第二十八話 魔法の鍵の物語
『真実の鍵』
それを持つ一族がいる。
彼らは唯一世界の真実をあける力を持つ鍵を持っている。
しかし彼らは長きにわたり貪欲な者達によって追い立てられ駆られ続け、もはやほとんど残ってはいない。
それでも未だに何処かに居るはずと捜し回る者達がいるらしい。
―――どうしてそんな目に会うのだ?
ルウドには到底理解できない。
大昔の出来事が残した遺産が現在の人々に弊害を及ぼしている。
それは可哀そうだ。
もし彼らが存命であればどんな気持ちでいるのだろうか。
その一室には古くて大きな絵が飾られていた。
そのほとんどはこの屋敷の人物の絵で、代々の当主とその家族、他にもこの屋敷で住み暮らした使用人などもある。
その中を巡り、ルウドは一枚の絵画を見つける。
――――…オーレイ伯爵と娘ローディリア
二人並んでいる絵画はこれだけだ。
そして、ローディリアの姿絵もこれ一枚きりだ。
「この絵は普段は人の目の行き届かぬ倉庫の最奥にしまっている。彼女の姿は本来誰にも見せてはいけないものなのだ」
「…・」
まだ若い、十五、六歳位の少女だ。銀髪青眼、やせ形で肌も白く、薄紅色のドレスがその白さを際立たせる。白銀の妖精の様だ、とルウドは思う。
「……彼女はずっとここにいたのですね」
「そうだ。彼女が人前に姿を見せる事は彼女自身の命を縮め兼ねない事だったから。不憫ではあったがやむを得なかった」
「…‥そうですか…」
彼女はいつも幸せそうに笑っていた。
彼女にそんな苦難や枷など感じた事もなかった。
「私は何も知らなかった。彼女の過去にすら関心がなかった。
どうしてだろう?もっと聞いておけばよかった」
「幸せだったのだな…」
過去にとらわれていられる程退屈な日常ではなかった。
「……」
ローディリアは何年もこの屋敷に匿われてどう思っていたのだろうか?
ルウドはずっと城にいたが窮屈さや息苦しさを感じた事は全くなかった。
それはこの事実を知らなかった故のことだったろうか?
大昔の柵が現存する者の人生を縛るなど、理不尽でしかない。
「教えて下さい。どうして彼女は匿われていたのか。彼女は一体どこから来たのか」
「君がそれを望むならば、教えよう」
オーレイ伯爵は部屋を出ることを促す。
倉庫になっていたその部屋にしっかり鍵をかける。
「あの絵を見たければ何時でも見て構わない。しかし外部に漏らせば君も私もロクな事にならない」
「分かっています。けして洩らしません」
「唯一の君の母親の姿絵だ。もっと見ていたいだろうが」
「いいえ、構いません。私覚えていますから」
「そうか」
伯爵は椅子に腰掛けルウドに座るよう促す。
「……さて何から話して良いのか…、そもそもローディリアにも君の身が危険だと言う事しか話してはいない。あとはかの一族に受け継がれてきた遺産と言うべきものか」
「…‥遺産?」
「中身は日誌の様なものだよ。何時からか知れないが一族と共に継がれているはずだ」
「私は知りません。見た事もありません。もしやここにあるのでは?」
「あれは彼女が肌身離さず持つべきもの。城に上がった時も持っていた。彼女が消えた時も共に消えた。彼女の近くに必ずあるはずなのだ」
「お城でそれを見た事はありません」
「ならばどこかで手放したか。お城に入る前の事は?」
「ほとんど覚えていません。ですが時折、お城の庭師を請け負う村から人が派遣されてきていたのでそこに手掛かりがあるような気がします」
「庭師を派遣する村…」
「少し調べてみます。あの、それで、オーレイ伯爵は母とどのような繋がりがあるのですか?差し支えなければ教えていただきたいのですが」
「ああそうか、すまない。私の一族は元々かの王国の住民であり、貴族であったのだ。だからずっと王族と共にあり運命を共にしてきた。
まあ私の代ではそれほど悲運な事はなかったが。
かの一族と共に滅び、他国に流れた住民、貴族は沢山いる。
彼らは祖国をけして忘れず、いつでも取り戻す事を望んでいる。
