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護衛騎士?ヴィンセント  作者: れすた
第三章 第一皇女エルナ&護衛騎士リゼット
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第二十話 第一皇女エルナ&護衛騎士リゼット

――そして、その日の午後。


「では、せっかくですし!」


 アイリスが楽しそうに声を上げた。


「皆さんでジャングルストアを使ってみませんこと?」


「ジャングルストア……?」


 エルナが首を傾げる。


「はい!」


 アイリスがヴィンセントを見る。


「ヴィンセント、お願いできますわね?」


「もちろんです」


 ヴィンセントが取り出したのは、一枚の板だった。


 見た目は、ごく普通の板。


 しかし――。


「これが……?」


 エルナが不思議そうに眺める。


「はい。これがジャングルストアです」


「…………」


 エルナは板を見る。


 もう一度ヴィンセントを見る。


「……板、ですわね?」


「はい」


「ただの板にしか見えませんけれど……」


「そうですね」


 ヴィンセントは平然と答えた。


 そして板に手を添える。


「では、何か欲しいものはありますか?」


「まあ!」


 アイリスがすぐに反応した。


「では、この間のお菓子を!」


「かしこまりました」


 ヴィンセントが板を操作する。


 すると、何もなかったはずの場所から菓子が現れた。


「まあまあ!」


 アイリスの顔が輝く。


「これですわ!」


「……」


 エルナは黙って菓子を見る。


「…………」


 そして板を見る。


「…………」


 もう一度、ヴィンセントを見る。


「……どういう仕組みですの?」


「わたしにも分かりません」


「分からないのですか!?」


「はい」


 あまりにもあっさり答えられ、エルナは言葉を失った。


 その横では、リゼットが興味津々に板を覗き込んでいる。


「では、私も何かお願いしてよろしいでしょうか?」


「もちろんです」


「それでは――」


 しばらく考えたあと、リゼットが口にした。


「何か、疲れが取れるものを」


「分かりました」


 ヴィンセントが板を操作する。


 すると、見慣れない飲み物が出てきた。


「……これは?」


「飲み物です」


「見れば分かります」


 リゼットが苦笑する。


「何が入っているのですか?」


「わたしにも分かりません」


「またですか!?」


 アイリスが笑い出す。


「ふふっ! ジャングルストアはそういうものですわ!」


「殿下、楽しそうですね……」


 エルナも思わず微笑む。


「本当に……」


 そして、ふとヴィンセントを見る。


 妹がこんなにも楽しそうにしている。


 その傍らには、何でもないように板を使って世話を焼く騎士。


「……なるほど」


「エルナ殿下?」


「いえ」


 エルナは穏やかに笑った。


「アイリスがあなたを気に入るのも、少し分かった気がしますわ」


「そうですか?」


「ええ」


 その隣では、リゼットが飲み物を一口飲んでいた。


「……!」


「どうですか?」


「美味しいです!」


「よかったです」


「ヴィンセント殿、これは訓練後にも――」


「必要でしたら出しますよ」


「本当ですか!?」


「はい」


 アイリスも負けじと、


「では次はケーキですわ!」


「かしこまりました」


「私は紅茶をお願いします」


「はい」


「私は――」


 気づけば、板を中心に四人が集まっていた。


 アイリスが楽しそうに注文し。


 エルナが興味深そうに品物を眺め。


 リゼットが次々と質問し。


 ヴィンセントが淡々と応えていく。


 つい先ほどまで、皇宮の壁を砕くほどの手合わせをしていたとは思えない。


 しばらくの間。


 四人はジャングルストア――ただの一枚の板を囲んで、のんびりとした時間を過ごしていた。


_______



「まあ、楽しそうですね」


 穏やかな声とともに、皇后が姿を見せた。


「あ、お母様!」


 アイリスが嬉しそうに振り返る。


