狩り
かつて——オーガは、狩られる存在だった。
知性は低い。
力は強い。
それだけの生き物。
増えれば脅威。
だが、増える前に潰せばいい。
それが、この世界の常識だった。
冒険者ギルドは常に警戒していた。
オーガの目撃。
群れの兆候。
増殖の気配。
確認され次第——討伐。
各個撃破。
それが基本だった。
オーガは単体でも強い。
だからこそ——囲む。
四方を固める。
逃げ道を塞ぐ。
前に出るのは盾役。
だが、受けない。
受ければ、砕かれる。
避ける。
いなす。
引きつける。
その間に——削る。
魔法。
弓。
投擲。
筋肉を削る。
関節を狙う。
動きを鈍らせる。
一撃をもらえば終わる。
だから——近づきすぎない。
意識が逸れた一瞬。
そこを突く。
首。
心臓。
眼。
確実に——殺す。
それができて、ようやく勝ちだ。
A級冒険者四から五名。
それでも——無傷は怪しい。
それが“オーガ討伐”だった。
だが——
割に合わない。
素材は少ない。
肉は硬い。
人型に近い。
嫌悪もある。
魔力もない。
魔石もない。
つまり——ハズレだ。
この世界では、役に立たないものに“オーガ”の名を付ける。
それほどまでに価値がない。
それでも——討伐は続けられた。
放置すれば、村が滅びる。
街が消える。
だからこそ——やるしかない。
A級に上がった冒険者には、半ば強制的に任務が回された。
それが常だった。
だが——
ある時を境に、それが途絶えた。
ぱたりと。
本当に、ぱたりと。
目撃がない。
襲撃もない。
被害もない。
消えた。
ギルドはざわついた。
「……殲滅できたのか?」
「いや、そんな報告はない」
「生き残りが潜んでいる可能性は?」
結論は出ない。
だから——確認するしかない。
依頼が出る。
A級冒険者へ。
内容は単純。
観察。
確認。
討伐は不要。
ただし——可能であれば追加報酬。
その程度のものだった。
数日後。
森の奥。
四人のA級冒険者がいた。
足音を殺す。
気配を消す。
枝を踏まない。
風に紛れる。
それは、熟練の動きだった。
「……静かすぎるな」
一人が、小さく呟く。
返事はない。
だが全員が、同じことを思っていた。
気配が、ない。
獣も。
魔物も。
何もいない。
“消えている”。
進む。
さらに奥へ。
——鳴った。
カン、と乾いた音。
「……っ!」
一人が足を止める。
遅い。
次の瞬間——
地面が抜けた。
落ちる。
罠。
穴。
深い。
底に、尖った杭。
「ちっ……!」
別の一人が木へ飛ぶ。
枝を渡る。
その動きは、正しい。
だが——
甘い。
——鳴る。
別の音。
視線が上へ向く。
張られた縄。
引かれる。
丸太。
振り子のように——振り下ろされる。
「ぐっ……!」
咄嗟に避ける。
だが、完全ではない。
肩に直撃。
骨が軋む。
「罠……!?」
ありえない。
オーガが、罠?
思考が、遅れる。
その間にも——
足場が崩れる。
踏んだ場所だけ、沈む。
木の枝が弾け、縄が絡む。
視界が遮られる。
逃げる。
逃げるしかない。
討伐ではない。
これは——生還だ。
やっとのことで、四人は合流する。
息が荒い。
だが——生きている。
「……撤退だ」
即断だった。
異常だ。
これは、異常だ。
今までの“オーガ”ではない。
だが——
遅かった。
「……いたぞ」
低い声。
振り向く。
そこにいた。
オーガ達。
だが——違う。
皮を纏っている。
足に巻かれた布。
立ち方が違う。
ただ立っているだけ。
それだけなのに——
動けない。
圧。
視線。
見られている。
測られている。
逃げる、という判断が——遅れる。
その瞬間——
視界が揺れた。
衝撃。
何が来たかも、分からない。
意識が落ちる。
——暗転。
気づけば——
縛られていた。
四人とも。
背中合わせに、まとめて。
縄は強い。
だが、それ以上に——無駄がない。
逃げ場がない。
生きている。
殺されていない。
それが——一番おかしかった。
「……なんだよ、これ」
誰かが呟く。
返事はない。
ただ——
周囲に、気配がある。
見ている。
話してはいない。
だが、何かを決めている。
その空気だけが、伝わる。
四人は理解する。
これはもう——
“狩る側と狩られる側”ではない。
その関係は、終わっている。
今ここにあるのは——
別の何かだ。
言葉にならない違和感。
だが、確実な理解。
何かが——変わっている。




