第三十五話 西方視察・帰路の襲撃
そして――
西方視察の日程をすべて終え、一行は帰路についていた。
視察中にいくつかの問題はあったものの、道路整備や料理の普及についても成果を得ることができた。
そして何より――
「……なんだか、お肌の調子がすごく良い気がします!」
「分かります!」
「この化粧品、本当にすごいですね……!」
エルナ付きの親衛隊は、行きとは比べものにならないほどツヤツヤしていた。
ヴィンセントからもらった化粧品を使い、すっかり満足している。
「……皆さん、随分と嬉しそうですわね」
アイリスが眺める。
「ええ……」
エルナも少し苦笑する。
「視察の成果が、そちらなのですか?」
「もちろん、道路や料理の成果もありますわ!」
親衛隊の一人が胸を張った。
「ですが、こちらも重要です!」
「……そうですか」
エルナは何とも言えない顔になった。
そんな穏やかな帰路だった。
――だが。
「……止まってください!」
斥候から声が飛んだ。
今度は早かった。
周囲の森。
街道の先。
そして――木々の間に潜む人影。
「敵です!」
親衛隊が一斉に動く。
エルナとアイリスの周囲を固める。
斥候がすぐに位置を報告する。
「前方に複数!」
「左右にもいます!」
「後方にも回ろうとしているようです!」
完全な奇襲にはならなかった。
前回とは違う。
斥候たちは、今度こそきっちり仕事をしていた。
「……今回はちゃんと警戒しておりますわね」
アイリスが呟く。
「前回が前回でしたからね……」
エルナも頷く。
木々の間から、黒装束の男たちが姿を現した。
ウェストリア王国の暗部。
今回の目的は、皇女たちの実力と護衛体制を探ること。
そのため、一人だけは戦闘へ加わらず、離れた場所から一部始終を監視していた。
「……皇女の護衛か」
一人の男が呟く。
「数はそれなりだな」
その視線が、一行の前方へ向く。
そこには――
金色の鐘鎚を持った男。
「……本当に男の方は鐘を持ってるんだな」
「なんだ、あれ……」
「武器なのか?」
「まあいい」
男が武器を構える。
「順番に片付けてやる」
その時。
「お待ちください!」
リゼットが前へ出た。
「今回は――」
拳を握る。
「私が出ます!」
「リゼット?」
アイリスが目を丸くする。
「ヴィンセント殿が後ろにいてくだされば安心ですから!」
「なるほど」
ヴィンセントが素直に頷いた。
「では、私はここにいますね!」
「お願いします!」
リゼットが前を向く。
「……ほう」
暗部の男が目を細めた。
「今度は女騎士か」
「一人で来るとはな」
「舐められたものだ」
男たちが一斉に動く。
リゼットは大盾を構え、重い鎧を鳴らしながら踏み込んだ。
金属音。
刃がリゼットの大盾を捉える。
だが――
「…………?」
暗部の男が目を見開く。
刃は大盾に受け止められていた。
「なっ……」
リゼットは傷一つ負っていない。
「盾で……止めただと?」
リゼットは平然と相手を見る。
「甘いですよ?」
「――!」
次の瞬間。
リゼットの拳が男の腹部へ叩き込まれた。
「ぐっ……!」
男の身体が吹き飛ぶ。
「な、なんだこいつ!」
別の男が斬りかかる。
リゼットは避けない。
重い鎧で刃を受けながら、そのまま相手の懐へ入り込む。
「遅いです!」
「ぐあっ!」
また一人。
さらに一人。
次々と暗部の男たちが倒れていく。
その動きには、一切の迷いがない。
鎧で刃を受けても怯まない。
むしろ――
「そこ!」
拳。
「せいっ!」
蹴り。
「もう一人!」
再び拳。
暗部の男たちは、次々と地面へ転がっていった。
「…………」
「…………」
アイリスとエルナが、その光景を眺める。
「まあ……」
アイリスが感心したように呟いた。
「ヴィンセントが規格外なだけで、リゼットも普通の相手には負けませんものね」
「ええ」
エルナが頷く。
「自慢の騎士ですもの」
リゼットは最後の一人を地面へ転がした。
「ふぅ……」
そして振り返る。
「終わりました!」
「お疲れ様です、リゼット殿」
ヴィンセントが笑顔で声を掛ける。
「ありがとうございます!」
リゼットも嬉しそうに答えた。
少なくとも。
普通の人間と比べれば。
リゼットもまた、とんでもなく強い騎士だった。