もし王が立ち上がりそれを望めば我等は皆望んで力を振う用意は出来ている」
「――――――は…?」
ルウドがぼんやりとオーレイを見ていると彼はふっと笑みを見せる。
「……すまない。年寄りの戯言だ。忘れてくれたまえ」
「……はい」
国を追われた人々。
当たり前だが世界にはそういう人たちもいるのだ。そしてそういう人達が何を思うかなどルウドは考えた事もなかった。
「…‥申し訳ありません」
何も知らずずっと平和な楽園にいたルウドは何だか居たたまれない。
「何を謝る?君はそれで良かったのだと私は本当に思っているよ」
「………はい」
歴史を知ればルウドの中の何かが変わる。
自分のルーツを知れば不幸になった人達の事も知る事になるだろう。
それでも、知りたい。何も知らずに終われることではないと、なんとなく感じていた。
庭師の村の事はお城で少し調べてあっさり分かった。
そもそも毎年手伝いに来る人たちである。分からない訳がない。
ただ単に今までルウドが興味を持たなかっただけだ。
「庭師の済む村に行ってみます」
昔、そこに住んでいたと母に聞いた事があったがルウドはほとんど覚えていない。
確か余所ものはいっさい受け付けない村だと聞いて関わるのに抵抗を持った。
お屋敷で馬を借りてルウドは村へ向かう。
国の隅にある隠された村なので分かりにくいがけして遠いところという認識はない。
街を出て、ひたすら北西へ向けて馬を走らせる。
山へ入り森を進むと何だか懐かしい感じがした。
「……」
馬を降りて辺りを見回す。
こんな森来た事もないし知らないはずだ。
だけど知った匂いがする。馴染んだ感じがする。
ルウドがぼんやりと森を眺めているとどこからか物音がする。
「―――――!」
突如矢が飛んできた。
「誰だ!」
「人だ!」
「………いきなり何をするんだ、まず出て来い!」
矢を持った男が出てきた。
「この森から出て行け。これ以上先へ進むなら命はないぞ?」
「私はこの森の奥にある村に用があるんだ。先へ進まない訳にはいかない。それより君は村のものか?だったら案内してほしい」
「…誰だお前?」
「私は王宮騎士ルウド=ランジール。庭師の村で尋ねたい事があるんだ」
「……着いてこい」
そう言った男はルウドに構わずさっさと先へ行ってしまった。
ルウドは慌てて後を追う。
案内がいなければ確実に迷いそうな森の小道を抜けてようやくと言った頃に村に行き着いた。小さな村だ。人もあまり見かけない。
それでも門を抜けて中へ入ると誰かの視線が突き刺さる。
「ギル、なんだその男は?余所ものか?」
「王宮の者だ。騎士ルウド=ランジール」
「・・・ランジール?」
「用件は俺の家で聞く、こっちだ」
ギルはルウドを案内し、家に入れる。
「・・・あの、村長は?」
「俺だ」
ルウドの向かい側に座ったギルが言う。
彼は見た所ルウドと同年代。三十年も前の事を聞いても分からないだろう。
「・・・誰か年輩の方は?」
「老人は余りいないな。昔の事を知る者は余りいない。一体何が聞きたいんだ?」
「昔、ここで暮らしていた、たぶん母が忘れた物を・・・」
「何だ、過去を捜しに来たのか」
「何か知っていたら教えてほしい」
「・・・・お前達一家が暮らしていた家が残っている。村の最奥に」
「えっ?何故また?」
「知らん、先代の村長の命令だった。いつか、ルウドが戻ってくるかもしれないと」
「・・・・・」
「捜し物があるならそこへ行けばいい。残ってはいるが誰も手を入れて居ない、そのままになっているはずだ」
「有難うございます、行ってみます」
なんだか愛想のない彼を置いてルウドは立ち上がり外へ向かう。
「……あの、もしかして会った事がありますか?」
「……なんだ、覚えていないのか」
「…・?」
何故か彼に苦虫を噛み潰された。
小さな村だった。納屋のような小さな家が五、六軒建っているだけで人も少ない。
家の周りには小さな畑が幾つかあるだけだ。
そんな状況でどうやって生活しているのかと思いつつ、村の小道を進んで最奥の小さな小屋に行き着く。
