第二十九話 魔女ロヴェリナの遺産
【ルノアール=レノスの日誌】
『わが愛しき子供達よ、最愛の者を救う最強の術をここに残す。
嘘を知り、真実を見、動き出す世界の律を図り、どうか良い方向へ導いてくれるよう』
彼はその研究に生涯を捧げていた。
私の知らぬ世界のどこかで運命の書に出会い、その主の真意と真実を捜し続けていた。
彼は世界を旅し続け、研究をして、主の足跡を追い、そしてとある国へ行きついた。
それが運命なのか、彼が追い求め続けた結果なのかは分からない。
だがその国こそが彼の運命であり、命をかけるべき場所だった。
彼は命がけで宝を守り、そこで消えた。
他国兵や考古学者、歴史学者や魔法使い、誰がどれだけ城内を捜しても彼の片鱗となるモノは何一つ出てこなかった。
だが私は知っている。
彼はきっと真実を見たのだろう。そして彼女の真意を知り、自らのすべき事を知ったに違いない。
彼は満足して自分の人生に幕を下ろしたのだ。
そして、私にもまだすべき事がある。
王族が大国に捕えられ、そして幽閉された。彼らが生き残る可能性は低い。
かの王の血族を絶やさぬ事があの国の民であった私の重要な使命なのだ。
いずれかの者と出会うであろう鍵を持つ者へ。
どうか救ってほしい。
我知らず、過去に縛られ続ける哀れな一族に、真実と魔女の願いを知り得る事を。
ルウドが村長宅に戻った時点でとうに日が暮れていたのでその日は泊まり、翌日早朝に街へ帰ることにした。
日帰りの予定が二泊にもなってしまったので伯爵が心配しているだろうと気になったのだ。
村長が名残惜しそうにしていたがルウドは声のかけようもなかった。
お世話になったお礼と挨拶だけして早々に村人たちとは別れた。
昨晩戻ってきたルウドに彼らはお城の宝のことを聞いてきたがどうとも言えなかった。
「宝など・・・何もありませんでした‥‥」
実際宝物などなかったのだからそういうしかない。
彼らは信じてはいなさそうだったがそれ以上何も問わないでいてくれた。
一体どういうつもりなのかと聞いてみようかとも思ったが何だか怖くて聞けなかった。
ーーーーーまあ別に彼らとこの先関わるわけでもないし・・・
あっさり開き直って切り替えた。
お昼過ぎくらいにオーレイ伯爵邸に着くと伯爵が待ち構えていた。
「遅くなって申し訳ございません」
「良かった、何かあったのかと心配したぞ。何かあったのか?」
「いえ、なにも。探し物に夢中になってしまって」
「おおそうか、まあいいさ。ところで昼食はまだだろう?いますぐ用意させる」
「ええ、そんな、申し訳ない・・」
「何、わしも一緒だ。つきあってくれ」
「はい」
ロズとオーレイ伯爵と一緒に食事の席に着いた。
食事の部屋はやたら広い。しかしテーブルは六人掛けくらいだ。
「もう何年も私一人でな。このテーブルでも大きいくらいなのだよ」
「それはお寂しいでしょう」
「もうすっかり慣れてしまったがね」
給仕が食事を次々運んできた。
伯爵用の食事は少なめだったがルウドとロズにはやたら大きく豪勢なものばかりが出された。
「・・・・・あのう、伯爵、こんなに・・・」
「遠慮することはない、早朝から山道を馬でかけて戻ってきたのだろう?お腹も相当減っているはずだ。若くて元気な君たちのことだ、足りなければもっと頼んで構わんぞ」
「ありがとうございます・・・」
「うちの料理人は年寄りから女子供まで栄養面でもしっかり管理できるプロだからな」
「へえ素晴らしい。とてもおいしいです」
ルウドとロズはソースが絶品な肉料理から野菜スープまで計十六品すべて平らげた。
「ふふふ、若い人は食べっぷりがよくて見ているほうも気持ちがいい。お気に召してくれてうれしいよ」
「何か良くしていただいてばかりで申し訳なさでいっぱいですが」
「気にすることはないよ、それで探し物は見つかったかね?」
「いいえ。私の母の日誌ほどの物は見つかりませんでした。ですがまあ探したいのはそういうものじゃないですし、私はもう十分だと思います」
「そうなのか?君がそれでいいのなら私が言うことでもないが」
「はい。それにもうすぐ休暇が終わりますから城へ戻らねばなりませんし」
「もうそんなになるのか、早いな」
「そうですね。始まった時は長いと思ったんですがあっという間でした。やはり目的があると短いものですね」
ルウドがにこやかに言うのでロズがふっと微笑む。
「ルウド、仕事が始まるのがうれしいの?ふつう逆だよね?」
「休みといっても私はあまりやることがないんだ。お城で働いていたほうが楽しい」
「それはいい事なの?恋人やお嫁さんがいたら家にいるのもいいと思えるよ」
