4-15
大きな咆哮と共にグリュプスが立ち上がり、翼を羽ばたかせる。
飛び立つのか!? と思ったが、翼の動かし方が少し違う。
――ガシャン!
突如前方に構える、美玖たちが出てきた高級レストランの窓ガラスが砕け散る。
どうやら、グリュプスが羽ばたきで衝撃波を起こしたようだ。店から人々が次々に逃げていく。
そして次に目を付けられたのは――ティディか!
今回は羽ばたかずに、地面を駆けていく。大きな前足を振り上げ、ティディ目掛けて振り下ろす!
『風壁』
ラブルが不可視の壁を作り、その大きな前足を弾いた。
「あの威圧がないから私は戦えます。早く逃げて!」
大きな杖を手にしたラブルが駆け出し、ティディをかばうようにグリュプスの前へ立つ。
「美玖! どうしてグリュプスが急に暴れだしたんだ!? それに俺だけを狙うんじゃなかったのか!?」
今のグリュプスは俺を探す事無く、対象を定めずに、好き勝手に暴れているように思える。
現にティディを庇って対峙したラブルを気にもかけず、今度は違う建物へと衝撃波を放っていた。
「そんなのわかんないよー。そもそも私が呼び出したんじゃないんだもん。多分あの仮面の人が帰っていったから、コントロールする人が居なくて暴走してるんじゃないかなー?」
暴走だって!? さっきは俺だけを狙って、かつ手加減するように制御されていたのだろう。俺以外に危害を加えないよう、空中でかつ単純な攻撃しかしてこなかった。
だが今はこんな街中であるにも関わらず、無差別に攻撃している。
「美玖! 美玖の力――強制召喚で、あの魔獣を倒せる戦士を呼んでくれ! ドラゴンも倒したんだろ!?」
「あ、そうだね。じゃあ『竜殺し』の二つ名を持つ、魔法剣士さんに来てもらおっと」
チートスキルを持つからなのか、美玖はいつも通り軽く凄い事を言ってのける。
まぁ俺はドラゴンを見た事ないけど、このグリュプスがドラゴンより強いって事はないのだろう。なので、それを倒せる剣士なら、きっとグリュプスにも勝てるだろう。
「強制召喚っ!」
美玖の声が響き渡り、いつもの光の輪が……現れない。
「あれっ!? 強制召喚っ!」
再び美玖が声を上げるが、やはり光の輪は出てこない。
「どうしたんだ?」
「どうして出てこないんだろ? やっぱりさっきの仮面の人のせいかなー?」
「どういう意味だ?」
「あの女の子も言っていたけど、あの仮面の人って神様の血を引いているんだって。だから呼びだすのに凄く大量の魔法力を使っちゃったんだ」
ふと、道中の馬車の中で魔法を乱発し、気を失ってしまった事を思い出す。ダメだ、こんな状況で美玖に倒れられたら、守り切れない!
「つまり、もう魔法力が残ってなくて、強い戦士が呼びだせないって事なんだな?」
「うん。そうみたい」
となると、唯一有効な攻撃手段を持っているのはラブルのみなのだが、本気で暴れている魔獣を前に、ラブル一人で対応できるのだろうか。
『炎の封!』
戦いの様子を見ているのだが、ラブルの攻撃がどれほど効いているのかがよくわからない。
だがグリュプスはラブルの攻撃を意に介さず、ただただ破壊行為に及んでいる事から、あまり有効な攻撃では無いように思えてしまう。
「美玖。その戦士より、もーちょっと弱い戦士とかって呼べないか?」
「ごめん、無理みたい。今の私の魔法力の残量で呼べるのは、さっきお昼ご飯を食べたレストランのウエイターくらいかな」
「いや、それってただの村人じゃないか」
って、待てよ。村人なら召喚できるのか。なら俺はどうだ? 一応俺も村人だ。
「じゃあ、俺を呼びだす事は出来るのか? 今の俺は村人レベル……52!?」
いつの間に、こんなにもレベルが上がっていたのだろうか。
ラブルの話ではレベルが上がると、呼びだすための魔法力の消費が多くなるという事だったが、
「勇ちゃんを!? 村人はいくらレベルが上がっても大して呼び出しに魔法力が要らないから、大丈夫だよ。だけど、ここに居るのに呼んでどうするの?」
さらっと、俺のレベルが上がっても必要とする魔法力が変わらないという、昨日までの俺の努力を無にするような発言があったが、むしろ今はその方が助かる。
「わかった。五分、いや三分でいい。三分間だけここを離れるから、三分後に俺を召喚してくれないか」
「何をするの!? 私、もう勇ちゃんと一瞬たりとも離れたくない!」
「大丈夫! 俺を信じろ! 元の世界の頃みたいに、絶対俺が美玖を護ってみせるから」
とは言いつつも、美玖は俺の腕を離してくれない。
「ラブル! もう少しだけ耐えて! 俺がそいつを倒すから!」
「わかったわ!」
そう言いながら、ラブルが次の魔法を発動させ、攻撃を続ける。
「美玖。俺は全てを思い出したんだ。美玖の事、そして俺たちの愛する未優の事も。この街には未優みたいな小さな子供だって居るはずだ。俺たちのせいで、その子供を不幸にさせちゃいけないんだ」
「でも、どうやって?」
「説明している暇はないけれど、大丈夫。あいつを倒す手段を思いついたんだ。だから、一度チャンスをくれないか。さっきみたいにさ。必ず、あいつを倒してみせるよ」
「……絶対、絶対ケガとかしないでね」
「あぁ、大丈夫だよ」
美玖の誤解によって召喚されたディオニュソスの攻撃でまだ背中が痛いのだが、ここは黙っておくシーンだろう。
名残惜しそうに俺の腕から離れる美玖を残し、俺は港に向かって全力で空を駆けていった。




