どうやら大まかな流れは聖騎士ルートでの友情エンディングあたりになりそうだ。その場合は、確か聖光神殿の女神官に登用されるのではなかったろうか。悪くはない。
そんなことを思いながら迎えた、聖乙女の選出が行われる冬のはじめ。わたしは人気上昇中の保養地にある、令嬢が所有する小さな館に滞在していた。周辺の土地ともども令嬢が祖母より譲り受けたもので、ここでなら慎ましく不労所得で暮らしていけるのだといっていた。
令嬢は普段からこの保養地と王都を行き来しながら暮らしているが、御近所には悠々自適な暮らしを送る隠居した貴族のお年寄りが多く、よくお茶会にも呼ばれるため意外と忙しいらしい。休暇の間、たびたび宿泊させてもらっているが、確かにお茶会の誘いは多かった。
ちなみになぜ、わたしが宿泊させてもらっているかというと、辺境にある故郷は遠すぎて帰省できないが、ここは王都から半日あればたどり着ける適度な田舎で、温泉もあって骨休めにも最適だからだ。温泉万歳!
その日も朝からダラダラ過ごし、試験的につくってみた温泉卵の試食をしていたところに、なにやら慌ただしい足音が聞こえてきた。案内もなく、かろうじてノックだけはして応答も待たずに飛び込んてきたのは、わたしと同様、この館にすっかりなじんでいる幼馴染さんだった。顔パスで入ってきたのだろう。
「すごいな!読み通りだったよ!」
目を輝かせながら、手にした書状を令嬢に差し出す。
「オニイサマが預かったって」
受け取った書状の封を破ってなかに目を通した令嬢はわたしに顔を向けると、ふっと笑った。
「おめでとう、聖乙女確定よ」
「は?!なんでっ?!」
どうみたって、ライバル役の方がスペックは高いし、ほかにも能力ではわたしと同じくらいだが家格は上という聖乙女候補が2名ほどいる。
「あの腹黒男、あなたの読み通り、ライバル令嬢を熱愛してるのよ」
「いや、それならなおさら」
「熱愛してるからこそ、少しでも危険のあるところには立たせたくないのよ。暗殺事件の黒幕をまだ殲滅し切っていないから。また、襲撃されるかもしれないでしよう?」
聖乙女の選任式でも大祭でも王族は参列するしきたりなので、その場でまた王子が狙われ、巻き込まれる可能性は十分ある。
それからねと皮肉げに令嬢は続けた。
「ほかの候補者たちは、家格が高すぎるのよ。あの令嬢よりも優れている、なんていわせたくないくらいには」
そりゃー、わたしでは聖乙女ブランドがついたところで、彼女と勝負になりませんがね……。
「夢がない! 夢あふれる乙女ゲームなのに夢がないぃー!」
だって現実だから仕方ないわと令嬢は肩をすくめ、夢ならあるじゃんと幼馴染さんが否定した。
「聖乙女エンディングのスチル、生で見ることができるだろ!」
そうか、そうでしたね。だれを攻略しようが、隠しキャラのぞく攻略対象が揃い踏みのスチルの光景を生で見たいとおっしゃってましたね。
「美人神官いないけど」
「出てくるかもしれないじゃないか!」
幼馴染さんはどこまでも前向きだ。
「そうね、可能性はあるわよ」
令嬢は根拠のないことはいわないから可能性は無いわけではないということだ。
「それなら、うん、もうひと頑張りしてみる」
翌日、三人そろって王都に向けて出発し、神殿に到着するなり神官長に呼び出され、内示を受けた。神殿上層部と王家しか知らないので、まだ黙っているようにと釘をさされた。外部への発表は新年祭の開始時に祭壇前で行われるのだ。
一体、令嬢はこの情報をどうやって入手したのかと一瞬思ったが、考えるまでもない。日頃から頻繁に書状を送ってこられる貴き御方がいた。転生者仲間の間で俺様王子でなくヘタレ王子と改称されたあの方で間違いないだろう。あの御方は恋愛相談で令嬢に借りがありまくる。
それから春先に行われる大祭まで、わたしは慌ただしい日々を……仕上げの猛特訓を受ける日々を過ごした。
優雅さが足りぬと、王城から教育係まで派遣されてひたすら舞、舞、舞……たまに楽。歌と笛は褒められるのだ、タヌキ師匠、ありがとう! そして干物、ありがとう! あれがなければ体力尽きてたはずだ、いつか本物の怪魚見てみたい。
そうして迎えた大祭=エンディング。
わたしは聖騎士に手を取られて、特別に設えられた祭壇に案内された。
聖騎士ルートベストエンディング通りだが、エスコート役は基本的には聖騎士が務めるものであるから特別な意味はない。
祭壇で神々に笛の音を捧げて挨拶し、歌を捧げて神託を請う。神託を受けるのは神官長であり、その間、聖乙女はひたすら黙々と舞を奉納するのみ。
神々に問えるものなら、わたしも問いたい。
一体なんだって、中途半端な乙女ゲーム世界もどきに記憶付きで転生なんかさせてくれやがったんですかね。
そんなことを考えながら舞っていたら、にぎやかな話し声が聞こえた気がした。
〝んー?気分?〟〝実験だったろ〟〝もののはずみだったのでは?〟〝おもしろそうとかいってなかった?〟〝ほら、あれ。リュウコウにのってみるとかなんとか〟
聖杖を取り落としかけた。
いやいやいやいや疲れているのだ、きっと。
ようやく神官長が合図をくれたので、舞を終わらせて礼をすると割れんばかりの拍手が起きた。
ぐるりと見回し、「エンディングのスチル」を確認してみる。
あ、大体こんな感じ。生だとこんなんなんだと感慨深く視線を動かしていると、ある一点で止まってしまった。
とんでもない美人がいる。男だけど、美人というにふさわしい、人物が。神官服じゃないけど、あれだろう、美人神官!
実在したらしい。
ちょっと感動した。こちらもだいぶゲームの設定とは違っていそうだけど。たぶん、あの官服の色は外交関係者の文官だろう。エリート文官の近くにいるし。
そのエリート文官ことお兄様の隣に立つ令嬢は呆れ顔をしていた。その近くで侍女さんが王子の視線を遮るように立って彼女の「大切なお嬢様」の姿を隠していたからだろう。そろそろ許してやってもいいのに。
警護の一人として、壁際に立っている幼馴染さんと目が合うと、にやっと笑って親指を立てた。見るからに念願のシーンを見ることができて満足している様子だった。
こうして無事に「エンディング」を迎えることができたが、だからといって 、そこでわたしの人生が終わるわけではなく。
オニイサマたちから文官に勧誘され、それに対抗して聖騎士にも女性部門つくるからと聖騎士に勧誘され、どちらも断ったり。
百年に一度の御神託大盤振る舞いだったとかで、大いに見込みありと神官長自ら乗り出してきて断る余地もなく女神官に登用されたり。
令嬢とともに王子様の恋愛相談に付き合わされたり、幼馴染さんに誘われて怪魚漁を見に行ったり。侍女さんの唐突な結婚式に参列してみたり、王子様の結婚式にも功労者として招待されたり。
なかなかに慌ただしい年月を経て、いつのまにか聖乙女候補を指導する側になり、聖乙女選定についても発言権を持つようになって、もはやゲームの設定など忘れかけていた頃。どうやら聖騎士ルートのベストエンディングを迎えていたらしい、ということが判明した。
聖騎士との交流で育ったのは筋肉だけではなかったようだ。
いや、びっくりしました。