「今いないのだからそれでいいだろう」
「もしくは職場にいい人がいるからかもね」
「・・・・・・・」
「きっと君の帰りを待ち構えているだろうね。そう思うと今までルウドを独占していた僕は申し訳ない事をしてしまったな」
「休みに何をしようが私の勝手だ」
「まあそうだよね」
「なるほど、やはり城内にお相手がいるのだね。どのような女性なのかきいてもいいかな?」
「伯爵・・・・違います、誤解です」
「誤解ではないでしょう?お姫様ですよ、第三王女様」
「なんと。しかしそれは難しいのでは?」
「難しいというかありえませんから」
「でもルウドの片思いというわけでもなさそうですよ?」
「なんと!しかしそれでも難しいだろう」
「仕事でなければお見えする相手でもないのですよ、本来なら。ただ私はお城で皇子や姫様たちと共に育ってきたので」
「なるほど、では君に必要なのは身分ということか」
「・・・いえ本当に勘弁してください。姫様の嫁ぎ先が決まれば私も自分に合った相手を探しますよ?」
「・・・・・それでいいの?」
「・・・・むうう、それでいいのか?」
「いいですよ」
「しかしルウド、もし爵位が必要というなら私が手を貸そう。私の養子に入ってくれれば姫様にふさわしい身分になれる」
「そんな、とんでもない。私などには身に余りすぎるお話です」
「私は君になにかをしたいのだ。娘に何もできなかった分も。せっかく身内と呼べるものが見つかったのだから」
「ありがとうございます、考えてみますね」
昼食後には伯爵邸で休むことにした。
この数日で街の外を出歩いて様々な情報を得た。
庭園でお茶をもらいつつロズアルドは微笑む。
「君はそれでどうするの?」
「・・・・・・」
情報を得て何をするのかと聞かれても今の自分に出来ることはない。
「自分の周囲のことを少し知っただけだ。それで私の何かが変わるわけでもない」
「やっぱりブレないんだね」
「私は今の生活が好きなんだ。どこへ行く気にもなれない。たぶん、一生」
「そうか・・・」
「この生活を捨ててまで手に入れたいものなどないんだ」
「そうだと思っていたよ。きっとそれがいいと思うし伯爵も言っていた」
「ロズは何がしたいんだ?」
「‥‥今それを君に言ってもきっと意味がないと思うよ」
「そうか・・・」
「うんだけどそれでいいと思う。僕はただ確認したかっただけなんだ。君の人生を」
「そうか。ではこれからどうするんだ?」
「僕は旅人だよ。また旅に出るよ、冬はここで過ごして、春が来たら」
「そうか、ロズがここにいるなら、伯爵は寂しくないな」
「冬の間だけね」
「・・・・・・」
こんな大きな屋敷に一人では寂しすぎる。
だからルウドを養子にと伯爵は言ったのだろう。
結婚云々の話は置いておいて自分と縁あるものとさっぱり縁を切ることは出来ないしほっておくことも出来ない。
「・・・伯爵が許してくださるなら私もしばらくここに滞在しようかな。仕事はここからでも十分行けるし」
「それは伯爵が喜ぶね、僕もうれしいよ」
実際伯爵に滞在を願うと大変喜ばれ、好きなだけ滞在していいと言われた。
秋雨が降るたびに街に空気は冷え込んで、冬の色に塗り替えられていく。
空がどんよりと曇る日が多く、人々の足も鈍る。
ルウド隊長が休暇で外に出て行ってしまったあの日からティア姫が静かになった。
一日自室に閉じこもりきりだ。食事には出ているのだろうがそれ以外の外出はしていない。
おそらく部屋で書物を読み漁っているのだろうがあまり静かだと周囲が心配になる。
護衛達が姫は病気ではないかと心配していた。
ルウド隊長がこんなにいないのは初めてのことだ。そして二番隊も休暇中。
ハリス率いる三番隊ではどうにも対処に困り、ただ黙って見守るしかない状況になっていた。
「私がもっと何か、気の利いたことを言えれば…」
「ハリス隊長、止めて下さい。今何を言ったところで逆効果にしかなりませんから」
「ゾフィーどの、何か解決策はないですか?姫が静かだとこう、不安が蔓延するのですが…」
「静かなのはいいことです、きっともうすぐ元の姫様に戻られますよ?」
「ルウド何してるんだろう?早く戻ってこないかなあ」
二番隊の休暇はそろそろ終わる。隊員たちもぽつぽつと里帰りから戻って来ている。
「遅くなるかもとは言っていたけどそれならそろそろ連絡が来てもいいし」
「では期間内に戻るのでは?」
「そうだねゾフィー殿。もしルウドが恋人とか連れて戻ってきたら惨劇が起こるだろうけど」
「・・・ええと?そういう話でしたか?」
「休暇内に恋人ができても別におかしく無いでしょう?城の外へ出ていたのだし」
