月下の殺人
月光は女を破滅に導いた。
深夜の後宮、足音を忍ばせて目的の宮へ向かう。彼女の存在に気づいても、咎める者はいない。女は正房から寝室に入る。寝台の上には人の気配。横を向いていて寝顔は見えない。
見えなくてよかった、と女は思う。大家が、杏の花のようだと好まれた顔だからだ。小作りでかわいらしく、年若く、威勢がよく、大家の寵愛をいいことに後宮のしきたりを軽んじた愚か者。ひいては大聆国の根本律を揺るがすことになる。赦してはおけない。
さらに一歩近寄ると、床板がぎいっと軋んだ。女は動きを止める。目を覚ます気配はない。女はほっと息をついた。
いまのうちに息の根を止めよう。
女は持ってきた杵を頭上高く振り上げた。憎らしい杏の花めがけて振り下ろす。頭骨とぶつかり、鈍い音がした。続けざまに叩きこむ、何度も何度も。
杵は重くて、女の手から滑り落ちる。手前の寝台が杏の体は衝撃でごろりと仰向けに転がった。顔の半分が潰れている。何度も打ったのに、虚ろに開いた口と裏返った片目が無事とは、死んでなお大家にまだ媚びを売る気かと腹立たしく思う。
女はとどめとばかりに心臓目がけて杵を叩き込む。
肋骨の折れる音がすがすがしい。
女は口端に笑みを浮かべる。
凶器の杵がごとりと床に落ちる。手がひりひりする。手のひらが擦れて真っ赤になっている。
杵のような重いものを振るうことに女は慣れていないのだ。
ふらりふらりと酔ったような足取りで宮を出ていく。




