↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護衛騎士?ヴィンセント  作者: れすた
第一章 ヴィンセント登場
PR
1/91

 第一話 護衛騎士選抜試験

12歳になったアイリス


 周辺国の中央に位置し、古くから各国を結ぶ交易の要所として栄えてきたアルセリア皇国。


 多くの商人と物資が行き交うこの国は、周辺国と比べても確かな富を築き上げている。


 しかし、それは同時に、この国を狙う者が絶えないということでもあった。


 豊かな土地と商業網。


 それらを手に入れようとする周辺国との小競り合いや紛争は、決して珍しいものではない。


 そんなアルセリア皇国において、皇族の安全を守ることは極めて重要な意味を持っていた。


 そして今年。


 皇女アイリスは、十二歳となった。


 これまでも皇族として公の場に姿を見せることはあった。


 だが、これからは正式に皇女としての公務が始まる。


 他国の使者との面会。


 国内の貴族や商人たちとの交流。


 式典への出席。


 さらには、国民の前に立つ機会も増えていく。


 当然ながら、それだけ皇女を狙う者に接触する機会も増える。


 そこで皇国では、公務に出る年齢になると


 専属の護衛騎士を選出することとなる。


 そして今日。


 皇国騎士団の訓練場では、そのための選考が行われていた。


 広大な訓練場。


 そこには、数百人にも及ぶ騎士たちが集まっていた。


 甲冑を身につけた者。


 剣を携えた者。


 槍を持つ者。


 魔法を得意とする者。


 それぞれが自らの実力を示すため、静かに出番を待っている。


 その光景を、アイリスは少し離れた場所から眺めていた。


「まぁ……」


 思わず小さく声が漏れる。


「かなりの人数がおりますのね」


 隣に控えていた侍女が、穏やかに答えた。


「ええ。アイリス殿下の護衛騎士となれれば、その名誉は計り知れませんから」


「そういうものなのですの?」


「もちろんでございます。皇女殿下のお側に仕えることを許されるのです。騎士にとっては、この上ない栄誉でしょう」


「なるほど……」


 アイリスは納得したように頷いた。


 十二歳。


 まだ少女と呼ぶべき年齢ではある。


 しかし皇族として育てられた彼女は、自分が置かれている立場については理解していた。


 自分の護衛騎士を選ぶ。


 それは単なる人選ではない。


 自分の命を預ける相手を決めることでもある。


「それにしても……」


 アイリスは集まった騎士たちを眺めながら、ふと首を傾げた。


「あら?」


 視線の先。


 そこだけ、妙に周囲と雰囲気の違う人物がいた。


 騎士たちが武器を手にしている中。


 一人だけ、何も持っていない。


 防具すら最低限。


 そして――


 素手のまま、仁王立ちしている。


「……あの」


 アイリスが指差す。


「あの、あの素手で仁王立ちされている方も、選考を受ける方なのですか?」


「はい」


 侍女は少し意外そうにその人物を見た。


「少々お待ちください。資料によりますと……」


 手元の資料を確認する。


「……ありました」


「どなたですの?」


「名はヴィンセント」


「ヴィンセント……」


「地方の伯爵家、その三男で16歳とのことです」


「まぁ。貴族の方なのですね」


「はい」


 侍女は資料を読み進める。


「武器は……」


 一瞬、眉を寄せる。


「空欄ですね」


「空欄?」


「はい。特定の武器を扱う記録がないようです」


「まぁ……」


 アイリスはもう一度ヴィンセントを見る。


 剣もない。


 槍もない。


 弓もない。


 杖すら持っていない。


 ただ、手ぶらで立っている。


「魔法に関しては……身体強化ですね」


「あら? そうなのですか?」


 アイリスは意外そうに目を瞬かせた。


 改めてヴィンセントを見る。


 身体強化の魔法を使う者なら、もっと鍛え抜かれた武人らしい姿を想像していた。