「ルウドさんはそんな人ではないでしょう?姫様を傷つけるような真似はしないと思います」
「いつまでもそんな事ではダメだと思って外へ出たのではないですか?ルウドは」
「そうなのですか?」
「探し物と言っていましたが、ルウドの探すものなんてそれしか思いつかない」
「そうですか。‥‥いやしかし」
「お嫁さん連れてきたらどうなるのだろう?」
「‥‥ハリスさん、怖いからもう止めて下さい・・・・・」
「そうですね、すみませんでした」
ここに姫がいたら大惨事である。ハリス隊長の口はホントに滑りやすい。
王族の昼食は晩餐部屋と同じ部屋で出される。暖かい日は庭園やテラスなどに集まることもあるが寒くなってきた今はほとんどこの部屋である。
本日は家族が全員集まっている。
しかしどうにも空気が冷たい。
それというのも末姫が無言無表情でただ食事をしているからだ。
ルウドが城を出て行ってから以降こんな空気で家族はどうしていいか分からないでいた。
国王陛下が何とかしろとパラレウスを見るが皇子とてどうしていいか分からない。
静かなのはいい事だ、などと笑えない空気だ。
しかし姉二人は知らぬ存ぜぬ我関さずといった様子で黙っている。
何だか寒い、とても寒い。しかしなぜルウドのことで一家が寒くならなければならないのか?
パラレウスはふと思う。
ルウドはただの一介の騎士である。隊長ではあるが何が特別ということもない。
むしろ隊長でなければ何の身分もないただの労働者である。
特別というなら一番隊にいる身分高い騎士たちのほうがよほど特別だ。なにしろ貴族なのでそれなりの気遣いがいる。
なのになぜルウドばかり気にするのか。それはティア姫がご執心だからである。
そもそも騎士が好きなら別に彼でなくてもそれなりの身分高いものでもいいのではないかと思ってしまう。
姫にはこの機会に他の者にも目を向けてもらいたい。
「ティア、今晩の茶会には出席するのだろう?お相手はいるのかい?なんなら私のところの騎士を貸そうか?」
「・・・・・いきなり何を言われるのお兄様。一番隊は御免です」
「どうしてだい?いまは二番隊も不在だし三番隊は忙しいだろう?君の側に付くものがいないじゃないか?」
「一番隊はいや。気がきかなくて愛想がなくてつまらないもの。暇そうなその辺の騎士を捕まえてきたほうがまし」
「・・・・・・」
一番隊は高位貴族が集まった品位も品格も腕も上流な者たちである。彼らはただまじめに仕事をしているだけである。
彼らは決して何も悪くない。ただどうにもティア姫とはそりが合わないらしい。
「…しかしティア、こんなときだしたまには一番隊も」
「お兄様、なぜそんなに一番隊を押すのよ?」
「たまには相手をしてもいいだろう?彼らは君には申し分のない相手だよ」
「不快なのよ」
「そんなこと言わないで。彼らの立場もあるし、そんな嫌うほどひどい者たちじゃないから。そんなあからさまに姫に避けられたら不憫じゃないか」
「どうでもいいでしょう?一番隊だって私の相手なんかしたくないはずよ」
「そんなことないよ、みんな君の相手をしたいと思っているよ」
「とても信じられないわね」
「・・・・・・と、とにかく今は皆忙しいし、一番隊ならまだ手が空いているし、君の相手なら皆喜ぶだろうし、だから今日のところは君が大人になって。先々どんな嫌な相手とも付き合わねばならないこともあるだろうし、それの練習と思って!」
「・・・・・・」
ティア姫は物凄く嫌そうな顔をしたがそれ以上は何も言わなかった。
皇子はそれを是と解釈してこっそりため息をつく。疲れた。
王国騎士団一番隊は高位貴族の隊である。格式高く、国最高レベルの知識、腕、権力を併せ持つ一団である。現在騎士、見習い含め三十名程。
おもに国王夫妻、世継ぎ皇子の護衛を任されている。
隊長カルディス=ルノアール四十五歳、国王リーンとともに国を守ってきた騎士の一人である。
毎日の訓練は欠かさないが今はほとんど執務官でほとんど外に出ることはない。
若い騎士たちの成長を見守りつつ時折口をはさむ、退屈な毎日である。
「・・・・・・・」
本日も退屈な書類仕事を遂行中である。しかし・・・・・
『本日のお茶会のティア姫の相手に一番隊の誰かをよこしてほしい』
皇子からの要請である。拒否することはできない。
「・・・・・・」
王族相手にいうことでもないがティア姫と一番隊はそりが合わない。
騎士が何をしても姫には気に障るらしく一番隊は近づくなと凄い嫌われようなのだ。
なのに、なぜ?珍しいこともあるものだ。
そういえば姫ももうすぐ十七歳、落ち着いてもいい年だ。社交にも出なければいけないし。いつまでも我儘な子供では困るということだろう。