中に入ると何も無かった。というか何十年も誰も使っていなかった割には綺麗なものだった。
時々村の人が掃除をしてくれていたのかもしれない。
入って目に入るのは古びたテーブルと椅子。台所らしい水場と窯は外にあった。
部屋の奥にドアが二つ。一つは寝台が並んでいる寝床でもうひとつは物置らしい。
物置は誰にも触られずにそのまま埃を被っている感じだ。
ルウドは物置の棚から箱を三つほど取って外へ出て埃を払う。それから箱を部屋のテーブルに置き中を調べる。
箱はルウドの手にとれる程度の大きさの、大して重さもないものだ。中を見たとてたいしたものは入っていなかった。
棚の下段にある大きな箱は衣装箱だろう。三人分ある。
ルウドは衣装箱を開ける。
一つは幼いころのルウドの古着、赤子のものまである。
もう一つは父のもの。なんだか農夫の襤褸着のようだ。
そしてもう一つは母のもの。古いドレスとか、古着がある。そしてドレスの下から分厚く古い本が出てきた。
「・・・・・・」
ルウドは箱から本を取り出す。
本は分厚くて重い。中の紙は古くてすぐに千切れてしまいそうだ。
ルウドは椅子に座り、本を捲る。
『君は世界でただ一人の鍵を持つ一族。何が何でも生き延びて次の世代に鍵を引き継がせる責務がある。鍵を持つ者よ、けして滅ぶことは許されない』
何度も追われ、何度も滅びかけ、連綿と過去に縛られる呪われた一族。
なぜ滅んではならない?何故縛られ続ける?
『鍵を持つ者よ。己の道を知り、自ら道を選び、世界を正しく導け。それが君の生きるための責務である』
分からない。責務。なぜそれが必要なのか?
世界?そんな大層な人間じゃない。
『君は一人ではない。君を待つ者達が居る。彼らの為に、彼らを導く為に、立ち上がって欲しい』
ルウドはページを捲る。ページをめくるごとに彼らの言葉が少しずつ変わっていく。
『鍵を持つ者よ。君はただ一人の鍵を持つ者。しかしけして特別ではない。それ以外はただの何も持たない人間だ。鍵を持つ、ただそれのみの為に人生を誤ってはいけない』
『鍵を持つ者。それは世界にはもはや必要ない。君は君の道を選び、幸せを選び、人生を選ぶべきだ。世界の為の犠牲は必要ない』
『鍵などいらない。古き過去に何時までも縛られるべきではない。この歴史の中でどれだけの一族が縛られ、苦しみ、犠牲になってきたことか。そんな物の為に幾度も自らの命を犠牲にしてきた、彼らにも許しを、そして解放を』
『鍵を持つ者よ。誰もそれに縛られる必要はない。己の為に己の人生を選べ。そしてそれに縛られ続ける者達にどうか、救いと解放を与えてほしい』
『何も知る必要はない。あなたはただの人間。過去は関係ない。貴方は貴方の人生を選んで。大切な人達を守ってあげて』
最後のページの最後の行。この字は母のものだ。
ルウドは本を閉じる。
この本の中にどれだけ彼らの苦悩と後悔が記されているのだろう。
もう子孫に同じ思いはさせたくないと彼らはこれを残した。
母は、どんな思いでルウドを育てていたのだろう。
しかしそれを知ったとて今のルウドが変わる事は何も無いのだが。
「何か見つかったか?」
家を出て村に戻るとギルがいた。
村には余り人を見かけない。遠くに畑を耕している農夫が見えるくらいだ。
「この村の連中は大半が出稼ぎだ。子供はいないし、老人は施設行き。たまに帰ってくるが普段はこんな物だ」
「君は?」
「村の番人、村長だ。いなくてどうする」
「・・・そうですね」
しかしまだ若い彼にはこの村は寂し過ぎる。
「・・・・私もここに昔居たのですね。全く覚えていないのですが」
「五つくらいまでは居たはずだが?全く記憶にないのか?」
「ええ全く」
「そうか・・・・、それで何かあったのか?」
「ありました。まあ日記のようなものが。これは持って帰ります」
「そうか、それであんたの家だが・・・・」
「とくに残す理由もないですし、処分して下さって結構です」
「いや残しておく。あんたが生きている間はな。必要な時があるかも知れない。まあここに家がある事、覚えておいてくれ」