 だが、目の前にいる青年は、特別大柄というわけでもない。


 派手な筋肉があるわけでもない。


 武器を構えて威圧しているわけでもない。


 ただ静かに立っているだけだ。


「武術家には見えませんが……」


「私も同感でございます」


 侍女も少し困惑したように答える。


「まぁ、選考に参加している以上、何か理由があるのでしょう」


 アイリスはそう言って、再び前を向いた。


 やがて、選考開始の合図が鳴る。


 集まった騎士たちの空気が、一気に引き締まった。


 誰もが真剣な表情を浮かべている。


 これから自分の実力を示し、皇女の護衛騎士という地位を勝ち取るのだ。


 そんな彼らを見て、アイリスは小さく微笑んだ。


「では……」


 そして、少女らしい柔らかな笑顔で告げる。


「皆さん、頑張ってくださいませ!」


 その声に、騎士たちが一斉に姿勢を正した。


「「「はっ!」」」


 大勢の声が訓練場に響き渡る。


 その中で。


 ヴィンセントだけは、相変わらず何も持たずに立っていた。


 ただ静かに。


 まるで、この場にいることそのものを当然としているかのように。


 試験が開始されて、しばらくすると


 訓練場では、次々と騎士たちが己の技量を披露していた。


 剣術。 槍術。 弓術。


 さらには魔法を組み合わせた演舞まで。


 アイリスは興味深そうに、それらを一つひとつ眺めていた。


「まぁ……皆さん、素晴らしいですわね」


 そんな中。


 ふと、アイリスの視線が一点で止まった。


「あら?」


 先ほどから、そこにいる人物。


 ヴィンセント。


「……あの方……」


「はい……」


 侍女が答える。


「ええと……まだ動いておりませんね」


「なぜですの?」


「どうやら、武器の到着が間に合わなかったようで」


「まぁ。それでは仕方ありませんわね」


 アイリスは頷いた。


 しかし。


「……それで?」


「はい?」


「武器が特殊で間に合わなかったから、素手……ということですの?」


「そのようです」


「いえ、選考の為に準備したと言うことでしたら、選考に来るまで、地元ではずっと素手でしたの?」


「……はい」


「…………」


 アイリスはヴィンセントを見る。


 そして、もう一度見る。


 何度見ても。


 素手。


 仁王立ち。


 そして、周囲では他の騎士たちが次々と実演を終えていく。


 なのに彼は、ずっと同じ場所に立っている。


「……そして何故、まだ仁王立ちされてますの?」


「さぁ……」


「皆さん、素晴らしい演舞や魔法を見せてくださっていますのに」


 ついに我慢できなくなったのか。


 アイリスは少しだけ声を張った。


「そこの仁王立ちしているあなた!」


「はい!」


 ヴィンセントが即座に反応した。


「何をしていますの? 選考ですわよ?」


「はい!」


「はい、ではありませんわ」


 アイリスは首を傾げる。


「なぜ何もしないのです?」


「相手がいないと、できませんので!」


「……相手?」


「はい!」


「では、なぜ皆さん、あなたのお相手をしませんの?」


「さぁ?」


 ヴィンセントは実にあっさり答えた。


「わたしにも分かりません!」


「…………」


 アイリスは周囲を見渡した。


 すると。


 目が合った騎士たちが、全員そっと視線を逸らした。


「…………」


 アイリスの眉が、ほんの少し上がる。


「仕方がありませんわね」


 少女は小さくため息をついた。


「副団長」


「はっ!」


 呼ばれた副団長が一歩前へ出る。


「お相手して頂けます?」


「え?」


 副団長の顔が固まった。


「私ですか?」


「あなた以外に、誰が?」


「い、いや……」


 副団長が周囲を見る。


 誰も助けてくれない。


「実力を測るには、うってつけでしょう?」


「…………」


 副団長の顔から、みるみる血の気が引いていく。


実は前日、何人かの騎士がヴィンセントと手合わせをしていた。

 