そもそも一番隊には姫の手本になるような騎士たちがそろっている。誰を見ても洗練とした仕草、風格を持っている。
姫の相手としては最適なのだ。
カルディス隊長は書類を副官に渡す。
「急ぎで希望者を募り相手を決めてくれ」
書類を見た副官は微妙な顔をする。
「・・・・めずらしいですね」
「まあそろそろ我々が必要になってきたということだろう」
「・・・・そうですかね?」
一番隊は嫌なことでも顔には出さない。そう訓練されている。
たとえば社交の場で相手に感情を知られるなど、あってはならないことだからだ。
そこのところを姫は分かっていない。
「あの、希望者がいなかったらどうなるので?」
おずおずと副官が問う。
「決まらなかったらお前がいけ」
「・・・・・・・・はい」
副官が胃腸を痛々しそうに撫でさすった。
隊長はティア姫に関する昔の一番隊に対する所業を色々思い出した。
しかし決して恨んではいない。それは昔の子供の過ちなのだから・・・。
お茶会には城在住の貴族たちがたくさん集まる。ダンスホールでダンスを楽しむ者もいるが大方情報収集が主なので所々で会話が弾む。
会場はバイキング形式でホストが飲み物を持ちまわっている。
座る席もいくつかあるがほぼ立ち形式で挨拶から始め、込み入った話ともなると別室へ移動する。
会話が主なお茶会なのでさしてイベントもないが一応王族主催の夜会なので毎回王族が一度は顔を出す必要があった。
いつもは国王夫妻か兄皇子が出席しているのだが彼らが出られない際は姉たちが出る。
今回はその姉たちも所用で出られず、ティア姫が出ることになった。
「たまには出席しなさいよ、少しくらい我慢しなさい」
「そうよね、ちょっと挨拶してダンスでもして戻ればいいのだから」
「・・・・・・」
しかたがない。王族の義務だ。
そういわれれば反抗のしようもない。
しかし茶会当日、姫は最高に不機嫌になった。
いつもの二番隊騎士がいない、最悪三番隊騎士でもいい。しかし三番隊も不在で今回一番隊騎士が回ってきた。最悪にもほどがある。
「・・・・・・・」
「一番隊副官ロディアス=マクレイです。今回姫様のお供に選ばれ大変光栄に思っております。どうぞ宜しくお願い致します」
嘘っぽいはりつけた笑顔を見せて挨拶する男を見た途端、姫は男を火にくべたくなった。
「お久しぶりねマクレイ副隊長、その後お加減はいかがかしら?」
「・・・・・・・・・おかげさまで。もう随分よいですよ」
「それはなによりね」
ティア姫は虐める獲物を見つけた虎のようにまざまざと副官を睨みつける。
マクレイの胃腸が幾分縮んだ。
「・・・ひ、姫様、さあ参りましょう。皆お待ちですよ。会場では笑顔でお願いしますよ、そんな怖い顔をなさらず」
「悪かったわね、もともとこんな顔よ」
「そんなことはないでしょう?姫様、笑顔は素敵なのですから笑ってください。もういいお年なのですから大人になって。王族としての義務を果たしてください」
「分かっているからここに出てきているのでしょう?黙りなさい」
姫の顔がさらに恐ろしくなった。
「・・・・・・」
マクレイは黙って姫の手を取り会場へと向かう。
会場に入ると姫はにこやかに挨拶する。
「ごきげんよう皆さま、お茶会、楽しんでくださいね」
いくつかの団体に挨拶回りをしてからそそくさとダンスホールへ向かう。
早く任務を終わらせたい心情がありありである。
「・・・・あの、姫、もう少しゆっくり・・・・」
「黙ってついてきなさい」
「・・・・・・」
吐き捨てるように言われた。なにもそこまで嫌うことはないだろうとマクレイはひっそりため息をつく。
姫が手を差し出すのでその手を受け取りダンスを始める。
これさえ終われば任務は終わりと信じるマクレイだが実はここまでが序章であり、地獄の茶会第一幕はここから始まるのである。
「―――――――――!」
どこからか息を飲む音が聞こえた。ふと腕の中の姫を見ると恐ろしい形相で遠くを見ている。
「・・・・あの、姫?痛いです」
姫の指がマクレイの腕にぎりぎりと食い込む。同時に歯ぎしりまできこえる。
「・・・・・・・姫、ダンスに集中してください」
姫のヒールが何度もマクレイの足に刺さる。
「・・・・・あの?」
もはや姫にはマクレイの声は届いていないようだ。
ダンスが終わるころには姫の機嫌が相当悪化していた。マクレイの足がぼこぼこにはれ上がった。
「――――いくわよ」
「え?どこへ・・・・?」
冷ややかな目で睨みつけられた。いいから黙って着いて来いということだろう。
マクレイの背筋が凍る。一体何が起こるのか、全く予想がつかない。
――――なぜ?一体何が?
