第十九話 ヴィンセント対リゼット
「リゼット、準備はよろしくて?」
「はい! お待たせしました!」
重厚な鎧に身を包み、巨大な大盾を構えたリゼットが戻ってきた。
その姿を確認したアイリスは、ヴィンセントへ視線を向ける。
「それでは……ヴィンセントもいいですわね?」
「はい」
「『仲間』ですからね?」
アイリスは念を押すように指を立てた。
「副団長以上に手加減をお願いしますね!」
「かしこ――」
「手加減不要!」
「…………」
ヴィンセントが言い終えるより早く、リゼットが食い気味に叫んだ。
「必要ありません!」
「……」
アイリスと親衛隊が、そろってリゼットを見る。
「……本当にいいんですの?」
「もちろんです!」
リゼットは大盾を構え直した。
「騎士同士の手合わせです! 全力でお願いします!」
「まあ……」
アイリスは少し困った顔で、隣のエルナを見る。
「エ、エルナお姉様」
「はい?」
「リゼットは以前の通り、本当に頑丈なんですわよね?」
エルナは即答した。
「ええ」
そしてリゼットを見る。
「リゼットは体質もありますし、リゼットほどタフな騎士はいない、と私は断言できますわ」
「でしょう?」
リゼットが胸を張る。
アイリスは少しだけ安心した。
……が。
「……吹っ飛んでも平気ですわよね……?」
「ええ。まあ、それは……」
「知っているんですけれど……」
アイリスは不安そうにリゼットを見る。
「……やっぱり心配なのですわ……」
「……?」
エルナが妹を見る。
「アイリス?」
その時、親衛隊の隊長が一歩前へ出た。
「それでは、一本先取で!」
ヴィンセントとリゼットが向かい合う。
「両者――」
親衛隊員が手を上げる。
「開始!」
――瞬間。
どごっ!!
「――――っ!?」
凄まじい衝撃音。
重鎧を着込んだリゼットが、
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ――!!
地面を転がっていく。
「えっ」
アイリスの顔が引きつる。
「リゼット!?」
転がった勢いは止まらない。
そのまま――
どがああああん!!
壁に激突。
石壁が砕け、粉塵が舞い上がった。
「リゼットーーーー!!」
アイリスが叫ぶ。
親衛隊も一斉に身構える。
エルナも目を見開いた。
「リゼット!」
ヴィンセントは、その場に立ったままだった。
「……」
やがて、粉塵がゆっくり晴れていく。
「…………」
「…………」
誰もが固唾を呑んで見守る。
そして。
瓦礫の中から――
ガシャン。
鎧の音。
リゼットがゆっくりと立ち上がった。
「…………」
埃を払う。
大盾を拾う。
そして何事もなかったかのように、ヴィンセントへ向き直る。
「……なるほど」
リゼットがニヤリと笑った。
「お強いですね、ヴィンセント殿!」
「…………」
アイリスは固まった。
親衛隊も固まった。
エルナも固まった。
そして誰よりも――
ヴィンセント本人が少し驚いていた。
「……立つんですね」
リゼットは笑った。
「当然です!」
大盾を構え直す。
「まだ始まったばかりでしょう?」
アイリスが小さく呟く。
「……本当に頑丈でしたわ……」
親衛隊の一人が、ぼそっと答えた。
「だから言ったでしょう」
その場にいた全員が、改めてリゼットを見る。
――どうやら。
「重鎧と大盾にしろ」という忠告は、正しかったらしい。
■ ■ ■
親衛隊隊長が、粉塵の向こうを確認する。
「一本先取ですので――」
リゼットを見る。
「ヴィンセント殿の勝ちです」
「なっ……!」
リゼットはすぐさま立ち上がった。
「ま、まだやれます!」
「リゼット」
エルナの声が響く。
「あなた、ここを破壊する気ですか?」
「え?」
エルナは周囲を見回す。
砕けた壁。
散らばった瓦礫。
そして――リゼットが手にしている大盾。
「それに……」
エルナが目を細める。
「その大盾、見たこともない形になっていますわよ?」
「…………」
リゼットが自分の大盾を見る。
確かに、中央が盛大にへこんでいた。
「…………」
リゼットは黙った。
アイリスも恐る恐る覗き込む。
「……本当に、すごいことになっていますわね」
「まだ使えます!」
「使えるかどうかの問題ではありません!」
エルナが即座に返した。
「皇宮の壁をこれ以上壊さないでくださいませ」
「……はい」
さすがのリゼットも大人しくなる。
その様子を見ていたアイリスが、今度はヴィンセントへ向き直る。
「ヴィンセントも、今は終了でいいですわね?」
「はい」
ヴィンセントは素直に頷いた。
「分かりました」
「よろしいですわ!」
アイリスは満足そうに笑った。
こうして。
エルナとリゼットの帰還。
アイリスとヴィンセントとの再会。
そしてヴィンセントとリゼットの手合わせ。
ひとまず、すべてが終わった。
「改めまして」
エルナがヴィンセントへ向き直る。
「私はエルナ。アイリスの姉ですわ」
「はい。存じております」
「そしてこちらが――」
「リゼットです!」
リゼットが元気よく名乗る。
「エルナ殿下の護衛騎士を務めております!」
「ヴィンセントです。アイリス殿下の護衛騎士を務めています」
二人の騎士が向かい合う。
先ほどまで殴り合っていたとは思えないほど、穏やかな空気だった。
「よろしくお願いいたします、ヴィンセント殿!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして、ようやく。
正式な挨拶が完了した。




