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#20

戸部山田が(とら)えられた時点で既に昼食の開始予定時刻にまで食い込んでいた。そのため、戸辺山田の捕獲に使われた備品や、一部の用具のみ倉庫内に片付けられたが、倒れたままのテントや生徒が使用していたパイプ椅子などの撤収作業、付喪神たちの暴れたあとの後始末は、後回しにされた。本来、昼食前に制服に着替えるのだが、今回に限り午後からの作業を見据え、体操服のまま着替えない、というお達しもあった。そして昼休みが宣言され、生徒たちはてんでに食堂に向かって行った。

美月は末永医師を手伝い、医療器具など放置しておけないものを医務室に運び入れたあと、白衣にタイトスカートの女装姿のまま、生物室に向かった。生物部の部員は昼食をそこで一緒に取り、そのまま午後の展示に入るとあらかじめ決められていたのだ。唯一の一年生部員である美月が、一般的には食堂で昼食を調達してくるものなのだろうが、生物部では午前中が自習の三年生が買い出しに行っていたので、美月が遅れて理科室に来たときには、他の三人の部員は既に昼食を摂っている最中で、美月の分の食事も整えられていた。

午後の文化祭の開始時刻になって、全校放送が流れ、体育祭の組対抗戦としての有効な種目が、短距離走までと通達された。長距離走は無効で、最後の競技であった棒倒しは正式に中止となったわけである。準備してあった棒の一本が細切れにされてしまっている棒倒しは、仕切り直すのが面倒だと判断されたらしい。一部、棒倒しを楽しみにしていた生徒たちからは不満が上がったが、大半の生徒たちは付喪神との追いかけっこの疲労が来ていたので、諾々(だくだく)と受け入れ、午後から競技を再開、などという展開にならなかったことを喜んだ。

美月も、午後から文化祭のみに集中出来ることに最初は安堵したが、次に体育祭の組対抗戦の得点数が発表されたところで、顔が若干引きつった。長距離走と棒倒しの二種目が無くなったせいで、午後の『女装アイドル総選挙』の結果を待たずに一組が二位に十五点の点差を付けてしまい、組対抗戦での勝利が決定してしまったのだ。朝から動きにくいタイトスカートとパンプスという衣装を甘受していたのにこの仕打ちで、美月は苦笑いをするしかなかった。一位は決定したが二位と三位が一点差だったので、投票は予定通り行われるらしいが、美月が女装し続ける意味は無くなった。着替えようかと思ったが、生物部の先輩たちから頼まれて、そのままの格好で文化祭の間、理科室で展示を見に来た生徒への案内役を務めることになった。

とはいえ、生物部の展示を見に来る生徒はごく少数なので、大半は理科室でまったりと過ごしていた。途中で里崎と代田がやってきた。里崎は、一位が決まってしまった時点で女装は取り止めたということで、体操服のままだった。それを聞いて、ますます投票の意味が無いと、美月だけでなく居合わせた生徒たち全員が思った。更に、一年二組の森下がやってきたが、こちらはしっかり『春のうららのピクニック』の主題通りに、ワンピースに麦わら帽子をかぶって、バスケットを持ち、スキップで理科室を一周して去って行った。

森下は頑張ったと思うが、『女装アイドル総選挙』で、得票数一位を獲得したのは『オルゴール』もしくは『オルゴールの付喪神』と記載された票を足したものだった。朧露(ろうろう)堂の令嬢の姿に化けたあれを、女装と呼ぶのはどうなのかと、美月の女装を気に入ってくれていたらしい生物部の先輩たちの間では議論になっていたが、結局、付喪神には性別がないので、そう言う意味では女装であると結論付けられた。


文化祭の終了時刻が来たところで、美月は制服に着替えると、引き続き理科室で、一人、掃除に入った。二年の先輩は運動場での作業に向かってしまい、三年の先輩たちは自分たちの展示物を片付けると、寮に戻って行った。元々そういう役割分担になっていたし、理科室はそれほど汚れているわけではないので、一人でも特に骨が折れるということは無かった。美月が、窓硝子に残ったセロハンテープの糊を水拭(みずぶ)きの雑巾で(こす)っていると、午後中、何をしていたのか姿を見なかった坊坂が、体操服に軍手をはめた姿で現れた。

「須賀、悪い。これ、持っていったままだった」

謝罪と共に黒いパンプスを掲げられ、美月は昼食以降、すっかり忘れていたパンプスの存在を思い出した。昼食前、医務室から生物室に移動する途中で美術室に寄り、運動場のあちこちを歩いたせいで、数カ所に伝線と穴を作ったストッキングを予備に穿()き替えた際に、しばし思い出したが、その後はずっと上履きで過ごしていたので、不自由しなかったのである。

「ああ。そこに置いておいてくれるか。紙袋のところ」

美月は、窓硝子を()く手は休めずに、逆の手で指差した。坊坂は素直に、教卓の横に置かれている、他の女装用衣装が収められている紙袋の隣に、パンプスを(そろ)えて置いた。

「あと、これ、飼育するか?」

坊坂はパンプスを持っていたのとは逆の手に持っていたゴミ捨て用のポリ袋を掲げた。灰色で、半透明のものである。美月は顔だけ向けて、そのポリ袋を見た。雑巾を動かす手が止まった。ポリ袋が動いている。正確には、中のものが、うねうねうとうごめいていて、ポリ袋に凹凸を作り出している。半透明な袋越しに、美月ははっきりと、中の一匹と目があった。

「そ、それ…って」

顔が引きつり、軽く()()った美月を見て、坊坂は意外そうな表情になった。

「一匹、山楝蛇(ヤマカガシ)。後は青大将(アオダイショウ)。戸辺山田さんの捕獲で使った網を、どうせだから裏の畑の周りに張るってことで手伝っていたら、出て来たんだが。…好きじゃないのか、蛇」

「誰も好きだなんて言ってないだろ!」

美月は思わず叫んでしまった。坊坂は美月の生物部の展示内容を知っていて、気に掛けてくれただけだと分かっていたが、苦手なものは苦手だった。坊坂は全身が完全に引いている美月を見て(かす)かに吹き出し、己の掲げたポリ袋を見、また美月に視線を戻した。

「なんだ、好きなのかと思った。それなら、山の中に放してくる」

「そうしてくれ。ひょっとして、それ素手で掴んで捕まえたのか?なんでそんなに平気なんだよ」

「実家、田舎だからな。普通に家の中に入ってくる」

平然と(こた)えると、じゃあ、と一言残して、坊坂は去って行った。楽しめなかったわけではないが、美月にとっては最初から最後まで、災難続きの学院祭だった。

完結です。お付き合い下さり、ありがとうございました。

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