姫の言動は全く理解不能だった。
ほんの数日の休暇だったが随分と有意義ではあった。
自分のルーツである身内の事ならば少しでもしれれば嬉しいものだ。
そこから思うことはいくつかあるが何もない時よりはいいと思える。
自分の縁あるものがあるのだ。そして相まみえることができる。
オーレイ伯爵邸で数日を過ごし、ルウドは随分と気が緩んでいた。
ロズと伯爵と三人で食事をとりながらいろんな話をしたり、伯爵邸の図書室を見せてもらい本を読み漁ったり、時折庭で剣訓練に励んだり、充実した日々を送っていた。
そして伯爵につきそい社交場にも行ったりした。
「私の長い付き合いの友人の家だ。そう固くならなくても大丈夫だよ。君と同年代の若者も多いので話して見るといい」
伯爵の友人とは貴族ではないかと身構えたが実際あってみると気安いものだった。
男性一人と女性三人、彼らは家主の親者だという。
元々仕事上貴族と交流のあるルウドには随分と話しやすい相手だった。
しかも仕事でもないので彼らとはすぐに打ち解けた。
そしてその彼らにパーティに行こうと誘われた。
「王家主催のパーティなんだけどね。招待状を持っているんだ。ペアで三枚。ちょうどいいだろう?」
「・・・・・・」
迷ったが彼らが行ってみたいというので付き合うことにした。王族主催なら王族にまみえるだろうが問題はないだろうと思ったのだ。
しかしその判断が後々後悔することになる悲劇の始まりとなる。
パーティにはペアの三組で行った。
オーレイ伯爵の友人グランツ伯の孫息子ダミアンと婚約者ミーミア
ミーミアの友人コレットとダミアンの従妹グロリア
ルウドとロズ
ルウドはグロリアをエスコートし、ロズはコレットとペアを組んだ。
女性たちは話しやすかった。そしてとても楽しそうだ。
「ありがとうルウドさん、私たちだけでは王家のパーティなんて敷居が高くてこれなかったの。おかげで来ることができたわ」
「お役に立ててよかったです。しかし、何か面白いものでもありますか?」
「まあ、見るものすべて素晴らしいし、真新しいですわ」
女性三人が朗らかに笑う。
王宮を見慣れているルウドには何が珍しいのか良く分からない。
「美しい庭園、時期が来れば沢山のバラが咲くそうで」
「そうですね。今は冬まじかでこれといって見られるものはありませんが」
「王宮の食事も楽しみですわ。王族もとられるお料理ですもの。どれほど絶品なのでしょう」
「・・・・そうですか」
「あと王族もお目見えするのでしょう?私たち田舎者なのでお姿を見るのは初めてで緊張します」
「マルス王家の方々はとても美しいと評判でご兄妹が全員揃うと天使絵のようだとか」
「・・・・・へえ・・・」
「皆さま優しくて穏やかな方々だそうですよ」
「麗しい皇子様に微笑まれたら万人が幸せな気分になれるとか」
「・・・・ふふふっ、楽しみね」
「・・・・・・・」
世間に流れている王家の噂と実情があまりにもかけ離れている気がする。
しかしところどころに真実も含まれていて否定撤回するほどでもない。
そもそも夢多き女性たちの妄想を壊すこともない。
ルウドは黙って聞き役に徹することにした。
.