「…有難うございます」
ルウドは村を出てオーレイ宅へ戻る。
オーレイ伯爵がルウドにしばらくの滞在を願ったのでルウドは遠慮なくその申し出を受けた。
ルウドはしばらく客分として滞在する。
すべてが過去の事とはいえルウドと縁繋がる者の事を知っておきたかった。
「何か見つかったかね?」
「本が見つかりました。すごい古い感じの分厚い。日記みたいなもののようです」
「日記か」
「一応持って来ましたがやはり実感がないというか。これが私のものだという証拠もなくて」
「君の母の記したものがなかったのか?」
「ありました。ですがあの言葉はいつも母が言っていた。これ以上の他には何も無かった。持っていてもやはり実感がない。それにこれを知ったとて私が何をする事もない」
「ではどうしたいのだ?」
「知ることだけがすべてです。それだけなんです」
それしか出来ることはない。母も父もそれすら望んでは居なかった。
「本当はそれすら必要ないと言われていたので」
「そうか」
「何の役にも立たない者ですが」
「そんなことはない、生きているだけで十分意義はある。一族の血を絶やさなければ」
「・・・・それもどうでしょうね」
今の状況から自分の血を増やすとか考えられない。
そしてそれから自分の子供が利用されたり、悲しい目に会うのは許せない。
それならいっそ絶えてしまった方がいいとも思う。
「それにしても鍵ってどこにあるのでしょう?全く心当たりがないのに私が持っているみたいに言われて。知っている人もいないようですし」
「鍵って…」
「宝の鍵を持っているといわれまして」
「・・・そんな君の期待するようなものはないと思うよ」
「・・・やはりそうですか…」
「・・・君は王国騎士団の騎士隊長だろう?金銭的にはそれほど困るということはないはずだが?」
「すいません、私一人生活する分には困っていません。特に使い道もないですし」
「そうだな。しかしまあ、女性への贈り物は金がかかるか」
「・・・・いえそういうわけでは・・・」
「他に使い道があるのかね?」
「・・・まあそうですね。ないなら別にいいのですよ、本当に」
「金のかかる女性か。まあ貴族ならばなおさらな事、後見も王では相手の女性がしり込みしてしまうだろう。良ければ私が取り持とうか。相手の爵位にもよるがまだ私の方が相手も受け入れ安かろう」
「そんなとんでもない!そもそも誤解です!私にそんな女性はいません!」
「そうなのか?しかしその年で相手もいないとは・・・本当に?」
「本当です!私そんなにもてないので…」
「とても信じられんが。そうなのか?それはさすがに心配になるぞ。陛下は何も言わないのか?」
「・・・・・はあ、基本放任で…」
「それはいかんな。おそらく君の場合、女性と良い縁がなかっただけだろう。よしわかった、私がおせっかいながらに良い相手を捜してあげよう」
「――――――!いえ、その、そんな!」
「遠慮しないでくれたまえ。私は君の為になにかしたいのだ」
「――――――その、有難うございます。しかし・・・」
「そうだ、どのような女性が好みなのだ?参考までに聞かせて貰おう」
「・・・・・いえその、本当に。勘弁して下さい。今はその、まだそういう時期ではないので…」
「・・・・・?」
ルウドはただ笑ってごまかす。
今自分の手の中にある宝を未だに手放す事も出来ず、その勇気もない。
だからまだ、その先へは進めない。
分かっていてもルウドには出来ないのだ。だから身動きも出来ずにただ時を待つ。
客部屋を与えらえ、ルウドは一人でぼんやり考え事をしているとロズアルドがやって来た。彼もこの屋敷への滞在を許されている。
昼間はルウドとは別行動で何処かへ行っていたが夕方には戻ってきた。
「ロズ、調べ物は終わったのか?」
「まあ大体ね、ルウドは知りたい事は知れたのかい?」
「・・・さあ‥?」
ルウドは自分の母と繋がる物を捜していたが実際何を捜していたのか忘れてしまった。
身内とか血筋とかそういうものを求めても今更何になるのか?