「改めて、北方公務ご苦労様でしたね、エルナ。リゼットもご苦労様でしたね」


「ただいま戻りました、お母様」


「お疲れ様です」


 四人のもとへ歩み寄った皇后は、ふと周囲を見回した。


「……ところで」


 少しだけ困ったように笑う。


「最近、侍女たちの目線が怖いのです」


「……」


 アイリスが固まる。


 エルナも察した。


「やはり、お母様もですのね……」


「ええ」


 皇后は頷いた。


「何かとても言いたそうなのですけれど、誰も何も言ってくれませんの」


 その時、ヴィンセントが静かに口を開いた。


「化粧品のことでしょうか?」


「おそらく」


 皇后は苦笑した。


「どうも最近、侍女たちの仕事にも支障が出ているようで」


「仕事に?」


 エルナが首を傾げる。


「ええ。皆さん、私たちの肌や髪を見ては、何か言いたそうにしているでしょう?」


 アイリスが親衛隊を見る。


「……そういえば」


 親衛隊も黙って頷く。


 侍女たちの視線。


 日に日に強くなっている。


「ヴィンセント」


 皇后が穏やかに尋ねた。


「もしよろしければ、その化粧品を侍女たちにも配ってよいでしょうか?」


「もちろんです」


 ヴィンセントは即答した。


「では、必要なものを出します」


「まあ!」


 アイリスが嬉しそうに身を乗り出す。


「でしたら、侍女の皆さんが使いやすいものを一式お願いできます?」


「はい」


 ヴィンセントが板へ手を伸ばす。


「それと――」


 皇后が少し考える。


「せっかくですから、作り方も分かると良いのではありません?」


「レシピですか?」


「ええ」


 皇后は微笑んだ。


「ただ配るだけでは、いつまでもヴィンセントに頼ることになりますもの」


 エルナも頷く。


「確かに。皇国内で製造できるようになれば、より多くの人が利用できますわね」


「それなら――」


 ヴィンセントが板から資料を取り出す。


「製造方法も出しましょう」


「まあ!」


 アイリスの目が輝いた。


「研究開発ですわ!」


 皇后も楽しそうに笑う。


「ええ。そういうことですわね」


 こうして。


 また一つ。


 皇国に新たな研究開発の種が撒かれることになった。


 ――その時。


「失礼いたします!」


 部屋へノリスが入ってきた。


「どうしましたの?」


 アイリスが振り返る。


 ノリスは一礼してから、手にしていた報告書を開いた。


「密偵からの報告です。西方で、少々気になる動きが確認されました」


「西方……?」


 エルナの表情が変わる。


「はい」


 ノリスが続ける。


「現時点では明確な敵対行動とは断定できません。しかし、複数の動きが重なっており、どうもきな臭い」


 アイリスも真剣な顔になる。


「……視察が必要ですわね」


 皇后が二人の娘を見る。


 そして、ふっと微笑んだ。


「そうですわね」


「お母様?」


「ちょうど良いのではありませんか?」


 皇后はエルナとアイリスを見た。


「二人とも、今回の公務でそれぞれ別の地域を見てきたばかりですもの」


 エルナが静かに頷く。


「確かに」


「二人の経験を合わせるには、ちょうど良い機会ですわ」


 アイリスの目が輝く。


「エルナお姉様と一緒に、ですの?」


「ええ」


 皇后が笑う。


「姉妹で西方を視察してきてはいかが?」


「行きますわ!」


 即答だった。


 エルナも微笑む。


「私も異論ありません」


 皇后は満足そうに頷いた。


「では、ノリス」


「はっ」


「二人の西方視察の手配をお願いします」


「承知しました」


 ノリスが一礼する。


「では、準備に入ります」


「よろしくお願いしますわ」


 こうして――


 南方を見てきたアイリス。


 北方を見てきたエルナ。


 二人の皇女が今度は西方へ向かうことになった。


 その傍らには、それぞれの護衛騎士。


 ヴィンセントとリゼット。


 そして西方では――


 まだ誰も知らない何かが、静かに動き始めていた。


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