ダンスホールではすでに音楽が鳴りダンスが始まっている。
社交場の目的は情報収集が主な仕事だが時には物見遊山で来た者もいる。
「一応何か目的はあるのですか?何かの情報を欲しているとか?」
ダミアンにこっそり聞いてみると彼は照れたように微笑む。
「そんな高尚な目的はないよ。ただ王族を見てみたかったんだ。他国にも名高い美しいお姫様とか、皇子様とか」
「なるほど」
ルウドは見慣れているがあまり王宮に用のない下級貴族には珍しいものだろう。
「王宮のパーティなのでどなたかは姿を見せると思いますが本日はどなたででしょうか。皆様忙しいでしょうし」
「私としては皇子様がパートナーと共に来ていただけると嬉しいですが」
「えっ?皇子様にはパートナーがおられるのですか?」
「あっ、候補者がおられるだけです」
「まあ、候補者ですか?それならば沢山いそうですね」
「・・・・そうですね。国内外からも大勢」
「この国の皇子様は一人しかいませんから大変ですね」
「そうですね、選別が大変ですし、そもそも選ぶのが皇子様ですから」
「そのお立場で一人を選ぶなんてとても大変でしょう。人に選んでもらったほうが気分的にも楽そうなのに。重すぎて怖くて私には出来ないことです」
「そうですね、私にもきっと出来ないことです」
王族は個人ではない、国なのだ。
結婚は国家の問題、本来個人が決めることでもない。
しかしこの国には結婚相手は当人が決めるようにとの法がある。
一体どのくらい昔に誰が定めたのかは不明だが、とても勇気のいる法律である。
パーティ会場は建物一つ使用しているとても広い会場である。
会話をするための大ホールとダンスをするためのダンスホール、食事をするための大部屋、他にも個室が大中小とたくさんある。さらに外の庭園なども解放され皆が自由に行き来できる。
勿論警備は厳重、手の空いている王国専属騎士は皆借り出される。
会場の所々に見知った顔の騎士が立っている。
「・・・・・あ」
騎士と目が合った。彼は何かもの言いたげな顔をしていたがすぐに視線をそらした。
「・・・・・・?」
―――なんだろうか?
それからも何度か同じようなことがあった。騎士たちに何か困ったことがあるのだろうか?
ともあれ今は女性のエスコート中である。騎士の悩みは後日聞くことにする。
大ホールでの皇族の挨拶を聞いた後、人々は各々好きに動き出す。
ルウドはグロリアに付き添ってダンスホールへ入る。
「ふふふっ、一応この日のためにダンスの練習はしていたの。まあ素人レベルですけど」
「別にプロでなくてもいいのですよ。まあ気楽に。私も下手ですがフォローしますよ、それなりに」
「うまくいかなかったら逃げましょう」
「そうですね」
緩やかな曲に合わせてのんびりとダンスを始める。
ダンスホールにもたくさん人が居るのでぶつからない様にするのが大変だ。
「可愛らしいお姫さまでしたね。末姫様。それでいてしっかりした感じの。もっと大人し気でふわふわした感じの方かと思っていました」
「外観だけならそんな感じですね、中身がそうではやはり厳しいですが」
「そうですね、国を治める大変な重責を背負っておられるのですから」
「・・・・・」
皇族の挨拶にまさかティア姫が出てくるとは思わなかった。
ヒヤリとしたがとっさに顔を隠したし遠くだったので見つからなかったと思う。
城に戻ったら挨拶に行くべきだと思うがまさかここで見つかるとは思いたくない。
今この時にあまり悪い事態は考えたくない。
ルウドとグロリアはダンスを二曲ほど踊ってから移動する。
友人たちと話すための個室を事前にとっておいた。そこでゆっくり食事もとれるし話もできる。
二人はその個室へと向かう。
「――――酷い、なんてこと!」
ティア姫が怒りに震えていた。
マクレイにはいまだ状況が分からない。
「姫様、一体何が?どうされました?」
「・・・信じられない、許せない!」
「え?どういうことです?」
ティア姫はぎろりとマクレイをにらみつけ、黙ってどこかへ歩き出す。
マクレイは黙ってついていくしかない。
個室では友人たちがすでに揃っていて食事の席が整っていた。
「やあ、待たせてしまったかな?」
「いや、構わないよ。もう始めてしまっているし」
ダミアン、ミーミアとロズ、コレットはすでに席に座って食事を楽しんでいる。
ルウドとグロリアも席に座りグラスを受け取る。
「よし、みんな揃ったことだしもう一度乾杯だ」
グラスにワインを注がれて皆で乾杯した。
「ふふっ、王宮の食事、本当に絶品ね。来てよかったわー」
「それはよかった」
王宮のパーティ客用の食事などルウドも初めてだ。
見目麗しく味も絶品、とても贅沢なものだ。
王宮に住んでいてもやとわれ騎士には縁がない。
「私も誘ってもらえて感謝します。お客の立場でなければこんなご馳走にはありつけない」
「そうなのですか」
「仕事でこのような席に出ることはあるのですけどね」
「それは仕方がないですね。ですがパーティに行かないのですか?婚活パーティとか?」
「そもそも私は貴族ではないですから。街の飲み屋くらいは行きますが」
「そうでしたか。まだ貴族ではないのですね。でもこれからは関わっていくのでしょう?」
「王宮のパーティの空気に慣れているなら社交界もすぐに慣れますよ」
「・・・?私は社交をするつもりはありませんが」
「あらまだそこまで話が進んでいないという事?でもルウドさんは貴族になるのでは?」
「まさか、そんなことは」
どこでそんな話になったのだろうか?
