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#10

一人になった美術室で、美月は婦人用スーツに着替えた。タイトスカートだと特に腰回りの線がはっきり出てしまうので、下着の上にタオルを巻いて、その上に自費で購入したスポーツ用スパッツを穿いて固定し、女性らしく強調した線を作った。胸部も、ランニングシャツの上から実際の美月のサイズより大きい下着を付けて、体育の授業で使われていたが部分的に破れて捨てられようとしていた、直径三十センチほどのスポンジのボールを半分に切って大きさを整えたものを中心に、切ったタオルなどを詰めた。ブラウスが、胸元をある程度開けるべし、という一部の声の大きい意見のために、襟元がそれなりに開いているものなので、両面テープで下着に固定して、動いても問題ないようにする。黒髪で長髪の(かつら)を、地毛にヘアピンで止めて、ヘアクリップで後頭部に一つにまとめる。後は、ここ数日、ネットで調べて何度も練習した手順で、化粧を(ほどこ)していった。化粧を終えた後は、度の入っていない黒縁眼鏡を掛けて、終わりである。例え伊達でも視界が少し制限されてしまうことは確認済みなので、慎重に動くことを心掛けつつ、校舎外に出たときに履く、(かかと)の高さが五センチある黒い先の(とが)ったパンプスと、白衣を着ている以上必要のないスーツの上着、脱いだ制服を紙袋に入れて、美術室を出た。そのまま医務室に向かおうとしたところで、他の保健委員が救護テントに詰める時間を書いた表が、紙袋に入っていないことに気が付いた。教室に忘れて来たらしい。美月は行き先を一年一組の教室に変更すると、階段を上がった。

一年一組の教室では、既に体操着に着替え終わった生徒たちがてんで勝手に騒いでいた。運動場への集合には、まだ少し時間がある。戸も廊下側の窓も開け放してあるので、美月は無言でさっさと教室に入ると、自席の机の中を(あさ)った。美月が入って来た瞬間、教室内のざわめきが一瞬だけ止まり、すぐに今度は戸惑うような視線とささやき声が起こった。

「あの…」

後ろの席の田中が控えめに声を掛けて来た。美月はしゃがんで机の中に手を突っ込んだまま、(こた)えた。

「ああ、プリント忘れちゃって」

「…須賀、なんだよな」

美月は眉をひそめて顔を上げた。田中は立っているので、必然的に美月は下から上目で見上げる形になった。田中の、目の下から耳にかけての皮膚が一気に赤くなった。その反応に、美月は自分の格好を思い起こした。

「ああ。…どうだ、イケてるだろ!」

美月は立ち上がると、教室の中心向けて、勢い良く胸を()らし、片手を腰にあて、それらしいポーズをとった。実際より四サイズは大きく作ってある胸部がぷるんと揺れた。教室内が静まり返った。

「あ、あれ?」想像と違う級友たちの反応に、美月は困惑した。「おかしいか?自分じゃ結構、良く出来ていると思うんだけど…。おかしいところがあるなら言ってくれ。直すから」

「…おかしくはない。おかしくはないんだが、おかしくないことが、おかしいというか」

「女装っていうか…」

「もはや別人だよな」

「本当に、須賀なんだよな。いや、声はそうなんだけど」

「ネットに上がっている女の化粧のビフォーアフターってネタだとばっかり思ってたけど、ガチなんだな…。目とか二倍になってるぞ」

「いや、二倍は盛り過ぎ。せいぜい一・五倍だろ。()睫毛(まつげ)もないし」

調べた化粧方法では装着していたので、当然初めは着けるつもりだった。だが、思いのほか目が疲れるのと、眼鏡を掛けるとレンズに当たってしまって(わずら)わしいということが分かって諦めたのだった。

「何と言うか…もっとこう、これで勝てる!みたいな盛り上がりを予想していたんだけど…」

盛り上がるどころか、完全に引かれてしまっている。美月は思い描いていたのとは真逆な反応に困った顔をした。級友たちでこれでは、他の組からの票を得られるか分からない。首を(かし)げて悩んでいると、それまで無言だった坊坂がやおら、つかつかと寄ってくると、美月の目の前に立ち、胸を鷲掴(わしづか)みにした。

「!?」

「凄い、柔らかい。どうやってるんだこれ。何入れているんだ?」

絶句して、顔を引きつらせる美月に向けて、坊坂は真剣な表情で尋ねて来た。

「…っ、あ?ああ、あのスポンジのボール。体育用具室にあったやつ。切ってサイズ合わせて、あと…って()むな、セクハラ野郎!」

美月が放った裏拳は、坊坂にあっさり避けられた。胸の詰め物から手を離し、一歩後ろに下がった坊坂に、美月は、胸の位置がずれていないか確認しつつ、呆れた顔で言い(つの)った。

「坊坂は顔じゃなくて、おっぱい重視派か」

坊坂は少し眉を上げて、(こた)えた。

両方(、、)に、決まっているだろ」

「うあ、出たよボンボン発言。さすが選ぶ立場にいるひとは違うねえ」

心の底から揶揄(やゆ)する声を上げた美月に、坊坂は顔をしかめた。

「須賀はどうなんだよ」

「俺?俺の理想は可愛いくて小さくて華奢でぎゅってしたら折れちゃいそうなの」

坊坂は頭を振った。美月の意見に賛成なのか反対なのか、どちらともとれる身振りだった。

「ああ、そうだ。声だ」

ここ数日、寮の部屋で美月が化粧品相手に悪戦苦闘している姿を見ていたので、唯一美月の別人振りに驚いていない藤沢が急に声を上げた。化粧した顔は見ていても、服装はスウェットだったので、女性ものの服を着たところを改めて見て、思うところがあったらしい。美月が見やると藤沢は一人納得した表情で言葉を発した。

「須賀、意外と声が高いんだな。女の格好でも違和感が無いのはそれだ」

「そうなのか。声って自分では良く分からないから。もっと高い声を作った方がそれっぽいか。『今日わぁ、どぅなされましたぁ?』とか」

裏声を、更に鼻に引っ掛けて出してみた。台詞は医師の決まり文句だが、口調はメイド喫茶などで聞けそうなものである。藤沢は心底呆れた表情になった。

「嫌がっていた割にノリがいいな」

美月は乾いた笑いを漏らした。

「ここまで来たら、開き直る以外ないだろ。って、もうこんな時間…。俺、医務室寄って、あとずっと救護テントにいるから。競技頑張れよ」

「おう」

保健委員として、救護テントを張って、机や椅子を運び入れ、医療器具の用意もしなければならない。皆の反応は意外ではあったが、直す時間もないので、美月は時間割を持った片手を上げて声を掛けた。藤沢から威勢の良い返事が返って来た。美月が教室から立ち去ると、一斉に溜め息が漏れた。

「なんだろう、アリだと思ってしまった自分が嫌だ」

田中がぼそりと漏らした。いや、正常なだけだと、自分が(そそのか)したとは言え、美月の予想以上の全力振りに、どう対応すべきか迷っていた八重樫は、口には出さず、同情した。

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