第五十三話 西国ウェストリア王国 ヴィンセント対策
その頃。
国境を挟んだ反対側。
ウェストリア王国――西方侵攻軍、指揮所。
「現在までに集結した兵は、およそ一万五千」
将軍の前に広げられた地図。
その周囲には、何人もの士官が集まっていた。
「さらに後詰として五千を準備しております」
「……総勢二万か」
「はい」
歩兵。
騎兵。
弓兵。
補給部隊。
各地から集められた兵が、続々と国境付近へ集まりつつあった。
「皇国軍の動きは?」
「南方へ向かった部隊に、大きな変化はありません」
「戻る様子は?」
「確認されておりません」
「そうか」
将軍が地図を見る。
皇国の南。
サウレア王国。
蛮族への対処のため、皇国軍の一部は今も南方へ向かっている。
「これで……皇国の勢いを止められればよいが」
誰に言うでもなく、将軍が呟いた。
皇国は急速に発展している。
道路。
交易。
産業。
そしてサウレアとの関係。
このまま何年も待てば、さらに差が広がる。
今しかない。
「しかし」
将軍が顔を上げた。
「例の護衛騎士」
「ヴィンセントですか」
「ああ」
第二皇女とともに、西方国境都市へ入った男。
「奴が戦場へ出てきた場合の対策は、考えてあるのだろうな?」
「はい」
一人の魔術師が答えた。
「すでに準備を進めております」
「何をする?」
「精神操作系の魔法を使用します」
「……精神操作?」
「はい」
将軍の眉が動く。
「直接、奴へ魔法を当てることは困難でしょう」
「そうだろうな」
報告通りの速度を持つのであれば、狙って魔法を当てること自体が難しい。
「ですので、設置型の術式を使用します」
魔術師が地図上の一点を示す。
「こちらへ術式を仕掛けます。対象が一定範囲へ入れば、自動的に発動するものです」
「なるほど」
「これならば、奴の速度は関係ありません」
「…………」
将軍が腕を組む。
「効くのか?」
「確実とは申し上げられません」
魔術師は正直に答えた。
「しかし、試す価値はあるかと」
「根拠は?」
「これまで集めた、あの男についての情報です」
「…………」
嫌な予感がした。
「申してみろ」
「はい」
魔術師が報告書を開く。
「ヴィンセントという男は、女性に対して著しく判断が甘くなる傾向があります」
「…………」
「女性から頼まれれば、嬉々として雑用まで引き受ける」
「…………」
「荷物を持ち、食事を用意し、飲み物を運び――」
「その報告は以前聞いた」
「はい」
「男から頼まれると拒否することがある、というやつだろう?」
「その通りです」
「…………」
将軍は額を押さえた。
何度聞いても意味の分からない情報である。
「ですが」
魔術師は真剣だった。
「これほど極端に態度が変わるのであれば、肉体的な能力に反して、精神面には隙がある可能性があります」
「…………」
「特に女性関係では、その傾向が顕著です」
「つまり?」
「肉体を相手にする必要はありません」
魔術師が告げる。
「精神を乱せばよいのです」
「…………」
将軍は考えた。
盗賊数十人を一瞬で倒した。
金色の閃光。
奇妙な鐘。
正確な能力はいまだ不明。
正面から倒すことが難しいのであれば。
別の方法を探す。
それ自体は間違っていない。
「……分かった」
将軍が頷いた。
「準備を進めろ」
「はっ」
「奴が出てきた場合、可能な限りその術式へ誘導する」
「承知いたしました」
将軍は再び地図を見る。
二万の軍勢。
皇国軍の一部は南方。
大規模な増援が西へ向かう動きもない。
そして。
最大の障害になる可能性がある護衛騎士への対策も用意した。
「…………」
条件は整いつつある。
「予定通り進める」
「はっ!」
ウェストリア軍は。
決して、ヴィンセントを軽視していたわけではない。
むしろ。
これまで得た情報を可能な限り分析し。
その異常な戦闘能力を警戒し。
対策まで用意していた。