のんびり考えながらワインの味を楽しんでいると何か外が騒がしい気がした。
「でも婚活はするでしょう?ルウドさんの状況なら相手の幅も広そうだ」
「ふふふ、そうですね。貴族になれば相手も変わりますし」
「決めた相手がいるならその方に合わせた身分になるのも必要ですよ」
「ロズ。そんなつもりは・・・」
「君が好きに決めることだよ」
「・・・・・・」
ワインを飲み干してふとドアを見るとやはり何か騒がしい気がする。
少し酔ったかもしれない。
「・・・・・・・」
「――――おやめください!お客様に失礼でしょう!」
「構わないわそんなの!後始末はあなたがするのだから!」
「ええっ?なぜですか?そんな横暴な!」
「頼みもしないのに勝手についてきてそれくらいしなさい!」
聞き覚えのあるような声がしてルウドは嫌な予感を覚える。
外で一体何が?嫌あまり知りたくないような。どうするべきか?
「なんだろう?外がなんか騒がしいな」
「・・・・・あ」
ルウドが迷っているうちにダミアンが席を立ってドアを開けてしまった。
外の声がはっきり聞こえる。
「お願いですからもうお部屋へ戻りましょう?」
「いやよ!このまま黙っていられるものですか!」
「黙っていてくださいよ?そろそろ我慢することも覚えて下さいよ、いつまでも子供ではないのですから」
「あなたが黙っていなさい!」
「・・・・・・」
廊下で誰かが騒いでいる。何か聞いたことのある男女の声だ。
「・・・あのう?どうかされたのですか?」
ダミアンが廊下のほうに声をかけた。
すると誰かの靴音が近づいてくる。
「・・・あっ」
「お邪魔するわよ」
「・・・・・」
姫様が現れた。
突然の姫様の訪問に皆が固まる中、ルウドも固まった。
この社交会場の中でそもそも何の用でここに姫が現れたのか?
全くいい予感がしなかった。
「あっ、姫様、ごきげんよう・・・」
全員が立ち上がり、姫に一礼する。姫の横から現れた騎士が慌てて頭を下げた。
「お客様方、突然申し訳ありません。お楽しみのところに水を差してしまい…」
第一騎士団の副長が慌てながら姫のフォローをしている。とても珍しい光景である。
「何か慌てている様子ですがなにかありましたか?」
「いやいや、お客様方を騒がすほどの事では……、その‥‥ルウドさん、ちょっと…」
「あ、はい」
姫がルウドを睨んでいる。何か言いたそうではあるが友人たちの前では憚られる。
「少し席を外します。皆さんは私にかまわず食事を進めていてください」
「・・・・・はい・・」
ルウドは姫と騎士を連れてそそくさと部屋を出た。
廊下はまずいので空いた部屋に入る。
「それで?何してるのよ私のところにも来ないで」
「仕事ではないのですから必要ないでしょう?」
「城に帰って来たなら挨拶はすべきじゃないの?」
「・・・それは明日でも良いかと。今は友人たちと交友していますし」
「貴族の友人?全く知らなかったけどいつの間にどこから現れたのかしら?」
「少々のご縁で知り合ったのですよ。別に姫には関係ないでしょう?」
「私を優先できないほどの大切な友人ね。関係ないなんて酷い言い方よくも出来たものね」
「ただの事実ですが、そんな大げさな」
「あなたに関係することが私に関係ない事なんてないわ」
「何故ですか?何かするつもりなら止めて下さい。あなたが彼らに何かするとあなたの評判がまた地に落ちるだけですよ。わざわざ自分の首を絞めるようなことは止めて下さい。
あなた曲りなりにもこの国のお姫様でしょう?」
「失礼ね。ずっと待っていたのにやっと帰って来たと思ったらその言い草?ほかにもっと言い方はないわけ?この朴念仁!」
「―――――― !」
ルウドとティア姫はにらみ合う。
「――――ああああああ、あの!二人ともこの辺で!ルウドさんも友人が待っているでしょう?姫様、もうこの辺で!もう十分でしょう?」
二人の間に寒い空気を感じたマクレイが必死でとりなす。
「部外者は黙ってなさい!」
姫ににらまれてマクレイは石になった。
「‥‥ティア様、私はまだ友人たちの相手があるので今日のところは引いてください。つづきは明日にしてください」
