第三十七話 皇后陛下の記念パーティー
皇后陛下の記念日を祝うため、皇宮では記念パーティーの準備が進められていた。
その準備の最中。
「何か、お母さまへの良いプレゼントになるものはありませんか?」
アイリスがヴィンセントに尋ねる。
「探してみましょう!」
ヴィンセントが板を取り出す。
しばらく探していたアイリスが、一つの商品に目を留めた。
「あ、シャンパンというお酒はどうでしょう?」
「シャンパンですか?」
「はい。出してみてもらえます?」
「かしこまりました」
ヴィンセントが取り出したのは、見慣れない形の瓶だった。
エルナとアイリスが興味深そうに覗き込む。
「わあ……綺麗な飲み物ですね」
「なんだか透明ですわね」
アイリスが瓶を眺める。
「……あら?」
瓶の中で、小さな泡が次々と上へ昇っている。
「なんか泡が出てますわね」
「炭酸ですね」
「たんさん?」
「まあ、飲んでみれば分かりますよ」
アイリスは少し考える。
「エルナ姉様? リゼット? 味見してくださる?」
「私たちがですか?」
「ええ。どんなお酒なのか知りたいですもの」
「承知しました!」
ヴィンセントがグラスを用意する。
だが、そこでふと手を止めた。
「あ、これは冷たくして飲むものらしいです」
「冷たく?」
「はい」
アイリスが辺りを見回す。
「あ、れいぞうこ? とやらがありますね」
「何やら物を冷やせるらしいです」
「まあ! では、それを使いましょう!」
シャンパンを冷蔵庫で冷やす。
やがてヴィンセントが取り出し、綺麗なグラスへと注いでいく。
透明な液体の中を、無数の泡が立ち昇る。
「まあ……」
エルナが思わず声を漏らす。
「綺麗ですわね!」
アイリスも目を輝かせる。
「では、どうぞ」
二人がグラスを手に取る。
そして、一口。
「…………」
エルナとリゼットが顔を見合わせた。
「まあ、なんて澄んだ味のお酒なんでしょう」
「はい!」
リゼットも嬉しそうに頷く。
「この泡の感覚も、とてもいいです!」
「気に入っていただけましたか?」
「はい!」
リゼットはもう一口飲む。
そして、また一口。
「リゼット?」
アイリスが首を傾げる。
「まだ飲むのですか? 味見でいいのですわよ?」
「…………」
リゼットは聞こえているのかいないのか、黙々とグラスを傾けている。
「リゼット?」
アイリスがもう一度呼ぶ。
するとリゼットは、空になったグラスを置いた。
「ヴィンセント殿」
「はい?」
「これは……どちらに?」
「こちらにまだありますよ」
ヴィンセントが瓶を指差す。
「ありがとうございます!」
リゼットは瓶を手に取る。
そして、そのまま両腕で抱え込んだ。
「…………」
アイリスが固まる。
「リゼット?」
「はい!」
「なぜ瓶ごと抱え込むのですか?」
「…………」
「リゼット?」
リゼットは瓶を抱えたまま、満面の笑みを浮かべていた。
「とても美味しいです!」
「味見ですのよ?」
「はい!」
「……はい、ではありませんわ」
エルナが小さく笑う。
「アイリス殿下。もう無理でしょう」
「何がですの?」
「その瓶を手放す気がないようです」
「リゼット?」
「はい!」
「瓶を返してくださいな」
「…………」
「リゼット?」
「……もう少しだけ」
「味見はもう十分でしょう!」
皇宮に、新たな酒を巡る小さな攻防が始まった。