そして全員、現在も救護所で治療を受けている。


 そして視線を騎士団長へ向けた。


「騎士団長!」


「…………」


「騎士団長!」


「わ、私めは実務がありますので!」


 騎士団長は即座に背を向けた。


「なっ!?」


 副団長が絶叫する。


「騎士団長、裏切りましたな!!」


「私は重要な実務が……!」


「実務ですか……」


 アイリスは少し考えた。


「まぁ、それはお相手をしない理由にはならないと思いますが……」


「ですよね!?」


「まぁ、いいでしょう」


「よくありません!!」


 副団長の悲鳴が響く。


 その頃。


 周囲の騎士たちは、すでにただならぬ空気を察していた。


「お、おい……」


「なんだ?」


「回復魔法使いを救護所からここに呼んでおけ」


「え?」


「今すぐだ!」


「いや、でもまだ試合すら――」


「いいから呼べ!!」


「はい!」


「ええい! 可能な限り強力な回復魔法使いを!」


「そばに居させろ!」


「何人だ!?」


「全員だ!!」


 騒然とする騎士たち。


 しかし。


「……騒がしいですわね」


 アイリスは不思議そうに呟いた。


「たかが実力を測るだけですのに」


 その言葉に、何人かの騎士が遠い目をした。


 そして副団長はというと。


 完全武装へと移行していた。


 大盾。


 重厚な鎧。


 肩や胸部を覆う分厚い装甲。


 見るからに機動力を捨て、防御力だけを極限まで高めた装備だった。


「……副団長、そんなに重装備にする必要がありますか?」


「念のためでございます」


「そうですの」


 アイリスは特に気にした様子もなく頷く。


「では、副団長。よろしくお願いしますね?」


「は、はい……」


 副団長の声が震えている。


 アイリスは今度はヴィンセントを見る。


「あなたも、場を用意したのですから、期待を裏切らないでくださいませ?」


「もちろんです!」


 ヴィンセントは満面の笑みで答えた。


「アイリス殿下!」


「……」


 アイリスは少しだけ目を細めた。


「なんだか調子のいい方ですわね」


「そうでしょうか!」


「まぁ、いいですわ」


 アイリスが席に戻る。


 その横で、騎士団員たちは完全に戦闘態勢だった。


「か、回復魔法の準備はできております!」


 救護所から駆けつけた術師が叫ぶ。


「武運をお祈りいたします!」


「いや、祈るな!!」


 副団長が怒鳴る。


 やがて。


 訓練場の中央に、二人が立った。


 片や。


 全身を重装備で固め、大盾を構える副団長。


 片や。


 武器一つ持たず、いつもの服装のまま立つヴィンセント。


 あまりにも対照的だった。


 騎士団長が、少し離れた場所から声を張る。


「では、双方! 準備はよろしいか!」


「はい!」


 ヴィンセントは元気よく返事をする。


「…………」


 副団長は盾を構え直した。


「では――」


 一瞬の静寂。


「はじめ!」


 その瞬間。


 ――どごぉぉぉんッ!!