「気に入らないわ。はなから私がお客様に何かするという前提で言ってるわね」
「何もする気はないのなら大人しくお帰りください」
「―――――ルウド、私はこの国の姫よ」
「え?そうですね、はい」
「来賓への挨拶は王族の義務なのにのけ者扱いはあんまりでしょう?ルウドの友人は紹介も出来ない人達なわけ?」
「そんなことはありません」
「なら紹介しなさい」
「‥しかし」
「そんなに信用無いわけ?私は」
「日頃の行いが悪すぎるからでしょう?」
「相手はちゃんと選ぶわよ。いきなり見知らぬ人に危害加えるわけないでしょう」
「‥本当ですか?」
「当然でしょう?」
「・・・・・・・」
第一騎士団副隊長ロディアス=マクレイは本日の仕事に大変な理不尽さを感じていた。
――――なぜ私が子供の相手をせねばならない?それもとびきり我が儘で理不尽な子供の相手を‥‥
姫の相手をしたいという第一騎士がいなかったからだ。仕方なく自分が貧乏くじを引いた。引いたところで姫の暴挙を止めることはできなかった。
――――もう勝手にしてください!
もはや投げやりな気持ちで客室のドアを開けた。
件の二人が中へ入ると客人たちが席を立つ。
「突然の訪問で驚かせてしまったわね。ごめんなさい。私はこの国の第三皇女ティアよ。よろしくお見知りおきくださいね」
姫がにっこり微笑み、お客たちは息を飲む。
顔色の悪いルウドがお客の紹介をする。
「・・・姫様。彼らはグランツ伯爵の縁者で孫息子ダミアン様と彼の婚約者ミーミア嬢。ダミアンの従妹グロリア嬢とミーミアの友人コレット嬢です」
名を呼ばれて一人づつ姫に一礼する。
「あとはロズと私でパーティに参加したのです。目的などありません、ただお城のパーティを楽しみたいという理由です」
「・・・・へえ、たしかにそのようね。私はまたルウドが浮気を見せつける目的で現れたと思ったけれどね」
なぜか姫は何の落ち度もない客人ロズを睨みつける。
「――――何を言っているのですか?浮気って何のことですかっ!不穏なことを言うのは止めて下さい!」
「気に入らないわ」
「ななななな、何がですか?」
「それにしてもグランツ伯なんてルウドの口から初めて聞いたわ。どこで知り合ったのよ?」
「オーレイ伯爵のご友人でそこから」
「・・・ビルディ=オーレイ伯爵ね。随分と仲良くなったのね、伯爵家にお泊りして、一緒に生活して、後継ぎにでもなるつもり?」
「おかしなことを仰らないでください」
「まあいいわ、今日のところはこれで見逃してあげる。お客様には罪はなさそうだし」
「・・・・あるわけないでしょう?」
「聞きたいことは明日からじっくり聞かせてもらうから。これで退散してあげる」
「・・・・そうですか」
「―――だけどルウド、浮気は許さないから」
「・・・・・・・・・」
冷や汗のルウドを尻目にティア姫は部屋を後にした。
マクレイは姫の後に続く。
嵐は何とか去った。
しかし客人たちのルウドを見る目が変わった。
「・・・・・・・・」
「ルウドさん、お姫様と随分親密なようで」
「というかもう恋人なのでは?」
「浮気はダメって…‥そうなのですね」
「そういうことなら先に言っておいて欲しかったですわ」
「・・・すいません、いえ違います。恋人だなんて恐れ多い。その、仕事上親密なのは認めますが」
「姫様はとてもただ事ではない様子でしたよ?」
「あの方はいつもあんな感じなので、どうかお気になさらず」
「けしてルウドさんに手を出すなとしっかり釘を刺していったようですが」
「・・・・・・」
ルウドは言葉に詰まった。
客人たちは姫の所業に気分を害したようでもなくただ楽しく会話をしている。
「フフフッ、可愛らしい姫様でしたね、毎日お会いできるって幸せなことですね」
「・・・・そうですね・・」
外見だけは見目麗しい姫は中身の荒々しさを知らない人達には可憐で可愛らしい姫様にしか見えない。それはそれで幸せなことだ。
意地悪姫の内情を知っているルウドはまた明日から始まる試練を思いふと笑みがこぼれた。