「・・・・・母を知る人に会えて良かったが、私の捜していたのとは違う。何の意味も持たないとは思わないが何かが違う‥」
「何がだい?わからないよ・・」
「私が知りたいのは・・・そうだ、鍵の事だ」
「鍵?」
「それが欲しいとかそういうわけではなくて、必要だから知りたいんだ」
「そうなんだ‥?」
ロズがにこりと笑う。
「じゃあ遺跡とか行ってみる?昔の城跡とか。僕結構詳しいんだ」
「以前行った所も城あとだったな。そう言うの調べて何かあるのか?」
「そりゃ大昔の残り香とか、もしかすると見つかるかもしれない」
「廃墟になった城と言うのは大概それを占有した国が調べつくすはず。有効なモノが残っている可能性はほぼないのでは?」
「完全にないとは言えない。だから何度でも足を運ぶんだよ」
それは不毛な作業だ。しかしルウドはロレイアでロヴェリナの魔法の隠し扉に入った。
また同じものがないとは言えない。
ロヴェリナは湖を眺め佇む。
静かな水面に風が吹き、波が立つ。
その様を見つめて不安に揺らぐ。
ーーールウドが真実に近づいていく…
不安がないと言えばウソになる。
真実を知った彼に何の変わりがなかろうと彼の周囲はほっておかない。
彼の意思とは関係なく周囲がそれぞれの思惑に彼を巻き込んでいく。
そして彼は優しいから彼らを捨てておくことはできないだろう。
「‥‥どうして…」
知りたいというなら仕方がない。しかし今の彼に必要な情報があっただろうか?
なぜ彼は真実を欲するのだろう。鍵など求めても彼には意味あるものとは思えない。
「・・・なにをしている?」
「・・・・・・」
ゆらりと騎士の幽霊が現れた。
「クラディウスさん。またお邪魔してごめんなさい。でもここに人がいるからと言っていちいち声をかけていただかなくてもいいのですよ?
ここに来る人はたぶん何か悩んでいて一人でいたい人が多そうだから」
「ロヴェリナどのは人ではないだろう?」
「それでもあなたには苦痛ではないかしら?」
「なに。少しくらい構わないときに私は現れる。無理はしていない」
「そうなのね」
ロヴェリナはぼんやり水面を見つめる。
「…またあの者の心配か。なら側についていればよいものを」
「ずっとついてると嫌な顔されるんだもの。聞かれたくないことを聞かれるし」
「仕方があるまい。答えを持っていると知っているのだから」
「あの子はどんな答えを求めているのかしら?」
「当人でなければわからんな」
「‥‥それが、当人もよく分かっていないようで」
「どこまで朴念仁だ」
「そうねえ…困ったものだけど。見ていることしかできない」
「真実に近づいていていくのがそれほど不安か」
「私がいることで運命が悪い方向へ向かっている気がしてならない。そもそも私が現れて子供たちに良かったことは一度もない」
「なのにあなたは現れるのか」
「きっとそれが私の罰なの。どうしてもこの物語の終わりを見届けなければならないの。私はそのくらい酷い罪を子供たちに残したから」
騎士は眉根を寄せてロヴェリナを見る。
「・・・していることは私と変わらんが。私などよりずっと途方もない。魔女というものはそら恐ろしい」
「あなたはもう成仏してもいいでしょう。あなたが望むなら手伝ってもいいのよ?」
「魔力の残り香のあなたがか?」
「魔法使いが手伝ってくれるわ」
「そうか・・・・まあいずれな」
ゆらり、と彼の姿が消える。
ここにいてはならない不自然な存在はロヴェリナも同じ。
ーーーーここにいてはいけない。
分かっていてもロヴェリナは存在する。ロヴェリナの残した子供たちの悲劇を見届けるために。いなければならない。
「ここから一番近い遺跡へ行ってみないか。以前少しだけ見た場所だけどもっとじっくり調べてみたい」
