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護衛騎士?ヴィンセント  作者: れすた
第七章 西国ウェストリア王国戦
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第六十三話 賠償……?

 停戦交渉。


 ウェストリア王国側の代表団は、重い空気の中で席についていた。


 向かいには、アルセリア皇国の代表団。


 そして、その中央にはアイリスが座っている。


「では――」


 アイリスが資料を机の上へ置いた。


「今後の両国について、お話しいたしましょう!」


「…………」


 ウェストリア側の参謀は、静かに息を吐いた。


 ついに来た。


 領土。


 賠償金。


 軍備の制限。


 あるいは国境地帯への駐留。


 侵攻したのはウェストリア王国である。


 そして敗れた。


 正確には、一人の護衛騎士に軍を半壊させられたのだが。


 ともかく。


 戦争に敗れた以上、それ相応の要求が来る。


 参謀も、その覚悟でこの席についていた。


「まず!」


 アイリスが一枚目の資料を開いた。


「交易をもっと増やしませんこと?」


「…………」


 参謀が顔を上げた。


「……交易?」


「はい!」


 アイリスが頷く。


「先日、そちらの国を通らせていただきましたでしょう?」


「…………ええ」


 参謀の眉が僅かに動く。


 戦争中だというのに。


 海を見たい。


 ただそれだけの理由で、第二皇女が敵国を横断する。


 しかも、あの護衛騎士を連れて。


 あの時は本当に何を考えているのかと思った。


「その際に、いくつか街を見せていただきましたの」


「……視察だったのですか?」


「いえ?」


 アイリスが首を傾げた。


「海を見に行っただけですわ」


「…………」


「ですが、せっかくですので、ついでに色々と見て回りましたの!」


「……そうですか」


「はい!」


 参謀は何も言わなかった。


 深く考えるのはやめた。


「ウェストリアには、皇国にはないものがたくさんありますわ」


 アイリスは資料をめくる。


「農産物もそうですし、工芸品も面白いものがありました。それに何より――」


 地図を指差した。


「海がありますわ!」


「……はい」


「港もあります!」


「ええ」


「でしたら、もっと使えばよろしいのではなくて?」


「…………」


 参謀が地図を見る。


「皇国からウェストリアへ続く街道を整備します」


 アイリスの指が地図の上を滑っていく。


「そうすれば皇国の商品をウェストリアへ運べますし、ウェストリアの商品を皇国へ運ぶこともできますわ」


 さらに南へ。


「サウレアとも交易が増えておりますから、将来的には南方の商品も運べます」


 そして西へ。


「それをこちらの港まで運べれば――」


 参謀の表情が変わった。


「……待ってください」


「はい?」


「その道路は……皇国が管理するのですか?」


「皇国内は皇国が管理しますわ」


「では、我が国では?」


「もちろんウェストリアで管理していただけばよろしいのでは?」


「…………」


 参謀が資料へ視線を落とす。


「この道路整備の技術については?」


「必要でしたらお教えしますわ!」


「…………」


「皇国から技術者を派遣しても構いませんし、そちらから学びに来ていただいても構いません」


「……使用料は?」


「技術や資材によっては必要になりますわね。そこは今後のお話し合いですわ」


「…………」


 参謀は資料をめくった。


 次。


 さらに次。


 皇国製品の輸入。


 ウェストリア製品の皇国への輸出。


 街道整備。


 商人の往来。


 港の利用。


 技術交流。


 どれも。


 ウェストリアだけが一方的に差し出す内容ではない。


「…………」


 参謀の手が止まった。


 これまで。


 ウェストリアは恐れていた。


 アルセリア皇国が急速に豊かになっている。


 道路が伸びる。


 新しい商品が生まれる。


 サウレアとの関係も深まる。


 その経済圏が、少しずつ西へ近づいてくる。


 いずれ。


 ウェストリアも皇国に取り込まれる。


 そう考えていた。


 だから。


 まだ差が小さいうちに。


 戦えるうちに。


 皇国軍の主力が南へ向かった、その瞬間に。


 戦争を始めた。


「…………」


 だが。


 改めて。


 目の前にある条件を見る。


「……参謀殿?」


 隣に座るウェストリアの外交官が小声で呼びかけた。


「…………」