 凄まじい轟音が訓練場に響き渡った。


「…………」


 全員が固まる。


 土煙が舞う。


 何かが地面を転がる音。


 ごろ……ごろごろ……


 そして。


「…………」


 アイリスは瞬きをした。


「……?」


 土煙の向こう側を見つめる。


 数秒後。


「は、早く回復術師をー!!」



 誰かの絶叫が訓練場に響き渡った。



「……あの方は、なんですの?」


 アイリスは訓練場の中央を見つめたまま、呆然と呟いた。


 先ほどまで、確かに二人は向かい合っていた。


 副団長が大盾を構え。


 ヴィンセントが素手で立っていた。


 そして、開始の合図が出た。


 次の瞬間――


 轟音。


 土煙。


 そして今。


「……今、何が起こりましたの?」


 訓練場の端では、巨大な盾を抱えた副団長が転がっていた。


 ごろごろと地面を転がり、ようやく止まったところだった。


「なぜ副団長は転がってますの?」


「…………」


 周囲の騎士たちは、誰も答えない。


「……あれ、生きてますわよね?」


「生きております!」


 救護に駆け寄った回復術師が即答した。


「ただし、早く治療した方がよろしいかと!」


「まぁ……」


 アイリスは少し安心したように息を吐く。


 そして。


 未だその場に立っている人物へ視線を向けた。


「あなた」


「はい!」


「ヴィンセント、と言いますの?」


「はい! ヴィンセントです!」


「一体、何を……されたんですの?」


 ヴィンセントは少し考えるような素振りを見せた。


 そして、実にあっさり答えた。


「はい! 副団長を、殴りました!」


「…………」


 アイリスは瞬きをした。


「そうしましたところ……」


 ヴィンセントは転がっている副団長を見る。


「転がりました!」


「…………」


「…………」


 訓練場が静まり返る。


 アイリスはヴィンセントを見る。


 それから副団長を見る。


 もう一度、ヴィンセントを見る。


「え」


「はい!」


「……ええ、確かに転がりましたね」


「はい!」


「え?」


「はい!」


「殴っただけですの!?」


「はい!」


「…………」


 アイリスは目を丸くした。


「何も見えませんでしたわ……」


 開始の合図が出たと思った。


 次の瞬間には轟音が響き。


 副団長が転がっていた。


 その間に何が起きたのか。


 アイリスには、まったく分からなかった。


「騎士団長!」


「は、はい!」


 突然呼ばれ、騎士団長が背筋を伸ばす。


「あなた、見えまして?」


「い、いえ……全く……」


 騎士団長は正直に答えた。


「私にも、何が起きたのか……」


「まぁ」


 アイリスは少し考える。


「では、やはりあなたもお相手を――」


「い、いえ!」


 騎士団長が食い気味に遮った。


「私には実務が残っておりますので!」


「…………」


 アイリスはじっと騎士団長を見る。


「勝てばいいのではありませんこと?」


「…………」


「あなた、騎士団長ですわよね?」


「…………」


 逃げ道が完全に塞がれた。


 騎士団長は助けを求めるように周囲を見る。


 しかし。


 誰も目を合わせてくれない。


 むしろ、騎士団員たちの中から小声が漏れ始めた。


「騎士団長……」


「なんだ」


「あいつのヤバさは、みんな知ってます」


「…………」


「ここで引いても、誰も馬鹿にしません」


「…………」


「副団長は、よく立ち向かったと思います」


「…………」


「尊敬します」


「…………」


「でも、逃げても誰も馬鹿にしません!」


「お前たち……!」


 騎士団長は顔を引きつらせた。


 しかし、誰一人として「団長なら勝てます!」とは言わない。


 むしろ全員、ものすごく真剣な顔で頷いている。


 それを聞いた騎士団長は、しばらく黙り込んだ。


 そして。


「む……」


 拳を握り。


「……無理です」


「まぁ」


「あやつには、勝てません」


 その言葉に、アイリスがぱっとヴィンセントを見る。


「あら?」


 先ほどまでの困惑が、少しずつ興味へ変わっていく。


「そうなんですの?」


「はい……」


 騎士団長は苦々しそうに頷いた。


「私では、到底……」


「では」


 アイリスはヴィンセントへ向き直る。


「あなた、お強いんですの?」


「はい!」


 ヴィンセントは迷いなく答えた。


「私は強いです!」


 そして。


 先ほどまでの軽い調子とは少し違う、真っ直ぐな声で続けた。


「必ずや、アイリス殿下をお守りいたします」


「…………」


 アイリスは目を瞬かせる。


 その言葉には、妙な迷いがなかった。


 自分が強いことを誇るためでもない。


 相手を倒したことを自慢するでもない。


 ただ。


 守る。


 その一点だけは、はっきりしていた。


 アイリスはしばらくヴィンセントを見つめていたが。


 やがて、ぱっと顔を輝かせた。


「まぁ!」


 そして。


「いいですわ!」


 小さな皇女は、嬉しそうに笑った。


「私の護衛騎士は、ヴィンセントで決まりですわ!」


「え?」


 騎士団長が固まる。


 周囲の騎士たちも固まる。


 救護されている副団長すら、薄く目を開けた。


「…………」


 誰もが思った。


 ――決まるの、早すぎませんか、殿下。


 しかし。


「ありがとうございます! アイリス殿下!」


 ヴィンセントだけは、嬉しそうに頭を下げていた。


 こうして。


 十二歳の皇女アイリスの護衛騎士は。


 選考開始から、わずか一戦。



 副団長を一撃で吹き飛ばした、素手の青年――ヴィンセントに決定したのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。