「旧アルメディア国のお城があったという遺跡か。見た以上のものがあるとは思えないが?」
「それは行ってみないと分からない。それは一度や二度では見つからないものだよ」
「そういうものか」
「そうだよ。馬なら日帰りで行けるから。雪が降らない今のうちに」
「わかった」
マルスは秋が来ればすぐ冬になる。冬になればそうそう遠出は出来ない。
出かけるなら今のうちだ。
そういうわけで二人は早朝から馬を借りて最果ての村に赴く。
馬を走らせ続けてお昼には村にたどり着いた。
村長に挨拶してから二人は足早に遺跡に入る。
土石に埋まった城には光は入らない。
中に入ってランプをつけるとそこはお城の一室に見えた。
お城の外は土砂に埋まっても中は普通の部屋としてある。お城の壁が頑丈だったのだろう。埃にまみれてはいるが土砂で汚れてはいない。
入口から別の部屋へ入る。一階の階段わきの部屋は以前入った絵画のある部屋だ。
おそらくこのお城の住民である王家の方々が描かれている。
かなり古くからここにある絵は煤けて汚れてほとんど分からない。何とか人だと認識できる程度だ。
「ルウド、手分けして探そう。あまり時間がないからね」
「待ってくれロズ。探すといっても私は何を探していいか分からない」
「君が気になるものを探せばいいよ。僕だって手探りだし、なかなか見つかるものじゃない」
「・・・・・・・」
ロズは明かりを持って別室へ向かう。
盗賊ではないので別に金目の物を探しているわけではないが歴史的価値のあるものとかルウドには分からない。
そしておそらく書籍関連はすべて持ち去られてしまっているだろう。
今のところここにあるおそらくアルメディアの住民であろう彼女の絵画にしか興味がない。
「・・・・なぜこの絵画は運び出されなかったんだろう?」
白銀の髪の女性の絵だ。価値のないものとは思えない。
泥汚れを落とそうとそっと絵を撫でてみても汚れは全く落ちない。
「・・・・・・」
静かな空間にすっと風が流れる。
ふと目の端に白いものを見た気がしてルウドはあたりを見回す。
「‥‥ロヴェリナ様‥?」
いくらなんでも距離がありすぎる。まさかここまで付いてこれるとは思えない。
だけど、なにか白い靄のようなものが見える気がする。
「・・・・・・」
ルウドはゆっくりそのほうへ進む。
とくに恐怖もない。誰かに手を引かれる感覚だけを感じる。
『真実を知れば、あなたは変わるの?』
「何を知ったとて私は変わりません。ただ、知っておくことが私には必要なことなのです」
靄の先は壁だった。だがその白い靄は壁に吸い込まれていく。
『大丈夫。あなたなら越えられる』
白い誰かに望まれるままにルウドは壁に進み吸い込まれる。
そこはただの小部屋だった。その部屋の中にはただたくさんの書籍があった。
『ここは魔法使いの部屋よ。アルメディア公国の歴史と魔女の秘密が隠されてる』
「・・・・・あなたは?」
『魔女の残滓』
白い髪をふわふわと漂わせた少女が微笑む。
「・・・魔女ロヴェリナを知っていますか?」
『もちろんよ。この魔法を残した偉大な方』
残滓の魔法。なくなってもなおその記憶を残す魔法。
魔女ロヴェリナはなぜそんな魔法を残したのか?
現世への執着か、終わりを見るためか。
「・・・カギを知っていますか?」
『カギは王と魔法使い。それで宝が手に入るわ』
「なぜそんなにあっさり答えるのです?」
『あなたが答えを求めてここへ来たのでしょう?』
少女がニコニコと答える。
ルウドは黙する。もうこれ以上何を聞いたとて、答えは分かっている。
・・・魔女の書籍を姫から取り上げても、知ってはいけなかったのは自分も同様だったのではないか?