 参謀は答えず、もう一度資料を最初から読み直した。


 そして。


「……搾取ではないな」


「え?」


 外交官が聞き返す。


「これは……」


 参謀は地図を見る。


「我が国でも、独自に発展させることができる」


「…………」


 ウェストリアには海がある。


 港がある。


 皇国にはない産物もある。


 皇国から道路が繋がれば。


 皇国の商品が入ってくる。


 だが。


 同時に。


 ウェストリアの商品も、巨大な皇国市場へ流せる。


 さらにその先。


 サウレアへも。


「……港を持っているのは我々だ」


「はい」


「皇国とサウレアの商品がここまで流れてくるのであれば、港を拡張する価値がある」


「ありますわね!」


 アイリスが嬉しそうに頷いた。


「造船も増える」


「はい!」


「荷を扱う商人も増える」


「増えますわ!」


「倉庫も必要になる……」


「必要ですわね!」


「街道沿いの町も……」


「栄えますわ!」


「…………」


 参謀は黙った。


 何か。


 おかしい。


 皇国が豊かになる。


 だから。


 ウェストリアが貧しくなる。


 そう考えていた。


 皇国の影響力が増える。


 だから。


 ウェストリアの力が失われる。


 そう思っていた。


 だが。


 実際には。


 隣国が豊かになるということは。


 巨大な市場が、すぐ隣に生まれるということでもある。


 そこへ自国の商品を売ることができる。


 必要な技術を取り入れることもできる。


 そして。


 皇国にないものを持っているなら。


 ウェストリアには、ウェストリアなりの発展の仕方がある。


「…………」


 参謀は椅子へ深くもたれた。


「……我々は」


 ぽつりと呟く。


「はい?」


 アイリスが首を傾げる。


「我々は一体……」


 参謀は目の前の地図を眺めた。


 皇国。


 ウェストリア。


 サウレア。


 国境線によって分けられた三つの国。


 その間を。


 これから道路が繋ごうとしている。


「何を、あれほど啀み合っていたのだ……?」


「…………」


 ウェストリア側の者たちが黙る。


 アイリスも、少しだけ目を丸くした。


 そして。


「でしたら!」


 ぱっと笑顔になる。


「これから仲良くすればよろしいのではなくて?」


「…………」


 参謀がアイリスを見る。


「道路を繋いで!」


「…………」


「交易を増やして!」


「…………」


「お互いに儲けましょう!」


「…………」


 あまりにも。


 単純だった。


 だが。


 参謀はもう一度、手元の資料を見る。


 難しく考えて。


 警戒して。


 恐れて。


 そして戦争まで始めた。


 その結果。


 二万の軍勢を動かし。


 一人の護衛騎士に止められ。


 ようやく席について話してみれば。


 相手が持ち出してきた話は。


「……お互いに儲ける、か」


「はい!」


「…………」


 参謀は小さく息を吐いた。


「分かりました」


「まあ!」


「詳細については、まだ詰める必要があります」


「もちろんですわ!」


「関税、街道の管理、技術の使用条件、港の利用についても協議が必要でしょう」


「ええ!」


「ですが――」


 参謀は資料を閉じた。


「ウェストリア王国としても、前向きに検討する価値はあると考えます」


「ありがとうございます!」


 アイリスが嬉しそうに笑う。


「では、忙しくなりますわね!」


「…………」


 参謀はその笑顔を眺めた。


 戦争は。


 終わろうとしている。


 そして。


 戦争を始める前よりも。


 ウェストリアは皇国へ近づこうとしていた。


「…………」


 皮肉なものだ。


 皇国に取り込まれることを恐れて。


 それを防ぐために始めた戦争だった。


 だが。


 実際に相手を知ってみれば。


 取り込まれる必要などなかった。


 ウェストリアはウェストリアのまま。


 皇国は皇国のまま。


 互いに利用できるものを利用し。


 互いに利益を得ればいい。


「……もっと早く」


 参謀が小さく呟く。


「話しておけばよかったのかもしれんな」


「何かおっしゃいましたの?」


「いえ」


 参謀は首を振る。


「なんでもありません」


「そうですの?」


「ええ」


 そして。


 もう一度、地図を見る。


 今度は。


 国境線ではなく。


 そこを越えて伸びていくであろう道路を見ながら。


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