だから魔女はあれほど迷っていたのだ。だけど今更もう遅い。
ルウドは真実を知るために動き出したのだ。
どのくらいの時間がたったのだろう。
ルウドは夢中で本を読み漁り、疲れたころに元居た場所に戻った。
「・・・・・・・」
最初に眺めていた絵画の前である。
しばらくぼんやりしてからふと思い出す。
「・・・・・ロズ‥?」
ルウドがいないことに気づいて帰ってしまったか、もしくは探しているか。
そもそも時間がどのくらいたっているかもわからない。
だけどルウドは動く気にはなれない。
「・・・・・・」
真実はけしていい事ばかりではない。有益なことなどほとんどない。
ルウドにとっては不利益で無意味で、少し苦しい。
しばらくぼんやりしているとどこからか足音が近づいてきた。
「ーーーあっ、ルウド。よかった!」
「すまないロズ。ちょっと、迷ってしまって…」
「そうなの?丸一日消えていたから心配したよ」
「一日・・・・すまない」
あの部屋に入ると時間を忘れてしまう。
どう言い訳しようかと悩むルウドにロズが微笑む。
「お腹すいてない?時間を忘れていたでしょう?」
「・・・・あ、そういえば」
「用意してあるよ、仮宿の主に頼んである」
「ありがとう、気が利くな」
「ふふっ、待っていたからね、ずっと」
がれきのお城を出て仮宿の村長の家に連れていかれた。
家に入るとたくさんの食事が用意されていた。
「・・・・あの、こんなにたくさん。申し訳ない」
「どうぞ、遠慮なさらず。一日何も食べていないならなおさら、たくさん召し上がってください」
村長がニコニコという。何か不自然なものを感じたがルウドは黙って席に着く。
ロズは向かいに座りニコニコとルウドを見ている。
「・・・ロズは食べないのか?」
「僕は大丈夫だよ、先にいただいた」
「・・・・そうか、その、本当に済まない。丸一日も待たせてしまったか」
「いいんだよ。君が扉を開けてくれたから。やはり僕の見込んだとおりだった」
「・・・・・?」
ルウドはとりあえず目の前の食事を片付ける。さすがに一日何も食べていなかったせいか食べ始めたらあっさり全部片付いた。
「ごちそうさまでした。後でお礼を」
「いやいやとんでもない、良いのですよ。そんなのは」
「・・・?しかしそういうわけには」
「どうぞおきになさらず」
「・・・・・・?」
不自然すぎる。ニコニコ笑うロズも、村長も。
なんなんだ?とルウドが口を開く前にロズが話し始める。
「この村の人たちはずっと昔からここに住んでいるんだ。といっても昔他国に攻め落とされてこの地を追われたんだけどね。
今はもう領主は変わってしまっているけどそれでもここに戻ってきた。
旧アルメディア公国の子孫なんだよ。
彼らはもうずっと言い伝えに倣いここであるじを待っているんだ」
「そうなのか。しかし・・・」
「主は現れないかもしれない。だけどどこかで必ず生きているはずだと信じている。
それがかの偉大なる先祖が残した遺言だからね」
「・・・・・・」
「ルウド、君は知ってる?
アルメディアの王は魔法のカギを持っていて魔法の扉を開けることができることを」
「・・・・・いや」
「だけど君は開けたよね?誰も入れない魔法の扉を」
「・・・・・」
「ごめんね。ここに来れば必ず君は宝を見つけると僕は確信して君をここに導いた」
「なぜ・・・?」
「僕もアルメディア貴族の末裔だから。ずっと探していたんだ」
「なんのために・・・・・」
ルウドは茫然と二人を眺める。
ロズと村長はただ嬉しそうに笑う。
「見つけて確信を持つまでに長い時がかかったけどようやく見つけた。僕たちの王」
「・・・・・・・」
それは遠い遠いはるか昔の物語。
たとえ物語の残骸を見つけてもそれは残骸でしかない。
たとえ今ここにいる人たちが物語の末裔と知ってもそれはもうすべて過去の話。
そして遠い昔を懐かしめるほどの何かをルウドは持っていない。




